おっきくなってる
そして、本祭。
昨日と同じくメイドと執事を仕上げて一般公開を待った。
今日は依莉愛が午前担当のため一緒に行動するのは午後からだ。
準備が終わったら俺は午後の準備まですることが無いのでどこかで時間を潰すことにする。
教室を出てブラブラし始めると校舎が開放されて一般来場客がやってきた。
どこで時間を潰そうかな……。
この時間、柚咲乃も教室で演劇をしている。
俺はぼっちだ。
そう思っていた矢先に俺の名を呼ぶ聞き覚えのある声がする。
「和音!」
声の方向を向くとそこに居たのは母さんだった。
「母さん!サロンは大丈夫なの?」
周りの注目を浴びているわけだけど。
相変わらず目立つ女性である。
「大丈夫。聖愛ちゃんと実弥ちゃんが昼過ぎまでなら二人で大丈夫だから行っておいでってサロンを追い出されたんだよ」
「そうか……」
なんて言って良いのか言葉が繋がらない。
学校に母さんが来るということがずっとなかったからね。
「和音は何かやるのか?」
「俺はもうやることが済んで午後の準備までフラフラしてるんだ」
「だったら私と一緒に回らないか?私、高校って数えるほども入ったことがないからどんなところか見てみたいんだ」
「わかった」
最初に行ったのは生徒玄関。
ここには学校祭の看板が立っていて、そこに着くと母さんが俺の髪の毛をマンバンに縛ると、通り過ぎる生徒に声をかけてデジカメを渡した。
二人並んで写真を撮ったのだ。
「ありがとうございます」
撮影してくれた女性生徒に聖女に見紛う笑顔を向けてお礼を言うと女子生徒はテレテレして足早に去っていった。
デジカメのモニタを見て撮影したばかりの写真を母さんは眺めてニマニマしているのを見て気色悪いなと俺は思ったが、これが見る人によれば尊いんだとか。
次に一年生の教室。
去年、俺が過ごした教室で今は柚咲乃の教室だ。
「あ、ゆっちゃん、魔女だ!かわいー」
と、写真を撮る。
母さんが「ゆっちゃん」と呼ぶのは柚咲乃のこと。
ポチポチと撮影ボタンを押している母さんに中年の女性が話しかけてきた。
「あら!美希ちゃん!」
柚咲乃のお母さんの香苗さんだ。
「あ、香苗さん!来てらっしゃったんですね」
「ええ、娘が劇をするからって見に来たんです」
香苗さんの横には父親らしき人も見える。
母さんは香苗さんと雑談をしてキリが良くなった頃合いで教室から離脱。
今度は二年生のフロア。
俺のクラスに行くつもりだったけどかなりの行列が出来ていて入れそうになかった。
別のクラスでも見ようかと通り過ぎるところで母さんに服の裾を掴まれて足止めを喰らう。
立ち止まったところから教室の中のメイドや執事が見えたので、母さんは外から中の様子を覗き込んでいた。
「あの男子の髪と化粧を和音がしたの?」
「男子だけじゃなく女子もだけど、俺がやったよ」
「そう──」
と、嬉しそうに目を細めて口端を緩やかに伸ばす。
「男子の化粧、良いじゃん。元がどうか分からないけど執事の雰囲気はとても出てるね」
母さんは執事たちを眺めて教室へ伸びる列を見る。
「なるほどねー。メイドさんでお客様を呼び込もうとしてたけど、執事がウケちゃった感じっぽいなー。キマってるもんな」
まあ、ここは忙しそうだから触らぬ神に祟りなしということで別の場所に行く。
それから他の教室をいくつかと、部活動の出し物を見たり、グラウンドや体育館を見回った。
ところどころで母さんと一緒に写真を撮ってもらって、その時は母さんはとても嬉しそうに笑んでいたのが印象的だった。
「私はもう時間だからサロンに行くよ」
「うん。来てくれてありがとう」
「私も和音が居る内に学校を一緒に回れて良かった。ありがとう」
生徒玄関まで送っていくと「じゃあね」と母さんが俺にハグをして校舎から出て行った。
頭がクラっとしそうな甘い芳香が母さんの髪の毛からする。
やー、俺の母さん。ヤバいな。実子じゃなかったら絶対に落ちるわ。
母さんを見送った後、俺は教室に戻って交替の準備に取り掛かる。
無事に交替のメイドと執事を仕上げて、俺は依莉愛と一緒に教室を出た。
昨日、依莉愛も俺も行きたいところは行った。
「今日はどうしよう?」
俺が訊くと依莉愛は首を傾げて思い悩む。
「んー。見たいところは昨日行ったから、あとは後夜祭くらいなんだよね」
後夜祭は今年しか使わない看板や来年以降に持ち越せないものを火に焚き上げるらしい。
二年のフロアの踊り場で悩んでいたら元気な後輩がやってきた。
「あいおんせんぱーい!」
どうやらいつもよりテンションが高いのか俺に飛び付く。
首に手を回して俺にぶら下がってる?
「あれ?和音先輩おっきくなってる。すっご」
「え?どこが大きくなってるの?」
いや、ちょっと、二人して誤解を招く言い方はヤメて……。
「足が届かない……」
「あ、背のことか……」
依莉愛は一体、何のことだと思ってたんだろう?
「依莉愛先輩もお疲れ様です」
「柚咲乃ちゃんお疲れ様。午後は二回目のほうをするの?」
俺から離れた柚咲乃は依莉愛にも挨拶をする。
「やー、午前の二回を続けて演ったんで午後はまるっと空いたから、先輩たちと遊ぼうと思ってきたんスよー」
「そう。じゃあ、一緒に遊ぼう。どこに行こっか」
「体育館スかねえ……」
柚咲乃と依莉愛が行き先を決めていると今度は他校から来てるっぽい女子が俺の目の前で直立して目を見開いた。
「アイちゃん……?」
俺をアイちゃんと呼ぶのはたった一人の女子だけだ。
それを聞いた依莉愛は「アイちゃん?」と復唱し、柚咲乃は「あーーーッ!おまえーーッ!!」と指をさす。
「白下……サン?」
「そうだよ!ひなっちだよ!アイちゃんッ!会いたかった!」
ひなっちは俺の懐に飛び込んで力強くハグをする。
痛え……。
「ちょっと!ヤメッ!」
柚咲乃がひなっちを引き剥がしてくれた。
それを見た依莉愛は何が起きてるのかという感じで──
「ね、誰この人?」
と、俺と柚咲乃に聞いた。
「私は白下陽那よ。北女の二年なの。アイちゃんとは幼稚園の頃からずーーーっと一緒だったのよ」
フンスとでも音がしそうな鼻息と共に柚咲乃よりも薄い胸を張るひなっち。
北女は北町にある女子校で市では俺が通う東高に次ぐ名門校とされている。
東高よりも歴史が深く更に裕福な家庭のご令嬢が通うことが多いらしい。
「幼稚園からずっと一緒って幼馴染?柚咲乃ちゃんと同じ」
「コイツはそういうのじゃないッ!ただ幼稚園から小学校まで一緒ってだけで仲良くも何とも無い付き纏ってたストーカー女だよ」
「ストーカー?」
「そうッ!和音先輩のこと付け回して戸田美容院まで付いてくるような女だよ!中学は私立に行ったっていうのに中学になってもッ!」
それを聞いてドン引きする依莉愛。
だが、それに白下は反論する。
「ストーカー呼ばわりは酷すぎじゃない?私は見守っていたのよ」
「それを世間じゃストーカーって言うのッ!」
「でも、私、誰にも怒られていないわよ?」
互いに「むぅー」っと唸りをあげて譲る気はない。
「まあまあ、落ち着いて二人共。白下さんはどうしてここに?」
俺は柚咲乃とひなっちに声をかけて落ち着いてもらった。
それにひなっちがここにどんな用で来たのか気になった。
「友達と来たんだけど、アイちゃんを見かけたから別行動にしてもらったのよ。声をかけたのは友達と別れてからね」
「で、どうしてここに?」
「アイちゃんに会いたかったからに決まってるじゃない。去年も来たけど会えなかったし」
「去年の学校祭は休んだからね」
「ええ、居るわけがないって分かってて来てみたけど後悔したわ。それでも今年も来ちゃったの。もしかしたらアイちゃんに会えるかもしれないって思ってね。どうしても居ても立ってもいられなかったのよ」
「……そう……それはどうも」
ひなっちは実は可愛い。
依莉愛や柚咲乃とはまた違う方向性の可愛さを持つ可憐でキュートと言う単語が似合う子だ。
体型は極々標準的で痩せ型。背丈の割に手足は長い。黒い髪は腰まで真っ直ぐに伸びていてお人形さんに例えられるほどの見た目を持っている。
「この高校に逢坂はもう居ないし彼の父親も失脚して権威を削がれたから私たちに対する影響力はもうないわ。だから以前とは違って、私はアイちゃんのことで誰にも遠慮をする必要がなくなった。間違いないでしょう?」
彼女が名前を出した逢坂は俺をイジメていた主犯格だった男子で、今年の臨時休校の際に退学処分になった元生徒だ。
彼の父親が多くの贈収賄疑惑で逮捕され現在は裁判で係争中である。
イジメに遭い始めた時から彼女とは疎遠になり会話もしなくなった。けどそれまでは頻繁に遊んだし何なら放課後に戸田美容院まで来て一緒に過ごしたこともある。
ちなみに彼女の顔を母さんが見ると苦虫を噛み潰したみたいな得も言われない表情になる。
ひなっちの母親と俺の母さんは折り合いが悪くて特にひなっちの母親は母さんのことを酷く見下している。が、彼女の父親は俺の父親、つまり母さんにとっては夫の親しい友人で父さんが入院中に随分と世話になった人の一人である。
今でも法事に参加してくれるし命日には欠かさず墓前への献花を怠らない。
「だから、もう良いのではなくて?」
きっと、前みたいに仲良くしたい。ということなんだろう。
「それともゆっちゃんとアイちゃんが付き合ってるからかしら?」
片方の口端を釣り上げて挑発する。
「ボクはまだ付き合うっていうところまでは行ってなくて……」
「まだ?……ふふっ。やっぱりね。ゆっちゃんもそちらの女性も機会を見計らってるのかしらね」
柚咲乃を一瞥して彼女の表情を確認すると今度は依莉愛へと視線を移す。
「貴女はあの動画の女子ね。逢坂と親しくしてアイちゃんを傷付け続けたくせに良く一緒に居られるわね。どんな神経をしているのかしら」
まあ、ひなっちの言う事はそれは本当に、ご尤もだ。
それを言われた依莉愛は下唇をキュッと噛み、下腹部近くで組んだ両手に力を込めてから言い返す。
「ウチは……和音が好き。でも傷付けた。心にも身体にも一生残る傷を付けてしまった。だから、償うの。私の一生をかけてでも」
依莉愛は「償いたい」と、いつも言い続けている。
好きという感情は置いておいて、償いたいという気持ちは信用はすることにしている。
依莉愛と一緒に過ごしている理由は、その償いたいと言う気持ちの真偽を確かめたいからなのかもしれない。
イジメられてきた俺が、もうイジメはしないからと言う人間を信じられるのかとか、そういう部分に繋がっているのかも知れない。
俺のそういうところを知っているから柚咲乃だって依莉愛を赦しているんだと思う。
「そう──。償う……ねぇ……。貴女の顔を見てればそれは芯のある女性に見えるけれど、私はアイちゃんを傷付けた人間を誰一人として許すつもりはないわ」
ひなっちはそう言って俺の腕を絡め取った。
「今日のところはお借りするわね。校内の案内をアイちゃんにして欲しいのよ。私は今しか彼と過ごせないかもしないから優先させてもらうわね」
強引に俺を引っ張って階段を登ろうとする。
「まー、そういうことなら仕方ないスね。けど、条件を一つ飲んでもらうってことで良いかな?」
柚咲乃がひなっちを引き止めた。
「良いわよ」
「じゃあ、連絡先を交換しよ。ここにいる全員と」
柚咲乃は視線を真っ直ぐにひなっちを見据える。
その柚咲乃の視線をひなっちは受け止めて目を逸らさずに応えていた。
「それは良い案ね。もちろんアイちゃんも含めてってことで良いわね?」
「それは、もちろん」
ひなっちは柚咲乃と依莉愛と連絡先を交換し、最後に俺と連絡先を交換した。
メッセージアプリのIDと電話番号を。
連絡先を交換し終わると俺とひなっちは三年生のフロアに上がり、依莉愛と柚咲乃は下に降りていった。




