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犯人は真実を知らない  作者: へおん
私は【 モブキャラ 】
10/17

八話  萌芽 前

 家に帰ると、絢音は階段を駆け上がり、真っ先にベッドに向かった。「こら、ちゃんと手は洗いなさいよ!」と母親の声が一階から聞こえてきたが、無視した。


 ベッドに飛び込み、足をばたばたさせながら、LINEを開いた。一番上に雲母のアイコンがある。


 タップすると、なんの痕跡もない、快晴を模した真っ青な背景がある。絢音は無料配布のスタンプを探した。ぺこりと頭を下げる猫を見つけ、ちょっと迷ったあと、送信ボタンを押す。


 先輩に対してスタンプは失礼だっただろうかと、じわじわと不安になってきた。送信取り消しの表示に手が伸びそうになったとき、雲母からスタンプが返ってきた。


「よろしく!」とでかでかと書かれた、犬なのか熊なのかわからない生物のスタンプだ。

 絢音は素早く文字を打ち込んだ。


仮鐘(かりがね)絢音〈お願いがあるんです〉


仮鐘絢音〈私を、あのグループに入れてくれませんか〉


きらら 〈いいよ〉


 驚くほど早く返信が来た。既読がつくのとほぼ同時。たった三文字だということを考慮しても、絢音が送る前に打ち込んでいないと、絶対に無理な早さだった。


きらら 〈そう言うだろうって思ってた〉


 語尾にはにこにこと笑う絵文字がくっついている。


 なんともいえない居心地の悪さを感じつつ、ありがとうございますと文字を打ち込もうとしたときだった。

 雲母から通知が来た。


きらら 〈絢音は抜け駆けしそうな雰囲気だったしね〉


 かっと身体が熱くなった。


 抜け駆け。それは、思った以上に絢音の心を突き刺してくる言葉だった。


 抜け駆けじゃない!


 叫びたくなった。何がなんでも否定したかった。


 だが、否定の方法が思いつかなかった。


 絢音は衝動のまま勢いよくスマホの電源を切った。それしかできなかった。


 ぶーっ、とメッセージが来た音がする。しかし、それらを無視して、絢音はベッドに倒れ込んだ。




 五月一日、絢音は美術部に入部した。三人には、「もとから美術部に入りたかったの。もちろん第二美術室を使うよ」と言い訳した。本当はテニス部に入るつもりだったし、それは三人にも話したことがあった。


 美湖は「ふうん」と意味ありげな視線を送り、のぞみは無邪気にうなずいた。気が変わったのだと思い込んでいたようだった。


 美湖は疑いを隠すこともせず、絢音を見つめていた。責めるみたいに、同時にすがるような期待を宿して。


「私、絢音のこと、トモダチだと思ってるよ」


 絢音はそこに込められたモノに気づかぬフリをして、「私もだよ」と笑ってみせた。


「私だって、友達だよ!? しんゆーだよ!」


 のぞみが張り合うように二人の間に割って入る。長い黒髪が絢音の肩にふわりと乗る。眼鏡の薄いフレーム越しに、瞳に光が散ったのが見えた。


「絢音も美湖も夏希もみんな、友達でしょう?」


 のぞみの無邪気さが、今の絢音には救いだった。


 美湖はニコニコと笑ってうなずいた。絢音から見れば胡散臭い笑みだが、のぞみは嬉しげに美湖を抱きしめている。


 夏希は「そっか」と妙に冷めた口調で呟いた。



「そっか。よかったね、絢音」



絢音の名字は「仮鐘」です。

現実には(たぶん)存在しない名字ですが、たまにはこういう非現実的なのも入れさせてください。

ちなみに、同じ「かりがね」という読み方でも、「雁金」などならあるそうです。


「萌芽」は春に植物の芽が出てくること。

ものごとの始まりを表します。

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