迷宮部員の顔合わせ(2)
大した高さで無かったせいもあり、すんなりと下まで降りてきてみると、これもまた別の意味で誠は光景の異様さに息を呑んだ。
一階の正方形だった部屋からは想像もしなかった、長く緩やかな坂になって下っている長方形の部屋。
傾斜は五度も無いが、それだけに足元の違和感は半端ではない。
そんな空間に机がひとつ。
さらに椅子に座って何やら物書きをしている少女が見えた。
と、それとほぼ同時。
「おーい、みんな。新入部員を連れてきたよー」
決して大きすぎる声というわけではなかったが、地下の半密室ということもあって、反響した鉄子の声がそこかしこから聞こえてくるように感じられた。
途端に、
机に向かっていた少女が、はっとした様子で顔を上げたのを筆頭にして、部屋中へ散っていた部員と思しき人間が、ゆっくりと階段辺りに集まってきた。
その時、
ふと感じた違和感がひとつ。
寄ってきた人間は三人。
それが全員、女子だった点である。
「へえ、今回は男子の新入部員なんですか?」
真っ先に歩み寄ってきたのは、今さっきまで机に向かっていた少女。
それが誠に視線を向けつつ、言葉はその背後にいる鉄子へと発する。
天然パーマとは違うようだが、少しクセっぽい髪をし、それが気にかかるらしく、しきりに髪を触っているブレザーの少女。
根を詰め過ぎたのか、腫れぼったいが大きく魅力的な目を痛々しく充血させ、好奇に満ちた瞳で誠を見ている。
「男子ねぇ……別にいいけど、今までずっと女子だけでやってきたから、なんかリズムが狂いそう……」
今度は下り坂状の部屋の奥から現れた少女。
こちらはセーラー服を着ている。
髪はさらりとしたショートボブで、どこか意識的にも見える険しい表情をしているが、全体から受ける可愛らしい印象は逆に強まって感じる。
目に特徴的な力があるのが不思議な子だ。
第一印象から誠を煙たがっている感じや発言からすると、性格的にあまり社交性があるタイプには思えない。
「大丈夫だよ。だって少なくともここの部員になれたってことは、アリスちゃんのお墨付きなわけでしょ?」
全体に高い女子たちの声に混じり、ひときわ甲高い声。
これもデザインは少し違うが、同じくセーラー服。
首にかかる程度の髪を左右に分け、視界の邪魔にならないようにか、髪留めで数カ所を留めている。
さらに言うと、えらく背が小さい。
特に男子の誠と比べると如実に差が出る。
ほぼ誠のみぞおち辺りに頭がくるぐらいだろうか。
愛らしい顔立ちも相俟って、まるで大き目のお人形さんのようである。
「はいはい、全員整列。この子は今日入ってきた新入部員の斉部誠。ピッカピカの一年生よ。ほら、あんたたちも自己紹介したげなさい」
一時ながら、ざわざわとした状況を即座に収めると、鉄子は各自に目を通してそう言った。
始まった自己紹介の順も、誠のところへ集まってきた順通り、
まずはクセ毛の少女から。
「始めまして。私は智守唯です。二年だから、斉部君よりひとつ先輩ね」
目を細めるようにして微笑む表情は、赤い目の分を差し引いても十分魅力的だ。
続き、ショートボブの少女。
「あたしは三囲梓よ。学年は同じ一年だけど、ここではあたしのほうが先輩だからね」
友好的とは程遠い態度。
こういった場合、あとは相手のこの態度が(生理的に受け付けない)というような致命的理由で無いことを祈るしかない。
そして最後。
髪留めだらけの小さな娘さん。
「こんちわ。露草玲奈だよ。一年は一年だけど、玲奈は中等部だから、マコッちゃんより三つ下だね」
……反応に困る。
まあ、まだ中学一年となると、実質は小学生に毛が生えたようなものだろうし、言動がやたらフリーダムなのは多少、目をつむっていいかもしれないが、初手から(マコッちゃん)というありがたく無いあだ名をいただくと、どう返してよいものだか困惑する。
思えば、先ほどの(アリスちゃん)というのは、きっと学園長のことだろう。
「で、春賀さん。この新入部員の得意分野は?」
玲奈の扱い方についていろいろ考えているところで、誠自身を無視し、梓が鉄子に問う。
「得意分野ねぇ……斉部、おたくの得意分野ってなんだい?」
「あ……や、得意分野ってほどのものは特には……まあ、苦手も特に無いですけど……」
「それってつまりは器用貧乏ってことじゃない。何をやらせても平均点の人間なんてここには必要無いわよ」
早くも丁重なご挨拶。
理由の分からない悪感情は、どう収めてよいかも分からない分、はっきりした理由で嫌われるより性質が悪い。
誠はどうにも今後、梓とうまくやっていける自信が微塵も湧いてこないことに胃が痛んだ。
「なんだかえらく機嫌が悪いな三囲。調子でも悪いのか?」
「ええ……最悪の調子です」
「というと?」
「(関門)の突破まで残り一問。なのに、制限時間は12時きっかりまで。また他の入り口を探さないとダメみたいなんですよ」
「ふむ……」
息でも吐くような返事をすると、鉄子はすっと机のほうまで歩み寄り、その上に置かれた何枚もの紙の中から一枚を選んで読み始めた。
「図の暗号を解き、三文字で親類を盤面に記せ……か。相変わらず、意味不明な問題だわね」
「正直、数字が絡んだ暗号はみんな苦手で……結局、手掛かりすらまだ掴めないんです」
分かりやすいほどに悔しそうな顔をする梓がそう言うと、ふと鉄子は思い立ったように誠の側へ早足に寄ってくると、手に持った紙を突き出して問う。
「斉部。この暗号、分かるか?」
描かれた図は次のようなものだった。
12 256=194
2 256=?
「12……が、256イコール194……?」
差し出された紙を受け取り、誠は思案を始めた。
「12……256は194……194……」
ブツブツと描かれた暗号を繰り返しつぶやく。
その間、約一分。
そして、
「分かりました」
ふと顔を上げ、誠は言う。
「それで、答えは?」
「12なら、256は194。これは十二進法です。十二進法で記す場合、256は194。対して問題になっているのは2の場合の256。つまりこっちは二進法になりますから、表記は100000000になります」
「お見事。さすがだね。で、そうするとその100000000が意味する(親類)ってのは何のことだ?」
「あ……」
「どうした?」
「……すいません。さすがにそこまでは……」
問題が二段階になっていたことを見落としていたことを思い出した時にはもう遅い。
自信満々な態度から一転、うなだれる誠。
隣で溜め息をつく鉄子。
が、
「ちょっと待って!」
突然、唯が叫んだ。
「斉部君。その……二進法とかでの表記だと256は100000000って言ったわよね」
「え、あ……はい」
「それ、もしも額面通りの数字で考えたら、一億。そうだよね?」
「……ああ、言われれば確かに……」
「一億……英語での綴りは、One Hundred Million……」
言って露の間、沈黙した唯がまたしても叫んだ。
「頭文字。O、H、Mだわ。ドイツ語でOhmは叔父・伯父を表す。三囲さん、急いで盤面を押して!」
何事が起きたのか分からぬまま、叫ぶ唯の姿に困惑する誠を尻目に、梓は飛ぶように下り坂の一番下まで駆け降りると、壁に取り付けられた金属製の盤面のアルファベットを素早く押す。
O、H、M。
刹那、
ガコンと低い響きの音とともに、盤面のあった壁がゆっくりと下に落ち込んでゆき、その先に新たな部屋が見えてきた。
「何……ですか。何が、起きたんです……?」
その時、地面も揺らすような鈍く大きな音に混じり、時計棟が12時を告げる鐘を鳴らす中、呆けた誠がそう問うと、
「……一日目にして、ちょっとしたお手柄だった。そういうことさ」
そう言い、鉄子は腰を抜かしかけてへたり込む誠を見下ろし、にっこりと笑った。