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オルダリア公爵家①




 深夜にもかかわらず女性を連れてきたリアージュに対し、屋敷の人間はプロだった。


 早々に客室に連れていかれ、紹介された家政婦頭に着替えと頬の手当てを手伝ってもらい、リディアはそのままベッドに寝かされた。

 神殿やホテルのそれとは違い、ふかふかの羽根布団とぱりっとしたシーツは色々なことが巻き起こりへとへとになっていたリディアをあっという間に睡眠へと誘った。


 そうして朝目を覚まし、家政婦頭のスウィンリー夫人から朝食と共に新聞を手渡されて飲みかけた紅茶を吹き出したのだ。


「お嬢様?」


 ぎょっとするスウィンリー夫人に必死に笑顔で「何でもない」と繰り返し、穴が開くほど紙面を見つめる。


(いつの間に新聞社に信書なんか送ったのよ!?)


 まるで芸能人の交際宣言みたいな内容がでかでかと載っている。


 うううあああああ、と胸の内で悲鳴を上げて頭を抱えながらリディアは朝食もそこそこに、持ってきたドレスに着替えると公爵閣下を探して部屋を飛び出した。

 が、広々とした廊下で待っていたのは仮面のように表情のない青年と、すました顔の侍女二人だった。


「おはようございます、ミス・リディア」


 お辞儀をして告げる青年は、昨日ホテルで刺客を拘束していた騎士の一人だった。


「護衛を担当します、フィフスです」

「あ、はい……どうも」


 銀色の髪と同色の瞳を持つ彼は、一見すると穏やかで静かな表情をしている。だが、その瞳には物騒な光が浮かんでいた。


(護衛というか……監視……)


 引き攣った笑顔で頭を下げると、彼の後ろから一歩、侍女が前に出た。


「タイニーです」

「ナインです」


 膝を折ってお辞儀をする二人に、リディアははっと気が付いた。


(この二人……!)


 脳裏に蘇ったのは例の文庫本だ。その中に確かにこの二人が載っていた。


 双子の姉妹である彼女たちは、姉は大人しめな外見であるのに対し、妹はグラマラスな雰囲気を持っていて対照的だった。

 有名なゲームの姉妹キャラに似ているな、なんて思ったから覚えている。その二人が今目の前にいた。


 ナインは緩やかにウエーブした銀髪、タイニーは同じ銀髪でもサラサラのストレートで二人とも同色の大きな瞳を持っている。にこっと微笑むのはナインの方で、もう一人はどこか冷めた眼差しでリディアを見下ろしていた。


 二人とも長身で、メイドのお仕着せを着ているが胸の張り出しとは対照的に腰は折れそうなほどほっそりしていた。


(二人はエトワールの侍女になるのよね……)


 原作では公爵を助けた聖女エトワールを命の恩人ととらえて献身的に尽くしていた。

 だが何の功績もないリディアに対して、フィフスと同様、程度の差こそあれ猜疑の滲む眼差しを向けられている。


 だがそれも無理はないだろう。


(今まで影も形も存在しなかったよくわからん女が、たった一晩で敬愛する主の婚約者になってるんだもん……)


 自分だって目を疑うわ。


 それもこれも、新聞社に信書を送った公爵の所為だ。心の奥底で苛立ち交じりに公爵を呪っていると、灰色の髭が特徴的なベテラン執事のドーズが現れて「御前がお呼びです」と丁寧に頭を下げた。


(手紙の件ね)


 はっと背筋を正し、リディアは「ちょっと待っててください」と一言置くと、室内から宝石箱を持ってくる。途端、護衛と侍女二人が何とも言えない表情をした。


「……別にこの屋敷の使用人を疑っているわけではありませんので」


 ただ単に、手紙の形状を人目に晒したくなかっただけだ。


「このまま公爵閣下にお目に掛けたいのです」


 にこっと笑って三人の横を通り過ぎ、ドーズの後をついて行く。背中に突き刺さる視線と、タイニーの苛立った舌打ちを聞きながらリディアは遠い目をした。

 彼らだけではない。使用人のほとんどが、リディアとすれ違った後ひそひそと何かを話している。


(まあ……そうよね……)


 ただの客人ならよかったのに、オルダリア公爵は何を考えているのか。

 突然自分たちの女主人となるべき存在が、大した荷物もなく現れたのだ。心中察して余りある。


 公爵の本当の相手、エトワールは「ご主人様を救った」という功績があり、更には聖女という肩書と可愛らしい容姿から屋敷中から慕われていた。だがそんな功績の無いリディアは胡散臭い女にしか見えないだろう。


(まあそれも……手紙を見せてオーガストの所業が確定すれば終わりよ)


 新聞に公爵がミス・セルティアに求婚、なんて書かれているが、手紙を見て真偽のほどがはっきりすればすぐに屋敷から退去となるだろう。


 そうなったら早々に神殿に帰って、あとはオーガスト破滅の報告を待てばいいのだ。


 そう考えたところで不意に心臓がどきりと鳴る。まるで不満を訴えるように、ぎゅっと捻るような痛みが走り、思わずリディアは足を止めた。


(……大丈夫。きっと完膚なきまでに……叩きのめしてくれるから)


 宥めるように胸に手を当てて念じれば、やがて鼓動は普通へと収まっていく。


「ミス・リディア?」


 後ろから怪訝そうなタイニーの声が掛かるが、立ち止まったリディアは首を振ると再び歩きだした。


 案内されたのは黒い大きな扉が特徴的な一室で、大量に本が並ぶ書斎か図書室か、という場所だった。正面の細長いガラス窓を背にした執務机にリアージュがついている。


「ごきげんよう、ミス・リディア」


 とてもいい笑顔で宣言され、リディアの片頬が引き攣った。


「おはようございます、公爵閣下(ユアグレイス)


 スカートを摘まんで膝を折れば、彼は相変わらず端正な笑顔のまま軽く手を振って執事と護衛、侍女二人を退室させる。残ったリディアは硬い表情のまま机の前へと進み出た。


「どうかな? 屋敷では快適に過ごせそうか?」


 両肘を机の天板に付き、両手を組んで尋ねるリアージュに、リディアはすっと目を細める。胡散臭さ全開の笑顔に騙される気はない。




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