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憧れは遠く

 あの日、僕の前に現れたのは間違いなくヒーローだった。


 その日はなんてことない日常の一部で、学校から帰宅する途中だった。

 辛うじて立っていられる程の軽い地震が発生し、それに応じるようにして耳障りな甲高いサイレンの音が鳴り響く。訓練で聞いたから知っていた。怪物の襲来だ。

 

 建物が倒壊する音に振り返ると、そこには岩の塊が二足歩行で立っていた。まるで映画のような滑らかな動きで岩の塊──怪物は僕の方へと歩いている。それは緩慢な動きではあるものの、ビルを上回るほどの巨体の歩幅は凄まじく、逃亡の困難さに打ちひしがれると同時に、地震の正体がただの歩行であることに怪物の脅威を再認識する。

 怪物が歩くだけで僕なんか簡単に消えてしまう存在だ。急いで怪物と逆方向に逃げ出したが、地震に足を取られ、盛大に地面に叩きつけられた。

 

 怪物を前に背中を見せ、あげく足を踏み外して逃げ出す事すらできず。抗う事のできない身体が巨体の怪物に潰されそうになったとき、僕の前にヒーローが現れた。

 

 彼女は迫り来る敵の攻撃を一心に受け止めて僕を守り、僕に向かって「大丈夫だ」と言い放った。

 攻撃を止めた隙に仲間のヒーローも到着し、瞬く間に怪物は倒されてしまった。

 

 彼女は情けなく転がる僕の前にしゃがみ込むと、ほら、大丈夫だっただろう。とあどけなく笑った。

 

 その瞬間、僕は脳天から手足に迸る閃光に打ちひしがれた。体は痙攣し、彼女以外が世界から消えてしまったかのように視界がぼやけていく。

 当時の僕はこの感情を表す言葉など持ち合わせていなかったので、口から出たのは純粋でシンプルなものだった。


───僕も、あなたのようなヒーローになれますか?


 彼女は眉を八の字に曲げ、すこし考えてから、なれるさと答えた。

 まだ幼かった僕は彼女の困った表情なんてこれっぽっちも理解できなくて、期待してくれているんだと都合よく受け取った。

 僕は喜んだ。憧れのヒーローの手を借りて立ち上がり、感謝を込めて彼女の活躍を語った。それはもう雄弁に。


 その後、家に帰った僕はヒーローになるためにはどうすればいいか両親に聞いた。僕の夢を聞いた2人はあまりいい顔をしなかった。遠回しに何かを言っていたが、僕には分からなかった。


 それでも僕は挫けなかった。学校で仲のいい友達にも言った。ヒーローになりたいと。友達はこう言った。

 

「ヒーロー? 馬鹿だなぁ、魔法少女は女しかなれないんだよ」


 ………………。


 僕は塞ぎ込んだ。

 どうやら僕にヒーロー、いや魔法少女になる資格はなかったらしい。憧れだった女性を少しだけ恨んだ。

 

 しかしそれも束の間、僕は立ち上がった。なぜなら僕は、偏屈で往生際が悪く、天邪鬼だったから。魔法少女に関するものを片っ端から調べ(といっても子供ではろくな情報を揃えられなかったが)、魔法少女や怪物に関することへの造詣を深めていった。

 

 両親はずっと僕のことを気にかけて心配していた。それもそうだろう。自分ではなる事のできない魔法少女に傾倒する趣味などまったくの無意味だ。

 長い年月の中で彼女への恋心は、魔法少女への知識欲や研究の欲求へと形を歪め、僕を離さないでいた。






 やがて僕は大学生になり、有名な大学へ入学した。そこでは珍しく魔法を専攻する学科があり、当然のようにそこを選択した。両親はそのことに何も触れず、諦めた目を向けていた。なんて失礼なことだろう。


 僕は水を得た魚のごとく日夜研究に没頭し、あるひとつの試作品をつくりあげた。

 それは、一般人でも魔力弁から力を引き出せる装置である。


 魔力弁とは、魔法少女が自身の力を使う際、異次元の力に接続するための門のことを指す。

 こう言うと分かりにくいのだが、魔法少女が一人につき一体契約している妖精のことだ。彼らはもきゅもきゅとよく分からないことを口走る動物として知られているものの、その本質は魔法少女に力を与えるエネルギー源であり、同時に力が暴走しないための栓でもある。つまり、魔法少女は妖精がいなければ何の力も使えないのだ。


 では、魔力弁を強制的に開け閉めできるなら、たとえ一般人でも───ひいては男性である僕でも魔法が使えるのではないだろうか。

 ごく自然に芽生えた疑問を解決するために作り上げたのがこの装置である。


 動作テストはまだできないものの、僕が手を加えられるところはもうない。

 最後のピースは、実際に魔法少女に魔力を与えてもらい、装置を活性化させることで完成する。


 僕は大きく伸びをして、そのまま近くにあったソファーへとダイブした。ふかふかと呼べるほど高価なものでもないが、横になれるだけまだマシだろう。

 僕が休んでいることに気がついたのか、同じ研究室にいた後輩が作業の手を止めてこちらに近づいてくる。手には執筆途中の原稿が握られている。


「先輩、終わったんですかぁ?終わったならこっちも手伝ってくださいよ。今日までに終わらせないといけない作業がまだ残っていてですね」


 なんて後輩だろうか。ようやく完成した研究を聞きもせずに自分の後始末を押し付けてくるなんて。初めはもっと尊敬されていたはずなのだが。

 

「僕はいま気分がいい。だから僕が完成させたこの素晴らしき装置についてすごいすごいと褒めたたえてくれたならら手伝ってもいいよ」

「えー、俺その話もう何回も聞きましたし。てかそれ作るの5回目ですよね?無理なんじゃないですか、普通に」


 僕はふて寝した。しかし彼を無視してソファーで寝ようとすると手伝ってくれとうるさく鳴くのだ。僕はさっさと荷物と装置を鞄にしまい、泣きつく後輩を引き剥がしながら研究室を後にした。

 僕は困っている人に手を差し伸べられるような正義のヒーローではないのだから。






 帰り道、等間隔で並べられた街灯を頼りにして歩く。家までの道は人通りがほとんどなく、時折車の走る音が聞こえる程度の寂れた場所だ。

 真っ暗な中一人でこの道を歩くのは少し心細いが、僕はこの時間がとても気に入っていた。

 現世から切り離され、僕しか音を発するものはなく。この瞬間だけが僕を肯定してくれるような全能感を味わうことができる。


 誰も見ていないのをいいことに両手を広げてスキップしながら走っていると、不意に視界が揺れ動いた。

 突然のことに足がもつれ、前方へと重心がずれる。そのまま僕は顎先からぐしゃりと突っ伏した。

 その直後、静寂を破ったのは聞き馴染みのある甲高いサイレンの音だった。


 あぁ、まただ。ズシンズシンと響く地響きの音が僕の腹を通って鼓膜を震わせる。一体どこから現れたのか。僕が顔を上げた先には見慣れた岩の怪物がいた。

 記憶にある時ほど怪物が大きく感じないのは僕が成長したからか、それとも怪物ごとに個体差があるのかは分からない。僕は魔法少女にしか興味が無かったので怪物について書かれた本などこれっぽっちも読んでいなかった。

 今更になって怪物について勉強しておけばと後悔が頭をよぎる。雑念を払い、怪物から逃げるために神経を研ぎ澄ませる。

 震える手足を叱咤して体を起き上がらせて怪物を一瞥する。怪物は記憶にある通りの緩慢な動きで周囲の木々や建物を壊そうと腕を振りかぶる。


 その直後、小さな光と共に、何かが怪物の顔を貫いた。

 怪物の顔(の位置にあったもの)はばらばらに破壊され、重心を崩したのかその場に怪物が倒れ込んだ。

 一際大きな衝撃が僕の元まで伝わり、ようやく怪物が倒されたのだと理解する。

 そして、その怪物を倒したのは間違いなく魔法少女だ。


 僕は走った。倒れた時の顎の痛みなどとうに吹き飛んでいた。

 魔法少女に会える!きっと昔に僕を助けてくれたヒーローではないけれど。感謝の意とそれから少しのお願いを聞いてもらうために、小さな光に向かって足を進めた。

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