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第61話 整理できないもの
巨大な目が。
俺を見ている。
ただ。
見ているだけなのに。
身体が動かなかった。
【構造解析】
発動。
……何も見えない。
【存在】
空白。
【構造】
空白。
【願い】
空白。
【起源】
空白。
「……なんだよ」
こんなの。
初めてだった。
どんな存在にも。
何かしらの構造があった。
世界にも。
生命にも。
願いにも。
始原管理者にも。
でも。
こいつには。
何もない。
「蓮」
エリスが。
俺の腕を掴む。
「解析できないの?」
「ああ」
「じゃあ」
「戦うの?」
「……分からない」
すると。
巨大な目が。
ゆっくり閉じた。
『戦う?』
声が響く。
『違う』
『私は』
『お前を』
『知っている』
「俺を?」
『そう』
『お前は』
『私の中にいた』
俺は。
眉を寄せる。
「意味が分からない」
『お前が』
『最初の世界を』
『選んだとき』
『その可能性の一つが』
『私になった』
「……」
零番目の俺が。
初めて。
後ずさった。
「嘘だ」
『嘘ではない』
「じゃあ」
零番目の俺が。
震える声で言う。
「僕は」
「何なんだ?」
巨大な目が。
彼を見る。
『お前は』
『私が』
『捨てたもの』
「……!」
零番目の俺が。
固まる。
『お前は』
『世界を管理する可能性』
『世界を破壊する可能性』
『世界の外側へ行く可能性』
『すべてを持っていた』
『だが』
『どれも選ばなかった』
『だから』
『余った』
「……余った?」
『そう』
『余った可能性は』
『私の中へ落ちた』
俺は。
息を呑む。
「それが」
「お前?」
『そう』
『私は』
『選ばれなかったものの集合』
「……」
『世界が捨てたもの』
『願いが捨てたもの』
『可能性が捨てたもの』
『すべて』
『ここにある』
俺は。
周囲を見る。
何もない。
なのに。
そこには。
無数の気配があった。
声。
記憶。
願い。
そして。
存在しなかった未来。
「……だから」
俺は。
呟く。
「お前には」
「構造がない」
『正しい』
「一つの存在じゃないから」
『正しい』
「でも」
俺は。
始原整理を発動する。
「なら」
「整理できる」
巨大な目が。
開く。
『やめろ』
初めて。
声に感情が混じった。
「……嫌だ」
俺は。
手を伸ばす。
【始原整理】
【対象:未定義領域】
発動。
――何も起きない。
「……」
俺は。
もう一度。
発動する。
何もない。
【整理対象なし】
表示が。
出た。
「……そういうことか」
俺は。
理解した。
こいつには。
整理すべき形がない。
なら。
壊すことも。
直すことも。
できない。
「だったら」
俺は。
手を下ろす。
「整理しない」
エリスが。
驚いた顔をする。
「蓮?」
「こいつは」
「今までの奴と違う」
「どうして?」
「何かを失ってるんじゃない」
「何も」
「選ばれてない」
巨大な目が。
俺を見る。
『……』
「だから」
「俺が勝手に」
「整理するのは」
「違う」
長い沈黙。
そして。
巨大な目が。
初めて。
少しだけ細くなった。
『お前は』
『変わったな』
「そうか?」
『以前のお前なら』
『全てを整理しようとした』
俺は。
苦笑する。
「確かに」
最初は。
そうだった。
壊れたものを直して。
乱れたものを戻して。
邪魔なものを取り除く。
それが。
正しいと思っていた。
でも。
エリスと出会って。
リナと出会って。
フェンリオスと出会って。
アリアと出会って。
ミラと出会って。
ノアと出会って。
ソラと出会って。
そして。
ユナと出会って。
分かった。
「整理するって」
「捨てることじゃない」
「……」
「だから」
俺は。
巨大な目を見る。
「お前の中にあるものも」
「勝手に消さない」
「必要なら」
「一緒に探す」
『探す?』
「ああ」
『何を』
「お前が」
「何になりたいのか」
巨大な目が。
動きを止める。
『……』
「お前」
「何になりたい?」
答えは。
すぐには返ってこなかった。
初めて。
この存在が。
沈黙した。
そして。
やがて。
小さな声が。
響いた。
『……分からない』
「なら」
「それでいい」
『……』
「分からないっていうのも」
「一つの答えだから」
すると。
巨大な目から。
一粒の光が落ちた。
涙のように。
光は。
俺の手の上で。
小さな球になる。
【未知構造】
【願いの種】
【発生】
俺は。
目を見開く。
「願い……?」
巨大な目が。
震える。
『これは』
『何?』
「たぶん」
「お前が初めて」
「自分で生んだものだ」
『私が?』
「ああ」
俺は。
その光を見る。
「だから」
「名前をつければいい」
『名前……』
巨大な目が。
長い沈黙のあと。
答えた。
『……まだ』
『いらない』
「そっか」
『でも』
「うん?」
『いつか』
『自分で』
『決めたい』
俺は。
笑った。
「それで十分だ」
その瞬間。
巨大な空間に。
無数の光が灯った。
今まで。
「捨てられた可能性」だったものが。
一つずつ。
小さな光になっていく。
【未選択可能性】
【自律化開始】
「……」
俺は。
驚いた。
こいつは。
何かを整理したわけじゃない。
ただ。
選べるようになった。
それだけで。
無数の可能性が。
存在として認識され始めている。
「これが」
「選択構造……」
すると。
始原管理者だった少女が。
小さく笑った。
「違うよ」
「え?」
「これは」
「あなたが」
「今までしてきたこと」
「……?」
「選択を」
「奪わなかったこと」
その瞬間。
俺の【選択構造】に。
新しい文字が浮かぶ。
【第七原則】
【選択を強制しない】
俺は。
静かに。
その文字を見つめた。
すると。
巨大な目が。
最後に一言。
『蓮』
「何?」
『私は』
『お前を』
『まだ』
『整理できない』
「……?」
『だから』
『少し』
『興味がある』
巨大な目が。
笑ったように見えた。
そして。
世界の外側に。
新しい道が開く。
今度は。
世界へ戻る道ではない。
さらに。
さらに外へ続いている。
【未定義領域】
【接続可能】
【推奨:不可】
俺は。
その道を見る。
エリスが。
隣に立った。
「行くの?」
「……どうする?」
エリスは。
少し笑った。
「蓮が行くなら」
「私も行く」
その言葉に。
リナが手を上げる。
「私も!」
アルベルトが。
ため息をつく。
「当然、私もだ」
フェンリオスが。
低く唸る。
ノアも。
ミラも。
アリアも。
ソラも。
ユナも。
一歩ずつ。
俺のところへ集まる。
俺は。
前を見る。
そして。
一歩。
未定義領域へ踏み出した。
その瞬間。
背後から。
あの声が響いた。
『蓮』
『一つだけ』
『教えておく』
「何を?」
『お前が』
『最後に整理することになるのは』
『世界でも』
『私でもない』
俺は。
振り返る。
『――お前自身だ』
道が。
閉じた。
そして。
俺たちは。
完全に。
世界の外側へ消えた。




