夜空の時代
碧、と彼の名を呼ぶことが、蜜樹にはためらわれてならなかった。透明な不可視の月光が、神を貫く槍のように二人に突き刺さる。夜空の帳はヴェールのように薄く、蜘蛛のつむいだ糸のようにふわりと揺らいだ。
闇に満ちている。とぷとぷと音のしそうな夜は、忍び寄った暗がりに、気付かず、引きずり込まれてしまう。
「蜜樹、どうかした?」
ヘリオトロープの深い色に染まった月が、碧の手に落ちる。彼の指先からは、涙ともつかぬ露がぽたぽた
滴る。掬いとった水玉の欠片を、碧はそっと口に含んだ。
「碧、」
「こぼれているよ、蜜樹、僕らの―――」
砂を指の間から落としたように、流れる水を思わせる碧の声は、なめらかな絹のごとくするすると広がる。
「気をつけないと、帰れなくなる」
ふと蜜樹が目を向けると、緑青の顔料をとかした碧の瞳が、飴玉みたいに小さな空の月を見た。
「僕らの聖地にさ」
碧は、言った。