7 キス???
7月3日は、たなかくんの誕生日。
残念ながら今年は日曜日。
明日は誕生日より前の火曜日。ここは、部室で何かアピールしたい。
右手にレモンスカッシュ。いつもより気合の入ったポニーテール。まあ、これはいつもの髪型なんだけど。部室に着くとまだ、誰もいなかった。気が抜けて、真ん中にある教員用の大きな机の上に、なにげなく置いてしまったのが運のつき。レイとトイレにいって戻ってきたとき、あたしの目に入ったのは・・・。
机に寄りかかり、レモンスカッシュを飲む中部先輩の姿。
なにしてんのお!それ、あたしのっ。たなかくんにあげようと思ってたのにっ。ふざけんなあ!
声にならない雄叫び、悲鳴、馬事雑言。
レイと打ち合わせ済みだった。薫くんにも頼んでおいた。あたしなりの策略。
たった今、壊れた。
たなかくんの誕生日の話を出してもらうはずだった。
そうしたら、偶然持ってたレモンスカッシュ、あげれるでしょ?ちょっとはやいけど、誕生日プレゼント なあんて。そこから話ができるはずだっのに。あの、中庭での運命の出会いを思い出させられたかもしれないのに・・・。
たぶん、あたしの目には怒りと涙。もちろんあふれさせたりなんかしない。中部先輩になんかあたしの泣き顔みせてやらない。殺気を感じたレイ、そして事の発端、中部先輩。制服ぐらいちゃんと着ろ。シャツのボタンを三つも外してんじゃないっ。
「ミナミ、あのさ・・・・。」
「これ、田中さんの?悪い。熱くて・・・この前の時間、体育だったんだよね。買って返すから。ね?」
「そうだよっ。買ってくれるって。今からすぐ行ってくればいいね。ね?」
「今?もう、部活始まるだろう?後でいいんじゃん。」
「先輩!今です。それもすぐ。」
レイに力強く言い切られて、この、呑気でだらしない中部先輩も、なんとなくことの重大さに気がついたらしい。しきりにごめんね、悪かったを繰り返しながら先にたって中庭の自販機に向かっている。あんまり謝るから許すことにする。とりあえず、たなかくんにあげるという、目的は達成できそうなんだし。新しく買ってもらったレモンスカッシュを受け取って、
「もういいです。」
「あっ、そう?良かった。田中さん怒ると怖いよ。」
「あたし、何も言ってませんけど?」
「うん、かわいい。」
えっ?かわいいって・・・いい間違い?聞き間違い?ただのご機嫌取りか。そう結論付けたのに、
「笑うとかわいいよね。俺、はじめてみたときから目、つけてたの。」
わけわからない。ほめられた?これって告白?目が点ってこんなとき?立ちどまって、あたしの顔をのぞきこむ中部先輩。でも、好きって言われたわけじゃない。からかわれてる?先輩の目をみる。本心はどれ?
「俺ね、ポニーテールも大好き。」
そう言って、近づいてきた・・・ような気がした。あたしは目をあけたまま。先輩の目が閉じていくのを見た。今、目に入るのは斜めになった先輩の顔。キス???されてる・・・。
中部先輩の顔がゆっくり離れて、今おきたことを確認しようとしたとき、
「田中、おまえ何しに来たの?」
中部先輩があたしの後ろのほうに声をかけた。つられてそのまま振り向くと、たなかくんがいた。
「先生が、遅いから呼んでこいって。先輩、信用ないから。戻ってこないんじゃないかって言ってましたよ。」
「今、行くよ。で、みてた?」
「みせつけないでくださいよ。おれ、あとから戻ろう。」
自販機に向かうたなかくんの背中。
待て、誤解とかないと。これって、絶対、キスされたんだよね。しかもみられたの?
あたしは、どうやって部室に戻ったのか覚えてない。あまりのショックに、その時、中部先輩があたしの手をもったまま部室に連れて行ったことに気がつかなかった。