怒り、悲しみ、或いは決意
今回は番外編というかなんというか、絢音以外の誰かの目線のお話です。
「……あはっ」
思わず声が漏れた。それは思っていたよりずっと湿っていて、不格好に震えていた。
目に熱が集まる。でも、涙は流れなかった。私はどうせ、こうなのだ。
私はもう一度笑った。何も入っていない空き缶みたいに空虚な笑い。
だって、笑わなきゃやってらんないと思ったから。
笑うことしかできなかったから。
運命に嗤われているような感覚。それを打ち消すには、笑うしかなかった。
過去を。
人生を。
大好きな絢音を。
そして、私を。
私は緩慢な動きで立ち上がると、先程の言葉を繰り返した。
「みんな、友達」
トモダチの定義? そんなの知らない。
シンユウの意味? そんなの、もっとわからない。
何が「みんな友達」だ。自分一人の感情を全員の感情と勘違いして、勝手にこちらの考えを決めつける。頭お花畑ののぞみにはわかんないんだ、あの子の気持ちも、私の気持ちも。
もしトモダチが、一緒にいて楽しい人のことを指すのなら――私にとってトモダチは、あの子だけなのに。
それなのに、あの子は私を裏切った。
私に嘘をついた。
何が美術部に入りたかっただ。
私にそんな嘘は通用しない。
もしあの子が私を置いていくのなら、私は意地でも隣に並ぶ。
あの子の、隣に。
美術部に向かい、出水雲母を目線で探す。すると、肩に衝撃を感じた。
振り向くと、雲母の妖艶な笑みが間近にあった。怖気づきそうになる心を奮い立たせ、その瞳を見返してやる。
「あっ、あのときの子じゃん。なーに? 心変わりでもしたの? 美術部に――ヒミツの集まりに、入る?」
入る。そう即答した。
「へーえ、抜け駆けするのは一人じゃなかったわけね。というより、抜け駆けを見破って、追いかけてきた感じかな」
雲母は唇を弧の形に描き、私の目をのぞき込んだ。
「名前は?」
「名前は、」
少し迷ってから、呟くようにして答える。
「……ヤヨイ」
咄嗟に嘘をついた。偽名だなんて、フィクションの中のものだと思っていたのに。
すぐバレるかもしれない、それでもいい。
私はいつか、ヤヨイになりたい。
雲母と別れ、時計を見ると、もう下校時間だった。一緒に帰る約束をしているので、三人のところへと戻らなければいけない。
廊下を歩きながら、ひたすら自分を洗脳する。
今日も〝トモダチ〟を演じきれるように。
のぞみは愚かだ。心の中で、私はずっと馬鹿にしている。だけど、本当は、私もあれくらい愚かでいたかった。
無知は最強だ。
私は無知のフリをする。あの子の隣に並ぶために。
繰り返す。何度も何度も、言い聞かせる。
「みんな、友達」
――みんな、友達。