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嘘つきたちの同窓会

掲載日:2026/11/01

誰もが嘘をついていた。


誰もが、十年前のあの日を忘れたふりをしていた。


そして、誰よりも真実から逃げていた男が、最後にその嘘を暴くことになる。


第一章 クズは招待状を二度読む

久世透、二十八歳。


職業、無職。


本人の申告によれば「自由業」である。


もっとも、昼前に起きてカップ麺を食べ、午後からゲームをして、夜になれば財布の中身を数える生活を自由業と呼んでよいのかについては、議論の余地がある。


「……金がない」


久世は財布を逆さにした。


百円玉が二枚、畳の上に落ちた。


久世「二百円か。人間の命って、意外と安いんだな」


携帯電話が鳴った。


画面には『小鳥遊結衣』の文字。


久世「金貸してくれそうな名前だ」


通話ボタンを押す。


結衣「もしもし、透くん! 元気?」


久世「三千円貸してくれ」


結衣「第一声がそれ!?」


久世「元気かどうか聞かれたから、経済状況で答えた」


結衣「答えになってないよ!」


久世「じゃあ元気だ。三千円貸してくれ」


結衣「変わってないねえ」


結衣は高校時代からこうだった。


人がよく、面倒見がよく、困っている人間を放っておけない。


そして久世は、困っている人間になる才能があった。


結衣「それより、同窓会の招待状、見た?」


久世「同窓会?」


結衣「榊原くんから届いてるはずだよ」


久世「……榊原?」


その名前を聞いた瞬間、久世の指が止まった。


榊原修司。


高校時代の同級生。


成績優秀で、容姿端麗。父親は大きな会社を経営していた。


久世とは、あまり仲がよくなかった。


少なくとも、久世はそう思っている。


結衣「どうしたの?」


久世「いや、なんでもない。ちょっと待ってろ」


玄関の郵便物を漁る。


家賃の督促状。


電気料金の督促状。


見覚えのない会社からの請求書。


久世「……なんで俺の家には脅迫状しか届かないんだ」


結衣「それ、全部ちゃんとした請求書だと思うよ」


その下に、黒い封筒があった。


中には一枚の招待状。


卒業から十年。


久しぶりに、あの六人で集まろう。


日時:十一月十四日 午後六時


場所:白鷺館


宿泊費、交通費、食事代はすべてこちらで負担する。


ささやかな贈り物も用意した。


久世「…………」


結衣「透くん?」


久世「飯、無料?」


結衣「そうだけど」


久世「交通費も?」


結衣「うん」


久世「泊まるところも?」


結衣「そう書いてあるね」


久世「行くわ」


結衣「決めるの早っ!」


久世「三食付きで寝床があるんだぞ。俺の人生で、これ以上に魅力的な条件があったか?」


結衣「人生の基準を見直したほうがいいよ!」


久世「しかも贈り物まである」


結衣「そこまで期待しないほうが……」


久世「商品券でもいい。現金ならなおいい」


結衣「透くん!」


久世「人間の善意を信じることは大切だろ?」


結衣「善意を換金しようとしないで!」


電話を切ったあと、久世は招待状を見つめた。


榊原修司。


十年ぶりの再会。


そして、あの六人。


久世「……まだ覚えてんのかね」


独り言が、散らかった部屋に落ちた。


高校三年生の夏。


旧校舎の屋上。


一人の少女。


久世はそこで思考を止めた。


久世「やめやめ。考えても金にならん」


招待状をバッグに放り込み、残りの百円玉二枚を握る。


久世「……帰りに何か買うか」


この男は知らなかった。


その二百円が、数日後には事件を解く鍵になることを。


第二章 ろくでもない再会

十一月十四日、午後五時五十二分。


白鷺館は山の中腹に建つ、古びた洋館だった。


深い森に囲まれ、最寄りの町から車で一時間。山道の最後の数キロは舗装も荒れている。


玄関の前に立った久世は、建物を見上げた。


久世「……売ったらいくらになるんだろうな」


澪「第一声がそれなのね」


振り向くと、黒いコートの女が立っていた。


雨宮澪。


無表情、無愛想、毒舌。


高校時代、誰かが彼女を笑わせようとして失敗すると、その後三日は立ち直れないと言われていた。


久世「おお、雨宮。まだ生きてたか」


澪「それはこちらのセリフよ」


久世「俺ってそんなに死にそうだった?」


澪「最後に聞いた噂では、借金を抱えて失踪したことになっていたわ」


久世「失踪じゃない。引っ越しただけだ」


澪「債権者に住所を伝えずに?」


久世「個人情報保護だ」


澪「都合のいい法律ね」


玄関に入ると、騒がしい声が響いた。


相馬「来たか、久世! 我が永遠のライバルよ!」


派手なベストを着た男が両手を広げた。


相馬悠人。


高校時代は演劇部。現在は動画配信者。


登録者数は本人の自己申告によれば十万人。


ただし、その数字を証明する画面を誰も見たことがない。


久世「誰だっけ」


相馬「忘れたのか!?」


久世「相馬だろ。五百円なら返さないぞ」


相馬「覚えてんじゃねえか!」


久世「金のことは忘れない主義なんだ」


澪「返すほうの記憶だけ都合よく消えているのね」


相馬「最低だなお前!」


久世「よく言われる」


結衣「透くーん!」


奥から結衣が走ってきた。


久世「おう、結衣。三千円の件なんだけど」


結衣「まだ諦めてなかったの!?」


澪「小鳥遊。絶対に貸さないほうがいいわ」


久世「他人の経済活動を妨害するな」


澪「あなたのは経済活動じゃなくて寄生よ」


久世「言い方ってもんがあるだろ」


御影「……全員、少し静かにしてくれ」


眼鏡をかけた男が腕時計を見ていた。


御影蓮。


高校時代から几帳面で、現在は企業の経営管理部門で働いている。


予定の五分前に到着する人間を「時間に余裕のない人間」と評価する男だった。


御影「現在、午後五時五十八分。集合時刻まで二分だ」


久世「まだ二分あるじゃん」


御影「私は五時五十分に来るよう伝えたはずだ」


久世「間に合ってるんだからいいだろ」


御影「結果論だ!」


澪「御影、諦めなさい。久世に計画性を求めるのは、犬に確定申告を求めるようなものよ」


久世「犬に失礼だろ」


澪「自覚はあるのね」


真琴「はいはい、そこまで」


階段から、長い髪の女性が降りてきた。


桐谷真琴。


笑顔が魅力的で、人当たりがよく、そして息をするように嘘をつく。


真琴「久世くん、久しぶり。私のこと覚えてる?」


久世「詐欺師」


真琴「ひどいなあ。今は弁護士だよ」


御影「本当か?」


真琴「嘘」


相馬「お前なあ!」


真琴「でも法律関係の仕事はしてるよ」


澪「それも嘘でしょう」


真琴「うん」


結衣「もう何が本当かわかんないよ!」


真琴「そこが私の魅力だから」


久世「魅力を名乗るなら、もう少し社会的信用のあるものにしてくれ」


真琴「久世くんに社会的信用の話をされた!」


全員が笑った。


十年ぶりとは思えなかった。


それぞれの性格も、話し方も、驚くほど変わっていない。


ただ一つだけ。


誰も、榊原修司の名前を口にしなかった。


午後六時。


食堂には、七人分の食器が並んでいた。


結衣「……榊原くん、まだ来てないんだね」


その瞬間、空気が変わった。


相馬が視線を逸らす。


御影が時計を見る。


澪は黙って空席を見つめた。


久世「なあ。榊原って、今何してんの?」


真琴「死んだよ」


結衣「えっ!?」


相馬「おい!」


真琴「嘘だけど」


御影「そういう冗談はやめろ」


真琴「ごめんごめん」


久世は真琴の顔を見た。


笑っている。


いつもの、嘘をついたときの笑顔だ。


ただし。


久世「……なんでそんな嘘ついた?」


真琴「面白いから」


久世「ふうん」


真琴「なに?」


久世「いや、別に」


久世は水を飲んだ。


真琴が「死んだ」と言った瞬間。


御影と澪だけは、驚かなかった。


それが気になった。


第三章 七人目の席

午後六時五分。


榊原は現れなかった。


御影「榊原は時間に厳しい男だ。遅刻するとは考えにくい」


結衣「迎えに行こうか?」


相馬「よし! 全員で捜索だ!」


久世「ええ……」


相馬「なんだその顔!」


久世「飯、冷めるじゃん」


澪「人が行方不明なのよ」


久世「飯に罪はない」


結衣「透くん!」


久世「はいはい。探しますよ」


全員で二階へ向かった。


書斎の扉には鍵がかかっていた。


御影「榊原! 中にいるのか!」


返事はない。


相馬「おい! 開けろ!」


結衣「榊原くん!?」


真琴「寝てるんじゃない?」


澪「こんなに騒がしいのに?」


久世「じゃあ、死んでるんじゃね」


全員が久世を見た。


結衣「そういう冗談はやめようよ!」


久世「ごめんごめん」


扉は古い頑丈な木製で、内側から施錠できる錠前がついていた。


御影が確認すると、鍵穴の向こうに鍵が差さっているのが見えた。


相馬「どうする?」


御影「破るしかない」


相馬「任せろ! こういう時こそ俺の出番だ!」


相馬が肩から扉に突進した。


鈍い音。


相馬「いってえええっ!」


久世「……頭から行けばよかったのに」


相馬「殺す気か!」


久世「大丈夫。頭なら頑丈だろ」


相馬「褒めてんのか!?」


結局、相馬と御影が力を合わせて何度か体当たりし、錠前の受け金具ごと扉を破った。


午後六時二十一分。


扉が開いた。


書斎の中央。


革張りの椅子に、榊原修司が座っていた。


胸には一本のナイフ。


白いシャツが赤黒く染まっている。


結衣「……きゃあああっ!」


相馬「う、嘘だろ……」


御影「……榊原?」


真琴「…………」


澪「……そう」


久世「あー……」


久世は頭をかいた。


久世「これ、帰れなくなるやつだ」


相馬「お前、もう少しまともな反応できないのか!?」


久世「できるけど、状況は変わらんだろ」


澪「最低ね」


久世「知ってる」


結衣が震えながら久世の袖をつかんだ。


結衣「透くん……どうしよう……」


久世はその手を見た。


そして、軽く肩を叩いた。


久世「大丈夫。とりあえず、こっち来い」


結衣「……うん」


久世「相馬。お前は何も触るな」


相馬「なんで俺だけ!?」


久世「絶対に余計なことするから」


相馬「失礼だな!」


御影が榊原の状態を確認した。


御影「……脈がない。呼吸も確認できない」


澪「救急車と警察に連絡しましょう」


しかし、携帯電話には圏外の表示。


館の固定電話も通じなかった。


午後六時半を過ぎた頃には雨が激しくなり、麓への道は土砂崩れでふさがれたことが、外出しようとした御影の車の無線機から分かった。


朝までは、救助が来られないという。


書斎には、目立った争いの跡がない。


窓には内側から鍵がかかっていた。


扉の鍵は、破られたときまで内側の鍵穴に差さっていた。


そして榊原の右手のそばには、小さな紙切れがあった。


十年前のことを、全員に思い出してもらおう。


久世はその文字を見て、表情を変えた。


十年前。


高校三年生の夏。


旧校舎の屋上。


あの日。


久世「……あの野郎」


澪「どうしたの?」


久世「いや、なんでもない」


嘘だった。


そして、その嘘に気づいた人物がいた。


桐谷真琴。


彼女だけが、久世の横顔をじっと見つめていた。


第四章 全員、嘘つき

午後七時十分。


六人は食堂に集まっていた。


外では雨が窓を叩き、時折、雷鳴が遠くの山に響いた。


榊原の遺体は書斎に残されている。全員で部屋を出たあと、扉には触れないことにした。


相馬「……どうするんだよ」


御影「朝まで待つしかない。警察が来たら事情を説明する」


相馬「そうじゃねえよ! 犯人だよ、犯人!」


真琴「この中にいるんじゃない?」


結衣「真琴ちゃん!」


真琴「だって、そういう状況でしょ?」


澪「外部から誰かが侵入した可能性もあるわ」


相馬「そうだ! きっと謎の殺人鬼がこの館に潜んでいて――」


久世「お前、ちょっと楽しんでるだろ」


相馬「楽しんでねえよ!」


久世「目が輝いてるぞ」


相馬「これは恐怖の輝きだ!」


澪「便利な表現ね」


久世はテーブルに置かれた料理を眺めていた。


冷製スープ。


ローストビーフ。


焼きたてのパン。


久世「……食っていい?」


御影「この状況で?」


久世「この状況だからだよ。腹減ってると頭が働かん」


澪「あなたの頭が働いているところを見たことがないわ」


久世「失礼な。俺だって年に三回くらい働く」


澪「希少動物ね」


久世「保護してくれ。できれば金銭的に」


結衣が小さく笑った。


それを見て、久世はパンを一つ取った。


誰も食事に手をつけようとしなかったが、久世が食べ始めると、結衣が続き、相馬も恐る恐るスープを口にした。


御影「……食事をすること自体には反対しない。ただし、その前に確認しておきたいことがある」


久世「毒でも入ってんの?」


御影「冗談はやめろ」


久世「冗談じゃなくてさ。殺人事件のある館で、出所のわからん飯を食うのは怖くないか?」


その場が静まり返った。


久世「……あ」


全員の視線が、久世の手元に集まる。


久世は半分食べたパンを見つめた。


久世「しまった。俺もう食ってる」


澪「名探偵には向いていないわね」


久世「生存競争にもな」


やがて御影が立ち上がった。


御影「食事は後回しだ。まずは全員の行動を整理する」


相馬「おお! 推理会議だ!」


御影「茶化すな」


相馬「俺はこういう場面では積極的に参加する主義なんだ!」


久世「文化祭でもそのくらい働いてくれたらよかったのに」


相馬「お前が言うな! 当日、一時間しかいなかっただろ!」


久世「一時間もいたのか。偉いな、昔の俺」


御影は無視して手帳を開いた。


御影「榊原が最後に確認されたのは、午後五時二十分だ。私が玄関で会った」


澪「そのときの様子は?」


御影「普段と変わらなかった。書斎で準備をすると言って、二階に上がった」


真琴「へえ。じゃあ、生きているところを最後に見たのは御影くんなんだ」


御影「そうなるな」


久世「ほかの連中は?」


御影「小鳥遊は五時四十分に到着。桐谷は五時四十五分。相馬は五時四十七分。雨宮は五時五十分。久世は五時五十二分だ」


久世「よく覚えてんな」


御影「当然だ」


久世「監視カメラかよ」


御影「記録していただけだ」


真琴「でも御影くん、ずっと玄関にいたわけじゃないよね?」


御影「……当然だ。館内を確認していた時間もある」


真琴「例えば?」


御影「五時二十五分から五時三十五分まで、一階の設備を確認していた」


久世「一人で?」


御影「そうだ」


真琴「じゃあ、その時間は誰にも見られていないんだ」


御影「……そういうことになる」


久世は黙ってパンをかじった。


御影の手帳は、几帳面な字で埋め尽くされていた。


五時二十分、榊原と面会。


五時二十五分、設備確認開始。


五時三十五分、確認終了。


五時四十分、小鳥遊到着。


何もおかしなところはない。


あまりにも、おかしなところがなかった。


久世「なあ、御影」


御影「なんだ?」


久世「お前ってさ、予定が狂うの嫌いだよな」


御影「当然だ」


久世「じゃあ、予定にない殺人事件が起きた今、どんな気分?」


御影「……最悪だ」


久世「俺と一緒じゃん」


御影「一緒にするな」


久世「人生で初めて気が合ったな」


御影は答えなかった。


その横顔を、久世はしばらく見つめていた。


午後七時四十分。


一行は再び書斎の前に立った。


久世が言い出したのだ。


久世「どうしても気になることがある」


相馬「おっ、ついに名探偵が動くのか!?」


久世「名探偵じゃねえよ」


澪「じゃあ何?」


久世「帰宅希望者」


御影「だったら余計なことをしないでくれ。現場保存が最優先だ」


久世「中には入らねえよ。廊下を見たいだけ」


久世は書斎の扉を眺めた。


重厚な木製の扉。


古い錠前。


その脇には、絵画が一枚飾られている。


久世「お前らさ、ここに来たとき何か気づかなかった?」


相馬「何を?」


久世「……いや、いいや」


澪「最後まで言いなさいよ」


久世「俺もまだわかんねえんだって」


真琴「珍しいね。久世くんが真面目に考えてる」


久世「俺が考え事すると、だいたい損するからな」


真琴「どうして?」


久世「答えが出たら、責任が発生するだろ」


真琴は笑わなかった。


久世はそのことに気づいた。


久世「なあ、真琴」


真琴「ん?」


久世「お前、榊原が死ぬって知ってた?」


真琴「……どうして?」


久世「最初に死んだって言っただろ」


真琴「冗談だよ」


久世「そうか」


真琴「疑ってる?」


久世「全員疑ってる」


真琴「結衣ちゃんも?」


久世「もちろん」


結衣「ええっ!?」


久世「俺自身だって疑ってる」


相馬「お前、犯人なのか!?」


久世「知らん。寝てる間にやってたらどうしような」


澪「あなたなら寝ぼけて人を殺しても、翌朝には忘れていそうね」


久世「否定できないのが怖い」


真琴は、今度こそ笑った。


ただし、その笑顔はどこか引きつっていた。


第五章 十年前の七人目

夜八時二十分。


館の一階には、小さな談話室があった。


壁には古い写真が飾られ、棚には卒業アルバムらしき冊子が置かれていた。


その中に、一枚だけ見覚えのある写真があった。


高校三年生の夏。


旧校舎の前で撮影された集合写真。


写っているのは、七人。


久世、結衣、真琴、澪、御影、相馬、そして榊原。


いや。


八人だった。


写真の端に、一人の少女が立っていた。


水野葵。


十年前、亡くなった同級生。


結衣「……葵ちゃん」


誰も返事をしなかった。


写真の中の葵は笑っていた。


少し遠慮がちな笑顔。


いつも周りの顔色をうかがっていて、教室の隅で本を読んでいた少女。


久世は、彼女のことをよく覚えていた。


いや。


忘れられるはずがなかった。


あの日。


旧校舎の屋上で、葵は死んだ。


公式には転落事故。


しかし、七人は知っていた。


あれが、単なる事故ではなかったことを。


御影「……榊原は、この件について話すつもりだったんだろう」


相馬「今さら、何を……」


澪「今さらだからでしょう」


真琴「十年も経ったんだもんね」


結衣「……みんな、覚えてるよね」


誰も答えなかった。


久世は写真を手に取った。


そして、ぽつりと言った。


久世「……あの日のこと、もう一回話そうぜ」


相馬「お前、なんで急に……」


久世「一人死んでるんだぞ。今度は本当に事故だったって言えるのか?」


言葉が消えた。


最初に口を開いたのは、結衣だった。


結衣「……私たち、葵ちゃんを屋上の物置に閉じ込めたんだよね」


御影「正確には、閉じ込めたのは榊原だ」


結衣「でも、みんな知ってた」


相馬「……悪ふざけだったんだ」


真琴「肝試しって言ってたよね」


澪「肝試しのつもりで、嫌がっている人間を閉じ込めたの?」


相馬「俺は止めたんだよ!」


澪「止めた結果が、あれだったのね」


相馬「……っ」


久世は黙っていた。


十年前の夏。


文化祭の準備期間。


旧校舎の屋上には、使われなくなった物置があった。


榊原が言い出したのだ。


『水野、ちょっと付き合えよ。面白いもの見せてやるから』


葵は断れなかった。


いつもそうだった。


強く言われると、断れない。


榊原はそれを知っていた。


そして、彼女を物置に閉じ込めた。


ただの悪ふざけ。


少なくとも、榊原はそう思っていたのだろう。


ところが、その夜、旧校舎で突然停電が起きた。


真っ暗になった屋上で、葵は助けを求めた。


誰も、すぐには助けに行かなかった。


翌朝。


彼女は旧校舎の下で発見された。


転落死だった。


結衣「……私、あの日、鍵がかかってるって知ってた」


小さな声だった。


結衣「でも、榊原くんがすぐ開けるって言ったから……」


相馬「俺もだ。あいつが大丈夫だって……」


澪「私は屋上に行こうとした。でも、途中で帰った」


真琴「私は……見なかったことにした」


御影「私は、当日の記録を提出した」


久世「記録?」


御影「誰が、何時に、どこにいたか。学校に報告した」


久世「……へえ」


久世は、写真を裏返した。


そこには、古い字で書かれていた。


みんなで、また来年も。


葵の字だった。


結衣の目に涙が浮かんだ。


結衣「……透くんは?」


久世「…………」


結衣「透くん、あの日、どこにいたの?」


久世は少しだけ笑った。


久世「俺?」


そして、いつもの軽い口調で言った。


久世「サボってた」


相馬「……は?」


久世「文化祭の準備。面倒だったから帰った」


御影「それは知っている」


久世「だろ? 俺って一貫してクズだよな」


澪「……笑い事じゃないわ」


久世「知ってる」


その声だけが、妙に低かった。


久世は写真を棚に戻した。


久世「……俺、ちょっと外の空気吸ってくる」


結衣「雨だよ?」


久世「じゃあ廊下の空気でいいや」


そう言って、談話室を出た。


誰も止めなかった。


ただ、真琴だけがその背中を見送っていた。


廊下の突き当たり。


久世は壁にもたれていた。


雨音が響く。


十年前の夏。


あの日、自分は本当に帰ったのか。


答えは、違う。


久世は覚えていた。


暗い階段。


物置の扉。


助けを求める声。


そして、自分がしたことを。


久世「……はあ」


深いため息。


久世「ほんと、ろくでもねえな。俺」


そのとき。


真琴「知ってるよ」


振り向くと、真琴が立っていた。


久世「……盗み聞きかよ」


真琴「一人で格好つけてるから、つい」


久世「俺が格好いいことなんか言うと思うか?」


真琴「言わないね」


久世「即答すんな」


真琴は笑った。


そして、静かに言った。


真琴「久世くん。あの日、屋上にいたでしょ」


久世の表情が消えた。


久世「……なんのこと?」


真琴「嘘つくの、下手だね」


久世「お前にだけは言われたくねえよ」


真琴「私、あの日、見たんだ」


久世「……何を?」


真琴「久世くんが、屋上から降りてくるところ」


久世は黙った。


真琴「だから、ずっと不思議だった」


久世「何が?」


真琴「どうして、何も言わなかったの?」


久世は視線を落とした。


久世「……言っても、誰も幸せにならねえことってあるだろ」


真琴「そうかな」


久世「そうだよ」


真琴「じゃあ、嘘をついて幸せになれた?」


久世は答えなかった。


真琴は笑顔を消した。


真琴「……私も、なれなかったよ」


第六章 嘘をつかない嘘つき

午後九時十五分。


六人は食堂に戻った。


御影は新しい紙を広げ、館の間取り図を書き始めていた。


御影「この館は一階に食堂、談話室、厨房、設備室。二階に書斎と客室がある」


相馬「なんでそんなに詳しいんだ?」


御影「事前に榊原から資料をもらっていた」


久世「用意いいな」


御影「当然だ。知らない建物に泊まるのだから、設備の確認は必要だろう」


澪「普通はそこまでしないわ」


久世「むしろ怖えよ」


御影「安全管理だ!」


久世「お前、旅行の前に避難経路とか調べるタイプ?」


御影「当然だ」


相馬「ホテルの非常口の案内図、写真撮ってそうだな」


御影「撮っている」


久世「うわ、すげえ」


御影「褒められている気がしない」


話題が少しだけ和らいだ。


そのとき、久世が真琴を見た。


久世「なあ、真琴」


真琴「なに?」


久世「お前さ、何でも嘘つくよな」


真琴「失礼な。たまには本当のことも言うよ」


久世「じゃあ、聞く」


真琴「うん」


久世「お前、榊原を殺した?」


空気が凍った。


真琴は、久世を見つめた。


先ほどまでの笑顔が消えていた。


真琴「……殺してない」


久世「そっか」


相馬「おいおい、そんな質問でわかるわけないだろ!」


久世「わかるかもしれねえじゃん」


相馬「こいつ嘘つきだぞ!」


真琴「ひどいなあ」


久世「……でも、今のは嘘じゃないと思う」


澪「理由は?」


久世「真琴はな、質問されたとき、たいてい笑うんだよ」


真琴「え?」


久世「どうでもいい嘘をつくときは、相手が信じるかどうかを楽しんでる。でも、本当に答えたくないことを聞かれると、笑わなくなる」


真琴は、目を細めた。


久世「高校のときからそうだった」


真琴「……よく見てるね」


久世「暇だったからな」


澪「その観察力を就職活動に使えばいいのに」


久世「急に現実を突きつけるな」


真琴は小さく息を吐いた。


そして言った。


真琴「……私ね、本当に大事な質問には嘘をつかないことにしてるの」


相馬「は?」


真琴「昔、ついた嘘で大切な人を傷つけたことがあってさ」


結衣「真琴ちゃん……」


真琴「だから、どんなに都合が悪くても、相手が本気で聞いてきたことには、嘘をつかない」


御影「……そんな自己申告を信用しろと言うのか?」


真琴「信じなくていいよ」


真琴は笑った。


真琴「私、嘘つきだから」


久世「面倒くせえ性格だな」


真琴「久世くんに言われた!」


二人は笑った。


しかし、その笑顔の裏で、久世は考えていた。


真琴は、犯人ではない。


少なくとも、彼女の言葉を信じるなら。


ただし。


彼女は、何かを隠している。


そして、それは殺人そのものよりも、十年前の事件に関係している気がした。


第七章 完璧な記録

午後十時。


外の雨は、さらに強くなっていた。


久世は一人で厨房にいた。


久世「……腹減った」


夕食は中途半端に終わった。


目の前には、冷蔵庫。


その中には、未開封のハムやチーズ、果物が並んでいた。


久世「……これ、食っていいのかな」


背後から声がした。


澪「食べれば?」


久世「うおっ!?」


澪「驚きすぎよ」


久世「人の背後に音もなく立つな! 殺人鬼かと思っただろ!」


澪「殺人鬼なら、あなたより先に冷蔵庫の中身を狙うわ」


久世「食料を奪う奴が一番怖い」


澪は呆れた顔で、厨房の壁に寄りかかった。


澪「……あなた、何か気づいているんでしょう」


久世「何が?」


澪「犯人のこと」


久世「わかってたら警察に言ってるよ」


澪「警察はまだ来ていないわ」


久世「じゃあ明日言う」


澪「あなたって、本当に面倒くさがりね」


久世「面倒くさいことを避けるために生まれてきたからな」


澪「でも、さっきからずっと考えている」


久世はチーズを一枚取り出した。


久世「……なあ、雨宮」


澪「なに?」


久世「お前、どうして榊原が死んだって聞いても驚かなかった?」


澪は黙った。


久世「食堂で真琴が死んだって言ったとき、驚かなかったろ」


澪「……私のところには、招待状とは別に手紙が届いていたの」


久世「手紙?」


澪「榊原から。十年前のことで、話したいことがあるって」


久世「それだけ?」


澪「『もし自分が死んだら、十年前の記録を調べてほしい』とも書いてあった」


久世は手を止めた。


久世「……ずいぶん物騒な手紙だな」


澪「そうね」


久世「なんで誰にも言わなかった?」


澪「言えば、誰かが隠そうとすると思ったから」


久世「……なるほど」


澪「それに、私自身も怖かった」


久世「お前が?」


澪「私だって人間よ」


久世「知らなかった」


澪「殴るわよ」


久世「冗談だって」


澪は少しだけ笑った。


久世「その手紙、まだ持ってる?」


澪「ええ」


澪はポケットから折りたたんだ紙を取り出した。


雨宮へ。


君が、十年前の事故について最も冷静に考えられる人間だと思っている。


今回、ようやく全員に真実を話すことにした。


ただし、私はある人物を恐れている。


もし私の身に何かあれば、私が残した記録を探してほしい。


鍵は、君たちが思っているよりずっと近くにある。


榊原修司


久世「……鍵、ね」


澪「何かわかる?」


久世「いや。わかんねえ」


澪「本当に?」


久世「……たぶん」


久世はチーズを口に入れた。


そして、ぽつりと言った。


久世「完璧な人間ってさ、嫌いなんだよね」


澪「急にどうしたの?」


久世「完璧でいようとする奴ほど、自分の間違いを認めない気がする」


澪「偏見よ」


久世「俺なんか間違いだらけだから、認め放題だぞ」


澪「開き直りを美徳にしないで」


久世「人生、楽になるぜ?」


澪はため息をついた。


そのとき。


廊下から、金属が床に落ちるような音がした。


二人は顔を見合わせた。


久世「……今の何?」


澪「行ってみましょう」


久世「ええ……」


澪「あなた、また逃げるつもり?」


久世「いや、俺は生存戦略を重視してるだけ」


澪「ほら、早く」


久世「わかったよ……」


二人が廊下に出ると、相馬が床に座り込んでいた。


相馬「いってえええっ!」


久世「……何してんのお前」


相馬「いや、廊下が暗いから、懐中電灯を探そうと思って……」


相馬の足元には、工具箱が転がっていた。


澪「工具箱?」


相馬「設備室の前に置いてあったんだよ。誰かが使ったのかなって」


久世は工具箱を見た。


古い金属製の箱。


その中には、ドライバー、レンチ、ペンチ。


そして、細い針金が何本か入っていた。


久世「……設備室って、どこ?」


相馬「あっち」


相馬が指さした先。


廊下の突き当たり。


久世は、何かを思い出した。


書斎の扉。


その脇の絵画。


そして、御影が描いていた館の間取り図。


久世「……あ」


澪「どうしたの?」


久世「いや、なんでも」


相馬「おい、またそれかよ!」


久世は工具箱を閉じた。


久世「なあ、相馬」


相馬「なんだ?」


久世「お前、昔の演劇部で大道具作ってたよな」


相馬「おう!」


久世「隠し扉とか、作ったことある?」


相馬「あるぞ! 文化祭でやった!」


久世「……なるほど」


相馬「え、何? 俺、今なんか重要なこと言った?」


久世「珍しくな」


相馬「珍しくは余計だ!」


久世は笑った。


ただし、その目は笑っていなかった。


午後十時三十分。


久世は御影を呼び止めた。


久世「なあ、御影」


御影「なんだ?」


久世「もう一回、館の図面見せてくれ」


御影「……なぜ?」


久世「暇だから」


御影「ふざけているのか?」


久世「半分くらい」


御影はため息をつき、手帳から図面の写しを取り出した。


それは、榊原から送られた案内資料の一部だった。


久世は二階の書斎と、一階の設備室を見比べた。


そして、あることに気づいた。


書斎の奥の壁。


そこだけ、不自然に厚かった。


久世「……この壁、なんでこんなに分厚いんだ?」


御影「古い建物だからだろう」


久世「ふうん」


御影「何か問題でも?」


久世「いや、別に」


御影「……久世」


久世「ん?」


御影「余計なことをするな」


声が少しだけ鋭かった。


久世は顔を上げた。


御影「警察が来るまで、現場を保存するべきだ。素人が勝手に調べれば、証拠を破壊しかねない」


久世「……そうだな」


御影「わかっているならいい」


久世「うん」


久世は図面を返した。


そして笑った。


久世「俺、面倒事は嫌いだからさ」


御影は何も答えなかった。


久世はその背中を見送りながら、思った。


完璧な記録を残す男が、なぜ自分の行動を証明できない時間を十分快く作ったのか。


そして、なぜ。


そのことを指摘されると、あんな顔をするのか。


第八章 隠された通路

午後十一時。


久世、澪、相馬の三人は、設備室の前にいた。


相馬「……本当に入るのか?」


久世「お前が隠し扉に詳しいって言ったんだろ」


相馬「言ったけどさ! 殺人事件のある館で秘密の通路を探すとか、普通に怖いだろ!」


澪「さっきまで主人公になりたがっていたのに?」


相馬「主人公は死なない保証があるだろ!」


久世「現実にはないぞ」


相馬「知ってるよ!」


設備室の扉は開いていた。


中には古い配電盤、工具棚、そして大きな木箱が積まれていた。


久世「……ここだと思うんだけどな」


澪「何を根拠に?」


久世「書斎の壁が変に厚い。それと、設備室の天井近くに使われていない点検口がある」


相馬「点検口?」


久世「昔は建物の中に、使用人用の通路とか、配管を通す空間があったりするんだろ」


澪「可能性はあるわね」


久世「だから、建築の専門家である相馬先生にお越しいただきました」


相馬「俺は演劇部だ!」


久世「似たようなもんだろ」


相馬「全然違うわ!」


三人は天井近くの点検口を調べた。


古い木製の蓋。


表面には埃が積もっている。


しかし、端の部分だけが妙にきれいだった。


澪「……誰かが最近触ったみたいね」


久世「だな」


相馬「え、じゃあ本当に?」


久世「開けてみようぜ」


相馬「なんで俺が?」


久世「お前、主人公になりたいんだろ」


相馬「……!」


相馬の目が輝いた。


相馬「よし、任せろ!」


澪「単純ね」


久世「助かるよな」


相馬は脚立に上り、点検口の留め具を外した。


蓋が開く。


その先には、狭い空間が続いていた。


人がかがんで通れる程度の幅。


壁には古い配管が走り、その奥に階段状の鉄骨が見えた。


相馬「……うわ。本当にあった」


久世「……当たりか」


澪「この先は?」


久世「位置的には、二階の書斎の裏側だ」


相馬「じゃあ……」


久世「……密室じゃなかったってことだ」


三人は顔を見合わせた。


そのとき。


通路の奥から、かすかな物音がした。


金属が擦れるような音。


相馬「……今、何か聞こえた?」


澪「ええ」


久世「……誰かいるな」


相馬「やだやだやだやだ!」


久世「声でけえよ!」


相馬「だって怖いんだもん!」


澪「あなた、本当に主人公に向いていないわ」


相馬「主人公だって怖い時は怖いんだよ!」


久世は通路を見つめた。


そして、ため息をついた。


久世「……あー、もう」


澪「どうするの?」


久世「行くしかねえだろ」


相馬「えっ、マジで!?」


久世「ここまで来たら、途中でやめる方が気持ち悪い」


澪「珍しく前向きね」


久世「いや、できれば今すぐ帰って寝たい」


そう言って、久世は脚立に足をかけた。


その瞬間。


上から、低い声が響いた。


御影「……そこで何をしている」


三人が振り向いた。


設備室の入口に、御影が立っていた。


その顔には、いつもの冷静さがなかった。


御影「……現場を荒らすなと言ったはずだ」


久世は、御影を見つめた。


久世「お前、ずいぶん早く来たな」


御影「物音が聞こえた」


久世「へえ」


御影「今すぐ降りろ」


久世「……なあ、御影」


御影「なんだ」


久世「お前さ」


久世は、少しだけ笑った。


久世「この通路のこと、知ってたろ」


御影の表情が固まった。


ほんの一瞬。


しかし、久世は見逃さなかった。


御影「……何を言っている」


久世「いや、まだわかんねえけど」


久世は脚立から降りた。


久世「一つだけ聞くわ」


御影「…………」


久世「お前、今日、どこまで予定どおりだった?」


御影は答えなかった。


その沈黙が、何より雄弁だった。


第九章 十年前の嘘

午後十一時四十分。


六人は再び食堂に集まった。


久世はテーブルに、一枚の古い写真を置いた。


十年前の集合写真。


そして、御影の手帳。


さらに、館の図面の写し。


結衣「……透くん?」


久世「ちょっと、昔話しようぜ」


相馬「昔話?」


久世「十年前の、あの日のこと」


御影「……その話はもうしただろう」


久世「まだ全部じゃない」


真琴は黙って久世を見ていた。


久世は写真の端を指さした。


久世「水野葵。こいつが死んだ日、俺たちは全員、嘘をついた」


結衣「…………」


久世「警察に、先生に、親に。それぞれ違う嘘をな」


相馬「……俺は、何も知らなかったって言った」


澪「私は、屋上に行っていないと」


結衣「私も……」


真琴「……私は、葵ちゃんの声を聞いてないって言った」


久世「御影は?」


御影「……記録を提出した」


久世「その記録、正しかった?」


御影「…………」


久世「俺さ、ずっと引っかかってたんだよ」


久世は椅子に深く腰掛けた。


久世「お前が作った記録、あまりにも完璧だった」


御影「何が言いたい」


久世「誰が何時にどこにいたか。全部きれいに整理されてた。でもさ」


久世は、御影の手帳を指で叩いた。


久世「人間って、そんなに予定どおりに動かねえんだよ」


御影「……それは」


久世「俺なんか毎朝十時に起きようと思って、実際に起きるの昼だぞ」


澪「それはただの怠惰よ」


久世「今いい話してんだから黙ってくれ」


結衣「透くん……」


久世は笑った。


久世「まあ、俺が言うのもなんだけどさ」


そして、真顔になった。


久世「十年前、お前は嘘の記録を作った」


御影「…………」


久世「葵が死んだ時間、お前は屋上にいたんだろ」


沈黙。


御影の手が、わずかに震えた。


御影「……証拠は?」


久世「まだない」


御影「ならば憶測だ」


久世「そうだな」


御影「いい加減にしろ!」


突然、御影が声を荒らげた。


全員が驚いた。


御影「君はいつもそうだ! 何も考えず、責任も取らず、適当なことばかり言う!」


久世「……うん」


御影「そんな人間に、私の何がわかる!」


久世は黙っていた。


御影「私は、ずっと正しく生きてきた! 努力して、勉強して、計画を立てて……!」


久世「……そうだな」


御影「君とは違う!」


久世は、少しだけ笑った。


久世「知ってるよ」


その声には、怒りがなかった。


久世「お前は偉いよ。ちゃんと働いて、金稼いで、人生設計してさ」


御影「…………」


久世「俺なんか、家賃払うのも忘れるクズだ」


澪「自覚はあるのね」


久世「今は茶々入れんなって」


久世は御影を見た。


久世「でもな」


少し間を置いた。


久世「間違えたことがない人間なんて、いねえんだよ」


御影は、何も言わなかった。


久世「俺なんか毎日間違えてる。でも、間違えたときに認めるくらいはできる」


御影「……簡単に言うな」


久世「簡単じゃねえよ」


久世の声が低くなった。


久世「十年前、俺だって間違えたんだ」


全員が久世を見た。


久世「……あの日、俺は屋上に行った」


結衣「……え?」


久世「葵の声、聞いたんだよ」


その瞬間、十年前の記憶が蘇った。


真っ暗な階段。


停電した旧校舎。


物置の扉。


そして、かすかな声。


『……誰か、助けて』


久世「……俺、鍵を開けようとした」


結衣「透くん……」


久世「でも、開かなかった。鍵が壊れてたんだ」


御影の顔色が変わった。


久世「俺、先生呼びに行こうとしたんだよ」


真琴「……うん」


久世「だけど、廊下で榊原に止められた」


久世は、唇を噛んだ。


久世「『大げさにするな』って。『もうすぐ開けるから』って」


誰も口を挟まなかった。


久世「……俺、信じたんだよ」


結衣の目から涙が落ちた。


久世「面倒だったから。先生呼んだら、きっと俺も怒られると思ったから」


久世は笑った。


ひどく、自嘲的な笑顔だった。


久世「……ほんと、クズだよな」


真琴「……久世くん」


久世「でも、あのとき、もう一人いたんだよ」


御影が息を止めた。


久世「階段の奥に、誰か立ってた」


久世は御影を見た。


久世「……お前だったろ」


御影「…………」


久世「そのとき、お前は何してた?」


御影「……覚えていない」


久世「嘘つけ」


御影「十年前のことだ!」


久世「お前が?」


久世は、手帳を指さした。


久世「一分単位で予定を記録するお前が、人生で一番大事な日のことを忘れるわけねえだろ」


御影は、目を伏せた。


誰も、何も言えなかった。


そのとき。


真琴が静かに口を開いた。


真琴「……私、知ってるよ」


久世「…………」


真琴「十年前、御影くんが何をしたのか」


御影が顔を上げた。


真琴は笑っていなかった。


真琴「……私、見ちゃったんだ」


第十章 殺人者の予定表

真琴は、テーブルの上の写真を見つめていた。


真琴「私ね、十年前のあの日、屋上へ戻ったんだ」


御影「……何を言っている」


真琴「葵ちゃんが心配だったから」


声は静かだった。


真琴「階段を上がったら、御影くんがいた。物置の前で、鍵を持ってた」


結衣「……鍵?」


真琴「うん。でも、私が声をかけようとしたら、御影くんは階段を降りていった」


御影「……見間違いだ」


真琴「違うよ」


御影「十年前だぞ! 記憶なんて曖昧だ!」


真琴「そうだね」


真琴は、ゆっくりうなずいた。


真琴「だから、ずっと黙ってた」


久世「……それだけか?」


真琴は首を横に振った。


真琴「そのあと、物置の扉を開けようとしたの。でも、開かなかった。中から葵ちゃんの声が聞こえた」


結衣「…………」


真琴「私、怖くなって逃げたんだ」


いつもの明るい声ではなかった。


真琴「誰かを呼べばよかった。でも、榊原くんに逆らうのが怖くて」


久世「……そっか」


真琴「私、嘘つきだからさ」


彼女は笑おうとした。


しかし、うまく笑えなかった。


真琴「ずっと、何も見なかったって嘘ついてた」


久世「……そうか」


御影「……証拠にはならない」


久世「まあな」


久世は静かにうなずいた。


久世「十年前のことは、まだ証明できない」


そして、視線を上げた。


久世「でも、今日のことは別だ」


御影「……何?」


久世「榊原を殺した犯人。そろそろわかったよ」


相馬「……マジか!?」


久世「たぶんな」


澪「ずいぶん頼りない名探偵ね」


久世「だから名探偵じゃねえって」


久世は立ち上がった。


久世「明日の朝、警察が来るまで待とうと思ってた。でも、このままじゃ何が起こるかわかんねえ」


結衣「……透くん?」


久世「全員、一緒にいてくれ。誰も一人になるな」


相馬「……犯人が、また誰かを殺すってことか?」


久世「わかんねえ。でも、今度は面倒くさがって後悔したくない」


その言葉に、誰も冗談を返さなかった。


久世は御影を見た。


久世「お前には、聞きたいことがある」


御影「…………」


久世「五時二十五分から三十五分まで、何してた?」


御影「設備確認だと言った」


久世「誰かに会った?」


御影「会っていない」


久世「榊原とも?」


御影「……会っていない」


久世「絶対?」


御影「絶対だ」


久世は、小さくため息をついた。


久世「……そっか」


御影「それがどうした」


久世「いや」


久世は、テーブルの間取り図を広げた。


久世「じゃあ、説明してくれよ」


指先が、書斎の裏側を示す。


久世「なんでお前は、書斎の隠し通路を知ってたんだ?」


御影は答えなかった。


久世「さっき、俺たちが設備室を調べてたとき、お前は『現場を荒らすな』って言ったよな」


御影「……それが?」


久世「でも、俺たちが触ってたのは設備室だ。殺人現場じゃない」


御影「書斎につながる通路があると聞こえたからだ」


久世「そうかもな」


久世はうなずいた。


久世「それだけなら、別におかしくない」


御影の表情が、わずかに緩んだ。


久世「でも、もう一つある」


久世は、御影の右手首を見た。


久世「その傷、どうした?」


御影は反射的に袖を引いた。


御影「……昨日、仕事中に」


久世「仕事中?」


御影「そうだ」


久世「ふうん」


久世はポケットから携帯電話を取り出した。


画面には、一枚の写真。


設備室の点検口。


久世「さっき撮ったんだよ。ここの金具、端っこが折れてた」


澪「……確かに」


久世「そこに、黒い糸が引っかかってた。お前のスーツの袖と同じ色の」


御影「黒い糸など珍しくない!」


久世「そうだな。だから、これも決定的じゃない」


久世は携帯電話をしまった。


久世「……警察に調べてもらおうぜ。通路の埃、袖の繊維、傷の形。ちゃんと比べてもらえばいい」


御影は唇を結んだ。


久世「それから、まだある」


久世は椅子に座った。


久世「お前、五時二十分に榊原と会ったんだろ?」


御影「……そうだ」


久世「そのとき、何を話した?」


御影「会場の確認だ」


久世「本当にそれだけ?」


御影「……何が言いたい」


久世「榊原、お前に何か見せるつもりだったんじゃないか?」


御影の顔色が変わった。


ほんの一瞬。


久世は見逃さなかった。


久世「……図星か」


御影「…………」


久世「たぶん、十年前の記録だろ」


静寂。


久世「榊原は、お前に何かを突きつけた。そして、お前はそれを隠したかった」


御影「……憶測だ」


久世「そうだよ」


久世はあっさり認めた。


久世「俺、憶測しか言ってねえもん」


相馬「おい!」


久世「だから、証拠を探す」


久世は澪の手紙を取り出した。


鍵は、君たちが思っているよりずっと近くにある。


久世「これ、榊原が雨宮に送った手紙なんだけどさ」


澪「……ええ」


久世「鍵って、たぶん部屋の鍵じゃねえんだよ」


真琴「じゃあ、何?」


久世「証拠の場所を示す鍵だ」


御影「……馬鹿馬鹿しい」


久世「そうかもな」


久世は笑った。


久世「でも、一回調べてみようぜ」


午前零時十五分。


六人は二階の書斎の前にいた。


久世は、破られた扉の向こうを見つめた。


警察が来るまでは現場を保存する。


その原則は変わらない。


久世「……中には入らない」


相馬「じゃあどうするんだよ?」


久世「見るだけ」


久世は廊下の絵画に近づいた。


古びた風景画。


額縁の下には、小さな金属製の留め具があった。


久世「これ、さっきから気になってたんだよ」


澪「絵?」


久世「額縁の下の金具。やけに新しい」


御影「……触るな」


久世は手を止めた。


久世「……どうして?」


御影「証拠になるかもしれないだろう!」


久世「そうだな」


久世は金具から手を離した。


久世「じゃあ、警察に調べてもらおう」


御影の表情が、わずかに緩んだ。


久世「ただし、今ここで一つ確認したい」


久世は絵の横に立った。


久世「榊原は、なぜこの絵をここに飾ったんだろうな」


相馬「趣味じゃないのか?」


久世「それにしては、妙なんだ」


久世は絵の右下を指さした。


そこには、小さな鍵の絵が描かれていた。


そして、額縁の裏に何か厚みがあるように見えた。


久世「……たぶん、この裏に何かある」


御影「…………」


久世「なあ、御影」


御影「……なんだ」


久世「お前、これが何か知ってる?」


御影「知らない」


久世「……そっか」


久世はうなずいた。


久世「じゃあ、警察に調べてもらうしかないな」


そのとき。


真琴が静かに言った。


真琴「……久世くん」


久世「ん?」


真琴「私、さっき榊原くんの荷物を見たとき、気になったものがあったの」


久世「何?」


真琴「小さな革のケース。中に古い記録媒体みたいなものが入ってた」


久世「……どこで見た?」


真琴「一階の受付台。榊原くんの名前が書いてあったから、触らずに置いてきた」


御影が顔を上げた。


御影「……それは」


言いかけて、口を閉じる。


久世「なんだ?」


御影「……いや」


久世「……へえ」


久世は静かに笑った。


久世「今度こそ、何か出てきそうだな」


第十一章 映っていたもの

午前一時。


久世たちは受付台に戻った。


革のケースは、そこにあった。


榊原修司の名前が書かれた古いケース。


その中には、小型のビデオカメラ用の記録媒体が入っていた。


相馬「……これ」


久世「知ってるのか?」


相馬「十年前、俺が持ってたカメラと同じ規格だ」


結衣「……相馬くんの?」


相馬「ああ。文化祭の記録を撮ってたんだ」


久世「……そうだったな」


相馬は、顔をしかめた。


相馬「でも、あの日の映像は残ってないはずだ」


澪「どうして?」


相馬「榊原が持っていったから。『俺が編集する』って言って」


久世「……つまり」


相馬「……あいつ、ずっと持ってたのか」


久世はケースを見つめた。


今は無理に再生しない。


機材もないし、下手に触ればデータを壊すかもしれない。


だが。


これが、十年前の真相を示す記録なのだとしたら。


榊原は、なぜ今になって全員を集めたのか。


そして、誰がそれを恐れたのか。


久世「……相馬」


相馬「なんだ?」


久世「お前、十年前のカメラ、何を撮ってた?」


相馬「文化祭の準備風景とか、みんなの様子とか……」


久世「屋上も?」


相馬「……撮ってた」


久世「それ、いつ?」


相馬「事故があった日の夕方だ」


久世「……なるほど」


久世は、ゆっくり息を吐いた。


そのとき。


御影が突然、立ち上がった。


御影「……馬鹿馬鹿しい」


全員が振り向いた。


御影「そんな古い記録が、今さら何の意味を持つ!」


久世「……意味あるだろ」


御影「十年前だぞ! もう終わったことだ!」


久世「終わってねえよ」


久世の声が、低く響いた。


久世「葵が死んでる」


御影「…………」


久世「榊原も死んだ」


御影「…………」


久世「二人も死んで、何が終わったことなんだよ」


御影は、何も言えなかった。


久世は続けた。


久世「お前、ずっと完璧でいたかったんだろ」


御影「……黙れ」


久世「成績も、仕事も、人生も。全部ちゃんと予定どおりに進めたかった」


御影「黙れ!」


久世「だから、十年前の失敗が許せなかった」


御影「……っ!」


久世「葵が死んだことよりも、自分が間違えたことのほうが怖かったんじゃないか?」


その瞬間。


御影がテーブルを叩いた。


御影「お前に何がわかる!」


大きな音が響いた。


御影は肩で息をしていた。


御影「……私は、あの日、助けようとした」


久世「…………」


御影「鍵を開けようとしたんだ……!」


真琴「……御影くん」


御影「でも、開かなかった。錠前が故障していたから……!」


久世「……それで?」


御影「……時間がなかった」


久世「時間?」


御影「学校に残れる時間が決まっていた。私はその日の予定を……」


言いかけて、御影は口を閉じた。


久世は静かに見つめた。


久世「……予定を優先したのか」


御影「…………」


久世「助けを呼ぶより、予定どおり帰ることを?」


御影はうつむいた。


御影「……違う」


久世「…………」


御影「違うんだ……」


その声は、震えていた。


久世は何も言わなかった。


真琴が、静かに口を開いた。


真琴「……御影くん」


御影は顔を上げなかった。


真琴「私、ずっと嘘ついてた」


御影「…………」


真琴「葵ちゃんの声を聞いてないって」


結衣「……真琴ちゃん」


真琴「でも、本当は聞こえてた。助けてって」


真琴の目に涙が浮かんだ。


真琴「怖くて逃げたの。誰かが助けてくれるって思い込んで」


澪「…………」


真琴「だから、御影くんを責める資格なんてない」


久世は、真琴を見た。


そして、静かに言った。


久世「……あるよ」


真琴「え?」


久世「責める資格とか、そういう話じゃねえだろ」


久世は椅子から立ち上がった。


久世「俺たち全員、あの日、間違えた」


結衣「…………」


久世「でも、だからって今日の殺人まで許されるわけじゃねえ」


御影が、顔を上げた。


久世「……御影」


久世の目は、まっすぐだった。


久世「お前、榊原を殺したんだろ」


御影は、長い間黙っていた。


そして。


御影「……証拠は?」


低い声だった。


久世は、ゆっくりうなずいた。


久世「……まだ決めつけられない」


御影の表情が、わずかに緩んだ。


久世「だから警察に調べてもらう。それまで、お前はここから動くな」


御影「……命令するな」


久世「命令じゃねえよ」


久世は疲れたように笑った。


久世「頼んでんだ。これ以上、誰も死なせたくねえから」


御影は何も答えなかった。


午前二時三十分。


久世は食堂の隅で、椅子にもたれていた。


結衣が隣に座る。


結衣「……透くん」


久世「ん?」


結衣「ありがとう」


久世「何が?」


結衣「みんなのこと、ちゃんと考えてくれて」


久世「……別に」


結衣「透くんって、口は悪いし、だらしないし、お金借りようとするし……」


久世「悪口が多くね?」


結衣「でも、大事なときには逃げないんだね」


久世は、少しだけ笑った。


久世「……逃げてるよ」


結衣「え?」


久世「十年前、俺は逃げた」


結衣「…………」


久世「だから、今度は逃げないようにしてるだけ」


結衣は黙っていた。


そして、小さく言った。


結衣「……それでも、偉いと思う」


久世「……そうか?」


結衣「うん」


久世は、しばらく黙っていた。


やがて。


久世「……じゃあ、三千円貸して」


結衣「台無しだよ!!」


久世は笑った。


結衣も、泣きながら笑った。


その笑い声だけが、静かな食堂に響いていた。


第十二章 密室の正体

午前四時。


雨は小降りになっていた。


誰も眠れなかった。


食堂では、御影が窓際に座り、黙って外を眺めていた。


久世は向かいの椅子で、古い時計を見つめていた。


結衣「……透くん、寝ないの?」


久世「寝たい」


結衣「だよね……」


久世「でも、寝たら何が起こるかわかんねえからな」


澪「珍しく責任感があるのね」


久世「やめろよ。褒められると体調悪くなる」


澪「安心して。褒めてないわ」


久世「ひどい」


相馬はソファに座ったまま、何度も玄関のほうを見ていた。


相馬「警察、まだかよ……」


御影「通行止めが解除されれば来るだろう」


相馬「お前はよくそんなに冷静でいられるな」


御影「騒いでも状況は変わらない」


相馬「……そうだけどよ」


久世は時計から目を離した。


久世「なあ、御影」


御影「……また何だ」


久世「お前、書斎の鍵が内側に刺さってた理由、わかる?」


御影「……知らない」


久世「俺も最初はわかんなかった」


久世は、ゆっくり立ち上がった。


久世「でも、あれって別に、犯人が鍵をかけたとは限らないんだよな」


澪「……どういう意味?」


久世「榊原が自分で鍵をかけたんだよ」


相馬「は?」


久世「考えてみろよ。榊原は誰かを恐れていた。だから、人に知られたくない話をするとき、書斎の扉を内側から施錠した」


真琴「……でも、そうしたら犯人は入れないよね?」


久世「普通の扉からはな」


久世は図面を指さした。


書斎の背後にある、細長い空間。


久世「隠し通路があったんだよ」


結衣「……じゃあ、そこから?」


久世「そう。犯人は扉を使わずに書斎へ入った。そして、榊原を殺して、また通路から出た」


相馬「……だから密室だったのか!」


久世「正確には、最初から密室じゃなかったんだ」


澪「でも、なぜ榊原はそんな通路から誰かが入ってくることを許したの?」


久世「……そこなんだよ」


久世は御影を見た。


久世「榊原は、犯人を招き入れたんじゃないか?」


御影「…………」


久世「例えば、館の構造に詳しい奴が『ほかに出入り口がないか調べる』って言ってきたら?」


御影「……何が言いたい」


久世「榊原は脅されてた。誰かが自分を狙ってるかもしれないって思ってた。だから、避難経路を調べるって話なら、信用したんじゃねえの」


澪「……御影は設備確認をしていた」


久世「そう。そして、十年前の記録について、榊原から話をされた」


久世は深く息を吐いた。


久世「五時二十分に会って、二十五分から三十五分まで設備確認。それが本当なら、書斎の裏側を調べていてもおかしくない」


御影「……憶測だ」


久世「そうだよ」


久世はうなずいた。


久世「だから、警察に調べてもらう」


御影「……そればかりだな」


久世「俺、警察じゃないし」


相馬「でも、犯人がわかったんだろ!?」


久世「わかったつもりになるのが一番怖いんだよ」


御影は、久世を見つめていた。


久世「証拠がないなら、決めつけるべきじゃない。でも、調べるべき場所はもうわかってる」


久世は、一つずつ指を折った。


久世「書斎の隠し通路。設備室の点検口。御影の袖の傷。そして、榊原が残した記録」


澪「……十分に調べる価値はあるわね」


久世「だろ?」


御影は何も言わなかった。


久世は、最後に一つだけ聞いた。


久世「なあ、御影」


御影「…………」


久世「もし、お前が犯人だったとしてさ」


御影「……何?」


久世「なんで、榊原を殺す必要があったんだ?」


長い沈黙。


そして、御影はようやく口を開いた。


御影「……必要があったからだ」


誰も動かなかった。


久世「……そっか」


御影「……あいつは、全部壊そうとしていた」


結衣「……御影くん?」


御影「十年間、私は努力してきた。あの事件を忘れるために。正しく生きるために」


久世は黙っていた。


御影「なのに、あいつは突然、全部を公表すると言い出した」


御影の声が震えた。


御影「十年前の記録を見つけたと。私が何をしたのか、映っていると」


相馬「……やっぱり、あの映像に……」


御影「私は、ただ……」


御影は両手で顔を覆った。


御影「……認めたくなかったんだ」


誰も、何も言わなかった。


やがて、御影は顔を上げた。


御影「私は、あの日、葵を助けられた」


結衣が息をのんだ。


御影「物置の鍵を持っていた。壊れた錠前を開ける方法も知っていた。だが、学校に報告すれば、私まで責任を問われると思った」


久世「…………」


御影「だから、帰った。榊原に任せれば大丈夫だと思って」


声が、かすれた。


御影「……翌朝、葵が死んだと聞いた」


御影はうつむいた。


御影「私は嘘の記録を作った。自分が屋上にいなかったことにした」


真琴の目から涙が落ちた。


御影「それで終わったと思っていた。終わらせたかった」


久世「……でも、終わってなかった」


御影「……ああ」


御影はうなずいた。


御影「榊原は私に映像のことを話した。そして、全員に真実を告げると言った」


澪「……それで殺したのね」


御影は、しばらく黙っていた。


そして、小さく答えた。


御影「……そうだ」


久世「……どうやって?」


御影は目を閉じた。


御影「五時二十分に榊原と会った。あいつは、今夜の話し合いを誰にも邪魔されたくないと言っていた」


久世「……それで?」


御影「私は、館の設備を確認するついでに、書斎の裏側も調べると提案した。榊原は、書斎の扉を内側から施錠した」


御影は震える手を握りしめた。


御影「……私は設備室から隠し通路に入った。榊原も、その通路のことは知っていた」


久世「…………」


御影「書斎の奥で会ったとき、もう一度頼んだ。記録を公表しないでくれと」


結衣「……榊原くんは?」


御影「断った」


御影の声は、ほとんど聞こえなかった。


御影「だから、机の上にあったナイフを……」


その先は、言葉にならなかった。


静寂。


外の雨音だけが響いた。


久世は、ゆっくり息を吐いた。


久世「……そうか」


御影「……私は」


久世「もういい」


御影は顔を上げた。


久世「言い訳なら、警察にしてくれ」


御影「…………」


久世「俺には、もう十分だ」


その声は、冷たくなかった。


だが、優しくもなかった。


ただ、疲れていた。


心の底から。


午前五時四十分。


山道の通行止めが解除され、警察車両が白鷺館に到着した。


御影は、自ら事情を話し始めた。


書斎の隠し通路。


設備室の点検口。


榊原との面会。


そして、十年前の記録。


警察はすぐに現場の調査を始めた。


久世たちは別々に事情を聞かれた。


長い夜が、ようやく終わろうとしていた。


最終章 愛されるクズの条件

事件から三週間後。


久世のアパート。


相変わらず、部屋は散らかっていた。


ただし、以前より一つだけ変わったことがある。


テーブルの上に、新聞が置かれていた。


そこには、白鷺館で起きた殺人事件の記事が載っていた。


御影蓮は、榊原修司の殺害を認めた。


警察の調べで、書斎と設備室をつなぐ通路が確認され、そこから御影の衣服と一致する繊維や、血液の付着した痕跡が発見された。


書斎の扉は、榊原自身が施錠していた。


そして、十年前の映像も復元された。


相馬が撮影した記録には、旧校舎の屋上付近を歩く御影の姿が映っていた。


その後、葵が閉じ込められていた物置の前に立ち、鍵を手にして去る姿も残っていた。


映像だけで、葵が転落した瞬間のすべてがわかるわけではなかった。


しかし、御影が提出した当時の行動記録が虚偽だったことは明らかになった。


十年前の事件は、改めて調べられることになった。


久世は新聞を閉じた。


久世「……はあ」


携帯電話が鳴った。


結衣からだった。


久世「もしもし」


結衣「透くん! 元気?」


久世「三千円貸してくれ」


結衣「またそれ!?」


久世「俺、今月もピンチなんだよ」


結衣「もう! ちゃんと働こうよ!」


久世「働きたくない」


結衣「即答しないで!」


久世「じゃあ、少し考える」


結衣「うん!」


久世「……働きたくない」


結衣「考えてないよね!?」


久世は笑った。


結衣も、電話の向こうで笑った。


結衣「……でも、よかった」


久世「何が?」


結衣「透くんが、元気そうで」


久世は、少しだけ黙った。


久世「……まあな」


結衣「……あの事件、いろいろ大変だったね」


久世「そうだな」


結衣「御影くんのこと、まだ信じられない」


久世「……うん」


結衣「でも、透くんがいてくれてよかった」


久世は、天井を見上げた。


久世「……俺、そんな大したことしてねえよ」


結衣「そんなことないよ」


久世「警察が調べなきゃ、何も証明できなかったし」


結衣「でも、透くんが気づかなかったら、もっと時間がかかったかもしれないよ」


久世「……そうかな」


結衣「そうだよ」


しばらく沈黙が続いた。


やがて、久世が口を開いた。


久世「……なあ、結衣」


結衣「なに?」


久世「俺、十年前からずっと、自分が嫌いだったんだと思う」


結衣は黙って聞いていた。


久世「面倒くさがりで、逃げ癖があって、何かあると全部後回しにして」


結衣「……うん」


久世「葵のときも、そうだった」


結衣「…………」


久世「だから、今回くらいは逃げないでおこうと思った」


結衣は、静かに息を吐いた。


結衣「……透くん」


久世「ん?」


結衣「私、透くんのそういうところ、好きだよ」


久世「…………」


結衣「普段は本当にどうしようもないけど」


久世「おい」


結衣「でも、誰かが困ってると、最後にはちゃんと助けようとする」


久世は、少しだけ笑った。


久世「……最後には、な」


結衣「うん」


久世「最初から助けられるようになりたいもんだ」


結衣「……そうだね」


電話の向こうで、結衣が笑った。


久世は、机の上の財布を見た。


中には、相変わらず二百円しか入っていなかった。


久世「……じゃあ、三千円貸して」


結衣「やっぱり台無しだよ!!」


久世は大声で笑った。


その日の夕方。


久世のアパートに、五人が集まった。


結衣、真琴、澪、相馬。


そして、御影の代わりに、彼の残した手帳が一冊。


警察の調査で証拠にならなかった、私物の手帳だった。


中には、毎日の予定が細かく書かれていた。


起床、通勤、会議、食事、就寝。


すべてが、分単位で記録されていた。


相馬「……あいつ、本当に几帳面だったんだな」


澪「病的なくらいね」


真琴「でも、ちょっと羨ましいかも」


久世「やめろよ。お前まで予定表作り始めたら怖えよ」


真琴「私の予定表、全部嘘だけどね」


相馬「意味ねえじゃねえか!」


結衣は笑った。


澪も、少しだけ口元を緩めた。


久世は手帳を閉じた。


そして、静かに言った。


久世「……あいつ、ずっと怖かったんだろうな」


相馬「……何が?」


久世「自分が間違ってるって認めること」


澪「…………」


久世「完璧じゃない自分が、許せなかったんだろ」


真琴「……そうかもね」


久世は、窓の外を見た。


夕焼けが街を赤く染めていた。


十年前。


葵が死んだ日の空も、こんな色だった。


久世は、目を閉じた。


そして、静かに言った。


久世「……俺も、ちゃんと生きなきゃな」


結衣「……透くん」


相馬「おお! ついに働く気になったか!」


澪「奇跡ね」


真琴「明日は雪かな?」


久世「お前ら、俺のことなんだと思ってんの?」


澪「無職」


相馬「クズ」


真琴「借金王」


結衣「……えっと、優しい人?」


久世「結衣だけだわ。俺の味方は」


澪「甘やかさないで、小鳥遊」


結衣「えへへ……」


久世は、深いため息をついた。


そして。


久世「……じゃあ、明日から働くわ」


全員が驚いた。


相馬「マジで!?」


真琴「嘘でしょ!?」


澪「信じられない」


結衣「透くん、偉い!」


久世は、にやりと笑った。


久世「まずは、誰か俺を雇ってくれ」


一瞬の沈黙。


そして、全員が叫んだ。


相馬「結局他力本願かよ!!」


真琴「やっぱりクズだね!!」


澪「救いようがないわ」


結衣「でも、応援してるよ!!」


久世は笑った。


心の底から。


その笑い声は、十年前の自分には出せなかったものだった。


夜。


みんなが帰ったあと、久世は一人で部屋に残っていた。


テーブルの上には、古い集合写真。


あの日、八人で撮った写真だった。


久世は写真を手に取った。


端に立っている葵が、笑っている。


久世「……ごめんな」


小さな声だった。


誰にも届かない声。


けれど、今度は逃げなかった。


久世は写真を、机の一番目立つ場所に置いた。


忘れないために。


同じ間違いを繰り返さないために。


そして、明日から少しでもまともに生きるために。


久世「……よし」


立ち上がる。


部屋を見回す。


散らかった服。


空のペットボトル。


山積みの漫画。


そして、未払いの請求書。


久世「…………」


五秒考えた。


久世「……掃除は明日でいいか」


そう言って、布団に潜り込んだ。


人間は、そう簡単には変われない。


だが、それでいい。


少しずつでも、変わっていけばいいのだから。


ただし。


久世透が、本当に翌日から働き始めたかどうかについては――


誰も、確認できていない。


『嘘つきたちの同窓会』 完

エピローグ もう一通の招待状

事件から一か月後。


久世のアパートに、また一通の封筒が届いた。


今度は白い封筒だった。


差出人の名前はない。


中には、一枚の紙。


久世透様。


あなたには、まだ話していないことがある。


十年前の事件は、あなたが思っているほど単純ではない。


もし、本当のことを知りたいなら――


来週の土曜日、午後六時。


あの場所へ。


久世は、しばらく紙を見つめた。


そして。


久世「……またかよ」


深いため息。


久世「もういいって、こういうの……」


紙を裏返す。


そこには、小さな文字があった。


交通費、食事代は全額支給。


久世「…………」


久世は、携帯電話を取り出した。


結衣に電話をかける。


結衣「もしもし、透くん?」


久世「なあ、結衣」


結衣「なに?」


久世「俺、来週ちょっと旅行行ってくるわ」


結衣「えっ、急だね!」


久世「うん。なんか、招待された」


結衣「……え?」


久世「交通費と飯が無料なんだって」


電話の向こうで、長い沈黙が流れた。


そして。


結衣「透くん!? この前の事件から何も学んでないの!?」


久世は笑った。


久世「学んだよ」


結衣「何を!?」


久世は、窓の外を見た。


夕焼けが、街を赤く染めていた。


そして、にやりと笑った。


久世「タダより高いものはないってことをな」


結衣「じゃあ行かないでよ!!」


久世「でも、飯は無料だぞ?」


結衣「もう知らない!!」


電話が切れた。


久世は、静かに笑った。


そして、招待状をもう一度読んだ。


今度は、裏側まで。


そこには、差出人の名前が書かれていた。


水野葵。


久世の笑顔が消えた。


十年前に死んだはずの少女。


その名前が、そこにあった。


久世「……おいおい」


彼は、深いため息をついた。


久世「……冗談だろ」


窓の外で、風が吹いた。


机の上の集合写真が、かすかに揺れた。


そして、久世は呟いた。


久世「……今度こそ、面倒なことになりそうだな」


― 完 ―


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