8:冒険者としての始まり①
時間はあっという間に過ぎていった。
僕が【愚者】のギフトを授かってしまい、この地に半ば追放されるてから、もう一か月以上が経っている。まだ十二歳になったばかりだというのに、人生はいきなり下り坂だ。
まったく、エクストリームすぎるだろ。
とはいえ、悪いことばかりでもない。【愚者】のギフトのおかげで、変異種モンスター【魔獣】と話せるようになった。そして僕は、とんでもなくイカした分野を見つけたのだ。
その名は―【愚者式・スライムの術】。
今日もまた、三色のスライムを投げては操る訓練をしている。
青、緑、赤。 三体を同時に操り、自分で考えたやり方で振り回す。
「いいぞ、レッドグレイヴ! 今日のカーブはきれいだ。ブルージェン、もう少し速く。グリーンティフ、今日はもっと集中だ」
ちなみに、ちゃんと名前もつけてある。
赤が【レッドグレイヴ】。青が【ブルージェン】。緑が【グリーンティフ】。
さすがにここまで派手に振り回すのは家の裏庭じゃ無理だ。止められるに決まってる。だから僕は森に来ている。
そこにはいつもスライムの魔獣がいて、今日も木の上から僕の訓練を見ていた。そして、スライムについて色々教えてくれる。
彼女はスライムのことをとてもよく知っている。 研究者よりも、ずっと詳しい。
その知識をもとに、僕は【スライムの術】を作り上げた。
攻撃も防御もできる。まるで一つの武器みたいに使えるんだ。しかも【愚者】のギフトのせいで、モンスターはいつも僕を最初に狙う。
その性質のおかげで、スライムを自分の近くに集めやすい。だから動きはとても自由だ。
ロープみたいに振ることもできる。剣みたいに使うこともできる。盾にもなるし、布みたいに広げて攻撃を受け止めることもできる。マナを多く入れれば、固くなって攻撃にも防御にも使える。
使うマナの量を間違えないようにするのは少し難しいけど、それでも面白い術だ。しかも普通なら一回使って終わりのところを、僕は何度も使い回せる。
スライムの体が壊れるまで、何度でも。
さて、欠点についてだ。
スライムは魔法に弱い。どんな形でも、中級以上の魔法を受ければ体は消えてしまう。初級でも強く当たれば同じだ。
もちろん、マナをまとった「剣技」でも体は切られてしまう。今のところ、僕はまだ対策を見つけていない。普通のギフト相手なら何とかなるかもしれないが、魔導士や騎士が相手なら厳しい。
神の子クラスのギフトなど、話にもならない。
簡単に言えば、この術は中級くらいのモンスターや、普通に強い相手には有効だ。 だが本当に強い相手には通じない。
弱い相手には強いが、強者にはとても弱い術だ。
「そこが大きな欠点だよね」
僕は訓練のあと、長所と短所、応用のしかたをすべてスライムの魔獣に話した。
「本気なんだ」
「もちろんです。僕は一番強くなりたいと言いましたから」
「……」
「やっぱり他の魔獣にも聞いてみたほうがいいかもしれません。新しいモンスターの使い方が見つかるかもしれないな」
「……ごめん。弱くて」
スライム魔獣さんは、少し悲しそうに目を細めた。
「ま、待ってください。どうして謝るんですか」
「スライムだけでは足りないってこと。うん、分かっている」
「失恋したみたいな言い方はやめてください」
僕は大きく息をついた。
「……ここまで来られたのは、あなたのおかげです。あなたがいなければ、レッドグレイヴもブルージェンもグリーンティフもいません。スライムの使い方にも、ここまでたどり着けなかったでしょう」
「スライムはそんなに強くないよ」
「それはどの技でも同じです。強いか弱いかは、その技そのものではなく、使い方によります」
僕は少し笑いながら、赤いスライムをボールのように地面へ弾ませた。
「スライムの術は、自分でマナを使わないモンスター相手なら、とても有利です。たとえ上位モンスターでも、純粋な肉体だけなら勝てます」
これは本当に、物理攻撃に対して強い技だ。だがマナを使う攻撃には、とても弱い。
上位の戦闘系ギフトは、普通に魔法やマナを使う。だから今のやり方だけでは、まだ足りない。
サプライズ攻撃を使うこともできるし、相手をだまして動きを読ませないこともできるし、相手のマナが切れたところを狙ってとどめを刺すこともできる。
結局のところ、剣や盾やハンマーと大きな違いはない。ただ、マナを込めていわゆる【技】という反応を起こすことができないだけだ。スライムは構造が単純だから。
しかも、スライムは「硬くなる」「柔らかくなる」という単純な命令で動いている……いや、待て。
その瞬間、僕はひらめいた。
剣技は、マナをまとわせて、自分のマナ操作の技術で現象を起こすものだ―― じゃあ、スライムはどうだ? 同じことはできないのか?
たとえば、スライムを剣技の代わりに使うとか。
スライムは二つの性質を持っている。もしその構造を変えられたら―
……いや、冗談じゃない。 これって完全に「学習」の性質じゃないか。
「はははははははははは!」
僕は思わず、大声で笑った。スライムの魔獣は不思議そうに首をかしげる。
「こんな強い分野を手に入れられたなら、僕が言うべき言葉は本当にありがとうございますですよ」
「……役に立てたならよかった」
スライム魔獣さんはまた笑った。それを見て、僕はほっとする。
僕にとって彼女は恩人だ。人間である僕を助けても、彼女に得はない。それでも困っていた僕に手を貸してくれた。
「さてと」
「もう帰るの?」
僕が話をまとめようとすると、スライム魔獣さんは目を細めて聞いてきた。
見ての通り、僕たちはかなり仲良くなっている。正直に言えば、「友達」と呼んでもいいくらいだ。むしろ、彼女は僕の最初の友達かもしれない。
スライムの魔獣は優しい。第二王女や、三位や四位の連中とは違う。
僕がくだらないギフトをもらった途端、あいつらは悪い噂を広めた。僕が二度と立ち上がれないように。
この一か月、僕はずっと新聞を読まされてきた。僕が傲慢だとか、わがままだとか、一般人を見下しているとか。小さな記事でも、必ず僕の悪口が入っている。
まあいい。三年後にまとめて清算すればいい。
どうせ全員、高位のギフトをもらっているらしいし、同じサイエンティア学院で再会することになるだろう。
だから僕は、あいつらを友達から外した。 そしてスライムの魔獣を、僕の唯一の友達にした。
もちろん、カエデは数に入れていない。念のため。
ちなみに、レッドグレイヴ、ブルージェン、グリーンティフは子どもという位置づけだ。レッドグレイヴは息子。ブルージェンとグリーンティフは娘。
この一か月で、僕は彼らを家族のように思うようになった。毎晩抱きしめて、一人で話しかけているくらいだ。
しゃべれたらいいのにな。「パパ」って呼ばれたら最高だろうな。
……どうやら僕は、知らないうちにスライムに本気で惚れているらしい。
僕はスライムの魔獣に向かって笑った。
「それと、僕はそろそろ冒険者として依頼を受けようと思っています。少し早いですが、今日の夕方に登録して、そのまま始めます」
「……冒険者」
「そろそろ実戦に出ないといけませんから」
スライムの魔獣は、少しだけ変な顔をした。
だがそのときの僕は、それを深く考えず、そのまま手を振って別れた。




