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陰キャでイジメられっ子の俺は美容師の母さんが店を開いたら人生が変わった件  作者: ささくれ厨
The Signpost Of The Sun

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44/50

掻っ攫われちまうぞ?

 母さんと日下部(くさかべ)さんの家に訪問した日から、とても穏やかな日常を送っていた。

 まず、サロンのほうは実弥(みみ)さんや聖愛(まりあ)さんの熟練度が増したことでお客様を効率よく施術できている。

 おかげでアシスタントの俺が手持ち無沙汰になることがあったり、実弥さんや聖愛さんが有給休暇を取ってもそれなりの店舗の運営が出来ていた。

 当日客もだいぶ取れるようになったので売上もかなり上がっているのだけど──


「ねえ、美希(みき)さん。男性客、全ッ然、来ないッスよね?どうしてッスか?」


 閉店後のサロンで俺はマネキンでカットの練習をしている。

 その奥で聖愛さんが母さんに愚痴っていた。


「やー、本当はさー、もっと男が来る予定だったんだよな。前、私がここでヤってたときは男性客が三割以上居たんだけどなー」


 母さんは答える。家にいるときなら頭をボリボリ搔くヤツだ。今はサロンのバックヤードでセットが崩れるのを嫌って掻く手を引っ込めている。


「今まではアイくん目当てで来る女性のお客様ばかりだったけど、今は──」


 実弥さんは今、母さん目当てと言いたそうにしてるけど、母さんだけじゃなく、聖愛さんだったり実弥さんだったりと同年代の女性客がとても多く、実弥さんが来てから取り入れたフェイスエステやネイルが好評で、男性客が入り込む余地が全く無い。

 それでもサロン・ド・ビューテは今日も客足が途絶えること無く繁盛している。

 本当にありがたいことだ。


 俺はもうすぐ誕生日を迎えるということで自動車学校に通っている。と言っても誕生日前なので仮免試験を未だ受けることが出来ないでいる。

 順調なら夏休み中に車の免許を取得できる予定だ。


 俺の誕生日の二週間前には母さんの誕生日が来て、サロンの皆──俺と実弥さんと聖愛さんで母さんを祝った。

 俺は少しばかり上品に見える髪留めをプレゼントしたけれど、母さんは今もそれを付けている。

 サロンを手伝い始めてから三年目。

 誕生日やクリスマスにプレゼントを送っているけれど、受け取る度にはにかんだ顔がとても可愛らしい。

 美人でスタイルの良い自慢の母だ。そんな母を慕って、仲間として母さんを祝ってくれる実弥さんと聖愛さんには心から感謝していた。


 母さんの誕生日の二週間後。

 一学期の終業式を終えて夏休みに入った直後の俺の誕生日。

 今度は俺が祝われた。


「誕生日おめでとう!」


 今日のために随分の人数がリビングにやってきている。

 母さんを始め、俺と母さんと一緒に働いている一条(いちじょう)聖愛さん。聖愛さんの妹の依莉愛(いりあ)。同じくサロンで働く(ひいらぎ)実弥さんと、彼女の妹の柚咲乃(ゆさの)。それとひなっち、こと、白下(しろした)陽那(ひな)


和音(あいおん)と話すのほんっっっと久し振りだね」


 プレゼントを貰った時に依莉愛を言葉を交わす。

 実はこの日、依莉愛と過ごすのは随分と久し振りなのだ。


「確かに。一ヶ月くらい喋ってないよね」

「そうだよー。ウチ、なんか学校で全ッ然、自由がないッ!」


 最後に一緒に過ごしたのは期末テストのテスト期間の一日だけで、それから一ヶ月近くも声を交わした会話をしていなかった。

 メッセージでのやり取りは続けているけど、中間テスト以降はお昼は俺と柚咲乃の二人で過ごしていて、依莉愛はクラスメイトたちと昼食を摂っている。

 疎遠になっているのだ。依莉愛は自分の交友関係を選べないことをボヤく。


「お昼なんかさー、行きたくても直ぐに囲まれちゃってほんとキツいんだよね。断れない雰囲気だしさー」


 そう言って肩を竦めて不満を零した。


「和音先輩!」


 依莉愛を話しているところに柚咲乃が来る。


「誕生日おめでとう!依莉愛先輩と一緒に選んできたんスよ」


 そう言って手渡されたのはブレスレット。依莉愛からはネックレスを貰った。

 どっちも疲労軽減や疲労回復に定評のあるものだ。

 アルバイトができない東高の生徒にとって、ブレスレットやネックレスなどは高価なものに感じられる。お年玉やお小遣いを残しておいて、ちょっと頑張ればも買えない金額ではないのだけど、それでも随分と背伸びしたプレゼントであることは間違いない。

 だから、そうして俺へのプレゼントのためにいろんなことを犠牲にしただろうし、その犠牲はやはり気持ちがあってものだと思うので、素直に感謝を示した。


「ありがとう」


 俺は柚咲乃からプレゼントを受け取る。

 そしてすぐに、依莉愛から貰ったネックレスと柚咲乃がくれたブレスレットを彼女たちの目の前でしてみせた。


「やっぱ似合うわー。ほんと見た目もスタイルも良いもんね。背があるから更に映える!」

「やー、やっぱ美希姉の息子ってだけあるッスよ」


 二人して俺の体をペタペタ触りながら褒め称える。美少女二人に寄り添われるのは悪い気はしないけど少しばかり居た堪れない。

 ちなみに、二人の姉、聖愛さんと実弥さんからはベルトとシューズを戴いた。彼女たちもサロンの定休日に二人で出掛けて買いに行ったらしい。

 姉妹揃って仲の良いことで。


「アイちゃん。おめでとう」


 依莉愛と柚咲乃の次にひなっち。

 ひなっちがくれたのはイヤーカフだった。それも随分と高そうな……。


「ありがとう。でも、こんなに凄いの……良かったの?」

「もちろんよ。私、アルバイトをしているから、このくらいなら……」


 ひなっちがアルバイトをしているだなんて初耳だった。


「片親だからアルバイトが出来たのよね。それでそれなりの余裕ならあるのよ」


 そう言ってニッコリと笑顔を向けてくれる。

 なら、有り難く受け取って、ひなっちの目の前で耳を飾る。


「やっぱり似合うわね。とても上品で映えるわね。流石、美希さんの息子さんだわ」


 ひなっちは俺の耳に手を伸ばして、眩しげに目を細めた。

 まだ、近くにいる柚咲乃が俺を見て「わーお!そういうのも似合っちゃうんだねー」とひなっちと同様に目を細める。


「あ、あの……ところで……お願いがあるんだけど……」


 顔を赤らめておずおずと声を絞り出すひなっちに「どうしたの?」と返すと──


「オープンキャンパスに行く前に髪の毛をアイちゃんにやってもらいたくって……」


 八月になるとオープンキャンパスが至るところで開かれる。

 受験生の俺たちが志望校を見学するのには良い機会なのだ。ひなっちも受験生だから当然行くんだろう。


「明後日、依莉愛と柚咲乃の髪の毛もやるから、その時に一緒にどうかな?」


 俺がそう伝えると、ひなっちは柚咲乃と依莉愛に目線を送る。

 嫌がられないかを気にしているのかも知れない。


「良いんじゃない?」「和音先輩が良いならボクは全然良いッスよ」


 依莉愛と柚咲乃の同意があったので、翌々日のサロンの定休日にひなっちの髪の毛もヤることにした。


 宴もたけなわ。

 酒を飲めない高校生の女子三人はソファーに座って歓談を楽しんでいる。

 珍しく依莉愛と柚咲乃がひなっちと会話をしていた。


 俺はサロンの職場仲間である実弥さんと聖愛さんは抱き合って寝ている。二人して俺に絡んだ後に酔い潰れたのだ。

 母さんは俺を抱えて泣きながら語っている。母さんは泣き上戸。


「アイちゃん、大変ね。いつもこんな感じなの?」


 俺を気にしていたのかひなっちが様子を見に来てくれた。


「ああ?陽那?」


 ギロリとした目を向けて凄む母さん。

 何故か小物感ハンパない。


「美希さんもこんなふうに酔うのね」

「白下よりもまだ良いだろ……。陽那だってお屠蘇で随分酔ってたじゃねーか……」


 母さんが白下と呼ぶのはひなっちの父親のことだ。父さんの親友だったから母さんも見知っている。

 酔っているから呼び捨てなのだろう。普段なら白下さんと呼んでいる。


「うっ………それを言われると言い返せないわね……」


 ひなっちは俺や母さんから目を反らした。

 正月のお屠蘇で酔って俺や母さんに絡んだのも覚えているのが分かる。

 母さんは弱点を見つけたとばかりに揶揄い始めた。


「和音、かーいーだろ?」


 そう言って俺を頭を抱えて胸の谷間に抱き寄せる。


「アイちゃんが可愛いのはそうだけど、実母の胸でお顔を緩める息子さんと言うのはどうなのかしら?」


 母さんから良い匂いがするから緩んでしまったのかも知れない。

 それをひなっちからディスられた。

 確かに他人から見れば気持ち悪いのかも知れないけれど年頃の男子のあるあるなのだが。


「年頃の男子ってよ。身近な異性で性の目覚めを迎えるんだってよ。私のおっぱいで興奮してもおかしくないんじゃねーか?健全な男子ならよ」


 俺を抱く腕を更に強めて俺の顔を胸の谷間の奥深くに(うず)めていく。

 グリグリと押し付けて「お前にはここまでないだろう?」と追撃。


「それなら(わたくし)だってッ!」


 ひなっちが俺に手を伸ばすと母さんはパッと手を離してひなっちに俺を抱き寄せさせた。

 今度はひなっちの双丘が俺の顔に押し付けられている。

 俺の顔を抱き締めるひなっちに母さんは更に焚き付けた。


「なあ、陽那。そのまま、和音の童貞を奪ってくれても良いんだぞ」


 ニヤニヤと意地悪な笑みをひなっちに向ける。


「そッ!そんなことは……まだ、早いんじゃなくてッ!?」


 頬を赤く染め上げてひなっちは声を荒らげた。


「くっくっく……初心(うぶ)だなー、お前も。とっととヤらねーとどっかの誰かに掻っ攫われちまうぞ?」


 母さんが笑いながらひなっちを煽り、ひなっちはその言葉で俺を抱く手にギュッと力が籠もる。

 ひなっちの心音が俺の耳を打ち続けた。


「それによ。早いも何もさ。私は陽那くらいの歳に和音を産んだんだ。ヤるだけなら早いも遅いもないだろ」


 と、顔を赤くして羞恥に苛まれているひなっちに向かって母さんは言葉を続ける。


「そう言われたらそうかもしれないけれど……」


 恥ずかしがっているのに俺は解放されない。

 ニンマリしている母さんは煽りの手を緩めることはなかった。


「ゆっちゃんも依莉愛ちゃんもそう思うだろ?」


 そう、このリビングでまだ起きている二人を彼女は巻き込んだのであった。

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