5:ユースティア神殿
ユースティア神殿へ出発してから、約2週間…
途中途中で休憩しながらも、私達はようやくユースティア神殿へと到着した
「や、やっと着いた…!長かった…!!」
ユースティア神殿への道は緩やかな山道となっているので、
馬車が使えたのだが…それでも長時間。アンクさんの身体は慣れている
とはいえ、わたしとしては少し…いやそこそこしんどかった
「長い旅でしたわね…っと」
「大丈夫ですか?今手を伸ばしますね」
「ありがとうございます、リリカ様……」
長時間馬車に乗った影響で、フラフラとしているエディーさんに手を差し伸べ、
しっかり降りられるようにサポートした
「長時間お疲れ様です、お二方」
コチェールもそう言いながら、難なく乗っていた馬から降りた
「コチェールもお疲れ様、助かったよ」
「いえ。これくらいでしたら、いつでもお申し付けください」
そう。実はコチェール、なんと御者ができるのだ。
本当はお金を払って行こうとしていたんだけど、旅の途中私がずっと
アンクさんを演じなければならないのを気にしてか、コチェールが役目を
買ってくれた。本当にありがとう、コチェール……
「クリスもお疲れ様、ゆっくり休んでね」
そう言いながら、私はクリスという黒い馬を撫でる。
この子はアンクさんの愛馬で、数々の戦場や山道を駆け抜けてきた凄い子だ。
この子はアンクさん以外あまり懐いていないのもあって、
最初は別の馬になる予定だったのだが…アンクさんの見た目のおかげか、
中身が私になってからも懐かれており、クリスが私のためならと
言わんばかりにやる気満々だったのと、クリスは一番体力が多いのもあって、
この子になったのだ
「それで、あれが…」
「えぇ、ユースティア神殿です」
目の前には、エディーさんから聞いていた通りの、荘厳な雰囲気の大きい神殿が
あった。裁判所や魔導書保管庫も合わさっているからか、
アンクさんの記憶にある神殿でも、ここは一番大きい気がする
「一応、前もって手紙は出してるから、門前払いはされません…よね?」
「おそらく…扉の前で、確認はしてくれるかと」
私の言葉に、エディーさんが少し不安げにしながらそう答える
実は屋敷から出発する前に、エディーさんの案でユースティア神殿に
向かうことを書いた手紙を出していたのだ。アンクさんが信用している所から
手紙を出したから、届いていないことはないはずだけど…
それでも若干、不安になる
「とりあえず、声を掛けてみましょうか。たしか、もう嘘はダメでしたよね?」
「はい。この神殿の領域内であれば、嘘は見抜かれます」
エディーさんに確認を取り、わかりましたと返事をする。
ユースティア神殿には、場所が場所だからか、色々と掟がある
一つ、嘘偽りをしてはならない
二つ、誠実であろうと、言葉で人を欺いてはいけない
三つ、身分差別をしてはならない
…という内容だ。まあ要は、嘘ついたり身分を偽ること、身分差別をすること、
思ってることが本当でも騙すことはダメですよ、本当のことだけ
言ってくださいね、ということである。
ちなみに、3つ目の掟はあくまで“差別”が問題なので、敬意からの敬称や
親しき仲での呼び捨ては許可されている
なので、ここではアンクさんを名乗る時点で偽りとなってしまう。
そのため私にとっては、アンクさんの演技無しで話せる、
ある意味ではありがたい場所なのであった
「…ごめんください!手紙を出した、アンク・クローヴェル…
の名前を借りている者です!」
緊張を落ち着かせるため、少し息を吸ってから、
私は神殿内の人に聞こえるように声を出す
「はい、今出ます」
声がすると、神殿の扉が開き…中から綺麗な白髪に水色の目を持つ、
神秘的な雰囲気の青年が出てきた
「あなたが手紙を出した方ですね。
はじめまして、私は時と申します」
そう言い、時と名乗る青年は、礼儀正しくぺこりと頭を下げた
「はじめまして。アンク・クローヴェル…ではないんですけど、
一応そう名乗っています。本名は事情を説明してから…でもいいですかね?」
「そうですね。手紙の内容が本当なら、随分複雑そうですし。
それで、そちらのお方が…」
「はじめまして、トキ様。私は、エディー・ラティアと申します」
「アンク様の執事を務めています、コチェールです」
「エディーさんとコチェールさんですね、よろしくお願いします」
エディーさんとコチェール、時さんがお互いに挨拶をする。
時さんがエディーさんを、初対面で“様”ではなく“さん”で呼ぶのは、
ユースティア神殿の3つ目の掟を守っているからだろう
「…さて、ではアンクさんを名乗るお方。事情を詳しく
お聞かせ願えないでしょうか」
時さんに目を見られながら、そう問われる。
おそらく、手紙に書いたことが本当かを確かめるためだろう
私は少し深呼吸をしてから、時さんに話すことにした
「はい、実は私は…本来のこの身体の持ち主ではないんです。
私は本来、もう死んだ身なんですけど…この身体の持ち主であるアンク伯爵が、
熱を出して倒れた後…気付いたらこの身体に“私”が入っていたんです」
「…嘘ではないですね。しかし成程…憑依の類いですか。
改めて、あなたのお名前を聞いても?
あ、フルネームがあるのなら、フルネームでお願いします」
「梨々花です。リリカ・ノノ」
「梨々花……もしや、私と同じ国の出身ですか?」
私の名前を聞き、時さんがそう言う。
時さんの名前からして、前にコチェールが言ってた…
おそらく日本と似ている、東の国ヤマトのことを言っているのだろう
「いえ、違います。名前の感じからして、似てるとは思いますけど……
私は、この世界とは違う世界の人間なので」
「違う世界……異世界ということですか。
……信じ難いですが、嘘はついていらっしゃらないようですね。
それに…あなたの噂を思い出すと、納得できなくもないですし」
「え、こんなとこまで『救世伯』の噂が来てるんですか…???」
時さんの言葉に、思わずそう聞いてしまう
「ここは神殿でもありますが、裁判所でもありますので。
情報は仕入れるようにしてるんですよ」
「な、成程……」
恥ずかしいが、確かにここは裁判所でもあるから納得だ
「…とりあえず、中に入ってください。証拠を取るのと、
ついでにエディーさんの呪いの種類も、詳しく見たいので」
「ありがとうございます」
無事に神殿内へ入る許可が下り、神殿内に入る。
中は図書館や書庫のような空間となっており、何人かの
職員達が、魔導書を整理していた
「どうぞ、入ってください」
時さんに案内され、個室のような部屋に入る。
中はこじんまりとした質素な部屋で、大量の魔道具が置いてあった
「とりあえず、まずは梨々花さんからいきましょう。
梨々花さん、この魔道具に手を当ててくれませんか?」
そう言いながら、時さんが占い師が使う水晶のような魔道具を取り出し、
机の上に置く
私は時さんの言う通り、水晶に手を当てた
「水晶に手を当てたら、あなたの知る風景を
頭に浮かべてください」
「わかりました」
時さんにそう言われ、生前の家や学校での、何気ない生活を思い出す
…調理器具を使い、朝ごはんを作って食べて、友達と一緒に登校した日や、
部活のみんなと切羽詰まりながら衣装を作った日
本当に何気ない日々だったが、死んでから振り返ると……
とても幸せで、充実していた日々だと思う
「…はい、もう手を離していいですよ」
時さんに言われ、水晶型の魔道具から手を離す
「映像を見させていただきましたが…確かに、異世界でしたね。
あまりにも、こちらの世界とは違いました」
「そうですね…ある程度リリカ様から聞いていましたが、
まさかこれほどとは……」
思い出すのに集中するため、私は目を瞑っていたから
気づかなかったが、どうやらコチェール達も私が思い浮かべた風景を
見ていたようだ
「この魔道具は、使用者の考えている風景や過去を映し出す魔道具でして。
仮に真実…経験した過去とは違うことを考えた場合、魔道具の周りに黒い靄を
出しながら、嘘偽りのない過去を映し出します」
「ちゃんとしてるんですね」
「裁判の際の証拠になりますからね、ちゃんとしなければいけないんですよ。
……しかし、そうなると困りましたね。まさか異世界とは…」
「?困るって、それはどういう…」
「面白そうなこと話してるわね。ちょっと私も混ぜてよ」
「うわっ!?」
時さんの言ったことに対して質問しようとすると、
大量の魔道具が置いてあったところ…の後ろから、
青空のように透き通った淡藤色の目と、背中ぐらいまで伸ばした
プラチナブロンドの髪を持つ、天使のような女の子が出てくる
私はまさか人がいるとは思わず、びっくりして大声をあげてしまった
「ティタ…今度はここで寝てたんですか?」
「だって、もう書庫はバレちゃうんだもん。
まだバレてない寝床って言ったら、もうここぐらいしかなかったのよ」
「はぁ、やれやれ……寝るのは別に構いませんが、こんな所で寝ると
身体を痛めますよ?」
時さんが少し呆れながら、女の子に向かってそう言う。
可愛らしい女の子はティタという名前らしく、時さんとはまるで友人のように
話していた
時さんがコホンと咳払いをし、ティタさんとの話を切り上げ、仕切り直すように
こちらに向き直る
「すみません、皆さん。驚かせてしまって…紹介しますね。
彼女はティタ。このユースティア神殿の巫女であり…
ユースティア神殿の主です」
「ティタ・ジャスティンヌよ。時が言ったように、この神殿の巫女で、
一応主。よろしくね」
「梨々花です。よろしくお願いします」
私が自己紹介を言い終わると、ティタさんが「はい、握手」と言いながら手を
出してきたので、握手をする。こうしていると神殿の主にはとても見えないが…
人は見かけによらないと言うし、フレンドリーで接しやすいから、
個人的にはありがたい
「エディーだっけ、あなたもよろしくね」
「…はい、よろしくお願いします。ティタ様…
いえ。秩序の神、ユースティア様」
「え」
エディーさんの言葉に、思わず固まってしまう。
思わずコチェールのほうをチラリと見ると、コチェールも目を見開いて
驚いていた
「ん…あー、あなたの白魔法は霊に特化してるのね。なら“私”が見えるのも納得。
おまけに、黒魔法の影響も受けやすいと……成程、呪われるのも納得ね」
エディーさんとの握手が終わると、今度はコチェールに
握手をしに行く。コチェールはティタさんの正体を聞き、
かなり緊張しながらも、なんとか乗り切っていた
「そう緊張しないで。私自身は巫女…要は、ユースティアが現世で
言葉を話すための依代だから」
「…成程、だから巫女なんですね」
ティタさんの話を聞き、なぜ巫女と時さんが紹介したのか納得する。
ティタさんは私の世界で言う、イタコのような仕事をしているのだろう
「そうそう。まあ、ユースティアが人間界を見るために切り分けた半身だから、
私もユースティアではあるんだけどね。人間として生きている“私”はティタで、
神の状態の“私”はユースティアって感じ。だから、気楽にしてていいわよ。
あくまでティタとしての私は、ただの人間だから」
「わかりました。改めてよろしくお願いします、ティタさん」
ティタさんの言葉に納得し、改めてティタさんに挨拶をする
「…ありがとう。改めてよろしく、梨々花」
そう言いながら、とても嬉しそうな顔でティタさんは微笑んだ
「さて、前置きはこれくらいにして、早速やっていこうか。
まずは…早く終わりそうだし、エディーのほうからいこうか」
「はい、よろしくお願いします。ティタ様」
まずはエディーさんからということで、
エディーさんは緊張した顔つきで返事をした
「そう緊張せず、リラックスして」
そう言い、ティタさんがエディーさんに向かって手を伸ばす。
深呼吸してから、エディーさんはティタさんの手を握った
「じゃあ行くよー」
ティタさんがそう言うと、途端にティタさんの纏う雰囲気が、
一気にがらりと変わる
「我、ティタ・ジャスティンヌの名において、
この者の黒き魔を清めたまえ」
詠唱が始まると同時に、エディーさんが白い光に包まれ…
しばらくすると、エディーさんを包んでいた光が消えた
「はい、おしまい。呪いは浄化したけど、
呪いで弱まっちゃった身体までは治せないから、きちんと安静にしててね」
「…ずっと感じていた、黒魔法の気配が、無い…
本当に、本当に治ったのですね…!ありがとうございます、ティタ様…!」
そう言いながら、エディーさんが涙混じりにお礼を言う
ずっとずっと呪いで苦しめられていたのを、
アンクさんの記憶で見たから…心の底から、
エディーさんを連れて来てよかったと思った
「いいのいいの、これも仕事の内だからね。さ、次は梨々花の番よ。
えっと…アンク・クローヴェルの魂の状態と、両者の魂の状態、
それから戻せるかどうかと…アンクの適性が黒と炎、
梨々花の適性が白魔法なんだっけ」
「はい、そうみたいです」
「ならその影響とかも色々見ればいいわけね、任せて。
じゃ、リラックスして目を閉じて~」
ティタさんにそう言われ、できる限りリラックスしながら目を閉じる
「多少緊張するなら、白い光をイメージしてて。
じゃ、いくよ…」
ティタさんがそう言い終わると、身体がなにかに包まれていくような
感覚がする。しばらくその感覚が続くと、ティタさんから
「目を開けていいよー」と言われた
「えっと、まずアンクの魂だけど、ちゃんとその身体の中にいるね。
で、両者魂の疲弊はしていないし、魂の影響も出てないよ。
多分、よっぽど魂の相性がいいんだろうね。じゃないと絶対危なかったよ。
アンクのほうの魂…というか魔力、凄い苛烈だったもん。見てるこっちが
焼かれそうだったし、梨々花のほうも、アンクの身体だから使いこなせてないけど…
本来なら結構強めの白魔法だから、他の魂だったら疲弊してたかも。
あ、あと記憶も。普通、別人の今までの人生…それも自分より生きている人の
人生なんてすぐ飲み込めないし、最悪膨大な情報量でパンクするんだけど…
過去を見させてもらった限り、梨々花は割とすぐ飲み込めてたから、
ホントに相性がいいんだろうね」
「は、はぇ…とりあえずアンクさんに影響は無かったんですね。よかった…」
ティタさんの言ってることは、ぶっちゃけあまりよくわからなかったが…
ひとまずはアンクさんに影響が無さそうで安心した
「あの、ティタ様。魔力も魂に影響されるのですか?」
そう言いながら、手を律儀に挙げてエディーさんが質問をする。
エディーさんは魂が見えるから、気になるのだろう
「うん。実のところ魔力って、魂が発生源なんだよね。
肉体はその魔力を管理するって感じ。肉体が無いと魂が本来より
疲弊するんだよ。だからこそ、肉体は管理できるように、
魂と同じ適性魔法を持つってわけなのよ。
で、当たり前だけど、適性外の魔力は、身体や魂に負担が掛かるのよね。
…まあ、梨々花とアンクはなぜか無いわけだけど」
「成程…それで、肝心の方法は…?
できれば、リリカ様の魂を保ったまま、
アンク様に戻す方法がいいのですが……」
エディーさんがそう聞くと、途端にティタさんの表情が少し暗くなる
「アンク・クローヴェルの魂を戻すことはできるわ。
ただ……梨々花を現世に留まらせるのは、無理。
だって、身体が無いもの。そもそも、別世界で死んだ人間の魂が、
こっちの人間に入り込むこと自体前代未聞なのよ。霊が取り憑いた場合は、
そのまま浄化して天界に行かせるから…多分梨々花も天界に行って、
この世界で転生って形にはなると思う。
ただ、本当に最悪の場合…魂の消滅も覚悟したほうがいいと思う」
「そう…ですか」
そう言い、エディーさんの表情が曇る。
私としては、エディーさんがここまで思ってくれてるだけでも嬉しかった
「魂の消滅に関しては、梨々花がこの世界にとって
いてはならない存在でもない限り、よっぽど無いと思うけどね。
ただ、申し訳ないんだけど…人間の身体に、本来とは違う魂が入っている
状態っていうのは、世界の秩序を揺るがすの。わかりやすく言うなら…
世界のアンク・クローヴェルに対する認知が歪んでしまう。
そうなれば、今はまだよくても…いずれあらゆる人への認知が歪んで、
この世界が人を認知できずに壊れてしまうわ」
そう言いながら、ティタさんは申し訳なさそうな表情になる
「…急にこんなこと言ってごめんね。でも、どんなに人間として生きていても、
結局私は『秩序の神ユースティア』だから…どうにもできないの」
「ティタ様…」
エディーさんが、ティタさんに向かって悲しそうな表情を向ける。
人ではあるが、同時に神でもあるティタさんは、きっと…
たとえ私を助けたくても、助けられないのだろう
「…儀式の準備には、少なくとも1年…早くても半年は掛かるわ。
だから、それまでは梨々花は梨々花として生きていけるよ。
…力になれなくて、本当にごめんなさい」
そう言い、ティタさんが私達に向かって頭を下げる
「いやいや、ティタさんは悪くないですよ!
それに、私はもう死んでた身ですし…
ぶっちゃけ、転生できるかもってだけでもありがたいですよ!
私の世界だと、死んだ後どうなるか、あんまりわからないですから…」
頭を下げるティタさんに、私は自分の本心を言う。
実際、アンクさんに身体を返した後、どうなるか不安に思っていたので…
ここで転生できることを知れただけでも、本当にありがたかった
(まあ、最悪魂が消えるらしいけど……
それはよっぽどのことがない限り、大丈夫…のはずらしいし、
考えないようにしよう)
「ちなみにですが…転生にかかる時間というのは、
こちらの尺度でいうと、どの程度でしょうか?」
私が考え事をしていると、今度はコチェールが、
ティタさんに向かって質問する。たしかに私としても、
そこは気になるところだった
「ごめん、それはわからない。私は…ユースティアは秩序を司ってるけど、
死や生については別の神だから…だから、どのくらい転生に時間がかかるかは
わからないの。あと、気になるだろうから伝えるけど…
記憶が残ってるケース自体はそこそこあるの。だけど、
記憶によっては世界の理を、根本から壊せる可能性があるからね。
よっぽど…それこそ神々が世界を動かしたい、もしくは世界そのものが動きたい
場合じゃない限りは、記憶は忘却されるの。
…まあ、なぜか普通に覚えてる子がちょくちょくいるんだけどね」
「そう、ですか……」
ティタさんの言葉に、コチェールが少し暗い表情をする。
気持ちは、わからないでもない。私だって、
コチェール達に会えないかもしれないのは嫌だ。
けど……
「…わからないなら、記憶を覚えてる可能性と、
私が生まれる時に、コチェール達が生きてる可能性はあるってことですよね?
実際、たまにとはいえ、普通に覚えてる子もいるらしいですし」
そう、可能性自体は、ある。
なら、それを諦めてしまうのは早すぎるというものだ
「……リリカ様。しかし、覚えてない可能性のが高いですし、
なにより…その時に私達が生きている保証もありません」
私の言葉に、コチェールが表情を歪めながら返す
「それはそうだけど…だからって、決めつけて悲観するのはよくないよ。
少しでも可能性があるなら、そっちを信じていようよ。
そのほうが希望が持てるし、なにより笑顔になれるからさ。ね」
そうだ。なにも必ずそうだと決まったわけじゃない。
なら、たとえ確率が低くても、希望がある方を信じていたほうがいいはずだ
__楽観的だと言われれば、そうだろう。
だけど、少なくとも…今悲観的になるよりかは、
少し無理矢理にでも楽観的になったほうが、私はいいと思う
「リリカ様……そうですわね。私、悲観しておりました。
ですが…リリカ様がそう仰るのであれば、私も信じますわ。
たとえそれが、少ない確率だったとしても…
希望を捨てる理由にはなりませんわ」
私の言葉を聞いてか…エディーさんの暗い表情がなくなり、凛々しくなる
「…少ない確率を信じるなど、貴族としては失格でしょうけどね」
言い終わった後に、少しだけ困った表情で笑いながら、エディーさんがそう言う
「…いえ、そんなことはありません、エディー様。
少ない確率をハナから捨てる貴族よりも…
少ない確率すら視野に入れる貴族のほうが、私は素晴らしいと思います」
「コチェール…ふふ、そうよね。
少なくとも…アンク様はそういうお方です。
なら、婚約者である私も、そうでなくては」
「えぇ、その意気です。エディー様。
…リリカ様。私は先程まで、悲観していましたが…
他ならぬあなたが、希望を捨てぬと仰るのであれば…
私も、全力で信じましょう」
そう二人は明るい表情で言い、先程までの暗い表情はすっかり無くなっていた
「…噂には聞いていましたが、成程。
道理で『救世伯』と呼ばれるわけです」
「?時さん、それはどういう…あとそれ恥ずかしいんですけど……」
「いえいえ、あまり気にしないでください。
ただ…あなたのその、前向きな強さが素晴らしいと
思っただけです。でしょう?ティタ」
「そうね。私をちゃんと、ユースティアじゃなくて、
ティタとして接してくれてるもん。
なんというか…いい具合に救いの手を差し伸べるのが
上手いんだよね、梨々花は」
「いやいやいやいや、褒めすぎですって……
楽観視しすぎて叱られたこともありますし…」
突然二人から褒められてしまい、謙遜する
私は生前からよく、楽観的だと言われたことがあるし、
実際、私は楽観的な方だ。なにかあっても『なんとかなる』とよく思っている。
ただ、一応無闇にそう思ってるわけじゃない。演劇の練習はちゃんとしなきゃ
ダメだし、スケジュールがなきゃ衣装だって間に合わない。
なので私が楽観的になるのは、希望がある時だ
希望があれば、どんなに少なくともそれに縋って上を向ける。
少なくとも、悲観して下を向くよりかは…上を向いていたほうがいいと、
病弱で入院していた時にそう教えてもらったのだ
勿論、下を向くのも大切だ。上を見すぎたら、現実を見過ごしてしまう。
だから、適度に現実と向き合いながら…私は希望を信じている
まあ、先程言ったように、楽観的すぎて
「希望にばっか縋るな」と言われたことがあるけど
「でも、どんな時でも前を向けるのは凄いことだよ、梨々花。
そこは誇っていいと思う」
「ティタさん……ありがとうございます」
予想外に褒められてしまい、私は少し照れながらティタさんにお礼を言う
「こちらこそ、最後まで私をティタとして
接してくれてありがとう。あなたみたいな人は、時以来だから…
すっごく、嬉しかった」
「私からも、お礼を言わせてください。
ティタと普通に接してくださり、ありがとうございます」
「いやいや、本当に普通に接しただけですよ…?」
神様…の半身と聞いた時は、たしかに驚いたけど……
当の本人が一人の人として接して欲しいと言っていたから
私は普通に接しただけなので、感謝されて戸惑ってしまう
「普通は神の半身なんて聞いたら、私から言っても
『不敬だから無理です!』って言うんだよ。
梨々花は異世界人だけど、そっちの人間も神を敬ってるらしいし…
だから、ホントびっくりしたんだよ」
「な、成程…??」
まだいまいちピンとこずにいると、時さんが
コホンと咳払いをする
「実は、彼女はここでずっと、人ではなくユースティア神として
接されているんです。
…まあ、そりゃそうだって話ですけどね。自分達が崇めている神の半身なんて、
そりゃあ崇めますから。ただ、ティタは自分を人として接してほしいので、
それを嫌がるんですよね。
…これは上官に聞きましたが、外の人はティタをユースティア神だと
知らないので、昔はよくここから脱走しようとしてたらしいんです」
「結局、私がいないと神殿がめちゃくちゃ困るから、引きこもることに
なったんだけどね。まあ、魔導書はそこそこ面白いし、暇なら寝ればいいし…
それに、時が来てくれたから、引きこもるのもそこそこ楽しくなったけどね。
月に2回は外で買い物とかできるし。
でも……やっぱり、時以外の対等な友達は、全然できなくて」
「そう、だったんですね……」
ティタさんの過去を聞き、
どうして普通にティタさんと呼んだだけで、
あんなに嬉しそうにしていたのかがわかり、納得する
たとえ神から分かたれた半身とはいえ、
ティタさんは一人の女の子だ。
外見からして16〜17年の間、時さん以外に友達が…
それどころか自分を人間として見てくれる人が
いないのは、寂しいだろう
「なので、梨々花さんさえよければ是非、
ティタの友人になってほしいんです。
今のところティタと対等に話せるのは私だけですし、
梨々花さんの今の身体はアンクさんとはいえ、女性ですから、
初めての同性の友達になれますし……どうでしょうか?」
「わがままなのは承知の上だけど…私からもお願い。私の正体聞いても、
普通に接してくれたのは、時以来なの。普通私が神って聞いたら、
大体畏敬の念を抱いてたり、崇拝してたから…」
ティタさんは立場の関係上、本当に今まで、友達ができなかったのだろう。
むしろ…時さんと出会えたのが奇跡言っても過言ではない
(ここでティタさんと…ううん、ティタと友達にならなかったら、
絶対後悔する気がする…!)
「…勿論、よろこんで!
友達になろう、ティタ!」
「っ、うん…!」
ここは嘘がつけない場所だから、嘘をついたら時さんとティタにバレる。
だからこそ、私は…嘘偽りなく、喜んでティタに返事をした
私が伸ばした手を、ティタが涙ぐみながら握り返し、握手をする。
今度は挨拶の握手ではなく…友達としての握手だった
「ありがとうございます、梨々花さん。
よかったですね、ティタ」
「うん!本当に…ありがとう!梨々花!」
そう言い、初めて…年相応な笑顔をティタが見せた
…ふと、視線を感じて横を見ると、羨ましそうな顔で、
じっとりと私を見るエディーさんと目が合った
「…ズルいですわリリカ様。ティタ様と友達になれるのでしたら、
私とも友達になってもいいのではないですか?
私、除け者は嫌ですよ?」
「う……それも、そうですね……」
エディーさんに、急に痛いとこを突かれてしまう
エディーさんはアンクさんの婚約者ということもあって、
どうしても、身近な友人として接するのは恐れ多いのだが…
「そんなこと言ったら、私と友達になるほうがよっぽど恐れ多いでしょ」
「え」
急に聞こえたティタの声に、思わず固まってしまう
「も、もしかして……ティタって心の声とか、聞こえる…?」
「うん、聞こうと思えば。
…怖くなった?」
そう言い、ティタは少し不安そうにしながら聞いてくる
「…ううん。驚いたけど、怖くはないよ」
ティタの言葉に、ちゃんと本心で答える
「物凄く驚いたけど…ティタに見られる分には、別に嫌じゃないからね」
「…そう、よかった。でも、身分だけで言ったら、
エディーよりも私のほうが上よ?だって私、一応神だし。
私とだけ友達になって、エディーとは友達にならないのは理不尽でしょ」
「そうですよリリカ様!こんなの理不尽です!友人だけで言ったら、
私だって友人がいませんからね!」
よっぽど怒っているのか、いつもよりも大声で、エディーさんが私に詰め寄る
ティタとエディーさんが言ってるのはごもっともだ。申し訳なく思いつつ、
私はエディーさんに…いや、エディーに話しかけた
「……わかったよ。今までごめんね、エディー。
今日から…私の友達になってくれる?」
「…えぇ、勿論ですわ。改めて…友人としてよろしくお願いしますね、リリカ様」
そう言いながら、私はエディーとも握手をした
「気づけばもう随分遅くなってしまいましたね…
これは梨々花さんに白魔法の使い方を教えるのは、
後日になりますかね」
「そういえば、完全に忘れてた……」
時さんの言葉で窓の外を見ると、いつの間にか外は既に夕暮れになっており、
そろそろ帰らなければいけない時間だった
「ははは。まあ、梨々花さんが都合のいい日に来てくれれば、
私やティタが教えますよ」
「うん、まっかせて!バッチリ教えてあげるから!」
「何から何までありがとうございます…」
時さんの言葉に、思わず拝みそうになる。
伯爵業で忙しい自分からすると、本当にありがたかった
「いえいえ、私は今日何もしてませんよ」
「でも、時さんが私達を入れてくれたから…私はティタに会えて、
友達になれましたので」
謙遜する時さんに、そう伝える。今日案内してくれたのが他の誰か
だったとしても、もしかしたらティタと友達になれていたかもしれないけど…
私は、今日案内してくれたのが時さんでよかったと思う
「…そうですか。なら、ありがたくその礼は受け取っておきますね」
そうして、私達はユースティア神殿の入口まで戻ってきた
「またいつでも来てね!私、待ってるから!」
「うん!今度はお土産とか持ってくるね!」
「お土産!!約束だからね!!」
「じゃあ、また!」
そうして私達は、ティタ達に別れを告げ、屋敷へと戻って行った
ー数ヶ月後、とあるお茶会にてー
「ねえ、聞きましたか?救世伯様の新商品!
なんと目の前の風景を、そのまま紙に写す魔道具なんですって!!」
「聞きましたわ!もう発売されているようですが、人気で中々買えず…
あぁ、手に入るのが待ち遠しいですわ!!」
2人の令嬢が盛り上がる中、一人だけ…
貴族と言うに質素な、かと言って平民と言うには豪華な服を着た
女性は、話についていけていなかった
「…あの、お二人とも。世間知らずで申し訳ないのですが、救世伯とは…?
私の記憶が正しければ、そのようなダサ…ゴホンッ、通称のお方は
いなかった気がするのですけど…」
「あぁ、リリカ様は最近こちらにいらっしゃったものね。
救世伯様は、アンク・クローヴェル伯爵様の最近の通称なんですの」
「クローヴェル伯爵様の名前は聞いたことありますけど…いつのまにそんな通称が…?」
「えぇ、見事な復讐を終えたアンク様は、民への償いのために、積極的に
交流や商品の開発協力をなされていらっしゃるんです!
しかも!民や商人のあらゆる問題や悩みを何度も
ご解決なさっていらっしゃってまして!そのお姿はまさに、
クローヴェル領の救世主!だからこそ、付いた通称が『救世伯』なのよ!」
待っていたと言わんばかりに、令嬢の一人がものすごい勢いで
『救世伯』と呼ばれる、アンク・クローヴェル伯爵を語り出す。
その熱量からして、彼のファンであることは一目瞭然であった
「しかも最近では、エディー様のお身体の調子もよく、
社交界に同伴していらっしゃるらしいですのよ!
はぁ…アンク様は見目も麗しいですし、
婚約者のエディー様が羨ましいです…!」
二人ともアンク・クローヴェル伯爵のファンなのか、
もう一人の令嬢も、釣られて語り出してしまう
「あはは…そうなんですね」
完全に熱が入ってしまった令嬢達に、リリカと呼ばれた女性は、
愛想笑いをしてその場を乗り切り、次第に元の楽しげなお茶会へと
戻っていった
そして、その楽しげな茶会を
物陰から見ていた銀髪の男は、
音もなく姿を消した
ー場面は変わり、とある公爵邸ー
「どういうこと!?なんで、なんでエディーがまだ生きているのよ!!
それに、救世伯なんて単語、ゲームでは一度も見たことないわよ!?!?
いったいぜったい、どうなっているのよ!!」
真紅の薔薇のような髪に、それを目立たせる漆黒の毛先。
少しキツいツリ目をした令嬢は、癇癪を起こしながら
従者のような男と話していた
「どうやら、調べた限り…クローヴェルはこの日から、商品革命や人助けを
行っているようですね」
部屋に待機していた、銀糸を思わせるような灰色の髪に、
ガーネットのような美しくも怪しい赤い瞳の男が、令嬢に資料を見せながら
語りかける
「ってことは、この日に私と同じように…
よりにもよって、私の推しのアンクに、他の人間が転生したってこと?」
「まあ、可能性は高いかと」
「…ならカーロ、すぐに『救世伯』に招待状を送るようにしてちょうだい!」
「は、かしこまりました」
カーロと呼ばれた男はそう言い、煙のようにその場から消えていった
「許せないわ…この世界は既に私のものよ!
アンタなんかに、この世界はグチャグチャにさせないんだから…!!」




