アリスリアとノーラ
――ローレライ帝国 ガードルド辺境伯領――
黒の森に隣接するガードルドでは、年に一度、騎士団総出の掃討作戦が行われる。
そして今日は、その最終日だった。
「おはようノーラ!見てください、めっちゃ良い天気です!」
朝日を受けて金色の髪を揺らしながら、アリスリア・フォン・ガードルドは振り返った。
ガードルド辺境伯の一人娘にして、騎士団副団長――その肩書きに反して、声はやけに軽い。
「そうですね。アリスお嬢様」
メイド服に身を包み軽くお辞儀をしながら返事をするのは、黒髪ポニーテールに長方形の銀縁メガネが映えるアリスリア専属メイドのノーラ。
「もう!今日は掃討作戦の日なのですから副団長と呼んで頂戴っていつも言ってるじゃないですか!」
「失礼しましたアリスリア副団長。それよりも宜しいのですか?集合時間まであとわずかですが」
「なんと大丈夫なのです!この窓から飛び降りれば集合場所の庭は目の前、頭いいでしょ褒めてくれていいんですよ!エッヘン!」
「頭の良い方はエッヘンなんて言葉は口にしないと思うのですが……」
「なにか異論でもあるのかしら、ふふん」
「いえいえ、それよりもそのお召し物のままこの三階から飛び降りるおつもりで?」
「あっ!」
アリスリアは自分の格好を今一度見る、副団長以上の階級に下賜される銀白色のプラチナフルプレートに両手剣、家紋の入った純白のマントとフル装備だったのだ。
「城を抜け出し町に出るときとは違い、その恰好で飛び降りますと誰もがアリスリア副団長と気付くことでしょう。団員ならまだしも団長や旦那様に見つかった日には一体どのような叱責が待っているのやら」
アリスリアの顔が一瞬で真っ青になっていく。
「もー!もっと早く教えてくれればいいじゃないですか!ノーラのばかぁぁ――」
「ですので何度も確認したではありませんか、そのたび『今日は秘策があるの』と言って……あぁ、もう聞こえてませんね」
金髪とマント、そして頭頂部の浮き毛をなびかせながら、泣き顔で集合場所へ疾走するアリスリアを見ながらノーラはつぶやくのであった。
――辺境伯邸 裏庭――
「はぁっ、はぁっ……なんとか間に合ったようですね。このままそーっと列に加われば……っと」
「おやぁ~、息を切らしながらこそこそとしておるのは、アリスリアお嬢様では御座いませんかなぁ」
「んげっ!団長!」
そう声をかけるのはガードルド騎士団団長を務めるマグノリア騎士団長その人である。
基本的な装備はアリスリアと変わらないが、細部に施された黄金の装飾が二メートル越えの体躯も合わさって存在感を増している。
「大事な掃討作戦最終日に遅刻とはなんと嘆かわしい事であるか」
「いや、マグノリア団長!これには深い訳がございま……」
「やかましい!副団長ともあろうものが遅刻のうえに言い訳とは何事か!しかもお主が並ぶのは一般団員の列ではなく前方であろう!」
「ひぇっ!申し訳ありません!」
「分かったのであれば早くこっちへ来るのである!」
首根っこをつかまれたアリスリアは引きずられながら列の前列へと連れていかれる。
団員と従者を前にマグノリア団長が口を開く。
「さて、皆のものよ一カ月に及ぶ黒の森魔物掃討作戦も本日をもって終了!午後からは慰労会を開催する予定である!」
慰労会という言葉に団員達がざわめく。
「それに伴い本日は料理人はじめ従者の方々も同行する事となる、自分の周辺だけではなく従者の方へ危険が迫らぬよう心して作戦に挑むように!」
「「おおぉ――――――!!」」
団長の喝も入り団員たちの熱も最高潮になり、その熱量のまま作戦を完遂すべく黒の森へ。
特に大きな事故もないまま掃討作戦は終了、慰労会の準備をする従者たちと休憩する騎士団員たちの中にアリスリアとノーラもいた。
「あれ?ノーラどうしたのですか?」
「どうやら薪が足りなくなりそうなので少し集めに行こうかと」
籠を小脇にかかえたノーラへアリスリアが声をかける。
「ふむふむ、掃討作戦が終わったとはいえ一人じゃ危ないと思います、ですので私が護衛として付いていきます」
「それはありがとうございます。お疲れのところ申し訳ありませんがお願い出来ますでしょうか」
「お任せください!何が出てきてもだいじょーぶです!なんてったってガードルド流閃技の使い手なんですから。エッヘン!」
鼻息荒く大きく胸をはるアリスリアを見てノーラはため息交じりに返事する。
「言いたい事は色々ありますが今はよしましょう。宜しくお願いしますアリスリア副団長殿」
「そうと決まれば早く行きましょう!さぁ行きましょう!」
「ふぅ、これだけあれば足りそうですね。お嬢様はどちらに……」
「ノーラ――!ちょっとこっち来てくださ――ーい!」
少し離れた場所からアリスリアの声がしたので向かうことに。
「どうされましたアリスリア副団長?」
「もう!今は二人だけなんですから副団長はやめてください!って、それよりこれを何だと思います?」
そういってアリスリアが指さしたのは、小高い丘に面した小さな洞窟だった。入口も狭く、成人男性であれば腰を曲げてやっと通れるくらいの大きさだ。
「これは洞窟でしょうか?生き物が住むには大きくも、小さくもあり何とも絶妙なサイズかと」
「やっぱりノーラもそう思います!こんなのあったらとっくに誰かが見つけてそうですのに……そうだ!ちょっとだけ探索しましょう!もしかしたら鉱石がとれる洞窟かもしれません!お宝もあるかも!」
「そうは言いましても今は慰労会が先です、とりあえずマグノリア団長に報告してからで……ってもう入って行ってしまったのですね」
話し終えるや否やアリスリアはさっさと中へ入ってしまい、仕方なくノーラも後を追うことに。
「よっこいしょっ……へぇ、意外に中は広いんですね」
「アリスお嬢様お待ちくださいっ……と」
入口から十メートルも進まないうちに開けた空間へ出た二人、天井は高くやや明るいどこからか光が入ってきているのだろうか。
「うーん、見た感じ鉱石も、お宝もないみたいです……残念」
「全く、満足しましたか?それでしたら皆のもとへ戻りましょう。慰労会は始まっていると思いますよ」
「いけない!早く戻らないと私の大好きなブラックボアの丸焼きが取られてしまいます!」
「相変わらず食い意地のはったご令嬢ですこ……」
「美味しいは正義なのです!って、ノーラどうしたんです?いきなり考え込んで」
言葉の途中で急に洞窟上部を見つめ無言になるノーラを、アリスリアは不思議そうに見つめる。
「いえ、この洞窟の入口があった場所は少し小高い丘くらいだったはずです。にも関わらずここの天井は遥か上にあります、入口からそう遠くないのにあり得るのでしょうか?」
「たしかに言われてみれば変ですね、ここまで高い丘ならば外から見てもすぐに気付くでしょうし」
そう言って二人はあまりに高すぎる洞窟の天井を見つめる、ぼんやりと何かが見えるそれは――模様のようで、だが紋章のようでもあった。
「ノーラあれは何でしょうか?何か模様が見えませんか?」
「たしかにそうですね、ただ紋章のような……いえ、魔法陣?」
一瞬の静寂の後、張り詰めた空気が洞窟内を支配する。
その刹那、洞窟の天井から眩いばかりの光が溢れると同時に耳を貫くような高圧的な音が二人を襲う。
「何っ!ノーラ大丈夫ですか!」
「はい!すぐ近くにおります。お嬢様も大丈夫でしょうか!」
「私は大丈夫です!何かあったらいけないわ私の近くに来てください!」
「はい只今っ……!」
眩い光の中、かすかに目を開け位置を確認し、互いに手を伸ばし始める。その間にも段々と光と音は強さを増し、わずかに目を開けることすら困難になりかけたその時……突然光が弾ける様に散った。
章完結まで毎日19時投稿します!
皆様のご意見ご感想頂けますと幸いです。




