プロローグ(5)
学園長……鏡花による奇妙な入学試験が終わり、誠は鏡花に促されるまま部屋中央のテーブルに対照で配置されたソファの一方に腰かけると、鏡花と鉄子は対面するように反対側のソファに腰を落とし、まずはやおら鏡花から口を開いた。
「さて、めでたくテストにも合格。この学園への入学も決まったところで、さっそくあなたの質問に答えさせてもらおうかしらね。あなたも何より今、気掛かりなことを解決したいというのが本心でしょうし」
やたら柔らかく、腰が深く沈みすぎて逆に安定しないソファに気を散らしつつ、誠はようやく疑問が解消されると思って無意識に吐息を漏らす。
「まず、あなたが受けたテストについて。あれは簡単な適性テストのようなものなのよ。この学園に招いた人間には、ひとつやってもらう仕事があってね。それに対する適性を見るためのテスト。逆を言えば、それゆえにこのテストに合格することが入学の絶対条件であったというわけよ。で、あなたがここに招かれた理由。事前の身辺調査であなたが適性を持っている可能性が認められたこと。それが理由。加えて教えておくと、あなたをここに呼んだのは私。誰の思惑でここに呼ばれたのかも多少は気にかかってたでしょ?」
「まあ……気になってなかったと言ったらウソですけど……でも、ここまで聞くと、今度は他のことがやたら気になります」
「何?」
「その、適性とかいうの、一体何の適性です?」
「……そうね。それはこういう話になってくると、そこが何より気掛かりよね。だけど、それを説明するにはまず根本的なところを全部理解してもらう必要があるの。長くなるけど大丈夫かしら?」
覗き込むように身を乗り出して自分の目を見つめてくる鏡花に、誠は少々腰が引けてしまったが、話の全容を聞く以外には自分の今現在、置かれた状況が掴めない事実だけは確かだと腹をくくり、ためらいながらも首を縦に振った。
「分かったわ。じゃあまず本当の事の発端、この学園の成り立ちから説明してゆくわね」
「……この学校の、成り立ち?」
「あなたもここに来るまでにはある程度の話は聞いてるでしょ。この学園にはいろいろと噂話が絶えないけど、真実はひとつよ。それをこれから話してあげる」
「……はあ」
「今年、この虎子ヶ原学園は創立百周年を迎える。つまり創立は今からちょうど百年前。私の祖父にあたる有栖院清房が建てたのがこの虎子ヶ原学園よ。祖父は華族で、子爵であると同時に財閥のトップでもあった。けど、第二次大戦後の貴族制度禁止によって爵位を剥奪され、さらにGHQによる財閥解体で一転、我が家は転落の憂き目にあったみたい。だけど祖父はどうにも負けず嫌いな性格だったらしくてね。八方あらゆる手を尽くして自分の財産を守ろうとしたの」
「財産を守るって……GHQやそういったものからですか?」
「GHQももちろんだけど、大きかったのは敗戦という事実のほうよ。正確には、戦争が敗色濃厚になった時点で日本通貨は国際的には紙くずみたいな価値になってしまったから、敗戦後は単なるとどめってだけのこと。その点、祖父はかなり早い段階で資産を有形資産……例えば金やプラチナなんかに変えて難を逃れたらしいわ。そして、戦後もそれを活用して一族の安泰を図り、見事に有栖院家は戦後もこうして羽振り良く立ち回れるだけの財力を確保した。ここまでは分かった?」
「あ……はい」
「でもね。実は祖父の財産防衛策はそんなもので終わりじゃなかったらしいのよ。詳しい資料が現存していないから確証があるというわけじゃないけど、想定されていた戦前時点での祖父の総資産が、どうにも戦後に残され確認された財産総額より極端に少なかったみたい。そしてそれが原因なのよ。世に噂話として語られる我が家のまさしく伝説。華族、有栖院清房の隠し財産の噂」
ここまで話すと、鏡花は宝石のように目をキラキラさせていた。
まるで異国の冒険譚に胸躍らせる子供のように。
「隠し財産ですか……なんだか、徳川の埋蔵金やらM資金並みの胡散臭さですね……」
「胡散臭さについては否定しないわ。何と言っても、今言った通りで何の証拠もないわけだからね。でも、少なくともいい意味で疑わしい状況証拠ならいくつか揃ってるのよ」
「……と、言いますと?」
「例えばこの土地の名前だけど、祖父がこの学園を建てる以前の地名は虎衣っていう名前だったの。それが何故か、祖父が学園を建てた時点での地名は今の虎子。一部の証言によれば、ここに学園を建てようとなった際に土地の名士であった父が地名をそれに合わせて変えたらしいわ。虎の子の言葉の意味は知ってるわよね。秘蔵の金品のことなんかのことよ。そう考えると、うちの祖父の底意が感じられる気がしない?」
「……うーん……」
「さらに言えば、虎子ヶ原っていうのはこの学園の名前にしか存在しないの。この辺り一帯に虎子って地名は存在しても、虎子ヶ原って名前は地名としては存在せず、学園の名としてあるだけ。これも少し解釈を変えてみて。虎子ヶ原の原を、お腹って言葉に置き換えて考えたら、隠し財産のある場所はこの学園なんじゃないかって思えない?」
徐々に熱を帯びてくる鏡花の話しぶりに、誠のほうはどう対応するべきなのかを必死に考えていたが、その苦しげな様子に気が付いたらしく、横から鉄子が口を挟んだ。
「学園長、お話が随分と楽しそうなのは結構ですが、斉部のほうは完全に引いてますよ。思うに、この子にはもっと具体的な状況証拠を実際に見せたほうが早いんじゃないですか?」
「ああ……そうね、ごめんなさい。私にとってこの隠し財産探しは子供の頃からずっと続けてきた唯一の趣味にして最上の暇つぶしなのよ。私に許された最高の娯楽。だから、どうしても話してると熱がこもってきちゃって……」
鉄子に諭されるや、ふと我に返ったように鏡花は自嘲気味な笑みを浮かべて前のめりになっていた体を後ろへ反らし、ソファに背もたれて言う。
「それじゃあ、斉部君もこっちへ来たばかりで落ち着いてないだろうし、まずは寮のほうまで春賀さんに送ってもらいなさい。で、部屋で少し休んでから部室を見てもらいましょう。それでいいかしら?」
「いいですよ。どのみち寮への案内はしなくちゃなんないと思ってましたから、まずは部屋で一息ついてもらってから部室に連れてきますよ」
「いいわ、それでお願い」
「了解です」
何故か自分のことであるにも関わらず、鏡花と鉄子の間で勝手に進む話に、誠の顔がまたもや曇る。
が、提案されてる事柄は実際に疲れている自分の身を思うとありがたいのは確かである。
「よし、そんじゃとっとと寮の部屋に荷物置いてくるとしようか、斉部」
すいとソファから立ち上がりつつ、鉄子は誠へ呼びかけた。
「さっさと荷物持ちな。時は金なり。急いで行くよ」
「え、は、はい!」
言われて、慌てながら誠は持参した荷物をすぐ肩にかけると、自分を無視してすたすたとドアまで進んでゆく鉄子の後ろに早足でついてゆく。