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8:冒険者としての始まり②

熱を帯びたまま家へと急いで戻り、その勢いのままカイリーの部屋へ向かい、扉を蹴り開けた。


「カイリー、街に連れて行ってください」


「……ガー……ガー……ガー……」


そこにあったのは、床で完全に伸びて眠っているカイリーの姿だった。


彼女の部屋はゴミの山と服や下着で散らかり放題で、特にベッドの上はゴミだらけだったせいか、彼女は枕と毛布を持って床で寝ているようだった……はぁ。


カイリーの生活態度に思うところがないわけではないけれど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


僕は彼女の肩を揺さぶりながら、もう片方の手で大量のゴミから漂う悪臭を防ぐために鼻を押さえた。


「カイリー、カイリー、起きてくださいよ」


「……はっ……ひぃっ!」


まるで悪夢の真っ最中だったかのように、カイリーは勢いよく飛び起きた。目を見開き、口からはよだれが糸を引いている。


彼女はゆっくりと僕の顔を見た。



「……」


「……」


「……ベラミ様」


「はい、ベラミです」


カイリーは散らかった部屋を見回した。少しくらい恥じらいがあってもよさそうなのに、彼女はまったく気にしていない様子だった。


それどころか、いつも通りで、まるで飾り気のない本物の人間という感じだった。


「……ご用ですか? ご覧の通り、いい夢を見ていたところなんですが」


「えっ、そうなんですか? てっきり借金取りに追いかけられる夢でも見ているのかと思いましたよ」


街の真ん中で縛られてさらされるとか、そんな感じ。


「いえ、いい夢でした。賭けで大金を当てて、誰にも見下されずに日々を過ごせる夢です」


「へぇ」


「だからこそ、明日からもっと頑張らないといけませんね……最終的に利益が出る賭けは賭けではなく投資になりますから。ふふっ……というわけで、ベラミ様、もう少しお金をお貸しくださいませんか?」


女性として……いや、人として少しは恥じらいを持ってほしいところだと僕は思う。


「はぁ……わかりましたよ。でも街まで連れて行ってください」


「はーい。ではお風呂と着替えを済ませてきますね」


「はい、では僕は外で待っています」


「どうぞ。それとついでに、そのゴミ袋を捨ててきてくださいね。ちゃんと縛ってありますから」


……カイリー。


どれだけ落ちぶれていようと、僕は一応貴族の息子なんだけどな。こんなふうに気軽に使うなんて、ギフトを得る前の僕なら父上に言いつけて罰してもらっていたはずだ。


と言いたいところだけれど、今は彼女に頼ることも多いし、素直に従った。それに正直、こういう無礼をあまり気にしなくなっている自分もいる。


もしかすると、もしかするだけどね、あのカエデに出会ったせいかもしれない。平民や身分に対する考え方が少し変わって、気にしなくなってきたのかもしれない。


「……あいつ、今どうしているかな……。できればよく転んでほしいけどな」


もちろん、僕はあいつが大嫌い。だから心の中でよくカエデを呪っている。


僕は応接間でカイリーを待つことにした。その時間、ジェミリーさんは料理をしていて、彼女の夫であるカイランさんはソファで新聞を読んでいた。


ジェミリーさんやカイリーとはよく話す機会があるけれど、カイランさんとは数えるほどしか話したことがない。それも、まともに会話したことはほとんどない。


「……」


「……」


少し気まずい。


「……そういえば、ベラミ様はお母様によく似ていますね」


突然、カイランさんは新聞をたたんで話しかけてきた。


「えっ、そ、そうですか?」


僕の記憶中の母は、小柄でいつも静かで、近寄りがたい女性だった。あまり話しやすい雰囲気ではなく、どこか“近づくな”という空気を出していた。


「同じ年頃のころは、ほとんど見分けがつかなかったですよ」


「へぇ」


「でもお母様のほうが明るかったですね。ベラミ様は落ち着いていて、ずいぶん冷静に見えます」


「……母と親しかったんですね」


「手塩にかけて育てましたから。私たち夫婦にとっては孫のようなものですよ。カイリーと同じです。……それにしても、ベラミ様はお母様とあまり親しくないのですか?」


「その件については……嫌いというわけではありません。ただ、あまり話す機会がなかっただけです」


生まれてからずっと、僕は家の使用人に育てられてきた。両親に会うのはたまにだけだ。正直に言えば、家族としてのつながりは血のつながりしか残っていない気がする。


マリアのほうが、よほど絆を感じるくらいだ。


母が昔は明るかったなんて、僕は知らなかった。どちらかといえば、世界を嫌っていて、いっそ爆発してしまえと思っているような人だと思っていたくらいだ。


「それに、ベラミ様が来てから、カイリーもずいぶんやる気を出していますよ」


……なお、その理由が僕の貸したお金だということは、二人には言わないでおく。


「長いこと、あの子があんなに元気な姿を見せたことはありませんでした」


あれを元気と言うのだろうか?


「最後にあの子があんな様子だったのは、サイエンティアへ学びに行く前でしてね。そのあと長く働いて……カイリーが私たちのもとに戻ってきたのは、ほんの数か月前のことです。ひどい有様でしたよ。目はうつろで、所持金もほとんどなくて……いつか何も言わずにこの世からいなくなってしまうんじゃないかと、本気で怖かったんです」


「カイリーは賭け事にのめり込んでいます」


カイランさんの話を聞いた僕は、すぐに事実を口にした。


すると彼は、わかっていると言わんばかりに喉の奥で笑った。


「そのことは、承知していますよ」


やはり、知っていたのか。


「でしたら、どうして――」


「生きてさえいてくれれば、それで十分なのです。年寄りの身からすればね。少しずつでもお金を渡していれば、あの子はここにいてくれるでしょう。たとえ額が増えたとしても……大切な孫のような子がそばにいてくれるなら。私たちより先に逝ってしまわなければ、それでいいのです」


「……ずいぶん自分勝手な生き方ですね」


その後の人生はどうなる?


怠け者で賭け事に溺れ、祖父母に頼って生きる彼女が、どこまでやっていけるというのだ。


たとえ生き延びても、良い人生になるとは思えない。


「否定はしませんよ」


「……」


そのとき、風呂を済ませたカイリーが顔をのぞかせた。


「お待たせしましたー」


風呂上がりのカイリーは、さっぱりしていてきれいに整っていた。上品で、どこか知的に見える。ゆるいTシャツに大きめのズボンという格好ではあるが、それでも十分に整っている印象だった。


こうして見ると、会計士として働いていたころの彼女は、きっと堂々としていて、彼女の持つ上級のギフトにふさわしい姿だったのだろうと思う。


僕は立ち上がった。


「それでは―」


「うん、行きましょう。あたしが案内しますね」


カイリーはカイランさんを横目で見た。


「お小遣いちょうだい」


「……ははは、いいよいいよ」


カイランさんは少しばかりのお金を渡した。カイリーは礼も言わずに受け取り、そのまま家を出た。僕も後を追う。


@@@@


僕の持っている情報によれば、街はそれほど遠くない。だが僕は一度も訪れたことがないため、案内役が必要だった。そしてその役目はカイリーだ。


いま彼女は、どこか沈んだ様子で前を歩いている……はぁ。


「……さっきの話、聞いていたでしょう」


「……何のことですか? さっぱりわかりませんけど」


「顔に出ていますよ、カイリー」


「……」


僕は大きくため息をつき、うんざりしたように背伸びをした。


「僕はいまから冒険者になるために登録しに行くんですよ。子どものころからずっと楽しみにしていたんです。たとえ最下位のランクから始まろうと、多少見下されようと、それでも楽しみにしていたのに……どうして僕の大事な日が、二十歳にもなって成長しきれない大人のどうでもいい話で台無しにならなきゃならないんですか」


「……ベラミ様、ひどいです。言い過ぎですよ」


「これまでの自分の行いを反省してください。特に、僕の成長の空気を壊したことを」


「はーい、反省してますよー」


まったく本気に見えない。


本当に二十歳か?


僕はまだ十二歳だ。それでも彼女よりよほど大人だと思う。確かにギフトのことで取り乱したことはあるが、それでも全体的には僕のほうがずっとまともだ。


自分の仕事が嫌で、そこまで落ちたのか?


もし僕がカイリーで、同じギフトを持っていたなら、気にせず自分のためだけに使う。細かいことで悩んだりはしない。


世界そのものを変えるなんて不可能だ。どれだけ金持ちでも、どれだけ強くても無理だ。変えられない世界に絶望して沈むなんて、愚かとしか言いようがない。


ふふ、どうやら愚者のギフトにふさわしいのは、あのカエデだけじゃないらしいな。


「ねえ、カイ――」


「……」


話しかけようとしたが、いまのカイリーの沈んだ横顔を見て、僕は言葉を飲み込んだ。


そしてそのまま、黙って彼女の後ろを歩き続け、やがて街へとたどり着いた。


@@@@


およそ一時間ほど歩くと、ようやく到着した。

最初に目に入ったのは―街だった。名も知らない小さな街で、高い場所から見れば全体を見渡せてしまいそうな規模だ。それでも、人が集まって暮らしている以上、立派に「街」と呼べる場所ではある。


大都市のような巨大な城壁や大砲があるわけでもなく、門の外から人であふれているわけでもない。むしろ人通りは少なく、牛を連れて草を食べさせている人の集団や、遊び歩く子どもたちの姿がちらほら見える程度だった。


入口に立っているのは、鎧すらまともに着ていない門番が二人だけ。


僕は中へ入る前に、茶色のマントを羽織り、再び歩き出した。


カイリーは気楽そうな足取りで門へ向かう。門番たちは彼女を見るなり、にやりと笑った。



「おう、カイリーじゃねぇか!」


「今日も金をばらまきに来たのか?」


ばらまき?


「ち、違うわよ! 稼ぎに来たの!」


「この前あれだけ負けておいて? てっきり景気を回しに来る大富豪かと思ったぜ」


「そんなわけないでしょ」


門番たちは大笑いする。カイリーは明らかに機嫌が悪くなっていた。


「それで、その子は? 彼氏か?」


カイリーは僕のほうを見て、どう答えるか迷っている様子だった。


「従兄弟です」


「そうそう、従兄弟よ。こんな小さい子を彼氏扱いなんて失礼ね」


あなたも十分失礼だと思うけど。


「女と男が一緒なら彼氏って聞くだろ? 普通だろ?」


「まあ、見ての通り、あたしはいま独り身よ」


それを聞いた門番二人は顔を見合わせ、意味ありげに笑った。


「へぇ、納得だな」


「話題には出たけど、立候補はしなかったな。カイリーはきれいだけど、性格がなぁ」


「それな。賭け事好きはちょっとな。どうせ恋愛より金目当てだろ?」


「付き合ったら全部吸い取られそうだよな」


「はははは、間違いない!」


カイリーの眉がぴくりと動く。


……評判、ひどくないか?


「はいはい、通してちょうだいよ。イケメンさんたち」


「どうぞどうぞ」


門番たちは機嫌よく道を開けた。


カイリーは怒りをにじませながら中へ入る。僕はフードを少し深くかぶり、あとに続いた―


―目の前に広がったのは、ごく普通の街だった。


王都とは天と地ほどの差がある。にぎやかさも建物の造りも、何十年も遅れているように感じる。


「どうですか?」


「興味深いですね」


「じゃあ、ギルドへ案内しますね―」


「いえ、そこまでで結構です、カイリー。街まで連れてきてもらえれば十分です」


「え?」


「少し、自分で歩いてみたいんです」


一度も来たことのない、発展から遠い街。どんな場所なのか、自分の目で見てみたい。


「……たまに年相応なところもあるんですね、ベラミー様」


「当然です。僕はまだ十二歳の子どもですよ」


「はいはい。じゃあ――」


カイリーはにっこり笑い、手を差し出した。


「お金ください」


「借りるじゃないんですか?」


「お金をお借りします」


……まったく。


僕は気にせず金を渡す。カイリーは嬉しそうに受け取り、別れの言葉も待ち合わせの約束もなく、そのまま慣れた様子で路地裏へ消えていった。


「あんな大人にはなりたくないな……」


さて。


僕は両頬をぺちぺちと叩き、気持ちを切り替える。


今日は、僕が冒険者になるための第一歩だ。そう決意し、胸を張って歩き出した。


……

…………

………………


そして、見事に道に迷った。


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