二話 事実は事実
ぽた、ぽた、と音がする。途切れることなく、ずっと。
華墨は、朦朧とする意識の中、ピンポーン、という音を聞いた。それが四回ほど繰り返され、その後、がちゃりとドアが開けられる。
「あ、開いた。鍵くらいつけなよ、泥棒入ったらどうすんの。入るよー? てか、相変わらず汚いね、この家。掃除しろよ」
聞き覚えのない声に、誰だろう、と不思議に思った。
「あれ、靴が二つある……お客さんが来てるの?」
はきはきとしたその声も、なぜかくぐもって聞こえた。水の中にいるように、すべてがぼやけて聞こえ、身体の感覚がなかった。
軽い足音が、絢音のほうに近づいてくる。逃げ出そうという気すら起きなかった。何もかもがわからなかった。
「ねえ、聞いてるの?」
誰かが華墨の後ろに立った。
酸っぱい匂いが鼻をついた。――鉄臭い。そう思い、下を見る。
赤い色がいっぱいに広がった。
「きゃあああああぁっ!!」
耳をつんざくような悲鳴。それに刺激され、ようやく意識がはっきりし始めた。
最初に見えたのは、目の前にいる人間だった。
柔らかな茶髪に、愛らしい顔。華墨と同い年ほどの娘が、へたり込んで華墨を見ていた。
その大きな瞳には、恐怖と衝撃が浮かんでいる。
それらの感情は、華墨一人に向けられていた。
なぜ? なぜ、そんな顔をするの? なぜ、私に怯えるの?
困惑して、娘を見る。彼女は震えた指で指さした。華墨ではなく、その後ろを。
「あ……だ、誰か……誰か………」
華墨もつられて後ろを見た。
そこには、血を流した少女がいた。すでに死んでいることは、死体を見たことがない華墨にも、一目でわかった。
わずかに開いた瞳は、どこまでも虚ろだった。
「う……あ……っ」
両手に硬い感触がある。手の力を抜くと、包丁が滑り落ちた。その切っ先は、血にまみれていた。
華墨は自分の服を見下ろす。真っ赤な染みがついていた。
「人殺し! 人殺し! 人殺し……っ!」
娘は何度も繰り返した。華墨を指さしながら、何度も何度も。
「誰か! 誰か来て! この人殺しを捕まえて!」
瞳に涙を溜め、絶叫する娘。激しく憎悪を叩きつけられ、華墨はふらりとよろめいた。
――どうしてこうなった?
記憶をどれだけ探ってみても、その手は空回りをするばかりで、何一つ掴めるものはなかった。
血溜まりの中、華墨は呆然と立ち尽くしていた。