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エトワール・シンフォニー




(あと何日ここに滞在するのかしら……)


 小説内の時系列を気にする方ではないので、オーガストが魔物を強化させてオルダリア公爵騎士団を襲ったのが何日後のことか覚えていない。どうでもいいが小説では「あれから一週間」と七文字ですませる部分を自分は体感しなくてはいけない。


(あれから半年、とかじゃありませんように……)


 そんなに長いこと国の防衛を担う騎士団の一部が王都を離れているとは思えない。時期を推察する情景描写を思い出そうとするも、どこも灰色で小雪がちらつく表現しかなかったので全くわらかない。


 うむむ、と窓枠に伏せ、騎士団の帰還を待って下ろされている跳ね橋に視線を遣った。


 真っ暗になる前に引き上げる予定で、いくら結界があるとはいえ夜中一杯橋を下ろしておくのは賢明な判断とは言えないからだ。


 その前に騎士団には戻って来て欲しい所だが。


(……なんだか遅いわね)


 子供の様にぺったりと冷たいガラスに額を押し当てて暮れ行く森を透かし見る。少しでも明かりが見えないかと目を凝らしていると、不意にちかりと金色の光が灰色の世界を切り裂き、唐突に夜が裂けた。


「!?」


 座っていた椅子を蹴立てて立ち上がり、リディアは慌てて部屋を飛び出す。森の奥から馬の一団がやって来たわけではなく、空間に光が溢れて何かが召喚されたことに気が付いた。


 移動魔法の一つだろう。


(馬を使って移動してくる余裕がなかったってこと? それって……)


 嫌な予感が胸を過り、石造りの階段を飛ぶようにして降りたリディアは騒がしい玄関ホールに飛び込んだ。


「あ……」


 そこには、真っ白な息を吐き強張った表情のリアージュが立っていた。どこかに怪我がある様子ではなく、小説で見たような大怪我はない。


 ほっと胸を撫でおろし、彼の傍に駆け寄ろうとして、その腕に抱かれてぐったりと横たわる存在にぴたりと足を止めた。


 ドクン、と喉から飛び出そうなほど強く、鼓動が胸郭を叩く。それはどう考えても白い手の所為ではない。


(あ……)


 じわっと背中に嫌な汗を掻きながら、リディアの目は真っ直ぐに『彼女』に注がれた。


 抱き上げるリアージュの腕にかかるふわっとした肩までの珊瑚色の髪。血の跡が残る真っ白な法衣。華奢な手がせわしなく上下する胸の上に置かれ、呼吸が荒いことがわかった。


 きっと彼女が目を開ければ、そこにあるのは不思議な桜色の瞳だろう。


(エトワール・シンフォニー……)


 でも何故彼女がぐったりとリアージュの腕の中に横たわっているのだろう? 本来ならば彼女が大怪我を負ったリアージュを助けるのだ。それがどうして……?


「公爵閣下……! いかがいたしました!?」


 砦の管理主、エヴァンズ・サットンが慌てて前に進み出る。


「彼女はわたしを庇って毒を受けた。すぐにナインを呼んでくれ」

「ここにおります、閣下」


 人垣の中から銀髪のすらりとした影が進み出て、小刻みに震えるエトワールに視線を落とした。


神星官(しんせいかん)さまですか?」

「回復役として星教会から派遣されてきていたのだが、丁度神星力(しんせいりょく)が切れた時に毒サソリに遭遇してしまって」


 対処が遅れた自分の前に飛び出してきたのだという。


(……そ、そんな話だったっけ?)


 原作のリアージュが怪我を負うのは巨大なダイアウルフに腕がもがれるほど深く噛みつかれていた。毒サソリに刺されるなんて描写はなかったはずだ。それも、怪我を負ったのはエトワールの方だ。


「解毒できそうか?」


 細く、華奢な身体を大事そうに抱えて、リアージュが大股でホールを横切る。彼の視線は、歩きながらエトワールの脈を取り、熱を測るナインに向けられたままだ。


「毒サソリと魔物の種がわかってますので可能です。他の者は?」

「追って戻って来る。今回、沼の平定には難儀した。食事と風呂と用意してやってくれ」


 ちらりとリアージュの視線が流れ、捉えたのはタイニーだ。彼女は心得た、と一つ頷くとがやがやと集まる使用人を一喝し、持ち場へと速やかに戻している。従者たちもリアージュの鎧や剣、マントを受け取ると鍛冶屋が待機する武器庫へ運んでいく。


 全員が主の帰還に慌ただしくなる中で、リディアだけがぽつんとホールの端に立っていた。


(や……やることがない……)


 タイニーが引き連れた侍女たちは部屋を暖める準備を始め、ナインは待機中の公爵家お抱えの医療班を連れてリアージュの後を追う。彼はきつく唇を噛んで主寝室へと突進していき、リディアはヒロインの登場で一気に自分が脇役になったのを骨身に染みて実感した。


(この状況でしゃしゃり出る勇気はなかったしな……)


 エトワールの出現に度肝を抜かれ、愛しの公爵様を心配して駆け寄る婚約者の振りもできなかった。まるで……そうしないことが正しいような気さえしたのだ。リアージュとエトワールを邪魔してはいけない、と。


 ぶるっと身体を震わせ、リディアは一気に重たくなった足を引きずるように厨房へと向かった。野菜の皮むき業務か戻って来る騎士たちへの配膳係か、とりあえずやることがあるはずだ。


 そうして湯気と快活な指示声とで目まぐるしく忙しい厨房で、リディアが命じられたのは「怪我人へ食べさせる薬草粥の薬草を採って来る」ことだった。





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