8 いちご
昨日、中部先輩に手をひかれて戻った、囲碁部の部室。
目に飛び込んだレイの顔。佐竹先生、佐東君にユキちゃん。
こみあげてくるなにか。ボロボロこぼれおちてほほを伝うなにか。
あわて、駆け寄ってくれたレイ。なのに、ことの張本人、中部先輩は、、
「なんで泣くの?ほら、飲んで。」
とレモンスカッシュのフタを外して押し付けてきた。言われるがまま一口飲んで・・・薫くんの心配そうな顔をみて、そしてもう一口・・・また一口。
レモンスカッシュを飲み込むときに、一緒に涙も飲み込んでることに気がついた。ペットボトルの中身が半分ぐらいになったところでようやく正気に戻れた。
その頃には、たなかくんも部室に戻っていて、あたしはまた、たなかくんにレモンスカッシュをあげそこなったようだ。
「中部、あなた、説明しなさいよ。」
佐竹先生があきれたように、中部先輩を促した。
「たなかさんのジュース、勝手に飲んで怒らせちゃったんだよ。それで新しいの買って弁償したの。それだけ。すごく飲みたかったんでしょ。飲んで泣き止んだわけだし。」
悪びれもせず、かなり端折った説明でことを収める気らしい。
先生も、それ以上追及しなくて、 他人のものを勝手に飲んだりしないのよ なんていって終わらせてくれたのはありがたかった。
今、あたしの部屋には薫くん。
ローテーブルを挟んで向かい合ってる。
具合が悪いってお休みしたらお見舞いに来てくれた。
「具合悪いってほんとう?昨日の今日だからさ、佐倉さんも心配してたよ。」
昨日のことは・・・・・・話したくない。押し黙っているとノックとともにドアが開いた。
「薫くん、わざわざ来てくれてありがとう。ほら、これ、薫くんのお母さん今持ってきてくれたのよ。」
そう言ってテーブルの上に並べたショートケーキ。と紅茶。そういえばさっきチャイムの音してたな。近所って便利だ。
「久しぶりよね。家に来てくれたの。おばさんうれしいわ。どう?今日のみなみ?パジャマかわいいでしょ?薫くんが来るって聞いてわざわざ袋から出したのよ。」
そうだ。わざわざ着替えさせられたんだ。一人娘のあたしは、いまだにママの着せ替え人形だったりする。薫くんがメールでお見舞いを知らせてきたことを告げると、ママ、張り切っちゃって、部屋に掃除機かけたり、ベッドカバーを取り替えたり、お花まで持ってきたんだから。
「あっ、はいい、かわいいですね。」
なんてママ受けのいい返事。確かにこのパジャマかわいい。タオル素材の白地に小さな赤いいちご、緑の葉。ところどころギャザーが寄って赤く細いリボン。自分じゃ選ばないな。
「でしょ?あたしセンスあるわー。薫くん、ほんとうにいいこね。ゆっくりしていってね。」
笑顔で名残おしそうにドアを閉めた。具合悪いっていってもしょせんは仮病。おいしそうなショートケーキのイチゴをぱくり。甘酸っぱくておいしい。
「元気そうだ。」
そう言って笑った後、薫くんもケーキを食べ始めた。最初にイチゴを端に寄せる癖は今も変わらない。わざと聞いてみる。
「いちご、いらないならちょうだい。」
「好物は最後に食べるんだ。」
やっぱりね。あたしなら絶対最初。おなかがすいているときのほうが断然おいしい。
「中部先輩のことなんだけど・・・・・・。」
それ、聞きたくない。っていうあたしを無視して薫くんが話しだした。
頭が痛い。そう言って、部活終了後、あたしが逃げるように部室を飛び出したあと。
中部先輩は送ってくると部室を飛び出してはくれたらしい。でも、あたし、意外と足が速かったみたい。校門まで行ったけどみあたらないって戻ってきて、佐東君の質問攻めにあったんだそうだ。
「手、つないでましたよね?つきあってるんですか?痴話げんかとか?」
「いんや、これから。」
そう言ってにやけたらしい。これからってなんだ。話がおかしいと気づいたレイが、釘を
さしてはみたものの、
「ミナミ、他にカッコいいなって人、いるみたいですよ?」
「あっ、そう。でも、そいつならたぶん問題ないな。」
なんて返されたらしい。
「それで、俺にも確認されたわけ。ミナちゃんと付き合ってたりしないんだろ?って。」
「で?」
「迷ったんだけどね、まあ、付き合ってません、ただの幼馴染ですって言っといた。携帯番号きかれたけど勝手には教えられないって断っといたから。」
そう言って残しておいたいちごと最後の一口になったケーキを一緒に口に放り込んだ。
その食べ方、変わってないな。昨日の悪夢から逃げ出したくて、どうでもいいことばかり考えたい。
「俺、思うんだけど。中部先輩、ミナちゃんが好きな相手、田中だってわかってるんじゃないかな。」
そんなことってある?あたし言ってない。わかってて、それなのに、あの場でキスなの?
「田中にも、 おまえは関係ないもんな。 そういって睨みつけてた気がしたんだよ。田中のほうは笑いながら視線外してたけど。それに、佐倉さんから聞いたよ。田中、見てたんだろう?それであの反応じゃ、今のとこ脈ないな。」
またまた撃沈。今日の薫くんは非情だ。逃げ道がない。ケーキも食べ終わっちゃったしどうやってこの暗い気持ちを切り替えようか考えていると、
「他に選択肢ないの?俺、中部先輩も勧められないな。」
薫くんがため息をひとつついてから話し出した。
悪口にとらないで。しかも、これ、ただのうわさで未確認。そう前置きをした。
中部先輩は中学ではかなり悪かったらしい。
その頃の後輩の女の子と付き合っていた。
どちらかというと相手の子が先輩に夢中な感じで。
でも、彼女が妊娠した。
その時、先輩は高校一年、向こうは中学三年生。
とうぜん親を巻き込んでの大騒ぎ。
相手の子は中絶を選んだ。
もともと産む気なんてなかったらしい。
先輩のほうはできちゃったんなら産めばいい。働くから。って高校中退を望んだらしいのに。
でも、相手の親が認めない。
高校中退なんてしたやつに娘を幸せにできるのかっ。ってかえって怒られて。
まだやめる前だし、先輩のほうの親も向こうのいう事に従うべきだって。
でも、先輩、だったらきちんと話をさせてくれって言ったみたいなんだけど。
向こうの親は、この話がでてから一度もその子に会わせてくれなくて。
とりあえず、高校卒業したら来いって。
先輩、納得いかなかったらしくて一ヶ月近く学校を休んでたらしいよ。
「この話、きいてどう思う?」
薫くんの顔が暗い。心配そうにあたしのことを覗き込む。
「もしね、これがほんとうなら、ミナちゃん、この話、まだ決着ついてないんじゃないかな。」
高校を卒業したら来い って。そうだよね。だったらなんでキスしたの?
答えは・・・・・・簡単だ。面白がってるんだ。からかってるんだ。泣いてる場合じゃない。
ここは怒るところだったんだ。
「薫くん、ありがとう。あたし、元気でた。」
許さん!中部!ばかにするな!心の中でこぶしを振り上げる。
いきなり元気を取り戻したあたしにおどろいてはいたけれど まあ、元気でたんなら・・・いいね。 なんて、やっぱり薫くんだ。
「来てくれてありがとう。お母さんに、おせんべいもらってくる。まっててね。」
力強く階段を駆け下りた。