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ようこそ、虎子ヶ原学園迷宮部  作者: 花街ナズナ
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迷宮部員の顔合わせ(1)


部室への移動に際して、誠は先ほどの轍を踏まぬよう、鉄子と最低限の接触で済むようにと、鉄子の腰辺りをやんわり掴んで体を支えた。

しかし、

鉄子の立場からすると、こうした下手にやんわりとした掴まれ方のほうがよほど、こそばゆい感触がして堪らないと、これまたクスクス笑いで指摘され、やむなく誠は鉄子の胴回りを腕でぐるりと巻きつくようにしがみつくことにした。

「あんまり分かりやすく照れないでよ。こっちまで変に照れくさくなってくるじゃないのさ」

「……すいません」

指摘を受けながら胴にしがみつく誠の耳に、風の音に混じっていつまでも鉄子の笑いが聞こえてくる。

そうこうすること、およそ五分。

「見えたわ。あれよ」

鉄子の声に顔を上げた誠の目に入ってきたのは、灰白色の大きな時計台だった。

「あれがここの北と南にひとつずつある時計棟のひとつ、南時計棟。そして現在の迷宮部部室があるのもあそこ」

「現在……って、部室が変わったりもするんですか?」

「ええ、しょっちゅうね」

「しょっちゅう?」

「この学園の地下にはね、まさに迷宮のように入り組んだ空間が広がってるの。入り口は多いけど、突破できる入り口は限られる。となると、どうしても部室自体もあっちいったり、こっちいったりしなきゃならなくなるわけ。んで、今突破を試みてるのがこの南時計棟の入り口ってわけなのよ」

「ああ……それで部の名前が迷宮部?」

「そゆこと」

短い問答がちょうど終わったところで、バイクは時計棟の横に付けられた。

見上げて時間を確認すると、もう11時48分。

騒がしい昼時を免れる事には成功したようである。

「さ、もう他の部員たちはとっくに全員集まってる頃よ。これが始めての顔合わせになるわけなんだから、しゃっきりして学園長にも見せた手並みをみんなにも披露しなさいな」

「……は、ええ?」

「何事も始めが肝心ってことよ。どうせこれからここでやってくんだから、いい印象を持ってもらったほうが生活しやすいでしょってこと」

「ああ、はあ……」

どうにもいちいち話が急きすぎていて、呆けた返事ばかり出してしまう誠の心中を察してか、鉄子は軽く誠の肩をポンポンと叩くと、続けて背中をトンと押し、時計棟の入り口に立たせた。

「な、なんですか、一体?」

「おたくが開けて入りなさいってのよ。始めてのことは出来るだけ積極的に関わって満喫しなさい。学園長の受け売りだけど、この世で一番楽しいことってのは、始めて何かをすることだって、よく聞かされてるんだよね。だから斉部も今この始めてをちゃんと楽しみな」

ドアに向かいながら、後ろの鉄子へ向けた目には、これまでとは違い、何やら奇妙なほど魅力的な笑顔を湛えた彼女の姿がある。

どこか、心がほっとした。

何かいろいろと不思議な話が続いてはいるが、どうやらここまで自分は予想外だったり、平常でない状況に無駄な緊張を感じ過ぎていたのかもしれない。

思えば、一年生にして留年すれすれだった身の上からさらに落ちる場所など無い。

なら、今置かれている妙な状況も面白いと感じられるはずだ。

Que sera seraケ・セラ・セラ

まさしく、なるようになる。

それとも、

人間万事、塞翁が馬というほうが適切だろうか。

ともかく腹は決まった。

「そう……ですね。始めては楽しい、か。確かに、ここまでくれば楽しまないと損ですよね」

開き直りにも近い、そんな感情で今日始めて破顔した誠は、すっとドアノブに手を伸ばすと、もはや躊躇も無く、力いっぱいにドアを開ける。

途端、

目に入ってきたのはすでに心積もりをしたはずの誠へ再び緊張を与えるような、またも異様な光景であった。

外壁と同じ、灰白色の室内は、ちょうど正方形をした部屋の中央を上下に貫くように金属製の螺旋階段が通り、特殊な吹き抜けのように見える上へと伸びる螺旋階段がどこまでも続く光景は軽い高所恐怖症の気がある誠にとって、ちょっとしためまいを起こさせるのに十分だった。

加えて、

上方向以上に素直に恐怖を感じさせる下へと通じる螺旋階段。

底を覗き込みたい衝動と、見たくないという本能がせめぎ合い、たらりと冷や汗が頬を伝う。

と、

「ほら、何ぼうっとしてんの。部室はこの下よ」

「え、し、下ですか?」

「当たり前でしょ。さっき言ったのにもう忘れたの。うちらが捜してるものはこの学園の地下にある。当然、部室も下にあるに決まってるでしょ?」

「い、いや、それは……分かってはいるんですけど……」

「あーもう、めんどいわね。とっとと下りなさいよ!」

鉄子に言われ、言葉に押されるように誠は螺旋階段へと進む。

周囲を見ても、中央の螺旋階段以外に何も無い現実に、半ばあきらめ、ぽっかりと穴が空いたような螺旋階段の手すりを強く握りしめると、やおら階段の一段目に足を下ろした。

すると、

不思議なもので、状況や建物の現実感の無さからか、先ほどまで恐怖感がはるかに上回っていたはずの感覚が、宙を歩くような浮遊感に包まれて夢心地の中に恐怖が解ける。

よくよく見てみれば、下は深さにして五メートル程度。

真性の高所恐怖症であるのならいざ知らず、さほどでないのが幸いし、誠は落ち着いて階段を下り始めた。


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