2:伯爵のお仕事
さて、やると意気込んだはいいものの、今のアンクさんの身体は熱を
出している。当たり前だが今の私はアンクさんの身体なので、ものすごく熱が
しんどいのだ
なので、今日は無理せずにゆっくり休むべきだろう
「伯爵様、起きていらっしゃいますか?」
そう思っていると、扉がノックされる。声的にアンクさんが信頼している
執事…コチェールさんだろう
コチェールさんはアンクさんと似た境遇で、貴族の奴隷となっていたところを
アンクさんが助けた人だ。恩を返すために、若くして執事になった優秀な人で、
身の世話をされるのを嫌うアンクさんが、唯一自分の世話を任せている人だ
「コチェールか、入れ」
扉の外にいるコチェールさんに入出の許可を出すため、記憶の中のアンクさんを意識して声を出す。これでも前世では演劇部だったので、演技の自信は多少あった
(と言っても、いつまで続くかはわからないけどね…)
「おはようございます、伯爵様。顔色がよろしくないようですが……」
「……どうも、熱を出したようでな」
「復讐が終わって、ろくに休んでおられなかった反動が
やってきてしまったのでしょう。…本日はごゆっくりお休みください、伯爵様。
仕事はこちらで片付けておきます」
「悪いな、任せた」
「では、失礼します」
コチェールさんが綺麗なお辞儀をして、部屋から退出する
「はぁ…寝よう」
ボフッ、と無造作にベッドに寝転がる。
貴族のベッドなだけあって、凄くふかふかだった
(…正直、まだあんまり信じられないな…)
目が覚めてから怒涛の情報量に殴られて、整理はしたものの…まだ全部は
飲み込みきれていなかった
(でも、全部現実なんだよね)
最初は、走馬灯みたいな感じで、死に際に夢を見ているのかなって思っていた。
でも、アンクさんの今までの人生を見て、夢じゃないのだと実感した
(頑張ろう。きっと、何とかなるはずだ)
そして私は、いつの間にか夢の中へと向かっていた
……
さて、熱も下がり、いよいよ領地経営が始まって数日が経ちましたが……
(領地経営が!!!!キツすぎる!!!!!)
そうだろうなーとは思っていたけど、想像以上にヤバイ。アンクさんの記憶と
コチェールさん達のおかげでなんとかなってるけど、片付けど片付けど
書類、仕事、書類、仕事……
控えめに言って、地獄であった
(これが……社畜の気持ちか……!!)
領地を経営するっていう時点でヤバイとは思っていたが、ここまで領主の仕事が
社畜だとは……
(まさか、死んでから社畜を経験する羽目になるとは思わなかったな……)
なにせこちとら、前世では仕事未経験の一般JK。社畜とは無縁だったのだ。
記憶の中では私からはアンクさんの表情を見れなかったが、おそらく…
いや、確実にアレを表情一つ変えずにスラスラやっていたと考えると、
アンクさんの凄さがわかる
(まあ、いくら爵位を引き継ぐ条件が特殊とはいえ、平民から伯爵になれてる時点で
とんでもなく凄いけどね…)
それから、問題…と言うには些細なことだけど、
地味にアンクさんの演技をずっと続けなきゃいけないのもしんどかった
前世では演じることは楽しいって思ってたし、それは今も変わってないはず
だけど…アンクさんを演じるのは、楽しさより…勝手に体を使って色々
やっていることへの申し訳なさのほうが勝っていた
(これはまあ、アンクさんの身体を私が使っている間
ずっと付きまとうだろうなぁ…)
とはいえ、今更やめるつもりは無い。
罪悪感を抱えてでもやると、あの時そう決めたのだ
そんなことを考えていると、無情にも休憩時間の終わりが
やってくる。次の仕事は、お抱えの職人さんへの商談だった
(そういえば、アンクさんの身体にINしてから、まだ実際に街とか見てなかったな)
そう。アンクさんの記憶で見てはいるが、実物を見るのは今回が初めてだ。
そう考えると、これからの商談も少し楽しみになってきた
「伯爵様、外出の準備が整いました」
「あぁ、今行く」
コチェールさんに声をかけられ、馬車に乗り込む。
今回商談しに向かうのは、魔道具を作る店主さんの所だ
「アンク様、お待ちしていました。では、どうぞ中へ。
商談をしましょう」
「あぁ」
店主のアーチットさんに迎えられ、席に座る。
今回する商談は主に新商品の話と、それに対するこちらの援助……投資の話だ
(考えるだけで頭痛くなってきたな…)
ちょっと前まで計算だらけの書類と仕事地獄をしていたため、
既に逃げたくなってきているが…アンクさんの身体に入っちゃってる以上、
逃げられないので頑張るしかない
なるべくアンクさんの口調を意識して、
アンクさんっぽくアーチットさんに色々と聞いていく
「それで、新商品とやらのアイデアは既にあるのか?」
「はい。部屋や料理の際の温度を調節する魔道具です」
「ふむ、具体的には?」
「火と氷の魔力石と、それに耐えれる魔物の素材を使い、
自由に温度調節する物です。成功すれば、薪を使わなければいけない部屋の
温度調整と料理が劇的に楽になりますし、商品も二つ出せます」
「…成程」
(要はエアコンとコンロみたいな物ってことだよね。でも…)
「アイデア自体は悪くないが、コストが大きすぎるな。
貴族だけでなく、民衆にも売れるようにするべきだろう」
アンクさんの商売に関するモットーは、平民の人達にも買える物を売ること
この世界には、魔物がいる。常日頃色んな騒ぎを起こしている魔物は、
国の悩みの種だ。そして騎士団や冒険者の人達が、命懸けでそんな魔物を
狩っている。なので、基本的に魔物の素材を使う物はお高めなのだ
火と氷の魔力を吸収する魔物の素材なんて使ったら、平民の人達が買えないのは目に見えている
「コストダウン、ですか…既に小さめの魔力石を使い、
子供の魔物の素材を使う予定なのですが、それでもですか?」
「子供なら尚更だ。子を狩るのは、親の魔物の怒りを買うリスクが大きすぎる」
そう。いくら小さい魔力石…各属性の魔力を持つ石を使うにしても、
子供を狩るのなら親の怒りを買う危険性が高い。だから、値段を下げれても
そこまで変わらないはずだ
ちなみに天然の魔力石自体は貴重寄りだが、弱い魔物がいる場所なら、
小さくてもそこら中にあるので、比較的お安めなのだ。
…勿論、大きい魔力石は別だけど
さて、場面を戻そう。アーチットさんは私の言葉を聞いて、困った顔をしていた
「しかし、これ以上は……」
(まあ、そうだよね…)
こういう便利な物は色んな人達が使えたほうがいいと思うし…
成功すれば、領地の人達が喜ぶはずだ
(なにか、お手軽に魔力を吸収するものは無いかな…?)
頭を捻りながら考えていると、とある一つの物を思い出す
(そういえば、アンクさんの記憶に魔力を吸収する石があったような…)
アンクさんが収監されていた監獄では、魔法を使っての脱走を防ぐために結界が
貼られていたが、あの賢者みたいなお爺さんと鉱山労働をしていた時に、
微力ながら魔力を吸収する石があるのを教えてもらっていたのだ
(魔力吸収量が微妙だから、あんまり使われてないらしいんだけど…
小さめの魔力石ならいけるんじゃないかな?)
そう思い、私は早速アーチットさんに話してみることにした
アーチットさんはそんじょそこらの魔道具職人さんよりも、素材の知識が多い。
というより、今のところ使いどころがない物の性質もちゃんと知っている人だ
(だからこそ、アンクさんはアーチットさんをお抱えの職人にした。
きっとこの石のことも、知っているはず…)
「魔力を吸収する石…微吸の魔石を使うのはどうだ?あれならば微力ながらも
魔力を吸収する。上手く使えば、小さめの魔法石ならなんとかなるかもしれん」
「微吸の魔石…成程。たしかにあの石ならば、可能性はありますね」
「ならその方向性で頼む。これが成功すれば、既にある魔道具の民衆向けが
作れるようになる」
「そうですね。その方向で作ろうと思います。
それで、援助の方は……」
これが本題と言わんばかりに、アーチットさんがそう聞いてくる。
本来だったら死ぬほど悩まなきゃいけないけど…
幸い、私の選択はもう決まった
(これがうまくいけば、きっとみんな喜ぶだろうし…
伯爵としては駄目かもしれんしけど、出し惜しみは0にする!)
「私からの援助は惜しまない。その代わり、しかと完成させろよ」
私がそう言うと、アーチットさんは一気に明るい表情となっていた
「っ、はい!本日は本当に、ありがとうございました!」
アーチットさんに笑顔で見送られ、私達は屋敷へと馬車で戻っていった
「援助を惜しまない、と言ってよろしかったのですか?」
馬車の中で、不意にコチェールさんにそう聞かれる。だけど…
「構わない。成功すれば、投資分は帰ってくるだろう。それぐらい、あれらには
需要があるからな。きっと、喜んで買う者が多くいるだろう」
なるべくアンクさんっぽく、遠回しに「お金は多分あらかた戻ってくるし、
領地の人達が喜ぶだろうから問題ないよ」と伝える
そう、今回のアイデアは、私もやりたいと思っていた
領民達への恩返しの一つだ
(アンクさん本人は贖いのつもりで『報わなければ』って言っていたけど…
報いたいのなら、謝るんじゃなくて、領民達を幸せにしなきゃね)
そんなわけで、勝手ながら私流の報い、もとい恩返しをするために、
資金の援助は惜しまないことにしたのである
(まあ実際商品が人気になるかはわからないし、そもそもアンクさんは言い回しが
独特というか、クールな人だから…コチェールさんにこの言葉の意味が
伝わるかは不明だけどね)
そう思いながらコチェールさんをチラリと見ると、コチェールさんは少し
考え込んでから口を開いた
「…えぇ、きっと領民も喜びます」
(これは…伝わった、のかな?)
コチェールさんはアンクさんとの付き合いが長い。なので、アンクさんの独特な言い回しを的確に理解する能力が高いから、きっと伝わった…はずだ
(まあその分、いつコチェールさんに正体がバレるか分からないけどね…)
そんなことを考えていると、馬車が屋敷へと着く。そして私は、
早速アーチットさんへの援助の準備を進めることにした
それから数週間後、アーチットさんは見事に商品を完成させ、コンロ擬きと
エアコン擬き、そして今まで出ていた家電擬き…フライパン擬きと
ドライヤー擬きの平民向けが発売された
勿論、商品名は変えてある。私が呼びやすいので、心の中で勝手に擬きと
呼んでいるだけだ
改良擬きシリーズは平民向けのお値段ということで、商品は一気に
大人気となり、売上は過去最高レベル。アーチットさんや
お店の人達から大変感謝をされてしまった
「素晴らしい売上ですね。これなら、しばらく領地は安泰でしょう」
「あぁ、そうだな…」
「巷では伯爵様を称える声も出てきております。
『クローヴェルの救世主』『クローヴェル救世伯』と呼ぶ声も
出てきておりますよ」
「やめろ、頭が痛くなる…」
コチェールさんに言われ、頭を抱える
そう、今まさに私の頭を悩ませている問題がこれだ。
アンクさんは街への偵察を仕事の一つにしているのだが、
私は困っている人を見ると放っておけないタイプの人間なのだ
今まで、アンクさんは伯爵業や復讐の関係で、困ってる人がいても助ける余裕が
あまり無かった。それでも、助けれる時は助けていたので、
私も心置きなく困っている人達に手を貸していたら…
いつの間にかこうなったのである
(たしかにここの領地は凄く栄えてるわけじゃないし、知名度もそこそこ
あるくらいで、売上もまあ普通よりいいほうだけど…
いくらなんでも困ってる人を手助けしまくって、平民向けの
商品のアイデアを出しただけで『救世伯』は言い過ぎだって…!!)
思い出しただけでまた頭を抱えてしまうが、思えばアンクさん本人の時も
そうだった。アンクさんは魔力量が多く、余裕があれば積極的に、
自慢の青い炎の魔法を剣に宿し、自分から魔物を倒しに行っていた。
その姿からか、領民達に『蒼炎伯』なんて通称を付けられていたので、
この世界の人達は大袈裟な通称を付けるのが好きなのかもしれない
(ていうか、そもそも私はアイデア出して援助しただけで、実際に凄いのは作った
アーチットさんでしょ…!!)
勿論そのことは既に声明を出したが、アーチットさんが
「商品を作れたのは伯爵様のアイデアと多大な支援のおかげです」と
頑なに譲らなかったのだ
そんなわけで、私はなぜか『クローヴェル救世伯』と呼ばれるように
なってしまったのである
(うぅ、物凄く恥ずかしい…!!!それに、復讐が終わって余裕のできた
アンクさんならもっと上手くやれてると思うんです…!!)
悶絶しながらも、感謝からそう呼ばれている以上…止めようとしても
止められないだろう
つまり、このとんでもなく恥ずかしい呼ばれ方を受け入れるしかないのだ
「……はぁ、仕方がない。その通称を受け入れよう」
(本当にすみません、アンクさん……)
心の中でアンクさんに謝罪すると、コチェールさんが意を決したような
表情をして、口を開く
「…あの、伯爵様。無礼なことなのは承知ですが…少々お話しをしたいのです。
よろしいでしょうか」
「あぁ、構わないが…」
「……内密な話をしたいので、お部屋にお願いします」
「……わかった」
いったいなんの話だろうと考えながら、コチェールさんと共にアンクさんの
部屋に行く
「それで、失礼ながらお聞きしたいのですが……
あなたは、本当に伯爵様なのですか?」
(……マジですか)
伯爵生活が始まって、約一ヶ月…
私の正体が、バレました




