表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
犯人は真実を知らない  作者: へおん
私は【 モブキャラ 】
12/17

九話  萌芽 中

 一年生初部活動の日。教室から出ると、後ろから誰かに飛びつかれる感触があった。


「あーやねちゃんっ!」


「うわわっ!」


 振り向くと、にやりと笑う雲母がいる。


「な、なんですか?」


「決まってるじゃん。新入生がマイゴにならないように、優しーいセンパイがお迎えに来てくださったんだよ。感謝しなさいよ、新入生!」


 雲母はひらりとスカートを翻し、物語の王子様のように絢音の手を取った。


「ようこそ我が部へ!」


 絢音の手を引いて、雲母はずんずんと進んでいく。その強く引っ張られる痛みが、ふっと絢音の記憶を蘇らせた。



 蛍も、こんなふうに、絢音を連れて行ってくれた。



 その瞬間、激しい嫌悪感が噴き出してきた。まるで、大雨のとき、排水溝の蓋が外れて、茶色く濁った水が噴水のように溢れるような、そういう感じ。必死に蓋を押さえていても、濁水の勢いには勝てない。



――絢音、何ぼんやりしてんの! こっちだよ、こっち!



 怒った口調で、でも、嬉しくてたまらないというように笑って、蛍は絢音の腕をぐいっと引っ張る。引きつるように痛い。あのときは、その痛みに安心感を覚えた。


 だが、今は嫌悪感以外何も存在しない。


 記憶という名の濁水に、溺れて息ができなくなる。絢音の口を塞ぎ、喉を締めつけてくる。



 助けて。



 私のせいじゃない。



 誰か、私のせいじゃないって言って。



 救いを求めてもがく中、蛍の笑みがはっきりと見えた。


 その口角がゆっくりと下がり、瞳に冷たい光が宿る。少し顔を持ち上げて、やや頭を傾けて、見下すように、ねめつけるように、彼女はこちらを見る。


 違う。蛍は、こんな顔をしない。いつも、笑ってくれる。


 幻だと頭ではわかっていても、責められているような気がして、絢音は咄嗟に叫んでいた。




 私はあなたを殺してない!




「絢音ちゃん~?」


 はっとして、雲母を見る。絢音が過去に溺れていた間に、部室の前まで来ていたようだ。


「どうしたの?」


「……なんでもないです」


「へえ、そう?」


 雲母はけらけらと笑った。


 昨日の〝抜け駆け〟などなかったかのような態度に、絢音は呆れた。絢音が重く受け止めただけであって、雲母にとってはなんてことない一言だったのだろう。


 こんな食い違いなんてありふれたことだ。気持ちの重みがまったく違うことも、きっとどこにでもある。AさんがBさんに十グラムの好意を抱いていたとして、Bさんは十トンもの好意を持っている、だなんて馬鹿げたことも普通にある。



 一方に傾く天秤は、いつか重いほうが壊れるのだろう。



 だけど、蛍と絢音の天秤は、最初から最後までずっと釣り合っていた。ただ、皿の上に乗っているものが異なるだけだった。

更新遅くなりました。すみません……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ