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灼眼の魔女  作者: 海色
第一章 【灼眼の魔女】
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第一章1 『十五歳』

 《灼眼》は罪そのもの。存在してはならない、忌み嫌われるのが当然とばかり、決して他者に《灼眼》を見せてはならない。

 物心ついた頃から少女──ファイは《灼眼》の存在がどれほど周りから蔑まれ忌み嫌われるか身をもって体感している。赦されることはなく、その日を生きるのにも苦労するほど、他者との関わりに恐怖を覚えるほど《灼眼》の扱いは劣悪だ。

 一定の場所に留まることも、食べ物を買い食べることも、睡眠をとること、ただ歩くこと、呼吸することですら決して許されない。

 それゆえにファイは決して外では《灼眼》であることを知られない為、認識阻害の術式が編み込まれたフードを手放せないでいる。


「…すみません。りんごを二つ」


「あいよ」


 念の為目元まで深々とフードを被り可能な限り目線を合わせず淡々と目的の物を告げれば店主の男は気前よく紙袋に林檎を詰める。

 認識阻害のおかげだろうか、少女の瞳に視線を一瞥することなく差し出された紙袋を受け取り手のひらに小銭を乗せる。長居する前に急足で退散し、物陰に潜むように路地裏へと滑り込めば漸くまともに呼吸が出来る、とフードを脱ぐ。

 生き辛さを感じるが慣れたもの。騒ぎさえ起こさなければそれなりに生きていける知恵を身につけたのだから。


「……あいつ大丈夫かな」


 林檎を一口齧り段差に腰掛けると同時に路地裏に勢いよく投げ込まれる男が二人。

 既に戦意損失しているのだろう、怯えた表情を浮かべれば林檎を齧るファイの──《灼眼》と視線が交ざれば男の表情は更に畏怖に堕ちる。


「ひっ…!?ま、待ってくれ!もう二度と近づかないって約束する!だから許してくれ!」


「なぁ頼むよ!オレらが悪かったから…なぁ!そこのあんたからも頼んでくれよ!」


「悪いけどそれを決めるのは俺じゃない。俺は別に怒ってないけど彼奴は──イヴァンはすごく怒ってるみたいだし、俺じゃ止められないよ」


 砂煙の向こう側から一歩踏み出す少年──イヴァン・レシエル・ズェッセヴァン。その手に握るのはもう一人の男の頭部、意識を失っている状態ではあるが全身の骨が折られている以上目を覚ましても無事に逃げるのは難しいだろう。

 二人の男の前に放り投げれば途端に男達は喚き出す。「そんなつもりはなかった」「もう二度としない」お決まり台詞の御託を並べる様はイヴァンの怒りを刺激するばかり。


「一つ、お前達に素性を知られてしまった今、そう簡単に見逃すわけにはいかなくなった」


 淡々と、


「二つ、先にコチラへ狼藉を働いたのはお前達だろう。その精算もせず、許しを乞うのは話が違う」


 一歩ずつ距離を詰め、


「三つ、ファイに手を出す者は何者だろうと俺が許さない」


 緊迫感が肌を襲い、心に重くのしかかる。男達は恐怖で足が含みガクガクと大きく震えた足で引き摺るように後退りを繰り返すばかり。

 圧倒的な殺意。イヴァンが一瞥するだけで唇を真っ青に震わせ、歪む表情に遠慮などはしない。先程まで男の頭部を握っていた手のひらが握り拳を作り、値踏みするように青い双眸が見下ろされる。


「俺の意見は述べ、お前達の意見は却下された。大人しく受け入れろ、お前達が先程言った言葉そのものを」


「ヒィッ!?ゆ、許し、許してくれ!本当に悪かったから!なァ!?頼むよ!!」


「心を入れ替えるからさ!もう二度と《灼眼》には近づかねーし、もう二度とその女には手を出さない!誓う!誰にも話さねーから!」


 平伏するように片方の男が頭を垂れ必死に懇願する様をただ冷たく視線を落とすのみ。何度も耳にしてきた嘘偽りの言葉、何度その嘘を鵜呑みにしファイを危険な目に合わせてきたことか。

 許せないのは男達、そしてそれ以上に己自身。

 ガリッ、と奥歯を削り本能のまま怒りをぶつける為に握られた拳は真っ直ぐに男達の方へ。


「ヒィ───ッ!!」


 鈍い音が路地裏に響く。振り上げられた拳は迷うことなく懇願する男の顔面に突き刺さり、勢いよく壁へと激突。一撃で沈む様子に奥歯を震わせたもう一人の男は逃げるように醜く這いずる。

 勿論そんなことを許す筈もなく、乱雑に逃げ惑う脚を踏みつければ男の悲鳴が。


「ひぎぃッ!?や、やめてくれ!死にたくない!死にたくない!!」


「そうか、お前はその懇願をどれほど聞いてきたんだろうな。勝てない相手には媚を諂い、勝てる相手に対しては嘲笑い蹂躙する」


 力を込めれば込めるほど男の表情は歪み、次第に子供のように涙を流す。ぐちゃぐちゃに歪む悲痛な姿を前にしてもイヴァンの表情は決して変わることはない。

 苛立ちを隠すことなく、冷酷な瞳が地面を這いずり回る羽虫へと向かうばかり。


「──不快だ」


 淡々と告げた声と同時に拳が再び振り下ろされる。鈍い音がもう一度鳴ろうとした瞬間。


「そこまでだ、イヴァン」


 凛とした声が響き、拳は男に叩きつけられる直前で停止する。声に反応するように僅かな沈黙が響く中、既に決着はついていた。

 殴られたと思ったのだろう、白目を剥いたまま口をだらしなく開き涎が地面を伝う無様な姿を晒したままの男に振り下ろされることがなかった拳はだらりと解かれていく。


「…もうそれ以上はいいよ。俺を襲おうとしたのは骨が折られた男とさっき顔面を殴られた男だ、そいつはまだ何もしてないからそれ以上はしなくていい」


「………悪い芽は摘んでおいた方が後々面倒じゃなくなるだろう。見逃す理由があるのか」


「これ以上イヴァンが拳を痛める理由もないよ」


 林檎を咀嚼し下ろしていた腰が上がり砂埃を払えば気絶した男を見下ろし軽く首を振る。見逃しているわけではなくこれ以上の無益な暴力をイヴァンにさせるわけにはいかない事実。

 転がった男達の脈拍を測れば鼓動を感じ取れ安堵の吐息を漏らす。息の根を止めていない優しさに感謝しながら外していたフードを被り直す。


「もうそろそろこの街にいるのも限界が近かったし離れられる理由ができて都合がいいよ。…悪いイヴァン、また巻き込んだ」


「お前に手を出すのであれば俺の敵も同然。お前が無事ならこれ以上はもう何も言わない」


「嫌な役割させちゃったな」


「……それは言わない約束のはずだ。お前は悪くない、それは俺が一番よく理解しているつもりだ。だからそんな顔をしないでくれ」


 僅かに濁る《灼眼》が視界に入れば不甲斐なさを抱き握り拳を一つ。決して晴れやかとは言わない曇った表情を浮かべる姿を見てしまえば、ちくり、と心臓部分に針が刺さった。

 一緒に過ごしたいから、隣にいたいから、傍で守りたいから、笑っていてほしいから。いつだってイヴァンの行動理由はそれだけで、ファイから『笑顔』が消えゆく瞬間なんて1秒たりとも見たくはない。

 故に垂れ下がった指先を掴み、慈愛に満ちた声色で精一杯の温もりを与えれば沈みかけた瞳がやんわりと温かみを感じて、緩やかに笑みを。


「ありがとう、イヴァン」


「当然のことをしたまでだ」


 《灼眼》としてこの世に生まれ歩むことを決めた瞬間から敵だらけの世界で唯一信頼のおける人物が目の前のイヴァンだけだ。

 世界で一番信頼できて、世界で一番信頼してくれて、世界で一番──ファイを大切にしてくれる人。

 命を狙われる中でそれでも悪いことをした気分になるファイは可能な限り揉め事は避け、人目を気にして生きているが、そんな生き辛い中でもファイが少しでも呼吸が出来るように気遣うのがイヴァンの役割。損な役回りだとは認識していない、ファイが無事ならそれでいい。

 残されたもう一つの林檎を御礼とばかりに手のひらに乗せられれば口へと運び咀嚼する。此処の林檎は美味しかったのに残念だ、と目を細め、路地を後にするように賑わう街から背を向ける。


「そろそろ街じゃなくてどこか森の奥とかに引っ込んで暮らした方がいいのかな」


「本来であればそうした方が波風立てずに済むが生憎俺達はそういうワケにはいかないだろう。情報収集は街で行う方が効率がいい」


「やっぱりそうだよな。…次はもう少し長く住めるように俺ももっと気をつけるよ」


「安心しろ、次は俺がもっと上手く立ち回る」


 《灼眼》は定住が出来ない。バレずに過ごすには限界が来てしまう。どれだけの街を転々としてきたか、もう覚えていないほど。

 指折りで数えながら、ふと気づく。


(ああ…そういえば昨日誕生日だったっけ)


 《灼眼》は祝福されることはない。今までも、そしてこれからも祝福されることはないだろう。

 「おめでとう」と聞いたのは何回だっただろう、イヴァンの口以外から聞かない言葉を呑み込むように息を吐き出す。


 昨日でイヴァンと出会い祝福されて十回目。

 十五歳の誕生日を迎えた。

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