「負けたほうがなんでも言うことを聞く」約束をした幼馴染が、ぐいぐい間を詰めてくる
「ねえ泰斗、負けたほうがなんでも言うことを聞くってルールなんて、どう?」
それは小学生の、些細なおふざけだった。
俺の部屋で幼馴染の遥と対戦型のテレビゲームをしていたとき、不意に横からそんな提案をされた。
俺は画面から目を離し、隣をちらりと見る。足を崩して座っていた遥が、目線だけこちらに向けていた。
「急にどうって言われても」
「いやー、泰斗とのゲームもだんだんマンネリ化していってる気がしてさー。ここらでちょっと刺激が欲しくなって」
「マンネリ化って」
それはちょっと失礼じゃないか。
とはいえ、俺もその意見には同意できる。遥とは長年、それこそ幼稚園や小学校低学年の頃から色々なゲームを、デジタルやアナログを問わずしてきたので、ここ最近はなあなあになってしまっている節があった。
負けたほうが言うことを聞く。フィクションなどでよく聞く話だが、面白い。
「わかった。乗ってやるよ」
「お、やる気だな? わかってると思うけど、私、負ける気ないからね?」
「そっくりそのまま返す」
俺たちはお互いに不敵な笑みを浮かべて、画面に向き直る。
スタートのボタンが押されて、闘志を誘うBGMが流れ始める
ここから、すべてが始まった。
◇
時は流れて、高校生になり。それでも相変わらず、二人で俺の部屋で床に座ってゲームに興じていた放課後。攻撃が入ったことを示す効果音と同時に、高揚した遥の叫び声が響いた。
「っしゃー! コンボ決まった!」
「ぐっ……」
遥の繰り出したアッパー+回し蹴りが華麗に命中し、俺の操っていたアバターは画面外へと吹き飛ばされていく。
「GAME SET」の文字が、画面いっぱいに表示され、まもなく遥のアバターが「WIN」の文字とともに現れた。
「これで今日は四戦中三勝一敗……絶好調!」
「ふう……どうやら今日は調子が悪いようだ。甘いものでも食べようか」
「こらこら、現実から目をそらすんじゃないよ泰斗くん?」
満面の笑みを浮かべて、遥が俺の顔を覗き込んでくる。自信たっぷりな黒い瞳が間近に迫る。
肩にかかるほどの長さの、茶色がかったサラサラの髪。少しだけ着崩された制服。薄く化粧が施された顔。そして、年相応に膨らんだ胸元。
そんな姿を至近距離で見せつけられるのは、いささかよろしくない。
あとは純粋に、遥の勝ち誇ったような態度が気に入らなかった。
よって俺は即座に身を引き、コントローラーを操作して画面をキャラ選択の――要するにゲーム開始前の状態に戻した。
「あぁ! もうちょっと勝者の気分を楽しんでいたかったのに」
「もう十分だろ」
「ま、次も勝てばいっか」
「ったく、お前……」
なおも好戦的な姿勢を崩さない遥に呆れつつも、俄然やる気が湧いてくる。そうこなくっちゃな。
お互いに自分の最も得意とするキャラクターを選択し、準備を整える。
と、ここで俺はいつものあれをすることにした。
「なあ遥。次の試合は、ルール付きでやらないか」
「お、いいじゃん。やろやろ!」
「よし、決まりだな。それじゃあ――」
俺たちは声を合わせて、お互いに主張し合うかのように、その言葉を口にした。
「「この試合で負けたほうが、なんでも言うことを聞く!」」
試合は、混戦を極めた。
はじめは、遥が二回連続で攻撃を決めた。その時点で遥は「してやったり」みたいな顔をしていたのだが、そこから俺が三連続でダメージを負わせ、どちらにも勝機がある状況に持ち込むことができた。
遥の使用しているキャラクターは、一発一発の攻撃力が高いが、機動力がない。
俺の使用しているキャラクターは、俊敏な代わりに、攻撃力が低い。
つまり、俺たちは同等にダメージを負っており、あと一発でも打ち込まれれば倒されるかもしれない状態にあった。
俺たちの周囲には緊張した空気が漂っている。一言も言葉を交わさず、無言で、試合に集中している。
なんて言ったって、これはただの試合じゃない。ルール付きの試合である。負けることはできない。
ルール付きの試合では、勝ったほうが負けたほうに、お願いを聞かせることができる。その内容は、倫理的、現実的に許容範囲であれば、なんでも良い。
一度の勝利でお願いすることができるのは一つまで。そしてお願いをしたほうもされたほうも、二言はない。
この権利を使って俺たちはこれまで、相手に腹筋や腕立て伏せをさせてみたり、ジュースを奢らせたりしてきた。俺たちの中でこの、ルール付きの試合は、一種の楽しみとして習慣となっていた。
何度でも言う、たとえ他の試合で全敗したとしても、この試合だけは負けられない。
お互いのプライドを賭けた熾烈な攻防戦が、目の前で行われていた。
と、ここに来て、俺の攻撃が遥にかすり、少量のダメージを与える。ダメージを食らったあとの一瞬の隙をついて、俺は一気に間合いを詰めた。
もらった――と思ったのも束の間。
「まだまだだね!」
遥は防御姿勢からの跳躍で、俺の攻撃を捌いてみせた。今度は俺が、隙を見せることになる。
その隙を、遥は見逃さなかった。
遥の、真下に向けた攻撃が炸裂する。俺はそれをもろに受け、莫大なダメージを負うこととなってしまった。
勝負あったり。またもや画面には、「GAME SET」の文字が表示された。
「やったー! 私の勝ちっ!」
「ああぁ……」
大きく腕を上げ喜ぶ遥と、床に崩れ落ちる俺。
やっぱり、今日は調子がよくないようだった。
「ふふん。これで今回は私が、泰斗に言うことを聞かせられるね」
「不服だが、そのとおりだな」
「どうしよっかなー」
見るからにノリノリな遥が、足をパタパタと上下に動かす。
「頼むからマトモなものにしてくれよ」
「んー。じゃあ」
遥はくいっと首を傾げて、こちらを見上げてくる。その姿に思わずドキッとして――。
「泰斗はこれまでに、私を恋人にしたいって思ったこと、ある?」
「っ!?」
心臓がバクッと平生じゃあり得ない跳ね方をした。急激に体温が上昇していくのがわかる。
俺はなるべく動揺を悟られないようにしながら、遥に尋ね返した。
「な、なんでまたそんなこと聞きたがるんだ?」
「いやさ、自分で言うのもあれだけど、私って結構かわいいと思うんだよね。たまーに告白されたりもするし、事実周りからもかわいいって言われるし」
「まあ……言われてみれば」
というか、言われなくとも、遥はかわいいしモテていることは確かである。
目鼻立ちは忖度なしで整っていると断言できるし、明るく気さくな性格も相まって、学校での遥の人気は高い。俺も何度か遥の幼馴染ということで羨ましがられたことがあった。
「だからさ、泰斗も少しくらいは私のことを意識しているのかなーなんて思いまして」
「……なるほどな」
「それで、どう? 私のこと、気になったりしたことはあるの?」
「…………」
ある。何なら現在進行形で意識している。
だって、恋多き多感な時期に、毎日のように一緒にゲームをして、同じ部屋で、ときには近い距離感で……。何も思わないほうが難しい。
長年の幼馴染だからと慣れて、何も感じなかったのはせいぜいが中学校前半まで。
高校生になった今、俺はすっかり遥のことが好きになっていた。
だけど、果たしてこの本音を伝えるべきか否か……。やはり迷ってしまう。
ルール付きの試合で負けたからには、相手の言うことを聞くのが幼い頃からの習わしだ。
しかし俺の本音を伝えてしまったら、これから俺たちの関係がどうなってしまうのか……。
一抹の不安を拭いきれず、俺は決断がつかないでいた。
すると遥が念を押すように、真剣な眼差しで俺を見つめながら口を開いた。
「言っておくけど、ルールは絶対だからね? 本当のことを教えてほしい」
それは、どうしようもないくらいに正論だった。
俺が遥との取り決めを破ることは、好きな人からのお願いを断ることは、まず許されない。ルールが許さないし、何より俺自身が許さない。
「……わかった」
遥の言葉が俺を動かすまで、そう時間はかからなかった。
俺は意を決し、一息に思いを伝える。
「俺は、遥のことを恋人にしたいって、思ってるよ」
「……そう、なんだ。ありがと」
遥はそれだけ言うと、ふいっと顔を背けてしまった。ゲームの音だけが耳に入ってくる。
やがて遥はこちらを振り向き、口元で指を交差させバッテンを作ると、はにかみながら言った。
「私がどう思ってるかは……今のところはノーコメで」
「……おう」
遥の顔には少し朱が指しているような、そんな気がした。
俺は火照った顔を冷ますように手で仰ぐ。心臓はなお激しく脈打っていた。
「次のルール付きの試合は、俺が勝つからな」
「楽しみにしてるよー」
俺とは違い遥は、一瞬のようにしていつものように戻り、隣で平然としていた。
そんな姿を見ているとますます、負けられないという気持ちが強くなった。
◇
翌日。またいつものようにやって来た遥を前にするやいなや、俺は意気込んでゲームを提案した。
「今日は最初にルール付きの試合をしよう」
「おっけー。ふふ、負けないからね?」
遥はニッと口角を釣り上げる。俺はその姿を横目に見ながら、自分の持ちキャラを選択し、臨戦態勢に入る。
すると遥は普段使用しているキャラではなく、俺と同じキャラを選択してきた。
「えっ」
「どうしたの?」
「いや……今日はいつものキャラじゃないんだなと思って」
「ああ、たまには変えてみるのもアリだと思って。どうせ私が勝つんだし」
「……言ってくれるな、おい」
後で後悔するんじゃないぞ? 吠え面かかせてやるからな。
余裕綽々な遥に闘争心をくすぐられながら、俺はゲームスタートのボタンを押す。
画面が、バトルフィールドに切り替わった。
「ふぃー、やっぱ気持ちいーね! 連勝は」
「くっ……」
結論から言うと、俺は負けた。
持ちキャラを使用していないからといって、遥のことをどうやら甘く見ていたらしい。
遥は俺の動きを読むだけでなく、従来の持ちキャラではまずなかった、このキャラ特有の攻撃方法を駆使して俺を錯乱させ、確実に勝利を掴んだ。
完敗である。
自分の持ちキャラを使われたこともあり、いつもより数段悔しい。
「で、今日は何がしてほしいんだ?」
「ふっふっふ……今日はちゃんと事前に決めてきたんだよ」
遥は俺の目を見つめて、人差し指をぴっと顔の前で立てる。
というか、事前に決めてきたってことは俺に勝つ自信があったってことかよ。ぐぅう……指数関数的に悔しさが増大する……。
遥は俺に指先を向けると、ドンッと構えて言った。
「泰斗には、私の好きだと思うところを思いつく限り言ってほしい!」
「……は?」
好きなところを? 思いつくだけ?
つまりまた告白まがいのことをしろと?
俺は確認を求めるように遥にちらりと視線を向ける。
遥は、あくまで俺の長年の付き合いを踏まえた勘だが、少し緊張しているように感じた。
その姿を見て、俺は冷静さを取り戻す。
「ちなみに理想は三つくらい言ってほしいけど、あまり気にしなくていいからね」
「おう……わかった」
俺はまじまじと遥を見つめる。昨日の今日で、前よりもすんなりと覚悟が決まった。
遥のいいところなんて、考えるまでもない。
俺は頭の中で言葉を整理してから口を開いた。
「まず、自分に妥協しないこと」
「えっ?」
「身なりもいつも整ってるし、髪の毛なんか特に、手入れされてるんだなぁって感じる」
「あ……うん」
「それに勝負だって。さっきの対戦、多分コンボとか事前に練習しただろ。そんなところが、俺は好きだ」
遥の顔が徐々に赤くなっていく。
だけど俺からしたらまだまだ序盤だった。
「あと、全体的にかわいいんだよな、遥は。嬉しいときは全身で喜んで、悔しいときは全身で気持ちを表現してる。そんな姿が微笑ましい。長らく一緒にいるのもあって、俺の中で遥は双子の妹みたいに感じてるんだよね」
「い、いもうと……?」
遥は、真っ赤になった顔を隠すようにやや下を向いていた。目が泳いでいて、まるで昨日の俺のようで。
……いや、それ以上に動揺しているかもしれなかった。
「その上、遥は言葉を選んで、相手を気遣おうとすることができる優しい人だよ。プレイ中のちょっとした言動にも優しさがにじみ出てるなぁって感じるし」
「そ、そんなことないと思うけど……」
「いや、遥がかわいくて優しい努力家だってことは、火を見るより明らかだと思うな」
「っ――!」
そこまで言ったところで、遥はバッと顔を上げると、勢いよく立ち上がった。
「う、嬉しいんだけどっ! ちょっとタンマ!」
「お、おう……」
すごい気迫だった。
遥は一息に言い切ると、俺から顔をそらした。荒い息遣いだけが聞こえる。
俺も先程までの発言を思い返して、顔が熱くなってくるのを感じた。
いくらルール付きの試合で負けたからとはいえ、これは……ちょっと恥ずかしい。
明らかにゲームどころではない雰囲気になってしまい、気まずさがどんどんと高まっていく。
結局その日は、そのままお開きとなってしまった。
◇
ここ数日ほど、遥の様子が気になっている。
ルール付きの試合をしたと思えば、俺に際どい質問を投げかけてくる。
こっちの気も知らないで、『恋人にしたいか』とか『好きなところは』とか聞いてくるし。こんなの、告白とさほど変わらないだろ。
幼い頃からの付き合いだからと考えないようにしていたが……。そろそろ向き合う必要があるのかもしれない。
自室のベットの上で寝転がりながら、悶々と考えを巡らせていると、スマホからピロンッと軽快な音が鳴った。
見ると、遥からのメッセージが届いている。
――来たか。
『泰斗、ゲームする?』
「おけ」
「用意するわ」
『ありがと』
今日こそは、勝つ。
そして、真意を確かめよう。
「そろそろ、ルール付きの試合しようか」
「わかった」
ゲームを始めて数十分後。今日は遥から試合を提案された。
それ以上お互いに言葉を交わすことなく、キャラを選択していく。
次に俺がスタートのボタンを押したとき、画面には俺と遥、それぞれの持ちキャラが表示されていた。
「遥。今日は、負けないからな」
「……」
返答はなかった。ただ、遥はちらりとこちらの顔を覗き込んできた。黒い宝石のような遥の瞳に目が吸い込まれる。
自然とその目を見つめて、覚悟がより強固になった。
明るく激しいBGMが流れ始めて。
ゲームが、始まった。
先制攻撃は俺が仕掛けた。
身軽な俺のキャラの特性を利用して、ステージから落ちるか落ちないかギリギリのところで相手を翻弄しながら、着実に遥にダメージを与えていく。
しかし遥がその程度の攻撃でやられるわけがなかった。
俺に直接攻撃を仕掛けることを諦め、遥は俺の攻撃が届かないところに退散する。
そうして後を追ってきた俺に対して間合いを詰め、重いアッパーを食らわせてきた。
俺はその攻撃を受け、上に飛ばされる。
しかし俺はすぐに立ち直すと、近くにあった足場に着地した。
現在、俺は遥の頭上に浮いている足場に立っていて、遥を見下ろすような状況だった。
そこから俺は一方的に、遥に攻撃を仕掛けた。
遥はすぐに、俺のいるところを目指して飛び上がった。
「……今だ」
「っ!」
そしてこれは、俺が待ちわびていた展開だった。
俺は飛び上がってきた遥に肉薄し、近距離で攻撃を仕掛けた。さらにダメージを負ったことで一瞬鈍くなった遥にもう一発攻撃をいれる。
そのまま重力に従って俺は遥の真下に着地する。遥はまだ空中にいる。
ここで俺は、頭上に向かって突き上げるような技を使った。
その技は、落ちてきた遥に命中する。
ダメージが蓄積されていた遥は、技が炸裂するとともに、場外へと飛ばされていった。
画面に「GAME SET」の文字が表示される。
俺の持ちキャラが大きく表示される。
俺の、勝ちだった。
「や、やったぞ……!」
「あぁ……負けたぁ……」
俺は達成したことによる感慨で、ふぅと息を漏らす。
対して遥は隣で、がっくしとうなだれていた。
「さ。今日は泰斗が私に『お願い』する番だよ」
潔く負けを認めると、遥は顔だけこちらに向けてくる。
言われずとも、お願いはとっくに決まっていた。
「遥は、俺のことが好きなのか?」
「――っ!? え!? なんで」
「なんでって……気になったから、かな」
「えぇえ……!」
俺の質問を受けて、遥がぼっと赤くなる。
流石に「最近遥が俺に対して気があるような態度を取ってくるから」とは言えず、誤魔化すようなことになってしまったが、聞きたいことは聞けた。
さあ、どう来るか。
遥は口をぎゅっとつぐんだまま、目を泳がせていた。一目でわかるぐらいに頬は紅潮している。
俺も回答を迫るようなことはせず、ただじっと、遥が話し始めるのを待った。
遥なら真意を答えてくれると信じていたから。
やがて遥はそぅと口を開いて――。
「わ、私は……泰斗が、す――」
小さな声で、それでも確実に思いを伝えようとしていたときだった。
ジャーン! ガタバタテレレレ……。
「「っ!?」」
つけっぱなしになっていたゲームから、選択画面に戻るときになる大きな音が鳴り響いた。どうやら誰も操作していなかったせいで、勝手に画面が戻ったようだった。
「……」「……」
話に水をさされ、一気に気まずさがぶり返してくる。
はて、どうしたものか……。
「き、聞こえた……?」
「……ごめん。音に邪魔されて、大事なところだけ聞こえなかった」
「そうだよね……。あぁ……っ!」
頭を抱える遥。もどかしさの詰まった声が部屋に響く。
強張った体をならすように、俺も一つ息を吐いた。
一瞬の間。
遥はそっとゲームの電源を落とすと、体ごとこちらに向き直った。
「……でも、ルール付きの試合でされたお願いってさ」
「うん」
「試合外でしても、ルール違反にはならないよね」
「……え……?」
「泰斗」
遥は俺にぐっと接近する。
その黒い瞳には、火が灯っていた。
息遣いすら聞こえてくる。
お互いの顔が赤く染まっていることも、隠しようがないほどに近づいて。
もう絶対に聞き逃さない、聞き逃すことなんてできないほどにはっきりと。
答えを、口にした。
「私は泰斗のことが、好きだよ」
今度こそ。
一言一句、一挙一動に至るまで、伝わった。
遥の手に手を伸ばす。その手をそっと握る。
お願いなんてされなくても、答えはとうに決まっていた。
「俺も遥のことは、大好きだ」
遥は花が咲くように笑みを浮かべると、強く手を握り返してきた。
◇
俺たちがお互いの思いを打ち明けてから、数日が経った。
あれから特に何も変わることはなく、俺たちは今日も今日とて、俺の部屋でゲームに興じていた。
「今日は、私が勝ったね」
「そうだね。やっぱ遥は強いや」
遥の持ちキャラが画面に表示されてから、遥はくいっとカラダを寄せてくると、はにかみながらこちらの顔を覗き込んできた。
早く聞いてほしそうにしている遥の期待に答えて、俺は口を開いた。
「それで、今日は何をしてほしいんだ?」
「えへへ。今回はね……ハグ、してほしいんだ」
……いや、正確には何も変わらなかったわけではない。
唯一ルール付きの試合だけは、その本質をちょっとずつ変容させているのかもしれなかった。
あの一件以降、遥といい俺といい、ルール付きの試合で勝つたびにそれぞれの「してほしいこと」を打ち明けるようになっていた。
それは相手にやってほしいことでもあるから、ルール上はなにも間違っていないのだけれど。
「それくらい、試合じゃなくてもしてあげるのに」
俺としては、「ルール付きの試合」なんてものを使わずとも、したいことをしたいときに言えるような関係になっていきたかった。
まあ今のうちは、お互い様だけれども。
俺は遥に近づくと、その体を抱き寄せた。温もりが直に伝わってくる。
遥は俺の肩に顔をうずめると、ふふっと笑みをこぼした。
最近、遥がよく笑うようになったように感じる。きっとそれは気のせいではない。
俺たちに、もう間はなかった。
「ずっと、こんなふうでいたい」
「……うん」
ふと漏らした本音に、遥が答える。
俺は遥の頭をそっと撫でた。