教室クリーン大作戦
中学生になってから伸ばしてきた髪の毛をどうにかしたいと考えていた。
読者モデルのアルバイトを始めて半年。
仕上がった写真を見るとどうも卑猥で重い。
これを好きだと言う人は少なくないけど、ウチはもっと明るくて下品じゃない自分を見せたいと思ってた。
「ねえ、お姉ちゃんさ。就職したんでしょ?職場、どうなの?」
お姉ちゃんの部屋でヘアカタログを見ながら下着姿で伸びてる姉に訊く。
「ちょっと忙しいけど良い職場だよ。超綺麗な顔立ちのイケメンくんがいて目の保養になるし」
お姉ちゃんのイケメンはアテにならないけど、お姉ちゃんが就職した美容院は去年の四月にオープンしたこじんまりとしたお店で、学校から近いのもあって気になっていた。
クラスメイトが浴衣や振り袖の着付けをしてもらった話を聞いたけど、彼女たちも「すっごい綺麗な男の子に着付けてもらったけど、全然苦しくなくて疲れないし着崩れもしなかった」と大絶賛。
気になって行ってみようと電話で問い合わせたら二ヶ月先まで予約が埋まって受け付けられませんと来た。
そこにお姉ちゃんが就職したのだ。
「ところであたしのヘアカタログを熱心に見てどうしたの?髪型変えたいの?」
「うん。ちょっとこないだ撮影したのを見てたら、もう少し印象を軽くしたいって思ってさ」
「あー、おっぱいでっかくなったからだね」
去年の春よりも2カップアップしたウチのおっぱい。
男子の視線を集めるし、女子には揉まれまくる。無駄に注目を浴びるおっぱい。
貧相なおっぱいのお姉ちゃんの瞳から光が失われ闇に落ちていく。
「そうなんだけど、どういうふうにしたらいいかわかんなくって……」
「そっ……じゃ、とりま、ウチの美容院の予約入れておく?」
「良いの?前電話した時、予約埋まってたんだよ?当日も無理って言われたし」
「あたしが増えたから当日分も少しだけ取れるようになったんだよ。でも予約の問い合わせは毎日来てるから早めに都合の良さそうな日を教えて」
翌日、お姉ちゃんが予約を取ってくれて、翌週末の夜にサロン・ド・ビューテに行けることになった。
◆◇◆◇◆◇
ウチが通う市立東高校は県内でも有数の進学校だ。
偏差値が高く難関校と評されているけれど、ウチは家から近いという理由でここに通っている。
進学校だから鬱陶しい付き合いもないと思っていたけど、クラスのカースト上位者がウチの周りに集まってきたし、更にウチが読モのバイトを始めるとガラッと変わった。
ウチの高校は基本的にアルバイトは禁止だ。だけど、家業があったり寡婦家庭だったりすると許可される。ウチが中学生のときにパパとママが離婚して母子家庭になった。
ママは働いては居るけれど女の稼ぎなんてたかが知れてる。生活はやっぱり苦しいから、声をかけてもらったのもあり、読者モデルとしてアルバイトをすることにした。
「香織ちゃん。ウチ、母子家庭で生活キツイんでアルバイトしたいんですけど良いですか?」
アルバイトの許可を貰うために職員室で小板香織先生に申請書を受け取りに行った。
「母子家庭ってことなら良いんだけど、ウチのクラスで二人目だよ」
「ウチの他に居るの?」
「あ、ごめん。一人居るけど口を滑らした。今の忘れて」
このせんせ、信用ならねえ。
それでアルバイト許可申請書を受け取って、ママと事務所に記入してもらって提出した。
アルバイトの許可は直ぐに下りた。
ウチのクラスには虐められている男子が居る。
ボサボサでもっさりした髪で顔が良くわからない気色悪い男子。
南中の男子だけど、同じ南中の男子や女子から嫌われていて、直ぐに他の子たちも彼を気味悪がった。
ウチもウンコという渾名で呼ばれるソイツのことは気持ち悪いと思ってる。
「キッモ……」
「…………………………」
アイツとすれ違うたびに女子は皆、言葉を捨てる。
ウチもそうだ。
でも、不思議なことに、アイツとすれ違うたびにすごく良い匂いがする。
あの容姿に良い匂い。だからこそキモさが際立つ。
言葉をかけられてもいつも無言でこっちのことなんか気にも止めない。
まるでそこに居ない人間みたいに彼は通り過ぎていく。
ウチとすれ違ってガン見しない男は居ない。彼を除いた誰一人として。
数ヶ月後。
ウチが載ったファッション誌をコンビニで見かけた。
なんと、表紙!
可愛い!本当に可愛い!
「依莉愛っちすっげ!ちょーかわでめっちゃあがったわ」
「あーしも見た!同クラで読モで表紙って上がるよね」
ウチはしばらく女子たちから賛辞を浴びまくり、男子からはいろいろなお誘いを受けた。
流石に男子の誘いには乗らなかったけど、クラスの男子からの視線を一身に浴びて気分はとても良い。
そんなウチへの称賛で騒がしい教室にのそりと入ってくるウンコ。
こいつ本当にキモい。最近背が伸びたのか調子に乗っているようにしか見えない。
こういうやつは痛い目を見るに決まってる。
彼は席につこうとしたけど一瞬、立ち止まって時計に顔を向けた。
それでも顔が見えないのだからどれだけ髪が鬱陶しいんだろう。
「きっめーな!こっちみんなよ」
ウチは声を大きく発した。
「そうだ!そうだ!ウンコがなんでそっち見てんだよ!」
「ちょーしにのるなカス!」
「発情したゴブリンかよ!きめえ!きもすぎる!」
クラス中から非難轟々と投げつけられる。
ざまぁねえな。
彼が席に着くと鞄からウェットティッシュを取り出して机を拭き出した。
きっと悪戯書きでもされたんだろうね。調子に乗りすぎた末路だね。ほんと、ザマァない。
この日の三時間目。
皆が陽菜乃ちゃんと呼んでいる末村陽菜乃先生の授業でのこと。
「はい。じゃあ、ここに入るのが、何かな?先生が名前を呼ぶので出てきてもらいましょう」
陽菜乃ちゃんは凛とした女性教諭で男子生徒よりも女子生徒からの人気が高い頼れるお姉さん的なポジションの先生だ。
スタイルもよくて聡明な顔立ちにきりりとした眼鏡。大人の女性として憧れを持つタイプだ。
「では、紫雲くん。良いかな?」
陽菜乃ちゃんはよりにもよってウンコの名をあげる。
ウンコは鼻腔を擽るくっさい芳香をばらまきながら教壇に上がり正解を書き綴った。
「正解!良くわかったな。もう少しかかると思ったんだが……。紫雲くん、席に戻って良いぞ」
先生がウンコを席に戻す。
ウチの横を通るから、この良いかっこしいが腹立たしくなって足を思い切り払ってやった。
──ドンッ!ゴツンッ!ダンッ!
ウンコが盛大に転んだ。
クラス中が大笑い。
我ながら良いエンターテインメントを提供できた。喜ばしい。
「ダッサ!」
と、笑い飛ばすとクラスメイトから言葉の暴力を一方的に投げつける。
だが、彼は一向に動かない。
ピクリともしないのだ。
「紫雲くんッ!!」
陽菜乃ちゃんがウンコに駆け寄ってきた。
「だッ……大丈夫!?」
ピクリとも動かないウンコ。
ざまあない。
「だっ……誰か……紫雲くんを…!」
こんなウンコカスに誰が助けの手を出すものか。
教室が静まり返る。
ややしばらくしておずおずと声を上げる女子が居た。
「あ……あの、私……保健委員なので保健室に連れていきます……」
五分、十分と経ってもピクリとも動かないから、保健委員の日野山羽流音が手を上げて席を立ち上がる。
保健委員なら仕方ないか。と言う空気になり、彼女がウンコの肩を担いだ。
力があるな。
「わ、私も手伝うよ」
陽菜乃ちゃんがもう片方の肩を担ぐと「あとは自習でチャイムがなったらそのまま終了で良い」と言って陽菜乃ちゃんと日野山が教室から出て行った。
「アイツ、死んだ?」
「かっこわるっ」
ウンコへの悪口はウチも含めて止むことはなかった。
そして、昼休み。
日野山が帰って来るとウチらは日野山に言った。
「ウンコの臭い、感染ってる!くっさー」
「ほんとだ!日野山もくっさいわ」
「ちょっとこっち来ないで」
日野山への攻撃が始まった。
日野山と一緒に過ごしていた友達が「うるっち、ごめんね。私らも標的になりたくないからさ……」と日野山を突き放す。
それはウチらが見逃すはずがない。
「日野山、きったねー」
「あっちいけいけ」
「こっちに来るな」
「教室に入るな」
「バーリア!バリア!」
日野山は机から鞄や教科書を纏めて教室から出て行った。
この日から日野山は保健室登校となり、ウチらとの関わりを持たなくなる。
悪いことをしたとは全く思わない。
ウンコに触った日野山が悪い。
害虫を駆除した善行なんだと、クラス全員がそう思ってる。
ついでにこの日はウンコの机の中にあった教科書とノートはぐちゃぐちゃにしてゴミとして捨てた。
鞄の中にあったものも含めて全部だ。
財布に入っていたお金がなんと三万円。これを抜き取って鞄ごと捨ててやった。
教室クリーン大作戦大成功。
ウチらは善行して意気揚々となり、三万円を使ってカラオケボックスで豪遊させてもらった。
◆◇◆◇◆◇
どうしてこんなことを思い出したのか。
ウチが二年生になると南中の奴らは別のクラスになった。
ウンコはウチと同じクラス。
日野山は去年のクラスメイトとは誰ひとりとして同じクラスになっていない。
その代わり保健室登校でなくなり二年生になってからの数週間を快適に過ごしているようだった。
彼女の友達も仲直りしたらしい。
だけど、一年生のときにウンコをイジメていたカーストトップのメンバーは二時間目の後の長い休み時間や昼休みにはウチのところにやってくる。
正直なところ男どもに言い寄られるのは鬱陶しいけど、バカをやってきた仲間たちとの時間は楽しい。
昼休みを使ってウンコを甚振るアイツらは最高にイカしてる。
ゴミはゴミなんだと、ウチらは良く知ってるんだ。
読モは順調でウチは扶養から抜けて自分の仕事として楽しめている。
学校では出会わないレベルのイケメンと絡めるし気分が良い。
ところがヘアメイクさんからこんなことを言われるようになった。
「なんかさ、こう髪が伸び過ぎっていうか、胸が立派だから髪が長いと卑猥に見えるんだよね?少し切ってみたりする気ない?あるなら良い美容院を探すけど」
最近、ブラジャーを新調したばかりだ。
よく育った胸は衣服をこれでもかというくらいに押し上げる。
男女に関わらず視線を集めるこのおっぱい。
どうもこれが悪目立ちしているらしい。
「どこが卑猥なのかわかんない」
「じゃあさ、後で写真送るから検討して」
ヘアメイクさんは意見を曲げなかった。
けど、同じ日にスタイリストさんにも言われて、流石に気にせざるをえなくなり、夜、写真を見ながらお姉ちゃんのヘアカタログを見漁ったのだ。