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大罪の贄姫~災いをもたらすために嫁がされたドワーフですが、多忙なエルフ王の癒し妻になりました~


「――ふぅん? キミたちドワーフには、他人のベッドに潜り込む習慣があるのかな?」


 その冷え切った声で、私の意識は夢の世界から強制的に呼び起こされた。そして(まばた)きをパチクリと二度三度。


 ……私をジロリと見下ろしている、恐ろしく顔の整ったエルフと目が合った。



「……は、はじめまして? おはようございます??」

「おはよう。ちなみに今は夕方だし、このベッドの上にドワーフはキミしかいないけど?」

「で、ですよねぇ……」


 うぅん、どうしよう。これって夢じゃないわよね。


 何で私、ベッドの中に居たんだろう。そもそもここは誰の部屋? そんな疑問が次から次へと湧いてくる。と同時に「なるほど、これがエルフかぁ……」なんて吞気に目の前の人物を見つめていた。


 サラッサラの金髪に空のように青い瞳。そして非の打ち所がない美貌っぷり。自分と同じ生き物というより、神様がお作りになった精巧なお人形っていう方が相応しいかも。


 ていうか毛穴すらあるんだろうか、この人? もしやエルフに伝わる特別なスキンケアが??


 でも綺麗な顔で怒られると、こんなにも怖いなんて……。



「キミの返答次第では、この後どうなるか……分かるよね?」

「ち、違うんです! これにはドワーフの地下王国よりも深~いワケが……」

「へぇ~? それは王である僕の寝室に、そんなあられもない姿で侵入するほどの深い理由?」


 王様!? ってことはこの方がエルフ王のコルティヴァ様!?


 陛下の仰る通り、王族の私室に無断で立ち入るなど不敬も不敬。場合によっちゃ賊として処刑されても仕方ない。つまり言葉を間違えれば私の未来は――死!?


 しかも今の私は全裸というオマケ付き。かろうじて体は布団で隠せているけれど、このチンチクリンなボディではセクシーさの欠片もない。


 せめて色仕掛けができれば、どうにか誤魔化せたかもしれないのに……くうぅっ、ドワーフに生まれたことが今日ほど悔しいと思ったことはない。



「えっとぉ、気付いたらここに居た……みたいな?」


 無言の時間がしばし流れる。あっ、これミスった。嘘を言えば間違いなく断罪される、そう判断したこの脳が絞り出した答えがコレだったんだけど、完全にやらかした。


 彼の貼り付いた笑顔は、仮面のように固まったままだ。あまりのいたたまれなさに耐え切れなくなった私は、布団から頭だけ出した姿で平伏した。


「……まことに申し訳ございませんでした」


 あぁ、もう最悪だ。終わった。不慮の事故とはいえ、殿方のベッドに全裸で潜り込むなんて、痴女と言われても致し方ない。しかも初対面という最悪なタイミング。でも本当にどうしてこうなった!?


「色々と聞きたいことはあるんだけど……まずは名前から聞かせてもらおうか」


 圧力の高いスマイルで詰め寄られた私は、他人の布団を涙で濡らしながら「ひゃい……」という情けない声で答えた。



§


 生まれた時から、私の瞳は緑色をしていた。

 普通のドワーフであれば、炎と同じ赤色の目しか持たないはずなのに。その珍しさもあって、“緑”を意味する言葉からヴェルデと名付けられた。


 そんな私はドワーフ国の第一王女として家族や国民に愛され、何不自由なく暮らしていた。八歳のときに聖女の力に目覚めてからは、よりいっそう皆に大切にされるようになった。



 ――この身に宿っていた禁忌の力が判明し、十年もの間、地下の牢獄に閉じ込められるまでは。



「……来たか、我が姪ヴェルデよ」


 エルフの王と出逢う数日前のこと。

 地の底にある檻から引きずり出された私は、叔父の前に立たされていた。


 着ているなんて表現したら笑っちゃうくらいの、布切れ一枚の囚人服姿で。女の子からしちゃいけない匂いもする。



 玉座の上からそんな私を冷ややかに見下ろす叔父は、十年の年月でだいぶ威厳が増したように見える。


「あの、どうして叔父様がそこに? 父上は……」

「王であるお前の父たちは数年前に死んだ。二人共に鍛冶仕事での事故でな」

「なんですって!?」


 思わず玉座の前まで駆け寄り、叔父に訴えかける。


「嘘よ! そんなの冗談ですよね!? どうして……ッ!?」

「……お前はこの期に及んでまで他人の心配か」

「――ッ!?」


 私の激情を嘲笑(あざわら)うかのように、叔父は鼻で笑ってみせた。そんな小馬鹿にする態度に、私は怒りのあまり言葉が出てこない。でもこのままではいけないと、震える足を必死に踏みとどまらせた。


「ふん。そういうお優しいところも全く変わらないな」

「それで? 用があって私を呼んだのでしょう?」


 何を言われようと今は反抗する時じゃないと、ぐっと堪えて話を本題に戻す。


「あぁ、そうだったな」


 叔父は玉座からゆっくりと立ち上がると、私の目前まで歩み寄り……そして頬を思い切り叩いた。乾いた音が謁見の間に響き渡る。


「いっ……」


 痛みに頬を押さえた私は叔父から一歩後ずさりする。だがその直後、今度は下腹部に激痛が走り思わず膝をついた。すると私の髪を引っ張りあげて上を向かせながら、叔父が言い放った。『この呪われた娘が』と――。


「お前はかつて、我が国で最も重い罪を犯した」

「……はい」


 声色に家族の愛情なんてものは一切感じられない。まるで叱られた子供のように、私の視線は自然と下を向いていく。


「お前は聖女でありながら、『鍛冶の炎』を(けが)したんだ」


 建国の時代より受け継がれてきた神聖な炎。

 ドワーフは無骨な外見に反し、手先が器用な種族だ。その長所をさらに伸ばすため、その炎を使って鍛冶技術を発展させてきた。


 だから鍛冶の炎は私たちドワーフにとって、掛け替えのない国宝だ。この国では王よりも尊く、神に近い存在といえる。



「おい、聖女の役目を言ってみろ」

「鍛冶の炎を……守護をすることです……」


 我が国における聖女とは、女神様から炎の魔力を授かった魔女の別名だ。

 聖女たちは火の精霊と力を合わせることで『鍛冶の炎』をコントロールし、ドワーフはより高度な鍛冶ができるようになった。


 だから私たち聖女は崇高な存在とされたし、歴代の聖女達もその力を国のために捧げてきた。


「だがお前のしたことはなんだ? 聖女の炎の魔力を失うどころか、国宝の炎を危うく消しかけたんだぞ!?」


 もちろん、実際に私が聖火を消そうと思ったことなんてない。だけど私の意思に関係なく、聖火の炎は私が近寄るだけで弱まってしまった。


 そのため私は、神を冒涜(ぼうとく)した大罪人という烙印(らくいん)を押され、十年もの(あいだ)を地下の牢獄で過ごすことになってしまったのだ。



(あがな)いとして、その身が朽ち果てるまで、あの地獄に放り込んでおいても良かったのだが――喜べ。お前の新たな使い道が、このたび決まった」


 聖火を害せば、たとえ姫や聖女でも罪人だ。投獄だけで済んだのも、両親である当時の王と王妃が温情を掛けてくれたからだ。でもそのお父様やお母様は、もうこの世に居ない……。


「国力の衰えたエルフの国と、新たに交易を始めることになった。それも我が国にかなり有利な条件でな」


 エルフに食糧を援助する見返りに、鍛冶で使う薪を貰うことになったらしい。その薪は森に生きる彼らにとって、命の次に大切な資源だ。エルフの国はそこまで危機的な状況ってことなのかしら……。


「そこでお前はエルフの国へ行き、両国を結ぶ友好の架け橋になってもらう」

「……っ!」


 その瞬間、私は背筋が凍るような錯覚を覚えた。

 冷酷なこの人がエルフと仲良くするですって? そんなこと、微塵も思っていないくせに。


 第一、私にはあの忌まわしい力がある。まさかエルフの国でも、災いをもたらしてこいとでも?



「幸いにも相手は選り好みはしないらしいのでな……くくく」


 そんな私の反応を楽しむように、叔父は歪んだ笑みを貼りつける。けれど今の私に拒否する術はない。


「決行は今日。すでに馬車は手配した。さぁ、エルフの慰み者になってくるといい」



§


「嫁入り道具は囚人服だけ……って、我ながら笑えない冗談だとは思うのですが」

(にわ)かには信じがたいが……その姿を見るに、キミの話は本当なんだろうな」

「お目汚し、大変失礼いたしました」


 ずんぐりむっくりなドワーフにあるまじき、ダシの抜けた鶏ガラみたいな姿を見せてしまったことを思い出し、私は深々と頭を下げた。


 そして改めて謝罪の弁を述べるけれど、彼はさも興味なさそうに「ふーん」と軽く受け流すだけだった。ていうかベッドに腰掛けているせいで、私との距離が近い。いや近過ぎる。あの、こっちはまだ裸なんですけど!?


「でもそんなキミがどうして裸でここに? さすがに城の誰かが応対したと思うんだけど」

「それが到着早々に、メイド姿のエルフさんに捕まってですね……」


 この城に来てからの出来事を、私は掻い摘んで説明することにした。



「お風呂に投げ込まれて綺麗になった後は、マッサージやらアロマやらフルコースを受けることになりまして。そうしたらつい、ウトウトと寝てしまい……」

「気付いたら僕のベッドの中だったと?」

「はい……」


 疑わし気な表情で私の顔を覗き込むコルティヴァ様。いや、本当なんです。だからそんな目で見ないで、私の心が折れそう。


「……キミに一つ確認してもいいかな。キミの対応をしたエルフの名前は?」

「名前、ですか? えっと、たしかオーキオさんとか言ったような……どうしたんですか、魂まで抜けそうな大きな溜め息を吐いて」


 名前を聞いた瞬間、ガックリと頭を俯かせるコルティヴァ様。……私、何かやっちゃった?


「オーキオ……予想はしていたけれど、やはり彼女か。はぁ、なるほどね」

「お知り合いですか?」

「知らないエルフはいないだろうね。……というより、僕の姉さんだ」

「……うぇ!?」


 のっそりと立ち上がると、コルティヴァ様は棚にずらりと並べられた写真立てからひとつを抜き出した。そして私に見せてくれたのは――。


「あっ、この人です!」

「やっぱり……」


 コルティヴァ様は私の返答に頭を抱えてしゃがみ込んだ。


 写真立ての中には、どこかコルティヴァ様の面影を残した美青年が映っている。その隣には私を応接してくれた美人の女性エルフが立っていた。あれ? でもどうしてお姉様がメイド姿に……?



「彼女はかなりの悪戯好きでね。キミを騙すためにメイドを装ったんだろう」

「うえぇええ!?」


 まさかのお姉様の悪戯に、私は心底驚いた。


「姉さんは僕よりも頭が冴えているし、責任感もある。だから普段はしっかりしているんだけど……おかげで昔から苦労させられてばかりでね……」


 はぁと深い溜息と共に肩を竦めるコルティヴァ様。


「あの人には後できつく言っておくよ。まったく、こっちは例の問題でゴタゴタ続きだっていうのに……」


 うわぁ、なんだか大変そうだ。苦労性なんだなぁ。



「あぁ、すまない。色々と行き違いはあったものの、大変失礼な物言いをしてしまったのは事実だ。僕の非礼をどうか許してほしい」


 話題を変えるように、彼は深々と頭を下げた。


「ともかく、そのままでは風邪をひいてしまう。あの馬鹿姉さんを呼んでくるから、まずは服を着よう」


 そう言ってコルティヴァ様は隣の部屋に顔を出すと、少ししてメイド服を着た女性エルフさんが現れた。どうやらずっと隣室で待機していたらしい。


 というかこの人、もしかしてドア越しに私の反応を楽しんでいた?



「はーい! それじゃお姉さんがヴェルデちゃんに合う衣装を選んであげるわね!」

「ちょっと、オーキオ姉さん!? どうして彼女を裸で放置したんですか!」

「あら? 性欲の枯れた我が弟に潤いをあげようと思ったんだけど。ヴェルデちゃんのうら若きボディに興奮した?」

「……枯れてるのは否定しませんけど、利用された彼女が可哀想でしょうに」


 そうボヤくコルティヴァ様だけど、私は特に気にならなかった。だってこのオーキオさん、凄くフレンドリーで優しいのだ。


 たしかに王様のベッドに放置されたのは酷かったけれど、理由があったみたいだし。何より私のことをドワーフであることや、体が貧相などという偏見の目で見てこない。


 あ、でも気になることがひとつだけ――。


「あのぅ……」

「なんだい?」


 こっそりとコルティヴァ様に耳打ちした。


「私ってそんなに魅力がありませんでしたか?」

「……ノーコメントだ」



 その十数分後。

 私はシンプル装飾をした新緑色のドレスを身にまとっていた。コルティヴァ様が選んでくれたもので、私の瞳の色に合わせてくれたそうだ。


「エルフ王の名において、ヴェルデを我が国民として迎え入れよう」


 着替え終わった私は、王城にある食堂で晩餐会に招待された。私を取り囲むはこの国の重鎮達。きっと事前に根回しを済ませていたのだろう、誰も私の正体に驚く者はいない。


「陛下のご厚情に心より感謝いたします」


 カーテシーで(こうべ)を垂れる私にコルティヴァ様は満足そうな笑みを浮かべ、ワイングラスを高く掲げてみせた。


「今日は新しい国民の誕生と、ドワーフとの友好を祝って……乾杯!!」


 テーブルいっぱいに並ぶ美食の数々に、舌鼓を打つ。

 どれもエルフの国特有の食材や調味料を使っているだけあって、どこか異国情緒を感じさせられた。食べたことのない食材もいくつかあったけれど、私の舌にはとても新鮮な味だ。……まぁ、食事自体十年ぶりだからそう感じるのかもしれないけれど。


 そんなことを考えていると、コルティヴァ様がワイングラスを片手にこちらへとやってきた。そして空いていた私の隣に座る。



「エルフの食事、だいぶ気に入ってくれたようだね」

「ふぇ?」


 コルティヴァ様に言われて、私は初めて気が付く。自分のお皿が空になっていることに。


「あ……すみません……」

「いやいや、嬉しいよ。これからずっと食べてもらう味だからね」


 隣に座るコルティヴァ様は特に気に留める様子もなく平然としているけれど、やっぱり私としては食事をしている所を見られるのは恥ずかしい。あまりこちらを向かないでほしいんだけど……。


「ただ、今日のような豪華な食事を毎日用意してあげることはできないんだ」

「いえ、そんな……私はその辺の草でもあれば十分です……!」

「く、草……?」

「はい! いつでもどこでも草を生やせるのが、私の唯一の特技なんです!」


 なにせ私が過ごしていた地下の牢獄には殆ど食糧がなかった。だから私は苔を育てて食べていたのだ。雑草と野菜を区別するのは今の私には難しい。どっちもお腹いっぱいになるしね。


「……なんというか、キミは本当に面白い子だね」

「ありがとうございます?」


 褒められているのか、それとも馬鹿にされているのかよく分からないけど、とりあえずお礼を言っておいた。すると彼はニコニコと上機嫌にワイングラスを傾けた。



「ヴェルデ嬢も我が国民となったことだし、隠しておいてもいつか分かることだ。この際にキミにも伝えておこうと思う」

「どうしたんですか、急にあらたまって……」

「我が国に起きている異変と問題についてだ。そしてドワーフの国に救援を要請した理由でもある」


 コルティヴァ様はいつになく真剣な様子で、私の目をジッと見つめた。


「率直に言おう。実はエルフの国を支えている世界樹が今、謎の病気で衰弱しているんだ」

「世界樹って……大地の植物を育む精霊樹のことですよね?」


 精霊達の母なる存在と言われており、大地の栄養分を吸い上げることで精霊の糧にしているのだとか。


「原因は分かっているんですか?」

「ひとつはね。……実は聖女が持つ緑の魔力が喪失してしまったんだ」


 緑の魔力……それはたぶん、ドワーフの聖女が持つ火の魔力と同様、この国を守っている特殊な魔力のことだろう。


「五年ほど前から徐々に力が弱まり、同時に世界樹も……」

「それでは、世界樹から力を分けてもらっていた精霊や森は……」


 恐る恐る訊ねてみると、コルティヴァ様は静かに頷いた。


「世界樹が衰弱してしまえば、この国の主な食糧源である森の恵みも収穫できなくなってしまう」


 私が息を呑んでいる間も、コルティヴァ様は続ける。


「聖女に異変が起きた原因は分からない。静養をしてもらいながら、僕が世界樹の延命措置を続けていたんだけれど……」


 そこで言葉を切ってコルティヴァ様は、テーブルの向こうに座るオーキオさんを見つめた。


「まさか、エルフの聖女って……」

「そう。僕の姉さんだ。本人は元気そうに振舞っているけれど、最近の姉さんは日に日に衰弱していく一方なんだ」

「それでドワーフに助けを求めたんですね?」


 コルティヴァ様は黙って頷いた。……まさかエルフとドワーフを友好的な関係にしようとしている裏で、そんな大変な状況になっているとは思わなかったわ。


 するとコルティヴァ様は皮肉めいた笑みを浮かべて肩を竦めた。


「王なんてものは所詮は象徴でしかないんだよ。結局僕にはこの国を救えない」

「コルティヴァ様……」


 その責任感の高さがきっと、彼を苦しめているのだろう。こんな私でも何か彼の力になってあげられたらいいのに……って。


「……あれ?」


 でも、もしかしたら。叔父様には呪われた力で災いを振り撒いてくることを期待されていたけれど、この国でならこの力も役立てるのでは?


 何の役にも立たなかった私も、ここでなら誰かの力になれるかもしれない。



「あのぅ、コルティヴァ様?」

「どうしたんだい?」

「その世界樹の病気なんですけど……私なら治せるかもしれません」


 私の発言に、皆が驚きの声を上げた。そりゃそうでしょうよ、だって私はドワーフだもの。だけどこの国が危ないっていうのに、ただ黙ってなんかいられないわ。


「そ、そんなことができるのかい?」

「それはまだ分かりません。でも、試してみたいことがあるんです」


 私はお皿の上に残っていたサラダの豆を一粒指でつまむと、近くをフヨフヨと浮かんでいた緑色の精霊に念じた。


 すると私の手にあった豆からすぐさま小さな芽がニョキニョキと生えてくる。それを見た皆が言葉を失う。


「おおっ!?」

「ヴェルデちゃん。貴女まさか」


 こちらの意図を読み取ってくれたのか、オーキオさんは私のやりたいことが分かったらしい。


「オーキオさん、緑の魔力で植物を育てたことは?」

「え、えぇ……そりゃあ何度もあるわよ? ドワーフの聖女が鍛冶の炎を扱うように、私たちエルフの聖女はそうやって植物に力を与えているから……いや、でもまさか……」


 精霊達が生み出してくれた豆の芽を指で突きながら訊ねると、驚きながらも答えてくれた。なるほど、じゃあやっぱりこの方法では世界樹も治るんじゃないかしら?


 私はちらりとオーキオさんへと視線を向けた。彼女は何かを悟ったように頷いてくれたので、私は決意した。


「私に任せてください! 絶対に世界樹を救ってみせますから!」



§


 そうして数か月後。

 エルフの国を悩ませていた世界樹の衰弱は止まった。それどころか今は、これまでにない活性ぶりを見せている。


 私は毎日のように世界樹の世話を続けた。そのおかげで今では枝いっぱいに葉を茂らせ、立派な樹木へと成長している。世界樹が回復したおかげか、エルフの聖女であるオーキオさんの力も徐々に戻りつつあった。


 コルティヴァ様やオーキオさんだけじゃない、私はエルフの国民みんなから感謝された。ようやく自分の力が誰かの役に立ったと、私はとっても嬉しかった。


 でも――



「ヴェルデ嬢はドワーフの国に戻りたいとは思う?」


 そんなある日、私はコルティヴァ様に呼び出されて彼の私室へと赴いた。そこでコルティヴァ様が切り出してきたのは、私がここに留まる理由を問うものだった。


「それは……」


 地下牢での十年に比べれば、ここでの生活はとても贅沢だ。食べる物にも寝る場所にも困らないし、何より私に酷いことをする人もいない。それどころか誰も彼もが私を好意的に見てくれている。それがどんなに嬉しいことか……。


 でもその分、世界樹が元気になった今、私の存在意義は無いのでは……という考えが頭に浮かんでくる。



「実はドワーフの王……キミの叔父上から手紙が来たんだ」

「叔父様から?」


 嫌な予感がした。コルティヴァ様は眉を顰め、緊張した面持ちで手紙を差し出してきた。


「キミにドワーフの国へ戻ってきてほしいそうだ」

「……っ!!」


 私は動揺を隠しながら手紙に目を通すと、そこには私を至急呼び戻す旨が記されていた。そして「王女としての責任を果たすように」とも書かれていた。


 冗談じゃないわ!! 私から全部奪っておきながら、まだ利用価値があるとでも!? あまつさえ、今更私を王女扱いして戻ってこいだなんて……!!



「ヴェルデ嬢が国を追放されてから、鍛冶の炎が制御できなくなったらしい。どうやらキミがあの国に居たことで、上手くバランスが保たれていたようだね」

「聖火が暴走……それって大丈夫なんですか?」


 私が訊ねると、コルティヴァ様は呆れ交じりに溜め息を吐いた。


「正直に言ってしまうと、あまりよろしくない。このままではいずれ鍛冶ができなくなるのでは、と国民からの不安の声が上がり始めているよ」

「そんな……」


 自分を捨てた国なんて放っておけばいい。

 頭ではそう分かってはいるんだけど、心のどこかで完全に見捨てることはできずにいた。



「あ、あの……私がドワーフの国に戻ったとして、世界樹は大丈夫なんでしょうか?」

「うん。キミの献身的な働きのおかげで今は落ち着いているよ。だが僕としてはヴェルデ嬢の気持ちを尊重したいと思ってる」


 そう言ってコルティヴァ様は私の頬を撫でた。本当に優しくしてくれる人だなと思いつつも私は首を横に振った。どんなに大切にされてどんなに楽しい日々を送らせてもらっても、私には故郷があって帰るべき場所がある。


「私が戻れば、ドワーフの国は救われる……」


 正直、私がこのエルフの国でやれることはもう無くなったともいえる。世界樹が元気を取り戻したことで、オーキオさんの力も戻った。もう私が居なくてもだいじょうぶ。



「私、やっぱり……」


 叔父様の言う通りに戻ろう――そう決断しようとした時だった。


「だけど本音を言えば……僕も姉さんも、本当はキミにドワーフの国に戻ってほしくなんかない」

「コルティヴァ様……」


 彼は悔しそうに唇を嚙んだ。けれどすぐに口元に微笑を浮かべた。


「でも僕は、この国の王だ。国民のために決断しなければいけない立場にある」


 それはそうだ。だからやっぱり私が――。


「だからすでに僕が代わりにドワーフ王に告げておいたよ。


『今までの2倍。貴重なエルフの森の薪を援助してやる。その代わり、ヴェルデには金輪際関わるな。このクズが』


 ――とね」

「なっ……!?」


 なんてことを言っているんですかコルティヴァ様!?


「え? もちろん、帰るなんて言わないよね?」

「……え?」


 キョトンとした顔で見つめられる。たぶん私も同じキョトン顔だ。


「いや、いま私の意思を尊重するって……」

「もちろん。だからこそキミの口から聞きたいんだ。『帰りたくない、コルティヴァ様と一生一緒に居たい』って」

「えぇ……?」


 なんかこの人、とんでもないこと言い出したわ。

 っていうかそんな恥ずかしいセリフ、言えるわけないでしょう!! 私は赤面したまま固まっていると、それを見ていたコルティヴァ様がクスクスと笑った。


「もちろん、何の考えもなくそう言ったわけじゃないよ。ヴェルデの力はすでにエルフの森に広まっている。その力が込められた薪を使えば、炎のコントロールも上手くいくだろう。そうすれば、ヴェルデがドワーフ王国へ帰国しなくても大丈夫なはずだ」

「っ! じゃあ……」

「うん。ヴェルデはここに残り、僕を支えて欲しい。それでゆくゆくは僕の妃になってくれると嬉しいかな?」


 そんな甘い言葉にドキリとしたのも束の間、私の脳裏に叔父様の憎らしい顔が浮かぶ。『王女としての責任を果たすように』なんて手紙の一文を思い出して、私は頭を振った。


「ダメです! 私なんかがコルティヴァ様の妃になんて……」


 しかし彼は私の手を取って優しく微笑みかけた。その笑顔はまるで砂糖菓子のように甘く蕩けるものだった。


「ヴェルデ嬢。僕はね、キミがいいんだ。聖女だとか、何の力を持っているかなんて関係ない。ただ僕はヴェルデという女の子を愛している」

「コルティヴァ様……」

「それに僕なら心配はいらない。たとえドワーフ王が直談判してこようとも、何度だって追い返してあげるから」


 それは頼もしい言葉だけれど……。


「……よろしいのですか? 私はあんまり良い女じゃありませんよ? 体だって相変わらずチンチクリンだし……」


 私が訊ねても、彼は優しい微笑みを浮かべたまま頷いただけだった。彼がそう言うのならば、きっと大丈夫なのだろう。そう思えてくるから不思議だ。


 私は手紙をグシャリと握りつぶした。

 それから自分の気持ちを言葉に乗せて彼に伝えた。


 もうここには自分を苦しめるモノはない。だから自分の意思で、大好きな人の側に居ることを選べる。


 コルティヴァ様は心底嬉しそうな顔で頷くと、私をそっと抱き寄せた。こうして私はこの美しい国で、愛する人と一緒に暮らしていくこととなった。



 その後、コルティヴァ様は本当に叔父様と新たな条件で交易を再開したらしい。

 もっとも、叔父様は「俺は最初からヴェルデなんて不要だったんだ!」って悔しがっていたけれど。


 とはいえその叔父様も、無理に鍛冶の炎を乱用したことが国民にバレ、国王の座を降りることになった。代わりにその息子……私にとっては甥が跡を継ぐことになった。


 彼はまだ若く、とても真面目で叔父の血を引いているとは思えないほどに良い子だ。彼ならばきっと、ドワーフの国を正しく導いてくれることだろう。


 そして驚いたことに――


「まさかオーキオさんが、新国王の元に嫁ぐことになるとは思いもよりませんでした」


 私がそう話すと、コルティヴァ様は嬉しそうに微笑んでくれた。


「これで心置きなく、新婚生活を送れるね?」

「もう――!!」


 そして私の頬に口づけをした彼は、嬉しそうに微笑んだ。



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