四話 春陰 前
おまたせしました。やっとテスト期間が終わりましたー!
待っていてくださった方、ありがとうございます。
拙い文章ですみませんが、これからも付き合ってくださればありがたいです。
「なんだったんだろ、あれ」
昼休み、教室で聞き覚えのある台詞を吐く夏希。のぞみと美湖は曖昧にうなずき、絢音は何も言わなかった。
しかし、目の前の謎に夢中になっている三人は、絢音の異変に不審感を抱くことなく、一心不乱に話している。
「なんか、知ってはいけないことを知ってしまった感がやばい」
「それなー」
「蛍って誰」
「恋敵とか? 好きな人の好きな人!」
「そもそも蛍さんは男? 女?」
「えー、女の人じゃない?」
「誰か適当な先輩に聞いてみる?」
「でもさー、まだ仲良くなった先輩っていないし」
「知らない先輩に聞くのは怖いよ」
「入学前から知り合いだった先輩とかいないの?」
「いない。そういうあんたは?」
「いないから訊いているんです!」
話は一向に進まず、三人がため息をついた、そのときだ。
「嘘つかないで!」
耳障りな金切り声が耳をついた。
程よく騒がしかった教室が一瞬びくりと静まり返り、またすぐにざわめき始める。
生徒たちは窓際の席に集まり、声の主への文句を垂れていた。
「またやってる」
「小倉先生、贔屓しすぎ」
「三日月さんカワイソー」
「あの先生、ほんと最低だよね」
「俺ら運悪すぎだよなー。なんであいつが担任なんだよ」
小倉先生というのは、絢音たち一年四組の担任で、二十代半ばほどの若い女性だ。下の名前は菜美子。優しげな目元の彼女が担任だと知ったとき、絢音は怖い先生じゃなさそうでよかったと安堵した。
しかし、入学して二週間も経たないうちに、絢音、いや、四組の生徒全員が失望した。
小倉は確かに優しかった。生徒が何かを失敗しても、穏やかに笑い、大丈夫、もう一度やってみましょう、と励ましてくれた。
けれど、優しさにはある程度線引きが必要だ。小倉は、その線引きがまったくできない人だった。
生徒が悪いことをしても叱らないのだ。誰かを殴っても、人のものを壊しても、「もう、やんちゃがすぎるわよ。ちゃんと謝って。……よし、ごめん言えたわね、偉いわよ。あ、明日のお知らせするから、みんな席についてー」でおしまいだ。
普通、そういう教師は生徒に舐められ、都合よく使われるだけだ。ある意味とても好かれる。だが、小倉の場合、その優しさは一部の人間にだけ適用される。このクラスの女子グループの王者、笹井理香と、その取り巻きだけだ。
それ以外の生徒にも普段は優しい。そう、普段は。理香が関わった途端に、小倉は見事な変貌を遂げる。
理香が他の生徒に何かしても、謝罪さえすれば、小倉は怒らないのだ。ただし、理香が他の生徒に何かされたと訴えると、その生徒は理不尽なほどに怒られ続ける。
絢音が思うに、小倉は「愛情の注ぎ口」と「ストレスのはけ口」を欲しているだけだ。
小倉には夫や子がいない。だが、この世には、何かを愛することに、尽くすことに快感を覚える人間が少なからずいる。小倉もその一人だった。
そして、人は誰しも、ストレスを忘れることを望んでいる。その方法は人によって様々だ。大声を出す、趣味に没頭する、美しい景色を見る。または、ものを壊す、人に悪口を言うなどして、負の感情をぶつける。
小倉は「愛情の注ぎ口」に理香を選び、「ストレスのはけ口」、つまり怒りを押しつける相手にその他を選んだ。
「小倉先生は絶対頼りにできない」
「この学校の生徒でさ、行方不明になった奴がいるらしいじゃん。二年前だから、小倉もいたはずだよ。小倉先生がちゃんとしてなかったせいじゃね?」
「いたというか、そいつの担任だったんだって!」
「マジで教師の資格ないよなー、あの先生」
「さっさと辞めろよ」
「こっちがメーワクするんだから」
「……行方不明? 行方不明って?」
夏希が思わず訊いた。突然話に入ってきた絢音たちを、話していた生徒たちは嫌な顔一つせず迎え入れてくれた。おそらく、自分の話に興味を持ってもらったことに、優越感を抱いているのだろう。
窓際の手すりに腰掛けていた、小柄で愛嬌のある顔立ちの男子生徒が、ぴょんっと飛び降りてきた。かまって欲しくて尻尾を振る子犬のようだ。
「俺の兄ちゃんが言ってたんだけど、二年くらい前に一年生、今の三年生が、一人いなくなったんだってー」
「いなくなったって、どういうこと?」
「うーんと、確か……そいつがいつまで経っても学校来なかったんじゃなかったかな? 無断欠席するような奴じゃなかったから、おかしいぞって先生が親に確認したら、親は一週間出張で家にいないしわかんなくて。あとは、えっと、次の日も来なかったから、こりゃさすがにやばくね? ってなって、親が急遽帰ってみたら、家にいなかったらしい、兄ちゃんがそう言ってた。それで、警察が出て、それで、どうなったんだったっけ……とりあえず、いなくなったんだって」
舌足らずな口調で一気に話し、男子生徒はふぅっと息を吐いた。喉が乾いたのか、水筒の蓋を回して外した。かぱっ、と間の抜けた音が響く。
絢音を除いた三人は、期待と好奇でうずうずしている。
「結局、見つからなかったの?」
のぞみの質問に、口元まで運びかけていた水筒を律儀に下ろし、男子生徒はうん、とうなずいた。
「うん、たぶん。そいつの名前は………芦川蛍、だったっけ」
予想通りの名に、絢音はわずかに身じろぎした。ぞわりと肌が粟立つ。夏希とのぞみ、美湖は興奮で頬を紅潮させ、こくこくとうなずきあっていた。
「さすが昂太! それで? 他には何かある?」
「えー、他かぁ」
まんざらでもなさそうな顔をしながら、昂太は大袈裟な動きで首を傾げた。胸にぶら下がるプラスチックの名札には、「卯野」と白い字で刻まれている。まだ半月ほどしか使っていないというのに、名札にはすでに何本もの細い傷が走っていた。
「そうだなぁ、特にないけど……」
昂太はにっと人懐こく笑った。
「蛍って奴が住んでた家ならわかるよ」