冒険の意味(4)
「手順はもう頭ん中で出来上がったよ。まあ見てな。私の見事な手並みをさ」
普段よりも確かに緊張を感じる口調の中にも、鉄子ははっきりとした自信を滲ませて言う。
それから、
彼女の手際はまさに有言実行そのものだった。
素早くワイヤーストリッパーで振り子信管とバッテリーから伸びた二本ずつの配線のビニール部分を剥がすと、剥き出しになった振り子信管の配線をバッテリーへとバイパスし、ためらい無く振り子信管の二本の配線をニッパーで切断する。
「なんとも幼稚な罠だね。この振り子信管がダミーだってことは先刻お見通しさ。地震大国の日本で、しかも隣で同型の爆発物が爆発する可能性を考慮したら、振り子信管なんぞ使うような馬鹿げた真似はできないっての」
嬉々として言いながら、鉄子の手は止まらない。
二箇所をネジ止めされていた振り子信管をすぐに取り外すと、その後ろに隠れていたボックスのフタを外しにかかる。
固定しているのはネジ一本。
「中心部分をネジ一本で固定してるってことは、防衛回路の心配は基本的にしなくて大丈夫だと思うけど、気は抜かないよ。場合によっては、またフタをずらして見える隙間から解除する手合いかもしれないからね」
そう言って、慎重にボックスのネジにドライバーを当てる。
そしてゆっくり回す。
後ろから様子を見るに、どうやら予想通りだったようだ。
始めの一回転の慎重さを終えると、鉄子は早々にネジを抜き、フタを取り外した。
偶然にもその瞬間、誠と鉄子は同時に大きな溜め息をつく。
「春賀さん……時計がもうすぐ58分になります……」
「分かってる。安心しなよ。恐らくはこれで最後だ」
急くようにささやく誠の声に答えながら、鉄子はボックスのフタを外す。
すると見える。
「……ビンゴだ。こいつが左の時計つきボックスからつながってるだろう接続管の中身だよ」
箱の中には配線が四本。
「この四本のうち、振り子信管からバイパスした分も含めて二本がバッテリーから伸びてる。これはアウトだ。残り二本のうち一本は起爆装置とタイマーをつないでる。つまりそれが唯一起爆装置につながった線の中で切るべき線であり、同時にそいつを切ればタイマーと信管とが分断されて時限信管の機能を失う。だが問題は、もう一本の線だね」
「もう……一本は、何なんです?」
「ダミーだよ。切ったら終わり。切断した途端に信管が作動してドカンだ。簡単に言うとバッテリーから伸びてる黒い二本の線は無視。残りの二本、赤と緑の線、どっちの線を切ればいいのか。さて、最後の最後でよくある展開になっちまったね」
苦笑しながら、鉄子は手に持ったニッパーを左右に振って見せる。
誠はといえば、
笑い事じゃないというのが本心だ。
残り時間が迫ってる時に、こんなよくある展開。
冗談じゃあない。
大体、機械に強い鉄子が見てもどちらなのかが判断できないような装置を作るなんて、反則もいいところだ。
今、こうしている間にも、自分の胃にはストレス性の穴がぽこぽこと空いてるのだろうなと、軽い頭痛とともに胃がきりきり痛むのを感じる。
と、その時。
「さあてと、残念ながらこれで手詰まりっぽいが、斉部、最後の望みだ。このボックスのフタに書かれたメッセージ。意味分かるか?」
急に言い出し、鉄子は最後に外したボックスのフタを誠に差し出してきた。
書かれていたのは次の文。
獅子を殺せ
わずか五文字のメッセージ。
「獅子を……殺せ?」
「……分からないか。仕方ない、こいつはもうあきらめて部屋の外に……」
「待って!」
叫ぶような声が室内に響く。
驚いたのは鉄子。
さらに、
誠も驚いた。
驚いた理由は単純。
どちらの声でもなかったのだ。
誠の声でも、鉄子の声でも。
それが突然、背後から聞こえてきた。
反射的に誠も鉄子も後ろを振り返ってみると、そこには何故か梓が立っていた。
爆発物に集中していたせいもあるが、一体、いつから後ろにいたのだろうか。
特に鉄子は完全に解体に集中していたから無理も無いが、誠のほうは多少なりと気配のひとつでも感じておかしくなかったが、重ねて驚くほど梓の存在には気が付かなかった。
寝巻姿で靴をつっかけ、誠の後ろに険しい顔をして立っているのを見ても、まだ梓がいることに現実感が出ない。
「え、み、三囲……さん。なんで、ここに……?」
呆けて、昼間の口喧嘩の余韻からか、(さん)付けすべきか誠は一瞬躊躇しつつ、梓に問う。
「無駄口聞いてる暇無いわよ。とにかく春賀さん、緑です。緑の線を切って!」
声のトーンを下げず、再び大きな声を上げる梓の言葉に反応し、鉄子はボックスの中身に向き直ると、即座に四本の配線の中から緑の線を摘み上げ、ニッパーですぐさま切断した。
瞬間、
誠に既視感が襲う。
昼間に体験した振動と音。
見ると、部屋の奥側の壁が鈍く低い音を立てて地面に落ち込んでゆく。
何度見ても、なんとも映画じみた派手な光景だ。
「……解体成功だな。これでまた次の部屋への入り口が開く……」
屈み込んで作業していた鉄子は、緊張から解放されたためか、ざっと床にあぐらをかいて座り込み、天井に吹き付けるように上を向き、ひときわ大きな溜め息をついた。
「に、してもなんだって三囲がここにいるんだ。私は寝ろって言っただろうに」
「……すいません。どうにも気にかかってしまって、帰る途中で引き返してきちゃいました」
「ま、結果オーライだ。あんたがいなけりゃ、解体はあきらめて逃げる寸前だったからな」
「ありがとうございます」
横からふたりの会話を聞きつつ、誠はあきらかな梓の態度の違いに眉をひそめた。
あれだけ自分にはきつい態度をとっていた梓が、鉄子からの感謝の言葉には、押し隠していても透けて見える喜びを表情に浮かべて鉄子を見つめている。
こうも極端に態度が違うと、理由が分かっていても少しばかり腹立たしい。
とはいえ、
自分は三囲にとっては単なる同級生。
鉄子は二年上の先輩。
この程度の対応の差は、事情を含めずとも仕方なしかと、誠は今日何度目かの嘆息を漏らす。




