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7:スライム魔獣①

 ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン!!!


 あの日以来、臨時基地―つまり両親に送られてきた家(政治亡命ってやつだ)は、毎日のようにスライムをあちこちへ投げつける音と、僕自身の叫び声で満ちていた。主にスライムの扱いを練習するためと、体を鍛える日課のせいだ。


 思い通りにいかないと、僕はつい叫んで何度もやり直してしまう。


 毎日、二時間は運動する。もちろん一番大事なのは栄養管理と十分な睡眠だ。運動して、風呂に入って、食べて、寝る―それだけで一日の半分は使う。残りの半分は、スライムの訓練、剣術の稽古、魔法の練習をひたすら繰り返すだけだ。


 今のところ、新しく何かを探す必要はない。とにかくスライムを使いこなせるようになること、それだけだ。


 こいつにはいろんな使い道がある。


 まるで必ず戻ってくるブーメランみたいなもので、応用はかなり利く。そしてスライムだから、望めばいくらでもマナを込められる。ただし僕のマナ制御じゃ、最大でも一撃で木を折れる程度が限界。それ以上は無理だ。


 しかもマナを入れすぎると反動も桁違いになる。そんな衝撃のスライムを素手で受け止めるなんて無理だから、結局は自分が扱える範囲に抑えるしかない。


 つまり、身の丈以上に使えばマナを二重に無駄遣いするし、加減を誤れば事故にもつながる―まさにこの三日後に僕が体験したみたいにな。


「あっ」


 突然、手が衝撃に耐えきれなくなり、スライムが手をすり抜けて家の横の木に激突、そのまま木が倒れて家を直撃した。


 ドォン!!! ……幸い大事には至らなかったが、見た目は決して良くない。


 や、やばい。


「うわっ……ベラミ様、さすがにやりすぎでは……」


 カイリーが隣の部屋の窓から顔を出した。相変わらずボロボロな姿だ。


 そして、その直後―最大級の殺気。


「ベラミー様」


「........!!」


 ジェミリーさんの殺気をはっきり感じた。


 そのあと僕は、壊れた部分の修理が終わるまでスライム使用禁止……いや、正確には屋内での使用は永久禁止になったらしい。修理には一週間くらいかかるらしい。


 そんな事故もあって、今は家から少し離れた場所で練習している。とはいえモンスターの出る区域ではない。


 小川のほとりでスライムを投げたりしながら、ほかの訓練も並行してやっている。無職のカイリーが、たまに様子を見に来るくらいだ。



「ベラミ様って、本当に努力家ですよね」


「……うん、ありがとう。ところで何か用? やけに丁寧だけど」


「普段から丁寧に話してるじゃないですか?」


「まあ、それはそうなんだけど」


 確かにカイリーは普段から敬語だ。でも丁寧さはあまり感じない。学校の経理担当が義務で敬語を使ってる、あの感じに近い。


「それで、何かあったの?」


「あー、はい。ちょっとお金を貸してほしくて」


「……はあ……仕事探したほうがいいんじゃない??」


 初めてじゃないんだ、彼女がお金を借りに来るのは。あの日に賄賂を渡してからというもの、彼女は二、三日に一回のペースで僕に金を頼みに来るようになった。


 借りるって言ってはいるけど、返ってこないだろうって分かってるから、困らない程度の額だけ渡している。


「カイリーのギフトって【会計士】じゃなかったでしたっけ? しかもサイエンティア卒ですよね」


「……それ、どこで知ったんですか?」


「ジェミリーさんが教えてくれました」


「えっ、マジで?」


【会計士】は一見すると普通のギフトに見えるけど、実際はかなり需要の高い専門系の上位ギフトだ。戦闘系で例えるなら、ビジネス界における【魔導士】みたいなものだろう。


 それだけじゃない。彼女は世界一の学院【サイエンティア】の卒業生でもある。


 こんな経歴なら仕事に困るはずがないし、常に求められる人材なのは間違いない。


「無理ですよ。見ての通り、私みたいなのがちゃんと働けると思います?」


「うーん……まあ、確かにそうかも」


 生活ぶりを見れば疑いたくもなる。


「否定してくださいよ」


 いや、自分で認めてほしかったんじゃないのかよ……。


 カイリーはため息をつくと、僕の前の小川のほとりに腰を下ろした。そして流れる水を細めた目で見つめる。その表情はどこか悲しげだった。


 まるで大事な本音を語り出しそうな雰囲気だ―けど、正直そこまで興味はない。


「座るのはいいですけど、向こう側に座ってもらえます? スライムの練習の邪魔なんで」


 カイリーは一瞬僕の顔を見て、それからまた水を見つめ、改めて暗い雰囲気を作り直した。


 まだ続けるのかよ?


「よく言われるんですよ。【会計士】のギフト? すごいね、羨ましいって。このギフトがあれば楽な人生だろうって。年収何千万も夢じゃないって。でもね……結局私の仕事って、汚い仕事ばっかりなんです。不正してる人の抜け道を探したり、黒を白に見せかけたり。性格の悪いお金持ちが、延々と金の山の上に居続けられるよう手助けする仕事。多くの人に迷惑をかける低俗な仕事なのに、給料だけはいい。まるで人間性を売って、金持ちの小銭をもらってるみたいで――」


「えっと、カイリーさん。スライムの練習の邪魔なんですけど」


「……それで」


「カイリーさん」


「……」


 僕はわざと、彼女が作った雰囲気をもう一度ぶち壊した。するとカイリーはみるみる顔を赤くして、そのまま立ち上がり、さっさと歩き去ってしまった。


「はいはい、行きますよー」


「ああ、はい。ありがとうございます」


 ……まあ、カイリーの事情について、知らないわけじゃない。


 カイリーの祖母、ジェミリーさんは思ったより口が軽い。


 僕がここに住み始めて数日しか経ってないのに、彼女はカイリーの話をいろいろしてくれて、特に過去のことなんかは本人以上に僕に聞かせようとしていたくらいだ。


『カイリー』――【会計士】のギフトを持つ彼女は、もともと頭のいい子だった。そのギフトのおかげで専門スキルの成長がさらに加速したらしい。


 サイエンティアの一般学部―お金さえあれば入れる学部とはいえ、彼女は奨学生として入学し、しかも優秀な成績で卒業。その後は世界規模の組織に就職した。


 もともと彼女は仕事に情熱のある人だったらしい。けれど、あまりにも厳しい現実―普通の人からあの手この手で金を搾り取ろうとする上流階級や権力者たち、その違法すれすれどころか完全にアウトなやり方を目の当たりにして、彼女はすっかり嫌気がさしてしまった。


 そして、そんな連中の手足として働いている自分自身のことまで嫌いになったんだ。


 じゃあ、まっとうな会計士になればよかったんじゃないか? 理由はとても単純だ。


 この世界には大きな格差があって、権力者たちは互いに繋がった巨大なネットワークを作っている。多くの国で汚職は当たり前のように行われ、国民ですらそれを知っている。大国ですら例外じゃない。


 そんなものが「普通」として通ってしまう世界じゃ、彼女の居場所なんてどこにもなかったんだろう。


 評判のいいマティル家ですら、汚職が一切ないと言い切るのは難しい。露骨じゃないだけで、僕だって自分の立場を使って特別扱いを求めたことがある。


 ジェミリーさんの話では、カイリーは数か月働いただけで会社を辞めて、この家に長く引きこもるようになったらしい。


 金を借りては街でこっそり賭け事をしているんだとか。


 ……ああ、聞き間違いじゃない。賭け事だ。会計士がギャンブルって、なんとも皮肉な話だよな。どうやら彼女も、この世界の暗さに染まってしまったみたいだ。


 人生を左右する「ギフト」と、そのギフトで人を傷つけるしかなくなる人生……なんというか、悲しい話だ。


 そして同時に、僕だけじゃないんだって思った。自分に合わないギフトを背負って苦しんでるのは。


 僕はスライムを地面に投げて、そのまま寝転がった。午後の空をぼんやり見上げる。


 ここに来てから、もう何週間も経った。もしかしたら一か月近いかもしれない。でも日数なんて数えてないから分からない。


 順調といえば順調だ。でも正直に言うと―


 ―これだけで、本当にカエデに追いつけるのか?


 どうしてもそう思ってしまう。


 スライムを柔軟に投げ回せるようになったところで、壊せるのはせいぜい木一本くらいだ。


 三年後、体をもっと鍛えたとしても上級魔法レベルの破壊力には届かないはずだ。いや、中級に届くかどうかすら怪しい。


 はっきり言って、この程度じゃ勇者相手にはどうにもならない。


 まだ子供とはいえ、それなりに強い人には会ってきた。神の子のギフトを持つ人にも何人か会ったけど、鍛え上げられた彼らは僕とは完全に別次元の存在だった。


 そう考えると、僕は空いた時間に自分を見つめ直してみた。でも、どれだけ考えても答えは出ない。


 ないものを、空っぽの中から引っ張り出すなんて無理な話だ。


「……よし」


 僕はもう一度、森に入ることにした。今度は一人だ。道はもう覚えてるからな。


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