プロローグ(6)
再び鉄子のバイクの後ろへまたがり、今度は自分が寝泊まりすることになる寮へ向けて走る。
「……にしても、やたらと規則的に建物が並んでますね。おかげでどこもおんなじに見えて、迷いそうです」
「だから始めに言ったろ、ここは慣れてても少し油断すりゃあ迷子になれるって。ただでさえ馬鹿みたいにでかい敷地だからね。せめて自転車くらいは無いと、そこらを回るのは自殺行為だよ」
「自転車ですか……確かに、それくらいは持っていたいですね。でも、それを手に入れること自体がここいらでは一番大変そうですけど」
「学内の購買部でも自転車なら売ってるよ。値段はお世辞にも安いとは言えないけど、学外に出て自転車屋を探す手間を考えたら大した金額じゃないさ」
「さすがは全国屈指のマンモス校ですね。購買部で自転車まで売ってるとは……」
「ま、おたくは心配しなくていいさ。必要な時には私が送ってやる」
「……恐れ入ります」
「それより……」
言い止して、鉄子はバイクを走らせたまま、器用に後ろを振り返ると、どこか不思議そうな顔をして誠を見つめ、
「斉部よ。おたくはなんで両手をぶらぶらさせてんだい。いくら速度出してないといっても、どっかに掴まってなきゃ危ないだろ」
「あー……や、掴みたいのは山々ですけど、見た限り、どこにも掴むとこ無いし……」
「掴むとこが無いって……おたく、一体どこ見て話してんだ?」
そう続けると、鉄子は自分の脇腹辺りを手でポンポンと叩いてみせた。
「え、いや、それはちょっと……」
「何、遠慮してんの?」
「……まあ、さすがに……女性の体へむやみに手を触れるのはどうも……」
「……ふうん」
溜め息のような返事をしつつ、鉄子は前へ向き直り、運転を続ける。
と、瞬間。
突然、バイクが速度を増した。
「おわっ!」
急加速した車体に振りほどかれそうになり、誠は反射的に手を伸ばすと、鉄子の体へ慌てて腕を巻きつける。
厚手のライダースーツ越しにも関わらず、過敏になった神経のせいではっきりと伝わってくる鉄子の女性らしい柔らかな体の感触に、気恥ずかしさから顔が紅潮し、微かに腕に当たる胸元の豊かな肉感が、変な汗をかかせた。
「あっはは、いいねぇ、面白いねぇ。最近の一年坊ってのは思ったより随分とウブなんだな。可愛い可愛い♪」
「へ、変なこと言ってないで、もうスピードを緩めてくださいよ。手、手が離せないじゃないですか!」
「馬鹿言いなさんな。手ぇ離して危ない目に合われちゃこっちが迷惑なんだよ。このスピードなら嫌でも手が離せないだろ。しっかり掴まってな」
笑い声とともにそう言うや、鉄子はさらに速度を上げると、さも愉快そうに学園内の広い道を疾駆する。
そして、
所変わって、手荒く案内された寮の中。
日常生活を送るには十分すぎる広々した一人部屋へとたどり着いた誠は、床へ荷物を放ると、備え付けの大き目なベッドの端へと腰を下ろし、深呼吸でもするような大きい溜め息をひとつついた。
「お疲れさん。ようやく一息つけて落ち着けたかい?」
「……ええ、おかげさまでさっきまでの疲れがウソみたいに吹っ飛びました……」
「そいつは結構」
閉じた部屋のドアにもたれかかりながら、鉄子は明らかな誠の嫌味を意にも介さず、小さく、何度かうなずいてみせる。
「しかし、なんだってそう急かしつけるんです。何か、そんなに急がなきゃならない理由でもあるんですか?」
「別に特別な理由じゃないよ。時計を見てみな、もうすぐ昼休みになる。そうなると、さっきまでみたいに学園内を自由にバイクで移動するってわけにはいかない。どうしても人手が多くなるから、徐行しながらゆっくり運転を強制されちまう。だから気の毒には思うが、せっついてんのさ」
「なるほど……」
こちらに来てから、下手をすると始めて素直に納得出来ることを聞いたような気がして、誠は座った自分の足に肘をつくと、頬杖をついてしばしぼんやりとする。
が、
まだまだはっきりしない疑問が山ほど残っていることに気が付くと、にわかに姿勢を正して、鉄子に質問した。
「そういえば、学園長が言ってた部室って何のことです。聞かされた内容からして、部活動と関連する部分がまったく頭に浮かばないんですけど」
「ああ、それね。簡単さ。隠し財産の探索は部活動の名目でおこなってるんだ。だから部室もあるし、探索に関わる人間はみんな部員という扱いなわけ」
「隠し財産探しを部活でやってるって、なんだってそんな……」
「学園長いわく、隠し財産探しはあくまで自分の遊びみたいなもんだって話でね。子供の遊びは子供だけでやるべきっていうのが学園長の考えらしい。だからその気になればその道のプロを雇って本格的に探索できるところを、学生だけに限定してやらせてる。まあ、あの人なりの信念みたいなもんなんだろうよ」
「て……ことは、俺も自動的にその部の部員って扱い……ですか?」
「その通り」
「……はー、いちいち話が勝手に進んでくなぁ……」
「そう思うほど悪いもんでもないよ。迷宮部の部員は原則的にすべての授業を免除されるし、やることは基本的に得意分野だけさ。退屈な授業受けてる他の生徒に比べればよっぽど恵まれてるってもんさね」
「……迷宮部?」
「そ、迷宮部。うちらが所属する部の名前」
「何なんです。その、迷宮部って……?」
「部の名前の意味はすぐ分かるよ。関わり始めたら嫌でもね」
「はあ……」
「さ、荷物も置いたし、疲れも和らいだんならとっとと部室に向かうよ。もう昼までそれほど無い。バイクが飛ばせる間に用事は済ませちまおう」
言うや、鉄子は寄りかかっていたドアに向き直ると、ドアノブに手をかける。
「あ、すいません春賀さん。もうひとつだけ、質問いいですか?」
「何?」
開きかけたドアを閉じ、鉄子はベッドに座る誠に向かって振り返った。
と、座っていたと思っていた誠はすでに立っている。
校門前で始めて会ってから、強弱の違いはあるものの、消えることの無い疑問の目をまっすぐこちらに向けて。
「学園長とふたりで話していた時に、確か(関門)とかいうことを口にしてましたよね。それって、何のことなんです?」
誠からの質問に鉄子は露の間、無言で固まったかと思うや、すぐさまクスクスと笑いながら答え始めた。
「さすがだね。なるほど、学園長が目をつけただけはあるよ。よくそんな些細な話を覚えてたもんだ。いや、ほんと感心感心」
「茶化さないで、ちゃんと教えてくださいよ!」
「ははっ、悪い悪い。別に茶化したわけじゃないよ。ほんとに感心したのさ。ほんと……もしかすると、おたくが加わればこの財産探し、存外に早く進むかもしれないってね。そう、適性を調べたのは覚えてるだろ。あれと対になることだよ。どちらにせよ、部室に行けばすべてが分かる。全部ちゃんとつながってることだからさ」
そこまで言うと、鉄子は特に回答も無くドアを開けて部屋を出る。
すべては流れの中で知れ。
そうとでも言うように、無言の背中で誠を次の目的地、部室へといざなった。