3:コチェールとの会話
「それで、失礼ながらお聞きしたいのですが……
あなたは、本当に伯爵様なのですか?」
コチェールさんの真剣な表情に、思わず息を飲む
(いつかはバレると思っていたし、コチェールさんには先に明かそうと
思ってたけど…まさか、先に見抜かれるとは……元演劇部としても、
そして今後見抜かれないためにも、まずは…コチェールさんに見抜かれた
理由が知りたい)
そう思い、私はまず、コチェールさんに問いかけることにした
「…なぜ、そう思った?」
「私の知る伯爵様に比べて……あなたの表情が、優しかったのです。
…最初は、復讐から解放され、本来のあなたに戻ったのかと思いました。
ですが、たとえ復讐が終わった後だからとしても……
私の知る伯爵様を思い出すと、やはり違和感があったのです」
コチェールさんの言葉を聞き、納得する。
アンクさんの表情は記憶の中でも見れなかったから、
私のイメージでなんとかしていたのだ
(こればっかりは私の至らなさだなぁ…)
前世演劇部 野乃梨々花、完全に不覚である
「それから、馬車での私の質問への回答が鍵となりました。
…私の知る伯爵様であれば、たしかにあのような回答をされるでしょう。
ですが、なんといいますか…あなたからは、ただ民を幸せにしたいと
感じたのです。あの方であれば、きっと…ご自分を大切になさらずに、
罪悪感を抱えながら、民に償うために行動していたでしょうから」
さすがはアンクさんと付き合いが長く、アンクさんが一番信頼している人だ。
私の演技の腕は、まだまだだという事を実感させられた
「……無礼ながら、もう一度聞かせてください。
あなたは、本当に伯爵様なのですか?」
もう一度、真剣な表情でコチェールさんに問われる
(いざ正体を明かすとなると、少し怖いな……でも、どの道いつか、
正体を明かさなくちゃいけないんだ。だから…今、やるしかない)
そして私は、勇気を出して正体を話すことにした
「……いいえ。私は、アンク伯爵ではありません。
…今まで黙っていて、本当にすみませんでした」
コチェールさんに向かって、頭を下げる。
コチェールさんは予想が当たってしまったからか、少し複雑そうな顔をしていた
「色々と、聞きたいことはあると思います。
でもまずは…私の事情を、聞いてくれませんか」
「…わかりました。事情を聞きましょう」
そして私は、コチェールさんに順番に説明をしていくことになった
《コチェール視点》
「まず、いつからこうなったかなんですが…コチェールさんは一ヶ月程前に、
アンク伯爵が熱を出していたのを覚えていますか?」
「はい、覚えています。
……やはり、そこからでしたか」
ここ最近、伯爵様に対する違和感は感じていた。口調は自分のよく知る主に
似ていたが…どうしても、雰囲気が違うと感じたのだ。
そして、異変が始まった日を遡ると…それは、伯爵様が熱を出した日からだった
「そうなんです。それで、なぜ私…あ、すみません。
自己紹介を忘れていましたね。自分は、梨々花と言います」
「リリカ…失礼ですが、女性ですか…?」
リリカ、という名前を聞き、すぐに女性名なのではと思い、
失礼ながら性別を聞いてみる
「えぇ、はい。女子です」
少し申し訳なさそうにしながら、目の前の伯爵様…リリカ嬢は答えた
「それで、なぜ私が、アンク伯爵の身体を使っているのかといいますと……
実は私目線でも、何が原因でアンク伯爵の中に入ってしまったのか、
よくわかっていないんです。私自身はその、信じられないかも
しれないんですが…この世界とは違う世界の人間…いわゆる異世界の人間で、
既に死んだ人間なんです。なので私自身、死んだと思ったらこうだったので…
アンク伯爵の身体に入ってしまった理由は、わからないんです」
異世界、という単語を聞き…驚きと同時に、ある程度納得する。
馬車で街に向かう最中、彼女は…伯爵様のフリをしていたリリカ嬢は、
街を少し物珍しそうな視線をしながら見ていたのだ。その時は、
何か気になる発見でもあったのかと思っていただけだったが…
異世界の人ならば、納得も行く
…それに、彼女が行った人助けは、何回か天啓を受けたかのような
方法があった。おそらくそれも、異世界の知識なのだろう
まさか、故人だとは思わなかったが…
「リリカ嬢は、なぜ伯爵様の仕事をこなせたのですか?
異世界とこちらの世界では、常識から違うと思うのですが……
それから、伯爵様の口調も…なぜわかったのですか?」
異世界人であるリリカ嬢に、疑問を投げかける。
この質問は伯爵様が本当に別人だった時に、聞こうと思っていたことだったが…
リリカ嬢が異世界人ならば、尚更聞きたかった
「あぁ、それは…目が覚めた時に、アンク伯爵のこれまでの記憶を見て…
それでなんとか仕事はやれました。口調も記憶で見たのを参考に。
これでも私、前世では学校…学園で演劇部をやっていたので。
まあ…表情だけは見れなかったので、私のイメージになっちゃいましたけどね」
「え、学生……ですか?」
「えぇ、はい。18歳の時に、小さい子供を庇って…」
「18歳!?18歳なんて、こちらでは学生もそうですが、
婚約が果たされる歳頃でもあるんですよ!?それなのに、そんな若さで…」
想像を絶する若さに、思わず取り乱してしまう
この世界では、16歳の令嬢や嫡子達は交流や知識、
適性のあるものは魔法を学ぶために、3年間学園へと通うのだ
コチェールからすると、彼女は3つ年下になる
とはいえコチェールは既に成人であり、彼女は学生だ。
コチェールからすると、梨々花は大人の階段を踏む直前の子供であった
「…すみません、取り乱しました」
「いえいえ。私のことを思ってくれて、ありがとうございます」
コチェールからの謝罪に、逆にぺこりと頭を下げながら、梨々花は感謝する
「それで、私はアンク伯爵に身体を返したいって思ってるんですけど、
いかんせん方法がわからなくて…調べるにも、この領地を放っておくわけにも
いかないじゃないですか。それで、領地経営をしながら、身体を返す方法を
探そうと思ったんです」
「……そんな理由で、突然伯爵様のお身体で目が覚めて…
右も左も分からないはずなのに、伯爵様の仕事をしていたのですか?」
ただ伯爵様にお身体を返すために、身の丈に合わない仕事をしていたと聞き…
思わずリリカ嬢に問いかける。彼女は既に故人とはいえ、学生だ。
そうせざるを得なかったとしても、やろうと思えば…私共に仕事を
任せることだってできたはずだ
それなのに、彼女は伯爵の責務から逃げなかった。いったい、なぜ……
「一応、私にも仕事をしようと思った理由はありまして…アンク伯爵が
気を失う前に言っていた言葉が『巻き込んだ者達に報いなければ』でした。
…実は私、アンク伯爵のこれまでの人生を見て、感情移入しちゃいまして。
だから私としても、アンク伯爵に優しくしてくれている人達に、
恩返しをしたかったんです」
「……本当に、あなたは優しいのですね。リリカ嬢」
どうりで、たとえ演技が得意だったとしても…優しい眼差しだったわけだ
リリカ嬢が記憶の中で伯爵様のお顔を見れなかったように、リリカ嬢からは
自分の顔が見れない。だからこそ、ある程度は演じれても…伯爵様を
演じきれなかったのだろう
なにせ、その瞳だけは…彼女自身を表していたのだから
(むしろ、イメージだけであそこまで伯爵様の表情を再現していたのが
驚きでした。リリカ嬢は、生前は名のある演者だったのかもしれませんね…)
「あはは…お人好しすぎて、色々トラブルに巻き込まれたことも
ありますけどね……それで、身体を返す方法を探しながら、領民の人達への
恩返しをしようと思い…勝手ながら、領地を経営していたんです。
…いつかは明かそうと思っていたんですけど、黙っていてすみませんでした」
そう言って…リリカ嬢はもう一度、深々と頭を下げた
「いえ、あなたはなにも悪くありません。
…自分の正体を明かすのは、さぞ不安だったでしょう。
なにせ私も…あなたに問いかけた時は、凄く不安でしたから」
「……失望とか、しないんですか?その、私…不可抗力とはいえ、
あなたの主の身体を奪ってるわけですし、その…私の仕事が未熟だから、
私にはついて行きたくないとか…」
「まさか。あなたは伯爵様の記憶を頼りに、経験をしたこともない領地経営をし、
見事領地を豊かにしてくださいました。『クローヴェルの救世主』
『クローヴェル救世伯』…この称号は、他でもないあなたの称号です。
そして、『救世伯』として呼ばれるあなたも…私は、お慕いしているのですよ」
不安そうな表情をするリリカ嬢に、紛れもない本心を告げる
そう。私は、伯爵様を騙る者の正体がどうであれ、
既にこの“伯爵”を『救世伯』として認めていたのだ
「コチェールさん……ありがとうございます」
「コチェールで構いませんよ。私にとっては、既にあなたも仕えるべき…
いえ、お支えしたい主ですので」
「え、でも私…生前の身分は平民ですよ?いいんですか…?」
「あなたが平民であろうと、関係ありません。
だって、今やあなたは『救世伯』なのですから」
「…ありがとうございます、コチェールさん」
「敬語が抜けておりませんよ、救世伯様」
「救世伯は恥ずかしいのでやめてほしいんですけど……」
私が救世伯とお呼びすると、リリカ嬢…
リリカ様が恥ずかしそうな表情になる
「では、あなたが敬語を止めるまでは、そうお呼びします」
そう言うと、リリカ様は観念したような表情になった
「…わかった、わかったよ。私は領地の経営とかあんまり得意じゃないから、
沢山頼ることになると思うけど…よろしく、コチェール」
「はい。よろしくお願いします、リリカ様」
リリカ様に手を差し出され、握手をする
「様付けは慣れないからやめてほしいんだけど……」
「さすがにこれは変えれませんので、慣れていただければ」
「さっきまでは梨々花嬢って言ってくれてたのに…?」
「それはそれ、これはこれです」
「そんなぁ〜…」
落胆するリリカ様を見て、思わず笑ってしまう
(本来であれば、異変を感知した瞬間に、首元にナイフを構えるのですが…
最初に感じた異変があなたの優しさだったので、私は様子を見ることに
したのです)
そして私は、この方が善良であると感じ、問いかけた訳だが…
結果は、私の想像以上だった。まあ、まさか異世界人かつ故人だとは
思わなかったが…
(どうあれ、リリカ様にナイフを構えて、怯えさせることがなくてよかったです)
ただ、一つだけまだ、気になることがあったため……
思い切って、リリカ様に聞いてみることにする
「……あの、リリカ様。伯爵様に身体を返したら…
あなたは、どうなるのですか?」
リリカ様は、ご本人が言うには既に故人だ。なら、伯爵様に身体を返した際…
彼女がどうなってしまうのか、私は気になってしまっていた
「…どうなるんだろうね。今度こそ、ちゃんと転生するのかもしれないし、
私の魂が消えちゃう…かもね」
「…そう、ですか……それでも、あなたは
伯爵様に、身体を返したいと願うのですね」
「うん。アンク伯爵の人生は、アンク伯爵の人生だから。
たとえ私が、今生きていられる唯一の身体でも…アンク伯爵の人生を奪うのは
よくないからね」
「…そう、ですね」
リリカ様の優しさに関心すると同時に、やるせない気持ちになってしまう
リリカ様の言っていることは正論だ。
だが、リリカ様は…伯爵様のお身体無しでは、
この世界で生きられない。その事実が、なにより辛く…残酷だった
「大丈夫だよ、コチェール。私は既に死んでる人間だから……
だから、コチェールは気にしないでいいよ」
私の表情に気付いたのだろう。彼女は微笑みながら、私を慰めた。
それでも、自分が消えるかもしれないからか……
リリカ様の表情は、どこか不安げな気がした
(なんとか、できればいいのですが……)
そう考えていると…ふと、あの方の顔が思い浮かぶ
(もしかすれば、あの方なら……エディー様なら、
なにか方法を知っている可能性が…)
そこまで考え、リリカ様が空気を変えるためか、手を叩いてから喋り始める
「ほら、暗い話はもう終わり!せっかくだから、色々話そうよ」
「えっ…は、はい。お望みなら」
それからしばらくの間、私達は雑談をすることになった
《梨々花視点》
雑談をし初めてから数十分後…私はすっかり、コチェールと打ち解けていた
(空気を変えるためにし始めた雑談だけど…
コチェールもすっかり元気になったようでよかった)
とはいえ、コチェールが言ったことは、私には避けられない問題だ。
アンクさんに身体を返した後に、私がどうなるかわからない以上…
怖いと言えば怖い
(けど、元はと言えば死んでるんだから、気にしないほうがいい…かな。
気にするとキリがなくなっちゃうし)
そんなことを考えていると、コチェールから質問をされる
「リリカ様は伯爵様の記憶を全て把握しているのですか?」
「あ、えっと、把握はできているけど…すぐには出てこないんだよね。
だから、何か思い出したりしたら紙にまとめてるんだ。ちょっと待ってね」
コチェールに私の書いた紙を見せようと、
引き出しから紙を取り出し、コチェールに見せる
「これが私の書いた紙ね」
「これは…東の国によく似た文字ですが…見慣れない文字ですね。
これは、リリカ様の世界の?」
「うん。私が住んでた国の字だよ。一応盗み見とかされてもいいようにってのも
あるけど…まあ、私にとっては書き慣れた字だからね」
「成程…字というと、リリカ様はどうやって伯爵様の筆跡を?」
「あぁ、それはアンク伯爵の体に染み込んでたおかげなの。
意識しないとアンク伯爵の筆跡にはならないけど…それでも助かったよ」
「伯爵様は体に染み込ませて覚える方ですからね。それが功を奏したのでしょう」
こんな感じで、和気あいあいと雑談をしていると、
コチェールが突然「そうだ」と言いながら、何かを取り出す
「実は、伯爵様の婚約者様……エディー様から、あなたへの招待状を渡すように
言われてまして。どうぞ」
「……え???」
突然のことに、思わずフリーズしてしまう
実はアンクさんには、エディー・ラティアさんという婚約者がいる
エディーさんは白魔法と呼ばれる貴重な魔法の使い手で、そのせいでクズめな
権力者にこき使われてしまい、浄化できる筈の黒魔法の呪いに、今も蝕まれて
しまっている人だ
ちなみに、白魔法は主に回復系やバフ系の魔法で、黒魔法は呪いといった
デバフ系の魔法だ。昔は光魔法、闇魔法と呼ばれてたらしいが…
当時の黒魔法使い達から苦情が出たことで、今の呼び方になったらしい
さて、エディーさんの話に戻ると…エディーさんは呪いに蝕まれた状態でも、
休みが殆ど与えられず、過労も相まっていよいよ死んでしまう…
そんな時に助けたのがアンクさんなのである
(そしてエディーさんを助ける為に、アンクさんは婚約を結んだんだよね。
…アンクさんは一方的な婚約を結んで申し訳なく思っていたらしく、
白い婚約としてエディーさんとの婚約を解消するのを考えていたよう
だったけど…私としては、結構お似合いだと思うんだけどなぁ…)
そんなエディーさんが、私に招待状。
普通なら、私がアンクさんの演技をするだけで済むと思うが……
「あの…私の記憶が間違いじゃなかったら、エディー様って、
幽霊とか見えた…よね?」
そう。エディーさんは白魔法が使えるからか、
見えないものが見えている…らしいのだ
つまり、私の正体がバレている可能性が高かった
「正確には魂、ですね。エディー様は私にこちらを預けた際に、
私が渡してもいいと思ったなら渡すように、と仰られていましたので…
おそらく、見抜かれているかと」
「え…エディー様って、普段から離れの屋敷にいる…よね?
そこからでもわかるの…?」
「エディー様ですので……」
エディーさんはこれ以上クズな権力者に狙われないよう、呪いの治療も兼ねて
王都が近いこちらに住んでいるのだ。ちなみに、ちゃんとご家族の許可は
取ってある
ここから離れの屋敷はすぐ近くだが、それでも私がアンクさんに入ってからは、
まだエディーさんの所には行っていない。
けど、コチェールがこんな風に言うってことは、その可能性が高いということだ
(もし本当に離れからでもわかるのなら、驚きを隠せないけど……)
そんなことを考えていると、コチェールが突然立ち上がる
「それでは、私はこれで。エディー様とのお茶会の準備をしなくては
いけませんので」
「えっ…そ、そんな急に…!?」
お茶会の準備をすると言い出したコチェールに、
もしかしてすぐにお茶会に行かなくては行けないのかと思い、慌てて聞く
「エディー様とのお茶会の日程は、私が招待状を渡した後に、
リリカ様がお忙しくない日と言われておりまして。
そして丁度、明日は仕事の量が少ないですから」
では、とコチェールが言い、いつもの綺麗な礼をしてから、
スタスタと部屋を出ていってしまう
(あ、明日って、心の準備ができていないんですけどーーー!?!?)
一人残された私の心の叫びは、当たり前だが誰にも届くことはなく…
ガチガチに緊張したまま、エディーさんとのお茶会の日がやって来てしまった




