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生徒会シリーズ

仕組まれた密室

作者: aoi


 1


 腕時計の針は、3時50分を指していた。


 今日は1日気持ちがいいくらいの冬晴れで、昨日振った雪もほとんどが溶けている。


 生徒会室に優しい夕日が入ってきた。


「今日で最後か」俺は、名残惜しい気持ちを込めて言った。


「そうですね」1つ後輩の副会長、助川が言った。寂しいという気持ちがこもった一言だった。


「まぁ、卒業までまだ数ヶ月あるし、これでお別れっていうわけじゃないですから。いつでもまた会えます」


「そうそう。八代の言う通りだって。こういうしんみりとした空気、俺苦手なんだよな」


 会計の八代と、書記の上条が重苦しい空気を何とか盛り上げようとさらに続けた。


「なぁ、新谷」上条は言った。「重苦しい空気なんて吹っ飛ばしてよ、パァーっと最後はカッコよくいこうぜ」


 俺は、上条の笑みにつられて笑顔で「そうだな」と答えた。


 明日は、新しい生徒会への引き継ぎ式。頼もしい後輩たちが堂々と体育館のステージに立てるようにしてやるのが俺たちの最後の仕事だ。


 俺は、気持ちを奮い立たせた。仲間たちを見ると、皆、俺を見て笑顔で頷いた。


「よし」俺は再び仲間たちを見た。「明日の引き継ぎ式、最後まで全力でやるぞ」


「おう!」とても力強い返事だった。


 2


「あれ?これは……」八代が持っていたのは、折りたたみ式の青色の携帯電話だった。


「何でこんなところに」上条は、八代に近づいて疑問符がたっぷりの声で言った。


「誰のですかね?」助川は、3人を交互に見て言った。


 俺は、助川の視線に気づくと、「俺のじゃないな」と言いながら机の上に通学バックを置いた。


「俺のでもないぞ」

「わたしも違う」


「どこにあったんだ?」俺は、八代に聞いた。


「日誌が置いてある棚の上です」八代が棚の方を指で指しながら言った。


「うーん。まぁとりあえず落とし物ってことで、職員室に届けるか」


「それがいい」上条は頷いた。「俺と八代で行ってくるから、2人は先に体育館に行っといてくれ」


「わかった。頼む」


 一旦、全員で生徒会室から出ると、上条が施錠して鍵を制服のポケットに入れた。


 別棟を出て、校舎に入って職員室の前で別れると、俺と助川は体育館を目指した。


 体育館に着くと、新生徒会の面々が待っていた。俺たちが入ってくるのに気づくと、慌てた様子でこちらに向かって頭を下げてきた。


 俺は、応えるように右手を挙げて「よっ」と言った。


 腕時計の針は、4時を指していた。


 3


「失礼します。3年1組、上条です」

「2年3組の八代です」


 2人は落とし物があったので届けに来ましたと言って、職員室に入った。


 入口から1番近い席に座っていた、30代位の女教師が立ち上がり、2人に近付いた。


「落とし物?」


「はい。これなんですけど」八代がポケットから携帯電話を取り出した。


 女教師は、八代から携帯電話を受け取ると「これ、どこで拾ったの?」と聞いてきた。


「生徒会室です」上条が答えた。


「そう……とりあえず先生が預かるわね。八代さん、上条くんありがとう」


「はい」と上条が言った後、軽く頭を下げた。八代も彼に倣って頭を下げた。


 生徒たちが出ていった後、女教師は席に戻ると、辺りを見てから携帯電話を机の引き出しにしまった。


 4


 上条と八代が遅れて体育館に着いた。腕時計の針は4時5分になるところだった。


 今から行うのは、明日の引き継ぎ式のリハーサル。式の全体の流れを軽く確認して、新生徒会の面々の緊張をほぐすまでがセット。


 式は生徒会長の俺から、軽くこれまでの生徒会活動を振り返りつつ、周りのお世話になった方々への感謝を述べる。それから校旗を渡して、新生徒会長の挨拶という流れ。


 新生徒会の中に見慣れた顔があったので声をかけようと近付いた。俺と同じ剣道部で後輩の赤佐がいた。


「よっ」俺は赤佐に言った。「どうだ?生徒会だぞ。緊張してるのか?」


「はい」


「素っ気ないな」俺は、赤佐の肩を軽く叩いた。「お前らしくやればいいんだよ。大丈夫。お前ならできる!」


「俺は……正直、自信がないです」赤佐は俯いた。


「最初から自信のあるやつなんていないぞ。まずは、目の前のことを全力でやれ。あと会長の言う事を聞くこと」 


 俺は、新しい会長の緑愛梛みどりあんなを見た。赤佐も彼女に視線を向けた。


「美人だな……」


「なに言ってるんですか」


「いやはや、噂には聞いてたけど……」

緑愛梛新生徒会長はとても美人だ。美しすぎる会長としてどこからか取材の依頼が来そうなほどに。


 彼女は、俺たちの視線に気づくと、笑顔で会釈してきた。俺と赤佐は揃って会釈した。


「こんにちは、新谷先輩」緑がこちらへ近付いてきた。

「全員が揃ったようですし、リハーサル始めましょうか?」


 美人なだけではない、しっかり者という印象を受けた。


「お、おう」思わず見とれてしまった。「それじゃ、リハーサル始めるぞ。皆、ステージに上ってくれ」


 俺が呼びかけたその時だった。


「わるい、遅れた」上下ジャージ姿の男性教師が体育館へ入ってきた。生徒会担当の久我山先生だ。


「いえ。大丈夫ですよ。これからリハーサル始めます」


 腕時計の針は、4時10分を指していた。


 5


 時刻は、4時17分。リハーサルを終えて、緑愛梛は緊張した面持ちでステージに立っていた。


 後ろから声が聞こえて、思わず彼女は距離を取るように前に出た。


「脅かせてすまない」久我山先生が申し訳無さそうに苦笑いした。


「実は新谷たちに内緒でサプライズしようと考えていてな、それで、生徒会室に行って日誌が置いてある棚の右側の引き出しからクラッカーを取ってきてほしんだ。先生は別の準備で手が離せない。頼めるか?」


「はい、わかりました」緑は声を潜めた。「でもすいません。実は生徒会室の場所わからなくて……」


「あぁ。生徒会の人間じゃないとなかなか……わかりにくい場所にあるからな」久我山先生はフォローするように言った。


 久我山先生は、緑に「生徒会室は、別棟の1階、1番奥の左手にある教室だ」と言って、鍵を渡した。


 鍵を受け取ると、新谷たちに気づかれないよう、気配を消して体育館から出て生徒会室を目指した。


 久我山先生から聞いた通り、棚の引き出しからクラッカーを取り出してしっかり施錠してからまっすぐ体育館に戻ってきた。


 体育館の時計の針は、4時20分を指していた。


 6


「パァン」突然、軽く何かが爆発する音が聞こえてきた。時間差で何度か同様な音がした。


 俺は音のする方へ視線を向けると、新生徒会たちがクラッカーをこちらに構えていた。後輩たちも音に驚いている様子だった。


「えっ、なんなの?」八代が怯えた声で言った。


「生徒会、1年間お疲れ様でした」緑愛梛が眩しい笑顔で言った。


 赤佐ら他の生徒会も後から「お疲れ様でした」と続いた。


 突然の出来事に最初は驚いたが、後輩たちからの労いの言葉に俺は嬉しい気持ちになった。自然と口角が上がり笑みがこぼれる。


「なんだ、サプライズか」俺は言った。「だからさっき素っ気なかったんだな」


「いや、本当にあの時は緊張してたんです。生徒会という重圧というか……」赤佐が言い訳をした。


 俺は、緑に視線を向けて「ありがとう。生徒会長」と言った。


「わたし、頑張ります。新谷先輩のような立派な生徒会長になります」彼女の目は引き込まれるような強い眼差しだった。


 この子なら絶対に良い生徒会長になれると確信した。


「赤佐、あとで覚えておけ」俺は冗談で言ったつもりだったが彼は、真に受けて本当に驚いた表情をした。

「冗談だよ。真に受けんなって」


 緑が笑うと、その笑いが全体にうつった。ステージは笑い声で包まれていた。


 サプライズが終わり、俺たちは新生徒会たちと体育館で別れて、生徒会室へ向かった。


 上条が制服のポケットから鍵をだして引き戸を開け、電気を点けると俺は唖然とした。


 室内は台風が通過した後みたいに椅子は倒れ、生徒会の日誌は床の上に散乱していた。引き出しという引き出し全てが開いていて、


「なんだこれ」副会長の助川が、力のない声で言った。


 腕時計の針は、4時30分を指していた。


 7


 その日はもう完全下校の5時に迫っていたので、軽く片付けをした。床に散乱した日誌を全部、手分けして拾って机の上に置いた。


「皆、盗られたものはないか?」俺は聞いた。生徒会室には俺たちの通学バックも置いてあった。


「俺は大丈夫そうだ」上条が言った。「八代は?」


「大丈夫です。電車の定期も財布も無事です」


「俺も大丈夫でした」助川が手を挙げて俺の方を見て言った。


「良かった」


「新谷は?」上条が心配そうな表情で聞いた。


「俺は、大丈夫。何も盗まれてなかったよ」


「そうか、良かった。でも何でこんなことになったんだ」後半から上条の声に怒りの感情が込められていた。


「今日はこれくらいにして、明日からまた片付けよう」俺が言うと、皆も同意してくれた。



 翌日の昼休み、俺は後輩の赤佐を誘い生徒会室の片付けをしていた。事情を話すと彼は、手伝うのを引き受けてくれた。


「ひどいですね。一体誰がこんなこと」赤佐が床に散乱した書類を拾いながら言った。


「分からん。でも誰も貴重品を盗まれなかったことが不幸中の幸いだな」


「4時に出て、体育館でリハーサルをしてから帰ってくる4時半までの間にこんな状態になってたんですね」赤佐は辺りの見渡しながら言った。


「なんだ、探偵みたいに。状況の確認か?」


「いや、別にそういうわけでは」顔の前で手を振りながら答えた。

「少し気になることが」


「気になること?」


「はい。リハーサルが終わってすぐ4時15分すぎに緑先輩が体育館から出ていったんです。

 

後から聞いたんですけど、久我山先生から頼まれて生徒会室からクラッカーを取りに行ったとか」


 俺はあのクラッカーの事について思い出したことがあった。あれは去年のクリスマスパーティーで使ったものだった。


「なんだ。自分の上司を疑うのか?」


「いえ、疑ってません」赤佐は首を振った。「緑先輩が体育館を出て戻ってくるのに3分も掛からなかったんです。生徒会室から体育館の往復の時間を考えてもこれだけの規模で荒らすのは1人では不可能です」


 赤佐はさらに続けた。


「ここの鍵は誰が持っていたんですか?」


「あぁ、書記の上条だ。ずっとアイツが持ってた」


「ずっとですか?誰にも渡さなかった?」


「あぁ、だと思うけど」俺は頷いた。「それがどうしたんだよ」


「いえ、何も」赤佐は考え込んだ表情で言った。「一体誰がこんなことを……緑先輩以外、誰も体育館から出ていない……」


「良い質問だ。頼んだ俺が言うのもなんだが口ばっかりじゃなくて手を動かしてくれるか?」


「すいません」


 片付けを再開した。赤佐は片付けの最中、何度か天井の蛍光灯を見ていた。


 8


 片付けも大詰め。生徒会室はいつもの状態に戻りつつあった。後は日付順に生徒会日誌を棚に置いていくだけとなった。


「赤佐、ありがとう。ここまでくればあともう一息だ。付き合わせて悪かった」


「いえ、自分がこれからここで生徒会の仕事をするんだって実感できたので。こちらこそありがとうございます」


 あと……すいません、と赤佐が言ったので、俺は「なんだ」と聞いた。


「昨日、ここで落とし物を拾いませんでしたか?」


「あぁ。何でわかった?」


「いえ、なんとなくです」赤佐は言った。


「誰の貴重品も盗まれずに部屋が荒らされていたということは、犯人は何かを探していたんじゃないかなと。荒れ具合からして、犯人にとってとても重要な物で……って考えたら、


 落とし物を先輩たちが職員室へ届けたあと、犯人がここへ来て探したのだとすれば辻褄があうのかな……なんて」


 彼は苦笑いで「なんとなくなんで気にしないでください。生徒会室には他にも貴重なものがたくさんありますし、それを盗まれたということも考えられます」と念押ししてきた。


「いや、何も盗まれてない。パソコンもプロジェクターもある」俺は、辺りを見渡しながら言った。


「そうですか」赤佐は再び考え込んだ表情になった。


 彼は、近くにあったホワイトボードに長い横線を引いた。左端に4時、右端に4時30分と書くと、


「緑先輩が体育館を出て行き、生徒会室に行ったのが4時15分頃」線の中間に短く縦に線を入れて、時刻を書いた。


「だとすると、4時15分から半までの約15分間で犯行に及んだと」俺もすっかり探偵の真似事をしていた。


「この間、誰も体育館から出ていません」


「俺等以外の他の人物がやった可能性もあるだろ?」


「ここの鍵はずっと上条先輩が持っていたんですよね?」


「そうか……」


「蛍光灯は、用務員の人が取り換えるんですよね?」赤佐は天井を見ながら言った。


「あぁ、そうだ」


「用務員の人から鍵を借りれば犯行は可能です……新谷先輩」赤佐が天井から俺の方へ視線を移した。「明日の昼休みに緑先輩を呼んで別棟の前に来てくれませんか?」


「なんでだ?」


「確かめます。俺の推理が当たっているのかを」


 9


 翌日の昼休み、俺は2階に行き緑愛梛に声をかけた。まさか後輩の推理が正しいかを確認するためだけに呼ぶのはどうかと思ったので、生徒会で使う書類の位置を知らせとこうと言って連れ出した。


 我ながら意味のわかないことを言っているなと思ったが、彼女は疑いもせずに生徒会室のある別棟まで付いてきてくれた。


 別棟の前まで来ると、中から赤佐が出てきた。


「すいません、お呼び立てして」赤佐が軽く会釈した。


 俺たちが中へ入ると、赤佐が緑を見た。


「生徒会室まで案内していただけますか?」


 彼女は首を傾げてから、「いいけど」と言うと、廊下の1番奥、左手にある教室前で止まった。


「ここ」緑は不安そうな表情で教室の方を指さした。「ここが生徒会室」


 俺は思わず赤佐の顔を見た。目が合うと、彼はやはりといった表情で頷いた。


「緑先輩、ここは備品室です。隣が本当の生徒会室です」


「えっ、でもここが生徒会室だって久我山先生が」


「久我山先生は、緑先輩を利用して完璧なアリバイトリックを完成させたんです」


「どういう事?」緑は困惑した表情で赤佐に聞いた。


「緑先輩、実は生徒会室の場所を正確には知らなかったんじゃありませんか?それで久我山先生に場所を聞いた」


「そう。先生がわかりにくい場所にあるからしょうがないよねみたいな事言ってくれて」緑は何度も頷き、答えた。


「何で久我山先生は緑に間違った場所を教えたんだ?」

俺は横から入った。


「昨日のホワイトボードに書いたのを覚えていますか?


「あぁ、4時15分から半までに犯行が行われたってやつだろ?」


「はい。犯人の狙いはそこだったんです。この時間の間に犯行が行われたと思い込ませるために緑先輩を利用したんです


 昨日、久我山先生が体育館へ来たのが4時10分頃。遅れて来たのでよく覚えています。おそらく新谷先輩たちが出ていった直後に用務員の人から借りた鍵で侵入し部屋を荒らした。


 そしてなに食わぬ顔で体育館へ着くと、緑先輩に誤った生徒会室の位置を教えて行かせた。生徒会室が荒らされていたら緑先輩は慌てて体育館へ戻ってきたでしょう。


 それが無かったということは、4時から先輩が帰ってきた4時20分には何もなかったと周囲に印象付けられる」


「それで昨日の俺たちが話してた、15分から半までの間に犯行が行われたと思い込ませるわけだ」俺は、なるほどなと思った。


「先生がやっという証拠はありません。ですが誤った場所を教えたということは……」


「久我山先生がやったとみて間違いないだろうな」


「どうしますか?今から久我山先生のところに行って問いただしますか?」


「いや、部屋も元通りになったし、誰の貴重品も盗まれなかった。俺はそれで十分だ」


「そうですか」赤佐は頷いた。「悪い行いをすれば必ず自分に返ってきます。いつか久我山先生にも……」


「怖いこと言うな」


「そうできてるんです」赤佐はどこか一点を見つめて言った。


 10


 女教師は、車の助手席側に腰を下ろした。運転席には久我山がいた。


 「これ、あなたの携帯電話」女教師は、バッグから取り出して彼に渡した。「バレてないかしら?わたしたちの関係。もし中身を見られたら……」


 久我山は彼女の手にある携帯を奪い取るように取ると、「バレやしないさ」と言って上着のポケットに入れた。


 久我山の左手薬指には光る指輪があった。


 11


 年度が変わり、新しい生活が始まる。冬の寒さを忘れた5月頃。


 廊下を歩いていた緑愛梛の後ろ姿を見た赤佐は近付いて声を掛ける。


「会長、お疲れ様です」


「消えた花瓶」へ続く。

こんにちは、aoiです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

作中に室内の様子が「台風」が通過した後のようだったと言っています。

海外ではハリケーンに名前をつけるそうで、日本にも実は台風に名前をつけるのだとか。調べたら「ヤマネコ」と出てきたのでそのまま題名につけてみました。以上です。

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