8:冒険者としての始まり③
「……やっぱり迷った」
僕は公園のベンチに座り、膝を抱えていた。
大きな街じゃないのは確かだ。でも問題は、どこが冒険者ギルドなのかを示す目印がまったくないことだ。
普通なら、冒険者ギルドには巨大な紋章が掲げられているか、住宅地から少し離れた場所に単独で建っている。訓練場や、冒険者向けの設備も整っているはずだ。
だけど、この街にはそれが一つもない。僕が見つけられないだけじゃない。本当に、何もない。
雰囲気を楽しむつもりだったのに、気づけば何周も歩き回っていた。いつの間にか、太陽は沈みかけている。
「仕方ないな。誰かに聞くか――」
立ち上がって、適当に誰かに声をかけようとした―そのとき。
「ちょっといいかな、少年」
先に声をかけてきたのは、ひとりのお兄さんだった。
顔立ちは地味で、一番目立つのは両頬のそばかす。背はあまり高くなく、肩も狭いけれど、そこそこ筋肉はついている。腰には剣、そして盾。
そして何より、首には「ゴールドプレート」のネックレスが下がっていた。
冒険者だ。しかもゴールド。
こんな街に何の用があるのか?
「……はい、何でしょうか」
「実はさ、俺もここ初めてなんだ。冒険者ギルドの場所、知ってるか?」
同じ問題か。
「いえ、知りません。僕も初めて来たんです。ちょうどギルドを探しているところでした」
「へぇ、偶然だな」
お兄さんはにこりと笑い、ちょうど通りかかったおばさんを親指で示した。
「せっかくだし、一緒に聞きに行かないか? 同じよそ者がいると、ちょっと安心するだろ」
「わかりました。ご一緒します」
そう言うと、お兄さんは笑顔のままおばさんに話しかけた。
どう話したのかは分からないが、おばさんは楽しそうに笑い、丁寧に道を教えてくれた。最後は手を振って別れるほど打ち解けていた。
……ずいぶん人当たりがいい人なんだ。
「やっぱり地方の人は親切だな」
「そうですね」
「じゃあ行こうか……えっと」
……。
「『ベラミ』です」
隠しても意味はない。どうせ冒険者登録をすれば、プレートに名前が出る。それに悪いことをしているわけでもない。
それでも、自分の名前を言うのは少し恥ずかしかった。
お兄さんはフード越しに僕の顔をしばらく見てから言った。
「そうか。俺は『マック』だ」
それ以上、何も聞いてこなかったのがありがたい。
名前を確認すると、彼はすぐにおばさんに教えてもらった方向へ歩き出した。
僕も。
@@@@
目の前にあったのは酒場だった。
そう、聞き間違いじゃない。酒場だ。
建物は大きいが、古びた木造でかなり年季が入っている。どう見ても冒険者ギルドだと分かるようなものは一つもない。
けれど中に入ると、右側のカウンターにはギルド職員の制服を着た人が立っていて、左側は酒を出すカウンターになっていた。
ここは間違いなく冒険者ギルドだ。ただ、酒場の中にあるだけで。
「これじゃ分かるわけないだろ……領主を呼び出して文句言いたいな」
マックさんがぶつぶつ言う。僕も同意した。
それほど時間はかからずにギルドに着いたが、無駄に歩き回った自分に腹が立つ。それに、こんな分かりにくい作りにしている領主にも少し苛立ちを覚える。
店の中央には依頼書の掲示板が目立つように立っていた。そして店のあちこちでは、中年の男たちが何組も酒を飲んで盛り上がっている。
服装も態度も、大都市の冒険者と違う。けれど、よく見ると全員の首には【ブロンズプレート】のネックレスが下がっていた。あれが冒険者のランクを示す証だ。
冒険者は、この世界でもっとも人気があり、もっとも認められている職業だ。性別や身分に関係なく登録できる。冒険者カードは、いわば身分証のようなもので、さまざまな手続きに使われる。
当然、冒険者にも階級があり、得意分野の確認も行われる。それによって仕事の種類や特権が決まる。
ランクは全部で五つ。
【ブロンズ】【シルバー】【ゴールド】【プラチナ】そして最上位の【ダイヤモンド】だ。
【ブロンズ】は初級。 簡単な依頼や雑用が中心で、討伐できる魔物も強くてゴブリン程度。安全のため、弱い魔物でも種類によっては関わることを禁止される。
【シルバー】は中級。街の周辺での討伐依頼や、戦闘技術を活かす仕事を受けることができる。もっとも「冒険者」らしいランクだ。中級の魔物まで討伐可能で、特別な許可があれば上級にも挑める。
【ゴールド】は上級冒険者。王国から直接依頼を受けることも多く、上級魔物の討伐や重要人物の護衛を担当する。冒険者制度の中でも重要な立場だ。
【プラチナ】は国級の冒険者。国や大陸規模の大ギルドに直属することが多く、人数はごくわずか。ほとんどが高位のギフトを持ち、その中でも特に優秀な者ばかりだ。「災害級の魔物」討伐において重要な役割を持つ。
【ダイヤモンド】は最高級。世界規模の大ギルドの長が多く、強さだけでなく、世界を動かせるほどの影響力を持つ。世界に十人もいない特別な存在だ。
このランクには、【神の子】のギフトを持つ者もいる。
ランクは五つしかないが、昇格は簡単ではない。時間や数ではなく、質と能力が問われる。多くの実績を積み、昇格時には本部から出される数々の試験依頼をこなさなければならない。
特にシルバーからゴールドへの昇格は、大きな壁だ。本当の才能と実力がなければ届かない。ゴールドの九割は高位ギフト保持者だ。
ゴールドからプラチナはさらに別次元。高位ギフト持ちでも、その中の上位でなければ届かない……ただし例外がある。
神の子だ。
高位ギフト向けの義務教育機関、サイエンティアを卒業すれば、自動的にゴールドを授かる。過去数百年、神の子は冒険者でなくても、ほとんどがプラチナ級を持っていた。
カエデも、きっといつか頂点に立つ。
……それだけは、絶対に認められない。
少なくとも、もう一度会う前にゴールドには到達してやる。
僕は店内のプレートを観察した。
十数人いる冒険者のほとんどがブロンズで、シルバーは二人だけ。
これは、なかなか―
「ランク低い人ばっかりだな」
マックさんが僕の心の声をそのまま言った。
その一言で、店内の冒険者全員がこちらを向き、立ち上がって近づいてくる。
「おい、今なんつった?」
「おっと、待て待て。見下したわけじゃ―」
揉めそうな空気を感じた瞬間、僕はすぐに離れた。
そして右側の、ギルド職員の女性が立っているカウンターへ向かった。
「冒険者に登録しに来ました」
「かしこまりました。では、奥へどうぞ」
ギルドの女性職員が奥の扉へ入っていく。僕も続いた。
中は小さな部屋だった。ギフトを調べる小型の検査機と、冒険者の身分証となるプレートを作る装置が置かれている。
「どうぞ」
まず最初に行われたのはプレートの作成だった。数秒で終わる。
問題は、その次だ。
先月と同じように、ギフトの確認。
【愚者のギフト】世界中から罵倒されている存在、【ベラミ・フォル・マティル】だと証明するための確認。
僕は天井を見上げ、目を閉じた。
……くそったれだ。
このクソみたいな機械、大嫌いだ。
「……」
「……あの?」
「何が出ても、どうか騒がないでくださいね」
「……はい」
きっと彼女は、僕が自慢でもするつもりだと思っているんだろう。
僕はため息をつき、覚悟を決めて手を装置に入れ、目を閉じた。
時間が流れる。
静寂が落ちる。そして―
「え……っ......【愚者】!!?」
ほら、やっぱり。
僕は慌てて「シーッ」とジェスチャーをするが、彼女はそんなことお構いなしにフード越しの僕の顔を見つめた。隠しているつもりでも、もう意味はない。
「べ、べ、【ベラミ・フォル・マティル】!?」
「……ちっ」
「堕ちた星、【ベラミ・フォル・マティル】!!」
「誰が堕ちた星だコラ!!」
「きゃあ――!」
僕はとっさに立ち上がり、彼女の口を手でふさいだ。
「静かに。それと、このことは誰にも言わないでください」
「……ん、んんっ」
彼女がうなずいたのを確認して、手を離す。
……まただ。ギフトの話になると、つい感情的になってしまう。
僕は震えている彼女を横目で見る。たとえ今は落ちぶれていようと、僕は大貴族の生まれだ。怖がるのも無理はない。
「さっきはすみません。でも、このことは秘密にしてほしいんです。無理に隠し通せとは言いません。ただ、わざわざ広めたり、有力者に『僕がここにいる』なんて報告しないでください。……お願いできますか?」
「は、はい! 必ず守ります!」
「助かります」
彼女は震える手でブロンズ色のプレートを取り出し、情報を登録していく。
僕とプレートを交互に見ながら。
「き、規定通り、ブロンズランクからの開始になりますが……よろしいでしょうか?」
本来なら、戦闘系の高位ギフト持ちはシルバーから始まることもある。けれど【愚者】である僕に、分かっている以上、そんな扱いを期待するほうがおかしい。
「ええ、十分です」
もし不満だと言ったら、どうなっていたんだろう。少し気にはなったけれど、聞かないほうがいい気がした。
「これで終わりですか?」
「……はい」
「では」
「だ、どうぞ」
ブロンズの冒険者プレートを受け取ると、僕はすぐに部屋を出た。
……あんな大声を出されたんだ。余計な連中に絡まれなければいいけど。
僕は大きく息を吐き、扉を押し開けた――
「ガハハハハハ!!」
「ははははは!」
「マジかよバカ野郎!!」
「おうおう、本当だって!」
笑い声が大きく耳に響いた。けれど、僕にぶつけられたわけじゃない。
十数人ほどいた二つのグループが、いつの間にか一つになっていて、その中心にいるのはあの冒険者の兄さん―つまりマックさんだ。
え? さっきまで殴られそうになっていなかったか?
僕は思わず驚いた。マックさんは僕が出てきたのを見ると、すぐに手を振った。
「よぉぉ! 終わったか!?」
「え、あ、はい……それより何をしているんですか? いや、何が起きているんですかあれ」
ギルドに入ったばかりの新人が無礼をして、殴られそうになったはずなのに、急に話の中心になっているなんて。
「いやぁ、冒険者らしく色んな話をしてただけさ」
「こいつ、女のところ行って全財産盗まれた話してたんだよ!!」
「おいおいマック! 上級冒険者ソープランド話の続きしろよ!」
「ガハハハ!」
……何だそれ。そういう話か。ほんとに下品だなこいつら。
あんな話を大声で騒ぐなんて、人間として一度考え直したほうがいいんじゃないか。人間に知性があるのは何のためだ―野生動物みたいに振る舞わないためだろう。
「おい坊主、経験あるか!」
「……経験って、何のですか?」
「S◯Ⅹ―だよ!」
な、何を聞いてるんだ。最低だ。
僕はこういうことに慣れていない。正直、ほとんど触れたことも勉強したこともないから、口にするのも恥ずかしい。……何かは知っているし、何をするのかも分かっている。でも想像したり、実際にやるなんて無理だ。
まだ十二歳だぞ。ふさわしくないだろ。こういうのは結婚してからだ。それに、恥ずかしいし。
僕が顔をそらすと、先輩の冒険者たちは大笑いした。
「若いうちに慣れといたほうがいいぞ! 免疫ないと女に騙されるぞ!マックみたいにな! ガハハ! ゴールドランク様くせにアホすぎる!」
「おいおい、もうやめとけって。あんまりからかうと本気で怒るぞ」
「いいぜ、やってみろよ! まさか怖いわけじゃねぇよな、お前ら!」
「はははは! 田舎の冒険者は礼儀にうるさくないからな! 王都だったら店の中で首飛んでるぞ!」
「悪かったな田舎で! はははは!」
悪口を言い合って、無礼なことを言い合っているのに、みんな笑っている。
変だな。
まあいい。用事は済んだし、もう暗くなりそうだ。依頼はまた今度受けて、そのときにやってみればいい。
そう決めて僕はギルドを出た。マックさんはそれを見ると、輪から抜けた。
「悪いなみんな、今日帰るわ」
「おい、今いいところだろ」
「まあまあ、今度酒おごるって。俺、しばらくここにいる予定だしな」
「言ったな!」
「じゃあな、相棒ども」
マックさんは冒険者たちに向けて銃を撃つ真似をした。みんな軽く避けるふりをして、大きく笑った。締めくくると、マックさんは外に出た僕を追いかけてきた。
「よう、どうだった?」
マックは走ってきて、僕の肩を軽く叩いた。
「……ああ、悪くなかったです」
僕はブロンズの冒険者プレートを取り出して見せた。彼はそれを見ると頷き、ぶつぶつ言いながら夕方の空を見上げた。
「ブロンズからスタートか。懐かしいな。ゴールドまで上がるのに十年もかかったんだぜ」
「……待ってください、マックさんもブロンズからですか?」
ゴールドランクはたいてい高位のギフトを持つ者の集まりだ。普通のギフトではブロンズから始めて、そこまで行くのはほとんどない。
「ほら、見てみろ」
彼は冒険者プレートを取り出して見せた。そしてマナを流し込み、冒険者のステータス画面とギフトを表示させた。
「……【荷物持ち】」
名前どおりの、よくある普通のギフトだ。
「……」
「……荷物持ちがゴールドまで来たって、すごいだろ?」
「はい、正直かなり驚きました」
マックさんは僕の前を歩き出した。
「正直に言うとさ、数日前から【愚者】を持ったやつに興味があってな。あんな地獄みたいな加護ギフトを持ったらどうなるのか、気になってたんだ」
「……」
「そんなに警戒するなよ。わざと会いに来たわけでも、何かするつもりでもない。ただ仕事でここに来て、たまたま興味あるやつに会っただけだ。……ベラミ、お前のその顔、悪くないな」
マックさんは振り向いて笑った。
「最悪のギフトを持ったやつの顔には見えない」
「いろいろ運が良くて、心が壊れずに済んでいるだけです」
カエデの顔がまた頭に浮かぶ……なぜか少しイラつく。
「とにかく、ありがとうございます」
「ん? 何のことだ?」
「ギルドの注意を引いてくれたことです。あなたがいなければ、今ごろ正体がばれて大騒ぎでした」
「……よく見てるな」
この人は、ただ騒いでいたわけじゃない。僕がギフトを確認して冒険者登録している間、わざとギルドの注目を集めていた。みんなが大声で笑う話をして、自分の話に集中させて、受付の女性の叫び声をかき消していた。
「どうお礼をすればいいか分かりません。お金は?」
「礼なん必要のか?」
「もちろんです」
「じゃあ―明日、クエストを一つ一緒にやらないか?」
「……待ってください、恩を売るためじゃないですよね?」
「俺がそんなやつに見えるか?」
マックさんは肩をすくめて、目を細めた。
確かに、見た目はそこまで賢そうではない。だが――ゴールドランク冒険者。五段階中三番目とはいえ、そこまで上がれるのは意味がある。
少なくとも、とんでもなく強いか、この世界で胸を張って最前線に立てる人間だ。
僕は彼から学ぶ必要がある。
「分かりました」
「よし! 明日正午かな。楽しみにしてるぞ」
「了解です。では」
「じゃあな」
僕と彼は別々の方向に歩いていった。
僕は街の入口へ向かった。カイリーが待っているはずだ。……そうだ、いた。ただ今のカイリーは―
「うっ……うっ……うっ……」
膝を抱えて泣いていた。
……間違いなく一文無しだ。
「うっ、あっ、ベラミ様!!」
「まず家に帰りましょう。話はそれからです」
「冷たいですぅぅぅ」
こうして、僕の冒険者としての初日は終わった。




