夢にまで見た
息を切らしながら怪物のいた場所へと全速力で走る。しかし僕の肉体はそれに抗議するように、擦りむいた顎と脇腹で僕の脳をちくちくと責め立てる。
怪物の場所は案外遠かったようで、倒した魔法少女が帰ってしまわないかと気持ちが逸る。
僕のような一般人が魔法少女に会える機会はほとんど無い。魔力弁、つまり妖精は高度な認識阻害の能力を持っているらしく、変身前と変身後の姿を見ても同一人物だと気付かれないのだ。
ゆえに彼女たちのプライバシーは完全に守られ、厄介なストーカーに追い回される危険もない。なんてリテラシーの高い妖精だろうか。
しかし、僕にとってはいい迷惑だ。魔法などという不可思議な現象は直にこの目で見なければ理解出来るはずなどない。だが実際には、魔法少女の隠蔽に協力しているであろう謎の組織から送られてくる調査結果をもとに、推論で研究を行うことしか許されていない。
だから僕が魔法少女に会えるのはこれが人生で2回目なのだ。冷静でいろというのは無理がある。
いくつもの街灯を超え、見晴らしのいい開けた場所に出る。付近には怪物が壊したであろう道路の破片が飛び散っており、その奥には5メートルを超える岩の巨体が倒れ伏していた。
そして、岩の頂上で長いリボンをはためかせながら悠然と立ち尽くす影がひとつ。
暗がりでよく見えないが、歳は14~17歳程度だろうか。腰まで伸びた黒のストレートヘアに孔雀青の瞳。黒を基調とした装いは、スーツとドレスが混ざりあったような気高い印象を与えていた。
出会い頭に不躾に観察している僕に向こうも気づいたのか、その魔法少女は怪物から降りて警戒し始めた。
「ここは危険だ!一般人は離れていろ!」
当たり前である。既に怪物は倒されたとはいえ、ここには飛び散った建造物の残骸があちこち落ちている。どこかで崩落が起こらないとも限らない。
しかし、僕には大事なことがある。ようやく完成させたこの装置の起動。それを魔法少女にお願いしなければならず、この機会を逃せば次は無いかもしれない。
大事なのは僕は敵ではないと知ってもらうことだ。そのうえで、ほんの少しだけの人助けをお願いしなくてはならない。
「僕はあなたと話をするために来ました!どうか話だけでも聞いてくれませんか?」
「…………話?取材なら断っているが」
彼女は怪訝そうな顔をして、こちら側に近づいてきてくれた。魔法少女の認識阻害と、仮に攻撃されても対応できる自信があるのだろう。僕を弱者だと油断している。僕は必死に自分の記憶を辿り、どのようにアプローチすべきかを考える。
「……実は先程、そちらの怪物に襲われそうになっていて、あなたが来なければ僕はどうなっていたか。だからせめて感謝を伝えたくて。ありがとうございます」
「それは結構。私に感謝は伝わったし、もう帰ってくれないか?」
単純に褒め尽くすことにしたのだが……あまり歓迎されていないようだ。
僕がもう少しだけと懇願すると、彼女は嫌々ながらも話を聞いてくれた。いくつか会話を交わし、その中で踏み込めそうな言葉を探っていく。
「あの怪物も一瞬で倒されてましたよね?あなたのような強い方に来て貰えて良かったです」
「残念ながら私はそこまで強い方ではない。初対面だが夢を壊して悪かったな」
「そんなことありません!」
僕は一歩、彼女の方へ踏み込んでじっと目を見つめる。男女の身長差がより浮き彫りになり、彼女が上を見上げる形になる。
すかさず彼女の手を両手で握り、満面の作り笑顔で言った。
「魔法少女パペッティアですよね!ファンなのでよく知ってます」
僕の魔法少女への関心を舐めないで欲しい。古今東西現在活躍しているあらゆる魔法少女のデータは、簡易的ではあるがきっちりと覚えている。こんな風に、いつ誰と出会ってもファンだと名乗れるように。
だが、予想していた反応は想定のどれとも違っていた。
「…………どこでその名を聞いた?」
僕は彼女の嫌悪をむき出しにした顔を見て、しまったと後悔する。
魔法少女の公開されている個人情報は、本人が自らの意思で開示した場合と一般人のリークにより発覚した場合がある。おそらく彼女の名前は後者なのだろう。踏み込んだことで相手に警戒されてしまったようだ。
機転を利かせるべきだったが、僕は引き返すことはできない。そのまま押し切ることにした。
「魔法少女のファンサイトがあって、そこであなたの活躍を見ていたんですよ!それで、もし良ければ魔法を使っているところを見ないなと思ってて!」
「嫌だ、断る。得体の知れない男を私が信じるとでも思ったか」
僕は別にこの魔法少女が嫌いではないが好きでもない。ただ利用するだけだ。しかし、彼女は警戒心が強く、僕の言葉になびく気配がない。
彼女が魔法を使えば、魔法から漏れ出た魔力を材料に装置が起動するはずなのだ。ほんの少しでも良かった。
だが、僕が何度か魔法を使うようにお願いしても、彼女は頑なに拒否し続けた。
「君みたいな人は何人か見たがな、そのどれもが自分のことしか考えないろくでなしだった。君も同じだとは言わないが、私は君にファンサービスをする気がない」
彼女は踵をかえし、僕の元から去ろうとする。
まずい、僕の脳が焦りを告げる。ここで彼女を逃がせば僕が魔法少女に会えることは二度とないかもしれない。
僕が最後に取れる手段は、最も原始的で品位の無い行為だった。
背を向けた彼女に気づかれないように懐に隠していた装置を握りしめる。装置は直径10センチ程度の立方体で、いくつもの金属が繋ぎ合わされてできている。重さも十分にあり、これで攻撃されれば出血くらいはするだろう。
僕は装置を大きく振りかぶり、彼女の小さな体めがけて投擲した。
乾坤一擲、投げられた装置は僕の望み通り彼女に向かって飛んでいく。運動能力のない僕にしては上出来だ。
彼女は僕を警戒していたからか、飛来した装置から身を守るように、反射的に魔法を使用する。
「君は………何をして──ッ」
ヒーローとしてあるまじきことだったが、僕は暴力に頼ってしまった。とはいえ、結果的に彼女を傷つけることはなく、魔法を使わせることに成功した。罪悪感もあるが目的のためには割り切らなくてはならない。
そして、彼女の魔法に呼応するかのように、装置の内部が光り出す。金属の隙間から漏れ出る光が研究の成功を物語っていた。
僕は体を滑らせながら勢いよく魔法の発現地点に飛び込んだ。
「ふはははははッ!やったぞ!これで僕にも魔力弁が現れる。僕は───ヒーローになれるッッ!」
眩い光が僕達を包み、町中を覆うほどに輝いた。
読んでくれてありがとうごさいます!
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