万事休す私と颯爽と現れた王子様。
私は、薄い結界一枚向こう側で歯を剥き出しにする妖魔の群れを見ながら思考停止していた。
と、火焔魔神が結界をすり抜けて朱い猿の群れへと襲い掛かる。
「ぎぁああああ!」
聞いたこともないようなおぞましい叫び声を上げて、朱猿が倒れていく。
肉の焦げた臭いがして、私はとっさに口許を覆った。
火焔魔神は次々に朱猿を相手取るが、朱猿の数が多い。
火焔魔神はあっという間に囲まれ、ぎゃあぎゃあと鳴く朱猿の金切り声と焔が斑に見えているだけで何がどうなっているのか全然解らない。
私は唇を噛んだ。
精霊石は上等のものだけど、あくまでも護身用だ。
こんな数の異種を相手取るなんて思ってもいなかった。
それに、私がテロだと思った理由。
外から簡易結界を破るのは簡単なことじゃない。
けど、中に刺客が居たなら、社内システムにアクセスしてハッキングし、ゲートを開ける事は難しくないかもしれない。
もしも私の予想通りだとしたら・・・・?
システムエラーだと思っていたのは、何らかの方法で刺客がお客様に化けていたから。
そうして社内に入り込んだ刺客が、何でゲートを開けたのかなんて、子供でも解る。
外の敵を中に入れるため。
ここで敵を食い止められなければ、最悪、社内の人間に甚大な被害が出る。
「・・・・・どうしたらいいの・・?」
膝が震え出した。気が付けばあっという間に身体中がガタガタと震えている。
私、ここで死ぬかな。殺される?喰われるの?どうしよう、痛い思いなんてしたくない。恐い。恐い!死にたくない!!どうしたら、誰か助けて!!!
ガッシャァァァァァァァン!!!!
突然、朱猿達が簡易結界ごと外へ弾き飛ばされた。
「紅緒!後ろに下がれ!」
頭を抱えて茫然としていた私の横を、一人の男性が疾風のように駆け抜けて行く。
「オン バヤベイ ソワカ!」
張り上げた声と同時に、起き上がり始めていた朱猿達が大きく薙ぎ倒された。
朱猿達が悲鳴を上げる。血が迸ってそこかしこに噴き出した。
「やった・・・・!」
壊滅状態の朱猿の大群に、私は思わず声を上げる。
その間に、男の人は私と朱猿達の間に立ち塞がった。
左足で片膝を立てて片手の人差し指で床を指すと、
「降魔調伏印契、土天、獄砂屍累楼。憤怒廻って大地裂け、天を穿ちて獄楼成さしめよ。」
その瞬間、床が生き物のようにうねり、天井へ向けて爆発するように吹き飛んだ。その奥から泡が沸き上がるように土と岩が競り上がって、朱猿達を天高く圧し潰す。
「大丈夫か?!」
ほっとして口許を抑えた私を、すぐ上から覗き込む顔があった。
短く刈り込んだ黒髪に、黒渕の眼鏡のスーツ姿の男の人が額に大きな汗を光らせていた。
「大丈夫?!」
眼鏡の奥で見開いた瞳に、ぽかんと口を開ける私が映っている。
額にも、頬にも、首筋にも汗が流れて、シャツが張り付いている。汗だくの男性は私の肩を揺さぶると、もう一度私の顔を覗き込んだ。
「名前!自分の名前!解るか?!」
真剣な口調で問われてはっと我に返った。
「・・あ、えっと、紅緒、美愛、です・・・・・・。」
と、肩を捕んでいた掌の力がふっと抜けて、目の前の人はずるずると床に座り込んだ。
「・・・良かったあ。」
「・・・・・・・・・はい。良かったです。・・・・怖かった・・・あたし、生きてて・・・よかった・・・・・。」
そこまで言うと、目の前がどんどんぼやけて波打った。涙が溢れて溢れて、目の前の人も見えなくなる。
私は目の前の人にしがみついて、声をあげてわんわん泣いた。
「・・・・・もう大丈夫だって。」
そう言いながら、しがみつかれた腕で私を支え、残った方の手はぎこちなく私の頭を撫でていた。
土天といえば仏教なんですけど、西原が使っているのは祝詞に近いです。
イメージとしては、この世界では神仏は一つに括られていて、単独よりもより一層退魔の術を強固にしています。