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パン太とかすみの物語

作者: 梅花かえで
掲載日:2026/06/16

大好きなぬいぐるみとお話が出来たらいいのになぁ…

そんな気持ちから生まれた物語です。

あなたの大好きなぬいぐるみやお人形を思い浮かべて読んでいただけると嬉しいです。



春野花純は小学5年生。幼少期から人と話すのが苦手で、学校でもあまり話さず仲の良い友人もいない。だけど今日は少しだけ良いことがあった。そんな時はいつも、ぬいぐるみのパン太に話を聞いてもらう。

「ただいま……」

玄関を開けて自分の部屋へと向かう。部屋に入ると机の上にパン太が待っていた。

「パン太ただいまー!」

花純はパン太の前だと明るく元気におしゃべりをする。

「ねーねー、聞いて!あのね、今日、授業中に消しゴム落としちゃったんだけど、隣の席の子が拾ってくれたんだ。にこって笑って、『はい!』って!!」

帰宅して学校での出来事をパン太に話すのが花純の日課になっている。花純は嬉しそうに話を続ける。

「恥ずかしかったけど、頑張って“ありがとう”って言ったんだよ!たぶん、ものすごく小さな声だったと思うけど⋯」

ひとしきり喋ると花純は大きなため息をつく。

「はぁ~、どうしてパン太にはこうして何でも話せるのに、クラスの子には話せないんだろう⋯」

するとパン太は答える。

「もう!かすみちゃんったら毎回同じ事言ってる〜。僕は小さい頃から一緒にいるぬいぐるみだから何でも話せるけど、お友だちの前だと緊張して話せなくなっちゃうんでしょう?毎日毎日言ってるじゃない。まぁ僕はかすみちゃんとしか話せないし、この時間が唯一の楽しみではあるから、たくさん話してくれると嬉しいけどね」

花純はパン太を抱きしめながら伝える。

「パン太〜!大好きだよー!!ずっとずっと、側に居てね♡」

しかしこのやり取りも毎度のことなので、パン太は慣れっこである。

「僕はかすみちゃんに捨てられない限り、ずっとここにいるよ。だけど、外には一緒に行けないんだからね!」

それは花純もわかっていた。さすがに小学5年生にもなって、ぬいぐるみ持ち歩くわけにはいかないと。去年までは時々こっそりカバンに入れて連れ出していたのだけれど⋯

花純は思い出したように話を続けた。

「あっ!そうそう、それで消しゴムを拾ってくれた子、男の子なんだけどね、不思議と怖くなかったの。優しくしてくれたからかなぁ…。いつもは男の子ってだけで怖くて固まっちゃうのに……」

「へー!珍しいね。かすみちゃん、もともと人見知りだけど特に男の子は苦手だもんね。」

パン太の言葉に、花純は大きく頷きながら続ける。

「うん。大きい声を出したり、走り回ったりするのが怖くてね…。向こうもきっと私のこと、声が小さくて何言ってるか分からないとか、行動が遅いなぁとか思ってるんじゃないかって、勝手に思って怖くなっちゃうんだよね…。でも、隣の席の佐倉くんはあまり怖くないというか、固まらずに話せたんだぁ」

花純の言葉にパン太は優しく伝える

「すごいね、かすみちゃん!大進歩だよ。その調子で他の人とも話せるようになるといいね」

すると花純の表情がぱぁっと明るくなった。

「そうだね!明日は自分から“おはよう”って言ってみようかな」

いつになく積極的な花純の発言にパン太も嬉しくなる。

「いいね、その意気だよ!僕も応援してるからね!」

「ありがとう。パン太の応援があれば100人力だよー」

花純はパン太の頭を撫でながら嬉しそうに微笑んだかと思うと、よし!と気合を入れて宿題に取り掛かった。そして、そんな花純の姿をパン太は優しく見守っていた。


 翌日、花純は少し緊張しながら登校する。昨日消しゴムを拾ってくれた男の子『佐倉ひなた』に挨拶をすると心に決めているからだ。自分から挨拶をするということが花純にとっては一大事なのである。教室に入るとひなたはまだ来ていないようだった。自分の席に着き大きく深呼吸を2〜3回するとひなたが教室へ入ってきた。そして席に着く前に一瞬だけ花純と目が合う。花純は今だ!と意を決して

「さ…佐倉くん、おはよう」

精一杯の勇気を振り絞って声をかけた。

するとひなたはお日様のような暖かい笑顔で

「おはよう、春野さん」

と返してくれた。

そして、今日1日分のエネルギーを使い果たした花純に、ひなたは少し遠慮がちに話しかけてきた。

「ねぇ…、春野さんって…国語は得意?」

花純は一瞬驚くも、ためらわずに言葉を返す。

「本とか読むの好きだし、わりと得意かも」

ひなたの表情が安堵に変わる。

「あのさ、昨日の宿題でどうしてもわからないところがあって…教えてもらっても良いかな?」

「良いよ。どこの問題?」

花純は自然に会話していた。

「良かった〜。めちゃくちゃ嬉しい!どれだけ考えても分からなくて諦めちゃってさ。教えてくれるとすごく助かる。あのさ、この問題なんだけど…」

花純は、問題の意図と考え方を丁寧に伝えた。すると、その会話を近くで聞いていた数人が花純とひなたのもとへやってくる。

「えっ?春野さん、あの問題わかったの?」

「俺もそこ分からなくて困ってたんだよね」

「私も!難しかったよね」

「春野さん、私たちにも教えてくれる?」

花純は先程ひなたに教えたように、もう1度みんなに説明した。みんなが頷きながら理解してくれる様子を見て嬉しくなった。不思議と怖いという感情は全く無かった。


その日の昼休み、女の子が2人花純に話しかけてきた。

「春野さんって、本好きなの?」

花純は遠慮がちに

「うん」

と答える。

「ねぇ、どんな本が好き?」

「この本は読んだ事ある?」

「ねぇ、かすみちゃんって呼んでもいい?」

「私の事はみっちゃんって呼んで」

「私はゆうちゃんって呼ばれてるよ」

などと、矢継ぎ早に質問が飛んで来る。

クラスメイトの2人は、いつも教室で本を読んでいる花純に話しかけたかったが、きっかけが無かったと話してくれた。今朝みんなに宿題を教える姿を見て、間違いなく本好きだと確信し、話しかけたんだと言う。勧められた本は、花純もお気に入りで何度も読んでいるシリーズだった事もあり意気投合。その後は、お気に入りの場面や好きなキャラクターの話で盛り上がっていた。


帰宅した花純は早速今日の出来事をパン太に伝える。

「ただいま〜!パン太聞いて聞いて!!」

「わぁ!かすみちゃんどうしたの??」

いつもと様子が違う花純に、パン太は少し驚きながらも話を聴いた。

「今朝ね、佐倉くんに『おはよう』って言ったの」

パン太はさらに驚き思わず問いかける

「え?かすみちゃんが??自分から??」

「そうなの!すごく緊張したんだけど、『佐倉くん、おはよう』って言ったら『おはよう!春野さん』って返してくれて、にこってしてくれたんだぁ…。すごく嬉しかったなぁ……」

パン太は、昨日花純が気合を入れていたのは知っていたが、すぐに行動できた花純を心から褒めた。

「かすみちゃん、すごいじゃん!いっぱい勇気を出して頑張ったんだね!!佐倉くんって昨日消しゴム拾ってくれた男の子だよね」

「うん。昨日、不思議と怖くないなぁって思ったから、あいさつしてみようって思ったんだ。だけど、勇気を出せたのはパン太が応援してくれたからだよ!」

そして、花純が勇気を出せたのは自分のおかげだと言ってくれた事がとても嬉しかった。花純はさらに続ける。

「それでね、そのあとに『春野さん、国語得意?』って聞かれたから、わりと得意かもって答えたの。そしたら、『宿題で分からないところがあったんだけど教えてくれない?』って言われて…」

「教えてあげたの?」

思わずパン太が問いかける。

「うん。佐倉くん、昨日どれだけ考えてもわからなくて諦めたんだって」

花純は胸を張って答えた。

今までの花純からは想像できないような出来事に、パン太のテンションも上がる。 

「すごいね、すごいね!!かすみちゃん、めちゃくちゃ頑張ったね」

パン太が褒めると、花純は誇らしげに続けた。

「えへへ。佐倉くんに『嬉しい、助かる』って言われたのが嬉しくて、全然緊張せずに話せたよ。そしてね、佐倉くんに教えてたら他の子たちも来てさ…。みんな、同じところがわからなかったんだって」

パン太はふと疑問を感じた。     

「かすみちゃんはわかったの?難しい問題だったんでしょう?」

花純はパン太の頭を撫でながら続けた。

「主人公の気持ちを書く問題だったんだけど、私は本を読むのが好きだから、そんなに難しいとは思わなくて…。そしたら、その場にいた女の子たちも本が好きって話になって。何の本が好き?とかこの本読んだ?とかって話になって…」

花純は昼休みの出来事もパン太に伝えた。

パン太は興味津々に聴いている。

今まで何度も花純の話を聴いていたが、花純がこんなに楽しそうに、嬉しそうに、学校の出来事を話すのは初めてだった。   

花純はお気に入りの本をパン太に見せながら、このシリーズの話で盛り上がったと話してくれた。それは花純がいつもパン太相手に、この場面のここが好きだとか、このキャラクターのこんなところがかわいいなどと話している本だった。

そして花純は一際嬉しそうに

「『かすみちゃんって呼んで良い?』って聞かれたから、私も、『みっちゃん』『ゆうちゃん』って呼ぶことにしたの」

と話してくれた。

「お友だちが出来たんだね。良かったね、かすみちゃん」

パン太は優しく微笑んだ。




それから数日が経ち、花純が軽い足取りで帰宅する。

「ただいま!お母さん、これからみっちゃんのお家に行ってくる!!みっちゃんとゆうちゃんと一緒に宿題するの!!!」

その元気な声は花純の部屋で待つパン太の耳にも届いていた。バタバタと花純の足音が近付き部屋の扉が開くと同時に花純の声が飛んできた。

「パン太、ただいま〜!今からみっちゃん家に行ってくる!!みっちゃんとゆうちゃんと一緒に宿題やって、終わったらおすすめの本のお話するんだぁ♪あっ、今日学校行ったら、私より先に佐倉くんが来てて、いつも私が先に来て『おはよう』って言うから、今日は先に『おはよう』って言うって決めてたんだって♪♪うふふ…面白いね!あー、パン太にたくさん話したいことあるけどもう行かなきゃ!夜、たくさん話そうね!!!」

ひと息に喋り終えると同時に、花純は準備を終えて部屋を出て行く。

「かすみちゃん、良かったね。いってらっしゃい」

「ありがとう、パン太!行ってきまーす!!」

花純を見送ったあと、

(そろそろ……僕の役目も終わりかな…)

パン太は心の中で呟いた。


トントントン...ガチャ

花純の母親、百合が部屋へやって来て、優しい笑顔でパン太に話しかける。

「パン太...ありがとうね。かすみにもお友達ができたみたいで安心したわ。あの子は優しい子だけど...私の子供の頃にそっくりで人見知りだから。」

百合は穏やかな口調で続ける。

「ずっと心配だったのよ。きっとパン太が毎日話し相手になってくれてたんでしょう?私の時みたいに......」

百合の問いかけにパン太も優しい笑顔で答える。

「ゆりちゃん...。うふふ かすみちゃんは、ゆりちゃんの子供の頃にそっくりだったよ。僕もまたこうしてお話ができるようになって嬉しかったなぁ。でも…もう僕の役目は終わったみたいだね。ゆりちゃん...、かすみちゃんに、勇気を出して頑張ったねってたくさん褒めてあげて。そして、僕がこれからもずっと見守っているって伝えてほしいな。会話をすることはできなくても、ずっとずっと大切な友達だよって…。」

パン太は、花純への想いを百合に託した。

「パン太⋯。ええ、わかったわ。ちゃんと伝えておく。それから⋯⋯、私の時もありがとう。ずっとお礼が言いたかったけど、あの時も私が帰ってきたらもう⋯」

百合は、数十年振りにパン太にお礼を伝えることが出来た。そう、百合もまた子供の頃にパン太が話し相手となり、パン太に支えられていたのだ。やがて結婚し産まれた花純が自分の幼い頃によく似ていて、お友だちを作ることが出来るのか心配になり、パン太に託したのである。

「あはは⋯。でも、その後もゆりちゃんが僕を大切にしてくれて、ひとり暮らしの時も結婚したときも、僕を連れて行ってくれたから、またこうしてお話することができたんだよ。僕の方こそ、ありがとう。大切にしてくれて…」

そして再び別れの時がやってきた…

百合はそっとパン太を抱きしめた。

「パン太⋯」

「ゆりちゃん⋯」

最後はふたりそろって

「またね」

と言葉を交わす。


数時間後、花純が帰宅した。

「ただいま〜」

明るく元気な声が玄関から響き渡る。

「おかえりなさい。花純⋯、手を洗ったら大事な話があるから…。」

百合がそう伝えると、花純はわかったと言って手を洗いに行く。

「お母さん、手洗ったよ。話ってなに?」

何も知らない花純に、百合はパン太から託された言葉を丁寧に話し始めた。

「あのね パン太の事なんだけど⋯⋯」


      

                       完         


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

いつか、『パン太と百合の物語』も書きたいと思っています。その時はまた、読みに来てくださいね☆

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