1
逃避行モノを書いてみました。少し長くなったので、数回に分けて投稿します。
クロード伯爵家の長女ロザリー・クロードは、錬金術の力を持っていた。
しかし、彼女は所謂「魔術オタク」で、名声や利益には全く興味がなかった。
いつも髪はボサボサで、化粧もせず、錬金術の研究に没頭するロザリーにとって、世間の評価は何の意味も持たなかった。
だが、彼女が生み出したポーションや魔法具のおかげで、伯爵家の財政は潤っていた。
「お姉様、また新しいポーションを作ったのね。本当に素晴らしいわ」
妹のヴィヴィアンは、ロザリーが作ったポーションを手に取り、まるで自分が作ったかのように微笑んだ。
その笑顔の裏に隠された計算高さを感じながらも、ロザリーは何も言わずに微笑み返した。
ヴィヴィアンは華やかで愛らしい容姿を持ち、家庭内や社交界でも常に愛され、周囲からは「聖女のような存在だ」と持ち上げられていた。
彼女はロザリーが作ったポーションを自分の手柄として誇り、世間の評価を独り占めにしていた。
ロザリーはそのことに気づいていたが、何も言わなかった。
家族が幸せであることが最も重要だと考え、どんなに自分が犠牲になっても構わないと思っていた。
しかし、その平穏は長く続かなかった。
***
ヴィヴィアンの婚約が決まった瞬間、事態は急変した。
アルト王国の王子、セドリック・フォン・アルトハルトとの婚約が決まり、世間は盛大に歓迎ムードに包まれた。
ロザリーも妹の幸せなニュースに心から喜びを感じていた。
ある日、ロザリーは屋敷の研究室で錬金術の調合をしていた。
ポーションの香りが漂う静かな部屋の中で、彼女は一つ一つの成分を調整していた。
その時、何気なく開かれた扉の隙間から、家族の声が聞こえてきた。
「ヴィヴィアン、ついに王子との婚約が決まったのね。本当に素晴らしいわ」
母親の声が響く。
「ええ、お母様。これで私もついに王族の一員になるのだわ」
妹のヴィヴィアンは嬉しそうに答える。
ロザリーはその会話に少しだけ耳を傾けたが、すぐに調合に戻ろうとした。しかし、次に聞こえてきた言葉に彼女は足を止めた。
「ロザリーの錬金術が王子に知られたら、どうするつもりだ?」
父親の冷徹な声が響いた。
「それはまずいわね。お姉様の錬金術がバレたら、今までの私の功績もすべて水の泡だわ」
ヴィヴィアンの声が不安げに続いた。
その言葉を聞いた瞬間、ロザリーは背筋が凍る思いがした。
家族は、彼女を邪魔者として扱っていたのだ。
「どうすればいいのかしら?」
「簡単だ。ロザリーを事故に見せかけて処理すればいいだけだ」
父親の冷徹な提案が静寂を破った。
「ヴィヴィアンが王子と結婚すれば、我が家はさらに栄光を手にする。もうあの子は用無しだ」
その言葉を聞いたロザリーは、心が打ち砕かれた。
その時、いつの間にかロザリーの横に執事のフレッドが、険しい顔をして立っていた。
「お嬢様、今の話を聞いてしまいましたか?」
ロザリーは無言でうなずいた。
「すぐにここを離れないと、命が危険です」
フレッドは静かな声で言い切った。その言葉に、ロザリーは心を決めた。
***
逃亡の準備を整え、フレッドと共に夜の屋敷を抜け出した。
「裏門は使用人に見張られています。正面から出るしかありません」
フレッドはそう言うと、ロザリーの手を引いた。
馬小屋の前でロザリーは疑問を口にした。
「フレッド、あなた馬術に詳しいの?」
「ええ、少し。昔、よく馬の世話をしていたので」
彼はさらりと答え、手際よく馬の轡を整え、ロザリーを馬に乗せた。
その動きには貴族の騎士のような品格があった。
「もう二度と戻れない」
ロザリーはぼんやりと呟いた。
「お嬢様、今はただ前を見つめ、進むべきです」
フレッドは静かに彼女の側に座った。
「貴女がどこにいても、私は貴女を支え続けます」
ロザリーはその言葉に勇気をもらいながら、静かに頷いた。
新たな希望を胸に、二人はフレッドの故郷である砂漠に囲まれた小国、ジルヴェストラ王国へ向かうことを決めた。