プロローグ(3)
「学園長、例の少年、連れてきましたよ」
外観に違わず、豪奢な内部の装飾に目を奪われつつ、これまた見た目通りに広い本校舎の中を長々歩いてきた誠は、せっかくバイクの上で少しばかり回復した体力をまたぞろ削られて息を上げていた。
そんな彼の様子には相変わらず関心無しといった風で、鉄子はノックも無しに声のみ、外からかけて学園長室のドアを勢いよく開け放つ。
と、ここでもまた目にした光景に、誠は蓄積した疲れを一時忘れて見入ってしまった。
想像以上に広い室内。
想像以上に高い天井。
大きな窓から入ってくる陽光に照らしだされた室内は、一体どこの国賓を招くための部屋なのかと首を傾げたくなる。
すると部屋の奥、
窓際に置かれたいかにも高そうな大きな机を背にして外を眺めていた様子の人物が、ゆっくりとこちらへ振り返った。
見ると、まだ年若い女性に見える。
と言っても無論、自分よりは間違い無く年嵩だろう。
仕立ての良さそうなグレーのスーツに身を包んだその女性は、見た目の年齢で合っていれば、そこそこ二十代前半といったところだろうか。
背中にかかるほどの艶やかな黒い髪を後ろで結い、切れ長の目と、どこか無表情な顔の印象がなんとも特徴的である。
「ご苦労様、春賀さん。にしても、またノーヘルでバイクに乗ったわね、あなた」
学園長と呼ばれた女性の第一声がそれだった。
「あら、なんで分かっちゃいました?」
「ヘルメットをしていたなら、顔に圧迫痕が出来るはずでしょ。まったく……いくら私有地の中だとはいえ、メットくらいまともに被りなさい。ライダースーツは頭までは守ってくれないのよ」
「はいはい、今度からは面倒がらずに被りますよ」
「ならよろしい」
学園長と鉄子の手短な会話が進行する間に、当の学園長と呼ばれた女性は、するすると室内を歩み進んでくると、鉄子の前まで近づいていた。
「で、これが今回の候補?」
言って、鉄子の背後にいる誠に目を向けてくる。
間近で見ると、よりその視線は印象的だ。
いやに冷たい……というか、まるで人を人として見ていない。
そこいらに落ちている物でも見るような目。
品定めをするような目であることを差し引いても、どうにも無機質な感覚が拭えない。
勘所が間違っていなければ、これは相当に性格のきつい手合いだなと、誠は音も立てずに嘆息した。
「ええ、校門の前でグッタリしてたのを拾ってきました」
「一時間の徒歩だけでグッタリか……体力面では期待はできそうに無いわね」
「でも別に体力云々は必須事項ってわけでもないでしょう」
「必須ではないだけであって、あるに越したことは無いのよ。(関門)を通るのに一番必要なのは頭だけど、体が動くほうが有利な場合も多い……」
再び、自分の目の前で始まった学園長と鉄子の会話は、これまた何を話しているのだか微妙に分からない内容だったが、そうした誠の心理とは関係無く、学園長の品定めのような視線は誠を透視でもするかのように、真横からしばらく投げつけられ続け、急に、
「さて……じゃあ、さっさとテストを始めましょうか」
そう言い、学園長は胸ポケットへ手を伸ばすと、そこから何やらか取り出そうとした。
が、
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ここで堪りかね、誠が口を挟む。
「さっきからなんだかよく分からない話をつらつらとしてらっしゃいますけど、一体、テストって何なんです。それとテストに合格しないとここに入学できないとか、どれも事前に聞いてない話ばっかりですよ!」
声の音量こそ自分なりに抑えたものの、一気にまくしたてた誠の言葉に、鉄子も学園長も少々目を丸くした。
まるで、(なんでそんなどうでもいいことを聞いてくるのか?)とでも言わんばかりに。
すると、
「……斉部誠……と、言ったわね。あなたの名前」
「あ……え、はい……」
「あなたの質問は三つ。ひとつはこれから受けなければいけないテストとは何なのか。ひとつはそのテストに合格しないと何故、入学が出来ないのか。そして、このふたつの質問から思うに、口にはしていないもうひとつの質問。何故、自分はここへ呼ばれたのか。こんなところだと思うのだけど、合ってるかしら?」
相も変わらず、道端に落ちた空き缶でも見るような目で学園長が一息に自分の質問を整理して言った。
同時に、今度は誠が目を丸くする。
あまりにも端的に自分の疑問点をまとめ上げられたもので、正直かなり面喰ってしまい、次に発すべき言葉がすぐに出てこない。
質問にうなずくことすら意識に浮かばなかった。
「その様子だと、私の察しで合っているみたいね。では改めて斉部君。その質問に答える条件を提示するわ」
「……条件?」
「そう、悪いけど今のあなたの立場は無条件に人へ質問が出来るほど上等とは言い難い。でもそれは今、現時点でのあなたの価値の話。もし、私の出すテストに答えることが出来たなら、あなたの質問には隠し立て無く、すべて答えてあげる。それこそ、質問によって生じる質問についても、ね」
矢継ぎ早に繰り出される、学園長らしき女性からの言葉に、ただでさえ頭に浮かばない言葉がさらに掻き消されてゆく。
ただ、
今、自分が置かれている立場と理屈だけは理解した。
とにかくテストを受けなければ話が進まない。
それも、合格しないと話にならない。
最高に性質の悪い抜き打ちテスト。
口こそ動かせなかったが、誠はそれを了承したことを伝えるため、ゆっくりと首を縦に振る。
それを見ると、学園長は無表情な顔つきの中に、わずかばかり微笑みに似た変化を見せた。