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ようこそ、虎子ヶ原学園迷宮部  作者: 花街ナズナ
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ブレイン・シャッフル(2)


「こうなると、アプローチを変えるべきだろうな。智守、あんたとしてはこのメッセージから何か感じるところはあるかい?」

「いえ……全然。貴族というと、英語ならアリストクラート(Aristocrat)。もしくは、ブルー・ブラッド(Blue blood)なんて言い方もしますが、何か手がかりになりますか?」

「どうだ三囲」

これにも、梓は落ち込んだ顔で首を横に振るのみ。

続いて、

「露草、あんたは?」

「あるにはあるよ。四葉のクローバーってお歌。アメリカの詩人さんが作ったおんなじ名前の詩に曲をつけたもの。原題は英語だし、歌詞もほぼ元の通り。内容は基本的にキリスト教色の強いお歌だね。四枚葉のクローバーって十字架に見えるから、キリスト教圏では特に神聖なものとして考えられてるみたい。でも……詩の内容には貴族に関係するような部分は無いよ」

「とさ。三囲」

視線を移して鉄子が再び声をかける。

しかし当然、

梓からは首を横に振る仕草しか返ってこない。

それを見てから鉄子は、

「斉部、おたくは……」

ここまで言われたところで、誠は自分まで回ってきてしまった順番に狼狽し、何も思いつかなかったことをどう説明しようかとあたふたしていると、

「……いい。その態度で分かったよ。ありがとう」

何か、呆れられたようにそう言われ、大きめの溜め息をつかれた。

今度は誠も梓に倣うようにしてうなだれる。

分かっていたこととはいえ、やはり辛い。

はっきり言って、メッセージを見た時点ですでに予測はしていた。

この(関門)は自分の完全な管轄外だと。

あとは遠巻きに見学。

逃げ出せない分、始末が悪い。

元々、嫌な現実から逃走する癖がある誠にとって、こういう生殺しの環境は何よりきつい。

それも、

今現在の自分が置かれた立場を、自分のその性質が招いたという因果がまたきつい。

自業自得とはよく言ったものだ。

逃げて、

逃げて、

逃げ続けて、

最後はこうして袋小路に追い込まれる。

これが人生の真理だと達観するほどの度量が自分にあれば問題無いことだが、当たり前ながら誠にそんな高尚な素質は無い。

とはいえ、

自分が今、置かれているような立場を、鉄子や唯、梓や玲奈も何度となく体験しているのだろうと思えば、まあ少しくは気も楽になる。

ではあるが、

恐らく、先ほどの鉄子や唯、玲奈の言からして、分からない、もしくは専門外と思しいとしても、ヒントになりそうなパーツくらいは自分の知識の中から掘り出せないと、いたたまれなさが比べ物にならないほど大きくなる。

今回はお役に立てないでしょうけど、とりあえず私的にはこんな考え方や知識もご披露できますよ的な、そういうものがあると無いとでは精神的な立ち位置がまったく違う。

(ああ……役立たずの木偶の坊が、ぼんやり立ってやがるとか思われてるんだろうな……)

など、いちいち悪いほうの想像力ばかりが活発に働いてしまう。

「……すいません。私の専門だと思うんですけど、ヒントがこれだけだと……」

苦しそうな、申し訳なさそうな様子で、梓がうつむいたまま鉄子に言う。

思えば、きつさからすれば彼女のほうが上であろう。

専門外だから役に立てないのは当然のことだが、専門と思われる事柄で役に立てないとなったら、それこそ公開処刑のようなものだ。

ふと、そう感じる。

普段はあれほど毛嫌いされ、そのため、どちらかといえば間違い無くこちらも悪感情を抱いていた梓ではあるが、状況が状況となると、同情心も湧いてくる。

なんとも不思議なものだ。

余裕が無くても、人は人に同情出来るとは。

それに思ってみれば、自分は梓を同情するほど、上等な立場ではないというのに。

まことに人間の精神の動きというのは都合がいい。

そう、うっすらと思いつつ、誠は自分なりに立場をわきまえようと、少し距離をとって四人の様子を観察し始めた。

「参ったね。これだけ頭数が集まってるってのに、どうにも手詰まり臭くなってる」

「……面目ないです……」

「三囲のせいじゃないさ。ちょいと問題がイジワル過ぎただけのこと。まったく……どうしてこうも材料が少ないかね」

「もうちょっと……具体的なヒントさえあれば……」

「ふむ……シロツメクサから連想することなんて、あとはもう花言葉ぐらいしか無いよ」

「……は?」

「シロツメクサの花言葉っていうと、(約束)とか(私を守って)とかか。あとはクローバーの花言葉としては、(復讐)が有名かな?」

「!」

そこまで聞き、梓はにわかに、

「分かりました!」

言い放った。

「モンテ・クリスト伯です。日本では岩窟王という名前のほうが通りはいいですが、春賀さんの言った花言葉が合ってるなら、物語の筋と完全に合致します!」

「……ほお」

「まずモンテ・クリスト伯の主人公であるエドモン・ダンテスはメルセデスという女性と婚約していました。これは花言葉のうち、(約束)に当たります。次いで、エドモン・ダンテスは関係する様々な人間から裏切りを受け、ついには投獄されるまでになりますが、この周囲の人間たちのエドモンへの裏切り行為は自己保身などに裏打ちされています。これは花言葉の(私を守って)を指していると見るべきです。そして最後の花言葉(復讐)。エドモンは脱獄し、自分を陥れた人間たちへの復讐を開始するんです。その際に自らの名を偽って使った名がモンテ・クリスト伯爵です!」

「お見事」

一気に話し終え、目を見開き、興奮した様子の梓に、鉄子は素直な賛辞と軽い拍手を贈った。

「意外なところで勘が働いてくれてうれしいよ。さ、じゃあ早速そのモンテなんとかって貴族の名前をドアに入力してくれ」

「あ……」

「どした?」

「すいません……私、モンテ・クリストの綴りまでは知らなくて……」

せっかくの熱気を覚ます現実にまた梓はうつむきそうになったが、それより早く、

「ご心配無く。そんな時のためのチームプレイですよ」

唯が名乗りを上げ、ドアに向かう。

「えーと……モンテ・クリストだから、響きからしてまずイタリア名ですね。となると、綴りは発音と同じです。Monte Cristo……っと」

手際よく金属製のアルファベット表記されたボタンを押してゆく。

軽快に正確な十一回の入力音。

すると、ガチャリとドアが高い音を立てる。

「……開錠成功だな。三囲、智守、ご苦労さん」

その言葉に、ふたりは素直にうれしげな微笑みを浮かべた。

だが、

「ありがとうございます。でも……なんか……」

「ん?」

「意外っていうか……春賀さんって、花言葉とかにも強いんですね……」

ああ……と、鉄子以外の全員が思う。

途端、

唯、梓、玲奈、さらに誠までが、何か含みのある笑いを浮かべ、目を細めて鉄子を見つめる。

「なんだ……あんたら、その目は……?」

通して睨むように全員を見渡した鉄子は、返事の代わりに返ってくるニヤニヤ笑いに業を煮やしたようで、

「……悪かったな。顔に似合わない趣味で……」

憤然として言い捨て、さっさと開錠されたばかりのドアを乱暴に開きにかかった。


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