プロローグ(4)
「では、さっそくテストよ。斉部君、この紙を見てちょうだい」
話しつつ、学園長は先ほど出そうとしていた何かを胸ポケットから取り出す。
それは小さく折りたたまれた紙。
それを丁寧に広げると、不思議な数字の羅列されたものが見えた。
「この数字の羅列を見て、三ケタの数字を導き出しなさい。制限時間は三分」
17
45
52
592734857189
139284576952
78
21
16
描かれていたのは、こんなものだった。
図形のように配置された数字。
広げられた紙を手渡されると、誠が目を通し始めたところで学園長は壁にかけられた時計に目をやり、カウントを始める。
秒針が右回りにゆっくりと回転してゆく。
十秒。
二十秒。
三十秒。
正確に秒針は回る。
一回転。
長針がわずかに進み、一分の経過を示す。
瞬間、
「分かりました」
何事も無いように誠は言った。
今度はまたもや学園長と鉄子が少しばかり驚いた表情になる。
「……早いわね。では、答えは?」
「178です」
「……その答えの根拠は?」
「簡単です。図形はプラスの形を表してます。つまりは、記された数字をすべて足せば答えになる。導き出す数字が3ケタという時点で、各数字は単数で扱うんだろうとすぐに気づきましたよ」
「なるほど……じゃあ、さらに問題を加えるわ。そこからさらに二ケタと一ケタの数字を導き出しなさい」
「それも簡単。16と7です」
「根拠は?」
「最初に言った通り、図形はプラス。つまりまず先に導き出した178をそれぞれ1+7+8という具合に足していけば16です。さらに1と6を足せば最後は7になる。よくある単純な単数変換ですよ」
誠としては、果たしてこれだけ勿体つけられたところでどれだけ難解な問題を突きつけられるのかと内心で冷や汗をかいていたが、出されてみればすこぶる単純。
一分前まで緊張していた自分が馬鹿らしく思えた。
「お見事、正解よ。じゃあ続いて本試験に移りましょうか」
「なっ、こ、これで終わりじゃないんですか?」
「自分でも今言ったでしょ。簡単だって。実際、肩慣らしよ。さ、次は少しばかり知識のいる問題よ」
「はあ……」
「カトリックとチェスの共通点を述べよ。制限時間は十秒」
「え、ええっ?」
「十、九、八、七、六……」
「は、はい、はい、ビショップ(司教)です!」
「ご名答」
誠の解答に満足したのか、学園長は無表情な口元へうっすら笑みを浮かべて小さく手を叩く。
「よかったわね斉部君。合格よ。そして入学おめでとう」
「……は、はあ……」
問題の難易度にというよりも、まるでなぞなぞじみた奇妙な問題が出されたことに少なからず動揺はしたが、結果として先方の要求には応えられたらしく、誠はようやく肩の荷が下りたような心地になった。
「でも……合格はうれしいですけど、なんだってこんな妙な問題を……?」
「それについてはおいおい説明してあげるわ。何せ、あなたが思っているよりもこちらの事情は込み入ってるものでね」
「事情……ですか……」
「心配しなくてもいいわよ。今やあなたはうちの生徒。言い換えれば、関係者。聞きたいことは包み隠さず話してあげる」
そう言い、学園長はここに来て始めてはっきりとした微笑みを誠に向けた。
それに対し、誠はいくばくかの安心感と、より強い不安感を得ることになる。
訳の分からぬテスト。
その結果としての入学。
今まさにこの学園の生徒となった事実に、言い知れない不安が胸を焼く。
「それじゃあ、まずはあなたからの質問に答える前に自己紹介からさせてもらおうかしらね。私の名前は有栖院鏡花。この虎子ヶ原学園の現学園長よ。これから長い付き合いになるだろうからひとつ、よろしく」
言って微笑む鏡花の様子を見て、後ろで事の成り行きを見ていた鉄子はクスクスと小さく声を出して笑っていた。