6 鏡
鏡に向かって立つ。洗いたてのぬれた髪。乾かすついでに悪戯心。
まっすぐ髪をとかしたら、パジャマ姿を制服に置き換える。
「雪村霙です。」
ユキちゃんに変身。部室での自己紹介。ユキちゃんのセリフ、仕草、思い出して真似てみる。
うつむき加減に、小さい声で。でも、違う。もともとの声が小さいのを、いっしょうけんめいに大きくだそうとする感じ。守ってあげたくなるように。
あの時、たなかくんはユキちゃんに質問してた。その声を思い出す。楽しい。でも、淋しい。だって、今日の学食での会話、一度も質問してくれなかった。斜め前に座ったのが、あたしじゃなくてユキちゃんだったらたぶん違う。ユキちゃんはラーメンなんか食べてたりしないかな。どんぶりは重くてもてないとか・・・・・・。それなら、そこまで華奢なら、あたしも守ってあげたくなる。きっと、持てないな。
ドライヤーで髪を乾かしながら現実に引き戻した。涙がこぼれる前に到着。
鏡に映るあたしの髪の毛はユキちゃんのと違う。先のほうがくるんと内巻き。
ガラスケースに並ぶ色とりどりのフレーバー。
チョコチップにストロベリー、オレンジ、メロン、ブルーベリー・・・。
目移りして欲張った。チョコミントとラムレーズンのダブル。
レイもチーズケーキとマスクメロンのダブルだ。
たなかくんは・・・キャラメルリボンか。まねすればよかったかな。
同じだね。 好みが合うね。 なんて盛り上がれたかも。
オレ とうもろこし。って、佐東君か。変り種好きだ。
薫くんは意外なところで クリームソーダ。シュワシュワするのかな。あとでもらえるかな。みんなの前じゃまずいか。
たなかくんの視線の先、ユキちゃんはベリーベリーストロベリーって、どんだけかわいい選択だ。白地に、ピンクと赤のコラボ。しかも、 食べきれるかな って、シングルだよ。残したら食べてあげるよ。ユキちゃんの手に収まったアイスはなんだか重そうで・・・しかも、食べるの遅っ。溶けちゃうから。次からはコーンじゃなくてカップにするんだよ。なんてお姉さんぽく教えてあげたら 小首かしげて うん。 て笑顔。いいよ。かわいい。
アイドルってこんな感じなのかな。
別れ際、 学校帰りに寄り道なんて初めて ってユキちゃんうれしそうに手を振ってた。あたしもおもいっきり手を振った。なんだかとってもいいことした気分。
薫くんと二人、並んで歩く帰り道。楽しかったね というあたしに返ってきたのは意外な一言。
「雪村さん、今日、午後から学校に来たんだよ。」
「午後って・・・。具合、悪かったの?とっても元気そうだったっていうか、楽しそうだったよ?」
「そうだよね。楽しかったし、楽しみにしてたんじゃないかな。」
「そうだよね。いいんだよね。」
さっきまでのご機嫌は吹っ飛んだ。一気に不安になる。
「今日ね、ミナちゃんがトイレに行っている間に聞いたんだけど。雪村さん、ひとりっ子なんだって。」
ひとりっ子。あたしと一緒。薫くんもそう。たなかくんも。ちなみに、ほとんど学校にこない2年の中部先輩もらしい。先輩は何かいわくありげらしいけど。囲碁部、ひとりっ子率高い。
「だから、親が過保護なんだって雪村さん、いってたな。」
僕たちと同じだね と笑う薫くん。
「また、僕 って言ったよ。」
と意地悪く教えてあげる。そんなんじゃ、男の子たちにばかにされちゃうんじゃないかと心配で、つい、つい、頭をなでてあげたくなるけど、もう、あたしより大きいんだよね。
「今度、電話かけてもいい?」
そんなことわざわざ聞くことないのに、メールでいいでしょ とも言えず
「いいよ。」
笑顔で手を振ってお互いの家に入っていった。
電話で薫くんと話すなんて何年ぶりだろう。律儀にも、その日の夜にかけてきた。
昔話に花を咲かせて、間が空いたとき
「今日もさ、佐東に聞かれたよ。ミナちゃんとほんとうはつきあってるんだろう?って。」
佐東、くんはいらない。何回言えばわかるんだ。付き合ってないし。幼馴染だし。たなかくんが誤解するでしょ!
「で?ちゃん誤解といてくれた?」
「うん、まあね。でも、今日、田中が誰見てたかわかる?」
いぢわるだ。そんなのわからないわけがない。
「・・・・・・ユキちゃん・・・。」
「そうだよね。オレも、佐東も、佐倉さんも、その上ミナちゃんもみんなユキちゃんを見てた。」
声が優しくなった。
「ミナちゃん、さっき、僕 って言ったこと、からかったお返しだよ。」
「意地悪・・・・・・。」
電話を切って、ため息がこぼれる。
たなかくんは今日もユキちゃんを見てた。
薫くんはみんなもそうだって言うけれど、あたしのことをみたことなんてあっただろうか。
鏡の前に立ってみる。
ベリーベリーストロベリー。食べきれるかな。
小首をかしげて言ってみる。
別れ際の笑顔。手の振り方。
どれをまねてもユキちゃんにはなれない。
涙がこぼれた。
鏡の前で泣くなんて・・・・・・まるで悲劇のヒロインだ。
なぜだろう?テンションがあがる!
同じ泣くならきれいに泣きたい。
嗚咽じゃなく、ハラハラとテレビドラマのヒロインのように。
あんなに落ち込んでた気分がスッとして、楽しい。
鏡の前で学んだこと。
ユキちゃんにはなれない。でも、泣くって楽しい。
鼻の頭を真っ赤にしないで、鼻水も出ちゃだめ。目をこすったりしたら台無し。
笑顔なのにあふれる涙。泣き方の美学。
こんな風に泣けたら、たなかくんだってあたしのことかわいいって思ってくれるかも。
泣き顔ならきっとあたしの勝ち。今度はクリームソーダ味に挑戦してみよう。