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彼女の奇跡①




 背中の傷を止血するように自分のマントで彼女をしっかりと包んだ後、彼女を抱えて立ちあがる。


「主様」


 フィフスが顔面蒼白で前に進み出るが、リアージュはただ首を振った。

 彼が放った剣気が作り出した道の終点には空き地があり、そこにはばらばらに砕かれた岩の破片が散っていた。


「何者かが使った形跡はあるか?」


 岩を睨んだ後、空き地に背を向けて歩きだすリアージュに、フィフスは首をふる。


「それよりも、ミス・リディアから漏れ出た血が使われる可能性が」


 はっとして彼女が倒れていた場所から空き地を振り返る。剣気で吹っ飛ばしたとはいえ、所々に彼女が歩いてきたような跡がある。ただし、そこに落ちているはずの赤が見当たらない。


 リアージュが歩く速度を上げた。


「日没までに決着をつけるぞ」


 そこには、必ずオーガストが犯人であるという決定的な証拠を見つけろという意味が含まれていた。


「待つのは終わりだ」


 きっぱりと告げ、歩を緩めない主にフィフスは頷くと、風のように去っていく。

 戻った先の谷の入り口では事態を予見していたかのように、治療師に混じってエトワールがいた。


「閣下」

「エルマは居るか? リディアの治療を頼みたい」


 腕の立つ治療師の名を呼べば、初老の女性がしっかりした足取りで前に出た。


「閣下!」


 白いローブが腕にまとわりつき、簡易に建てられた幕屋へと歩きだそうとしていたリアージュが冷ややかな視線で腕を引くエトワールを見た。


「なんだ」


 取り繕う暇もなく、素っ気なく答えればびくりと身を引いた彼女が、きゅっと唇を噛んだ。


「彼女を癒すのなら、治療の魔力ではなく神星力のほうが早くて確実です」


 不思議な桜色の瞳をキラキラさせ、両手を握り締めて訴えるエトワールに、リアージュは言葉を呑む。


(この女は毒サソリの出現に『気付いて』いた)


 それは神星官として探知能力にたけていたためなのか。それとも毒サソリが現れるのを『知っていた』からなのか判別がつかない。だが持っている星力は一級品だ。


 人々が体内に有するのは魔力と呼ばれる生き物が微量に持っている血に混じる力と、大地を巡る気を体内に取り込むことで得られる星力がある。個体差や才能によって左右される魔力と違い、星が力を貸すと契約した神星官だけが扱える星力は信じられない奇跡を巻き起こす。


 それがあればおそらく、リディアの回復は早いだろう。


 無言で幕屋に向かい、椅子を並べただけの寝台にそっとリディアを下ろす。治療師たちが集まり、彼女の身体からマントや隊服を脱がせるのを見守りながら、リアージュは両手を握り締めた。ひそひそと漏れ聞こえる治療師の言葉は厳しい現状を憂いている。


「……閣下」


 焦れたように背後に付き従うエトワールが告げ、リアージュは決断を強いられた。


 このままではリディアは死ぬかもしれない。この傷が何者によってつけられたものなのか、犯人が誰なのか全くわからない。自分以外の全てが疑わしく思われるこの状況で、何がリディアの為になるのかわからない。


 きつく握り締めた掌に、自らの爪が手袋越しにも刺さる。


(彼女は……いきたいと言った)


 それにどうにかして答えるのが婚約者である自分の務めだ。

 そうだ。


(ずっとリディアはオーガストに殺される可能性があるから、それを排除したいと言っていた)


 それがブルーモーメントへの依頼だった。ところがどうだ。今この瞬間にも、その依頼人を死なせ掛かっている。


「閣下が慎重になるのはわかります。私を……信用なさっていないことも十分に理解しています」


 リアージュの強張る顎と手を見つめ、エトワールが一歩前に出た。握り締める手に、そと指先だけで触れる。


「ですがリディア様を助けられるのは私しかいません」


 ゆっくりと告げられたそれに、リアージュは薄明の瞳にぎらりときんいろを閃かせる。それからぱっと手を引き、じっと彼女のピンク色の瞳を見返した。


「見返りは?」


 気付けば冷ややかな声が出ていた。一切何も信用しないと、そう冷徹に告げられているのに、エトワールはふわりと花が咲くように微笑んだ。


「今から起きることは全て……時がくるまで誰にも言わないでくださいませ」


 そう言って、彼女は魔法石の嵌った大きな杖を持ち上げると横たわるリディアを囲む人々をかき分けて前に出た。


「全員下がってくれ。神星官が力を使われる」


 低い声で告げれば、皆が慌てて退室していく。杖を掲げる彼女が「ありがとうございます」とふわりと微笑んだ。


「では」


 次の瞬間、真っ白な光がエトワールを中心に炸裂し、天に向かって光の柱が立つ。爽やかな鐘の音と同時に、その柱の中央から金色の花がいくつもいくつも舞い落ち、あっという間にリディアの身体を包んでいく。やがて、花々が絡み合い、金色から七色へと変化していき、膨れ上がると弾け飛んだ。


 色とりどりの花弁がひらひらと空を舞う中、寝台に寝かされていたリディアの背中を、一歩前に進み出たエトワールが覗き込む。


 あまりにも強大な星の力に目を見張っていたリアージュは、振り返ったエトワールが両手で丸を作るのを見て慌てて彼女の元へと駆け寄った。



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