2 幼馴染
基盤、黒石、白石。
あたしは今、オセロをしている。
右横にはレイ。帰宅部という名の部活動を、頼み込んで退部させ、囲碁部へ来てもらったのだ。
「で、ミナちゃんと佐倉さんはどうして囲碁部に入部したの?」
薫くんがオセロの白石をおいて、あっという間に石3つをひっくり返しながら聞いてきた。
向かい側に座って対戦しているのはたなかくんではなく、薫くんこと多田薫。
1年2組のクラスメートであり、あたしの幼馴染だ。家が道路を挟んで向かい側。
家族ぐるみの付き合いだから、昔から薫くんはあたしのことをミナちゃんとよぶ。
薫くんの家族もみんなあたしのことは田中さんちのミナちゃん。そしてあたしも家では、薫くんだ。中学からは多田君にしていたんだけどな。そういえば教室で話したことなんてなかったな。
しかも、囲碁部にいたらしい。
囲碁のルールを知らないというあたしたちに、懐かしいでしょ 対戦しよう とオセロを持ち出してきたのはいいけれど、囲碁のルール説明でもしてもらったほうがいいような・・・。いや、それはたなかくんにしてもらいたい。
「理由ね。みなみが、どうしてもっていうから。」
レイ、そっけない。あたしも、さすがに先生を前にしてたなかくんがいるからとはいえない。
「囲碁って、面白そうかなって。あ、頭によさそう!」
「佐倉さんは誘われたから、田中さんは面白そう、ね。確かに頭脳ゲームだものね。オセロもいいけど囲碁部なんだから早く打てるようにならないとね。」
顧問の佐竹先生が盤を覗き込んできた。佐竹文江先生の教務は英語。あたし、苦手なんだよね。
先生に、ここがいいんじゃない?と次の手を指し示されて、そのまま置くと三方向の石が黒にひっくり返った。
「うちの部に、もう一人田中がいるのよ。そっちは5組の彼方くんね。」
知ってます。もちろんです。いないと入部した意味がないんです。それでも、
「そうなんですか。」
すっとぼけてへえーっなんて顔をして見せたけど、レイが笑ってる。ばれるから、こっち見ない。
「今日はいませんよね。」
今、部室にいるのは佐竹先生と、多田薫くん、レイとあたしだけだ。
「みんな、毎日来てるわけじゃないんだよ。席だけ置いてるやつもいるし。でも、田中は来るほうかな。」
薫君が次の手を考えながら教えてくれた。
部員は今日入ったあたしたちを入れて9人。3年の斉藤先輩、この人が部長であり、幽霊部員。2年の中部先輩、も同じく席だけ。この二人は佐竹先生がひっぱて来たらしい。英語の成績が極めて悪かったり、理由もなく学校を辞めちゃいそうな生徒はほうって置けないらしく、いったんここに入部させて面倒を見てみるそうだ。残りは自分の意志で入部した1年生。多田薫くんとレイとあたし。そしてたなかくんとそのお友達、佐東聖くん。
「毎週火曜日には全員集合するはずだから、自己紹介なんかはそのときね。」
佐竹先生が部室の鍵を薫くんに渡して あまり遅くなるんじゃないわよ。 と一言いって、職員室に戻っていった。
勝負はかろうじてあたしの勝ち。レイという参謀を武器に2対1だからまあ、あたりまえか。レイと薫くんとの勝負も、もちろんレイの勝ち。
一通り戸締りの確認をして三人揃って部室をでた。駅のほうに行くレイとは途中で別れて薫くんと二人で帰る。家がお向かいさんなのだからとうぜんといえばそうなんだけど。
並んで歩くのは小学校いらいだろうか。その頃はあたしのほうが背が高かったのに、今は肩があたしの目の高さ。成長したんだ。
「ミナちゃん、ほんとうはなんで囲碁部にきたの。テニス部だったよね。」
やっぱり、聞くよね。う~ん・・・。
「実は・・・・・・・恋に落ちた。」
言ったとたん、凝視された。
「冗談?」
「いや、ほんとうだけど。」
「ふうん。」
それだけ言って頭を軽くひねったら黙りこくったまま前を見て歩いている。何かいってくれないかな。
「だれ?とかきいてくれる?」
「ああ、だれ?」
答えずらい。でもまあ、たなかくんの名前を出して協力してくれるように頼み込む。
「ねっ、知ってることがあったら教えて。何でもいいから。同じ部活だし、はなしたことくらいあるよね。」
「まあね。ふうん、そうなんだ。」
また、だんまりですか。こんなに無口だったかな。でも、まあ、薫くんと話すのも久しぶりだし、調子くるう。
家の前まで来てほっとしたとき、ようやく薫くんが現実に戻ってきたようだ。あとは手を振って家に入るだけだ。
「ミナちゃん、携帯持ってる?」
「うん。」
「じゃあ、教えて。何かあったら電話するから。」
やった、たなかくん情報入手経路獲得だ。ありがとう、薫くん。いそいそと携帯を取り出し赤外線送受信。無口なだけじゃなくきちんと考えてくれてたのかな。うれしくって思いっきり手を振って別れた。
「あとでメールするね。」
たなかくんには会えなかったけど、とりあえず一歩前進だ。はやくあのハスキーボイスを聞きたいな。