冒険の意味(6)
分かっている事実がひとつある。
それは、
爆発物の(関門)の部屋で、実はひどい惨事があったということを隠したことはそれとして、梓に抱きつかれたのは自分であって、それを強制もしていないし、誘いすらしなかった。
すなわち、梓に抱きつかれたことに誠自身は非が無い。
それだけは確かなのだ。
が、だ。
人間の関わりというのは、何もかもが必ずしも道理で通るようには出来ていない。
確かに誠に非は無かった。
しかし、
そんな誠を殴った梓にも、非があるとは言い難い。
もちろん道理に照らせば、梓の暴力は八つ当たりも甚だしい。
とはいえ、あの状況での八つ当たりはある意味で当然でもある。
悲しいかな、男は生まれた時点から、こうした貧乏くじを引くことを義務付けられているようなところがある。
そうして少年は、ようやく訪れた一日の終わりを、男と生まれた悲しさとともに過ごす。
部屋のドアは破壊され、土足で踏み荒らされた室内で。
唯一、無事なベッドに潜り込み、睡魔が優しく殴られた頬を撫でてくれるのを待つ。
朝まではまだ長い。
特に、二度寝に近いこの状況では、睡魔もなかなかご登場くださらないだろう。
それでも辛抱強く、布団を被って眠気を待つ。
今日はもうこれ以上、何事もしたくない。
食欲すら欠片も起きないのは、考え方によっては好都合だった。
見事に夕食を取り損ねた身としては、それは今日、遭遇した数多くの不運と比べれば、幸運と判断しても間違いではない手合いのものだ。
だとしても、
三日月と星々の光が窓から照らす中、誠の意識が心地良い眠りへと落ちてゆくにはまだ時間がかかる。
そんな頃、
夜も更けた本校舎。
学園長室と同じく、本校舎内にある自室の中で、鏡花は鉄子から今夜の事情を聴いていた。
「……と、いうわけで、外からの侵入者は文字通りの自爆で雲散霧消。ひとまず面倒事は無くなり、(関門)も無事に突破。明日からはまたさらに次の部屋の(関門)に取り掛かれるわけですから、万々歳と言ってもいい状況かと思われます」
「ご苦労様。夜遅くまで大変だったわね」
報告を聞き、鏡花は鉄子にねぎらいの言葉を贈る。
「ただまあ、心配がこれで本当に無くなったかと言われれば、なかなか素直に首を縦には振れませんけどね」
「……何か、気がかりなことでも?」
「これはあくまでも私の憶測なんですけど、恐らく爆発物の処理を誤った人間は時間切れで命を落としたように思えるんです。解除にかかってた当人は木端微塵になってしまいましたから確証はありませんけど、どうも私の勘が、やたらと強い金銭への執着を感じさせるんですよ」
「ふむ……」
「もし実在するとすれば、それこそ天文学的な数字の財産が隠されてると先方も承知しているはず。だとすれば私らなんかとは比べ物にならないほどの専門家を潜入させてくるでしょう。とすると、解除ミスで吹き飛んだという可能性より、時間切れまで粘った挙句の惨事と考えるのが妥当だと思うわけです。加えてあの現場を見て感じたのは、先方が送り込んできた人間の数。果たしてたったひとりってことがあるもんですかね」
「この学園に、複数人の侵入者がいると?」
「繰り返しますが、あくまで憶測です」
「なるほど、ね……」
すでに寝巻に着替え、クイーンサイズのベッドの端に座りながら鏡花は少し考え込むと、鉄子のほうを向いて言う。
「あなたとは小さいころから、もう十年以上の長い付き合いですもの。そんなあなたの勘なら私は信じるわ。とりあえず迷宮部の他の部員たちには自衛を優先させてちょうだい。せっかくの遊びを台無しにされるのは癪に障るけど、あなたたちに何かあったりしたら、遊びを楽しむどころじゃなくなってしまうものね」
「了解しました」
「春賀さん。あなたもくれぐれも無理をしないように。これはあくまで子供の遊びよ。大人が金や命を巡って争うような醜い代物じゃない。あなたたちが巻き込まれずに、無事でさえいてくれれば、まだまだいくらでも遊ぶチャンスはある。とにかく向こうの出方をうかがいながら動くことにしましょう。焦ってじたばたするのは連中だけで十分よ」
鏡花の言葉に、鉄子はこっくりとうなずき、部屋を出た。
パタリとドアが閉まり、外側から鉄子が鍵をかける音を聞くと、鏡花は倒れるようにベッドに身を投げる。
仰向けに、天井を眺めながら思うことはひとつ。
叔父に対する怒り。
子供の頃から、有栖院という家名に押し潰されそうになりながら育ち、遊びたい盛りに、何といった遊びも出来ずに今に至った。
それゆえにこの学園は鏡花にとって、生まれて始めて手に入れた遊び場だった。
彼女にとって、すでにある財産だけでも持て余すほどのものがある。
これ以上の金銭的優位になど興味は無い。
ただ遊びたいのだ。
子供の頃に帰って。
子供の頃、自分以外の子たちが夢中になった冒険ごっこや探検ごっこ。
夢見ているのはそれだけ。
無論、自身が参加できないもどかしさはある。
それでも、
せめて、楽しく遊ぶ子供たちの姿を見たい。
せめて、楽しく遊ぶ子供たちの場を提供したい。
それを、相続したこの学園は見事に叶えてくれた。
それだけに腹が立つ。
遊び場を汚す強欲な大人が。
「……子供の遊びは、物欲を満たすようなものであるべきじゃない。心を……満たすような、そんなものであるべきなのよ……」
ぽつりと、つぶやきながら鏡花は瞑目する。
願わくば、明日もこの学園に遊びが有り続けるようにと願いながら。




