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その男、主人公につき ☆




 リディアを招待したのは王党派のチャイルド伯爵だった。ただそれはどこかからの指示だったようで、伯爵はともかく夫人はリディアの挨拶に怪訝そうな表情だった。それを伯爵が取りなし、ぼろが出る前に早々に玄関ホールを辞する。


 滑り込んだ舞踏室でブルーモーメントからの接触を待つことになるのだろうが、招待状には特に何も書かれていなかった。準備期間は三日しかなく、リディアは既製品のドレスを買ってどうにか体裁を整えた。あまり人に関わらないようにしながら自ら壁の花になる。


(人間観察人間観察……)


 ブルーモーメントからの連絡を待つ間、やることもなかったので王立図書館で主だった貴族について調べた。この世界での基本的な知識やマナーは元の身体が覚えていて伯爵令嬢として振舞うのは難しくないが、ほぼ屋敷から出ない生活をしていたため、対人となるとからきしだった。


 そこで下調べとして貴族年鑑と新聞を読み漁り、原作の知識も総動員して大体の勢力図を把握した。

 黒の領地での勝利を手にするのは原作から王党派だと決まっている。ならばその勝ち筋に乗るために必要な有力者を調べ上げるのに時間はかからなかった。


(王党派筆頭がオルダリア公爵、リアージュ・エル・ラムレイ)


 物語のヒーローで聖女と恋仲になるイケメン公爵だ。


(次がハイランド侯爵、ユークリッド・ミリアム。それからオルダリア公爵の側近のセインウッド子爵、ジャック・メイン……)


 自分に接触する可能性が高いのはセインウッド子爵だろう。そう考えて、彼の描写にあった大きなオレンジ色のどんぐり眼と同じ少しオレンジ色の入った栗色の髪を探して視線を彷徨わせていると、舞踏室(ボールルーム)の入り口が一際大きくざわめくのが聞こえてきた。


(ん?)


 そちらに視線を向け、リディアははっと息を呑んだ。


 光り輝く舞踏室のシャンデリアに負けない、謎のきらめきを纏った黒い装いの紳士が立っている。


 かすかに乱れて目元にかかる黒髪に、金色の混じった夜明けの蒼の瞳は、原作で薄明色と書かれていた。すらりと背が高く、眉目秀麗なその男性がまず間違いなく、オルダリア公爵だとリディアは直感で悟った。


(……うわぁ……)


 礼儀正しい態度と、端々に滲む威圧感。威風堂々とはこのことかと遠い目をするリディアの前で、大勢の人間が彼に群がるのがわかった。


 ご令嬢はもちろん、紳士たちも我先に公爵の視界に入ろうと垣根を作っている。

 だが彼の笑顔は一貫しており、誰かを特別に扱う様子はなく、全員平等に。


(冷たい……)


 あしらわれている。


 まさか彼がこの場にくるなんて、とウエイターからシャンパンを受け取って口にしながらリディアは唇を引き結んだ。そうして、誰もが公爵に視線を奪われている中、するっと彼の後ろから陰のように一つの姿が会場に滑り込むのを見てはっと目を凝らした。


 オレンジ色の髪が揺れたように思う。


(セインウッド子爵かしら!?)


 代々公爵家につかえるメイン家は、現在も公爵の手足となって働いている。その彼が姿を消したということは、早々にリディアと接触するということだろう。


(こうしちゃいられないわ)


 ぐいっと男前にシャンパンを飲み干し、ウエイターに返すとリディアはさっと周囲を見渡した。話をするとなると間違いなく庭園だろう。どこかのガラス戸から外に出られるはずだ。さりげなく庭のある方へと移動を開始していると。


「失礼ですが、マイレディ。もしかして亡くなられたコートニー伯爵のご令嬢では?」


 唐突に声を掛けられて、リディアはぎょっとする。まさか本体の素性を言い当てられるとは思わなかったのだ。


「はい、元伯爵令嬢ですのでレディはふさわしくありませんが、マイロード……」


 一体誰だ、と笑顔を張り付けて振り返り、先程まで人に囲まれて全く隙のない笑顔を見せていたイケメン公爵が、その笑みをリディアにだけ向けて立っているのに遭遇した。


(なッ……!?)


 反射的に身体が一歩後退る。社交界中が公爵と自分に注目しているのがわかり、どっと背中を嫌な汗が伝っていった。


(いやいやいやいや……ちがうちがうちがうちがう)


 確かに公爵は王党派筆頭でこの物語のヒーローだ。だが、ブルーモーメントに絡んでいるのだとしてもモブ中のモブ、レディですらなくなったリディアに直接声をかけてくるわけがない。


 ありえない。

 が、現在声を掛けてきている。


「し……失礼いたしました、公爵閣下(ユアグレイス)


 慌てて膝を折り、頭を下げて深々とお辞儀をするが頭の中は真っ白だ。そんな焦りまくるリディアを他所に、公爵は甘やかな声で続けた。


「生前、伯爵にはとてもお世話になりました。政務の関係上、葬儀に参列できず申し訳ありませんでした」


 嘘だ。


 コートニー元伯爵がオルダリア公爵と繋がりがあったなんて調べた範囲では出てこなかった。辛うじて鉄道事業でなにかあったのかもしれないが、葬儀に出てくるほどではないだろう。


 だがふっと目を伏せ、悲しそうな顔をするイケメンからはそれが嘘だとは到底信じられない。実際、周囲をものすごい勢いで煙に巻いている。


 あの令嬢は何者だ? レディじゃないだって? ほら去年亡くなった伯爵の……。そんなひそひそ声が聞こえてきて、悪目立ちしていると直感で悟ったリディアは心の底から悲しいのに、それを何とか隠して気丈に振る舞う元令嬢を演じた。


「本来ならば喪に服している期間ですが……すでにレディではなくなったわたくしが、皆様に直接お礼を申し上げられるのがこの機会しかございませんでしたので、喪章をつけて参加させていただきました」


 良かった。腕に喪章つけておいて。


 生前お世話になった人、なんてここにはいない。だが公爵がそういうのなら合わせるしかないと、リディアは悲し気に微笑んで見せた。


「閣下のご親切、痛み入ります」


 さあこれで義理は果たした。さっさとセインウッド子爵を追いかけないと。そんな焦りがリディアの身体のどこかに現れていたのだろうか。


 ふっと、彼の口元がにんまりと笑ったように見えた。




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