第106話『仲間達』
「エレンッ!! しっかりして!!」
アンリは横たわるエレンの元へ駆けつけ、跪いた。
「アンリ……大丈夫……よ……」
「無理に喋っちゃ駄目だ!! エレン、【回復薬】を出して!! 僕が飲ませてあげるから!!」
「うん……」
アンリによって上半身を起こされたエレンは、気を抜いたら薄れてしまいそうになる意識を集中し、己の手の中に透明の液体が入ったガラス瓶を呼び出した。アンリはその瓶を掴むと栓を外し、エレンの口元へと持っていく。エレンは何も言わずに唇を開け、アンリのなすがままに飲み口を咥えた。
エレンの喉元を甘美な味がする液体が通過し、少女の傷ついた肉体が少しずつ癒されていく。しかし、いくら神々が作り出した【回復薬】といえどもその効果に限りがある。エレンは意識ははっきりとしてきたものの、折れた左腕はくっついていないのか動かそうとすると激痛が走るし、四肢の裂傷もふさがっていない。エレンはまだ立ち上がることが出来なかった。
対して衝撃から立ち直ったらしい【尾長竜】はふたたび起き上がろうとしつつある。二人を、特にアンリを見据える左右の眼球は、視線だけで人を殺せてしまいそうな恐ろしいものであった。
アンリは立ち上がり、剣を正面へと構える。
「エレン、僕がしばらくあいつの相手をする。その間にもう一つの【回復薬】を使うんだ」
「!? な、何言ってるのよ!? あたしだけで二つも使うわけにはいかないわ!! それに一人じゃ無茶よ!!」
痛みに顔をしかめ、ふらつきながらも何とか立ち上がるエレン。左腕はやはり完治していないのか、だらりと垂れ下がったままだ。全身も激しく痛むし、アンリの言葉に従うべきなのだろう。しかし回復手段には限りがある。そのことがエレンの首を縦に振らせなかった。
「大丈夫。エレンは一人で頑張ってたんだ。僕だって!!」
「でも!!」
「エレン!! そこを動くな!!」
エレンがアンリの無茶を止めようとしたその瞬間、洞窟内に凛々しい声が響いた。何やら久しぶりに耳にする、快活な声の主を求めてアンリとエレンは首を動かす。
二人に向かって飛んできていたものを目にした時、アンリはぎくりと身を竦ませ、おののいた。だが、一瞬後にそれの正体に気付き、安堵する。暗い洞窟内を光輝を纏って飛んでくるそれは、始祖神マリアベルが編み出した光の魔術。
光弾がエレンの身体に触れるとたちまち優しい輝きが少女の全身を包みこんだ。その光が消え去った時、【尾長竜】はきっと目を剥いたに違いない。自分がつけたはずの、四肢を穿っていた傷痕がほとんど消えていたからだ。
アンリ達の視線の先には駆けて来る三人の少女がいた。
全身鎧の塊である少女、サイファ。己の【癒し】の魔術がちゃんと命中したことに安堵の表情を浮かべると、兜の面頬を下ろす。
そしてサイファに先んじて【尾長竜】へと突っ込んできているのは小さな双子の姉妹。大きな斧を持った方が立ち上がったばかりの竜へと切りかかった。
「あたしの仲間になんてことしやがんのよっ!!」
マナが横から振りかぶった斧は軽く宙へと舞い上がった竜に軽くかわされ、少女は上を見上げて歯軋りをする。【尾長竜】は少女を見下ろすと、邪魔をするなとばかりに新たな敵に向かって急降下した。両足の爪で小さな体躯を引き裂いてやるつもりなのだ。
「させません!!」
しかし遅れて飛び込んできたマナとそっくりの少女が手に持つ両手鎚を振るう。巨大な錘は見事に竜の脚をとらえ、【尾長竜】は苦痛の呻きと共に少し離れた場所へと着地した。妹のおかげで直撃をさけたマナは慌てて距離を取る。
「サイファ、マナ、ミナちゃん!!」
アンリとエレンが三人のもとに駆け寄った。エレンも癒しの魔術のおかげで、身体を動かすことにほとんど支障はない。
「すまないな、遅れて」
サイファが軽く詫び、アンリとエレンは気にしないでと言いたげに揃って首を振った。マナとミナの二人も彼らのもとへと集まってくる。やっと、ばらばらになっていた五人が集まったのだ。
怒りに燃える【尾長竜】の咆哮が広間に響く。アンリ達は皆、かの竜の方を向き、各々の得物を構える。まだまだ【尾長竜】の力は健在だ。油断は出来ない。
「いくよ、みんな!!」
アンリの鼓舞する声が洞窟内に木霊する。瞳に闘志を宿した五人の執行者は頷き、動きだした。