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陰キャでイジメられっ子の俺は美容師の母さんが店を開いたら人生が変わった件  作者: ささくれ厨
The Season Of The Holly

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15/50

あ、ごめん。白いの、飛ばしちゃった

 朝、俺が母さんに送ってもらうのに車に乗った。

 だが、母さんが車を停めたのは病院の駐車場。


「ほら、行くよ。時間は有限なんだから急いでよ」


 急かされて院内に入っていく。

 おでこの傷。顔や頭の打撲痕。お腹や脇、脚にできた打撲痕。

 全部、調べられて診断書に書いたものを母さんが受け取った。

 病院が終わったのは十時になる頃。


「私はこのまま弁護士と警察に行ってからサロンに行くけど、和音はどうする?学校に行くなら帰りにサロンに来ても良いし、休むならサロンも休みだけど」


 そう言われると俺は「学校に行く」としか言えない。


「一応、言っておくけどさ。聖愛ちゃん通して依莉愛ちゃんと連絡先を交換したんだよ。それで昨日のことを聞いた」


 母さんはそこまでしか言わなかったけど、怒ってるのがビリビリと肌に伝わってくる。


「そっか。世話をかけてごめん」

「む、謝られるのは違うんだけどな。かと言ってこういうのって親には言い難いんだろ?ちょっと私もいろいろ思うところがあったからできることは徹底的にすることにしたんだよ」


 まっすぐ前を向いたまま母さんが言う。


「そっか……」


 どうやら、前回のやつは相当に来たんだな。

 今回も絶許で行くみたいだ。


 そんなこんなで俺が学校に着いて出席したのは三時間目からなんだが、普段と微妙に違う空気感。


「おはよう。紫雲くん。昨日、お姉ちゃんから紫雲くんのママと連絡を取ったんだけどさ……」


 などと、元読者モデルの一条さんが話しかけてきたからだ。

 一学期の事件以降、この学年のカースト上位は入れ替わった。

 一軍が軒並み退学して一条さんだけが残り、カースト二軍が一軍に成り代わったことで一条さんが女子のイジメの標的になっている。

 そんな一条さん。多くの女子から疎んじられているからこそ、俺に話しかけるのが効果的だと感じたんだろう。

 ちなみに俺がサロンで働いていることを知っている女子は少ない。あの動画を見てもあれが俺でサロンの俺だと気が付いた女子はほとんどいない。

 このクラスにもいるにはいるけれど、俺がアレだと吹聴する子はいない。俺のことを話せばイジメの標的にされる。それがこの学年では浸透している。

 誰だってイジメに遭いたくない。だから、俺に関わろうとする人間はイジメをしようとする生徒以外に誰一人としていない。

 それにしても母さんと連絡を取ったって、母さんも一条さんと話したって言ってたしな。

 気になるけど、今ここでは聞けないし、何より一条さんという目立つ存在と絡みたくない。


「俺、あまりクラスで喋りたくないんだけど……」


 辟易してみせる。髪を下ろしているから表情は読み取れないだろうけれど。


「あ、ごめん。じゃあ、お昼にでも話すね」


 俺が小声で言い淀んでいたら、周りに聞こえる大きさの声とウィンクを置いて席に戻る。

 おかげでクラスの男子からムダに注目浴びているわけだけど、何せ昨日の今日。そして、加害者三名は処分保留のまま謹慎。

 そう言えばウィンクって出来る人がほとんと居ないんだってね。

 母さんがウィンクをするから俺も出来る。

 小さい頃に柚咲乃にウィンクしたら両目をパチパチしてて可愛かったな。柚咲乃はウィンクできるようになったのかな。


 お昼になると、一条さんが俺の席にやってきた。


「また二年生のフロア、出入りに制限ができたんだって、だからウチと行こ」


 そう言われて視線を集めながら教室を出ると、別棟の空き教室に連れて行かれた。


「依莉愛先輩、ありがとうございますー。あいおんせんぱーい!教室にいけなくなっちゃいましたよー」


 空き教室は普通に確保できているみたいだ。

 椅子に座って机にお弁当箱を出して、包を解いて蓋を開ける。


「和音先輩、相変わらずお弁当、美味しそー」

「紫雲くんのこのお弁当は紫雲くんのお母さんと同じ?」


 今日は脂身のない豚のもも肉を使った肉巻きがメインのおかずだ。

 柚咲乃は「くださーい」と箸で摘んで口に運び一条さんはお弁当の中を観察する。

 肉以外にはブロッコリーなり豆なりといくつかの野菜を添えている。


「母さんと同じだね」

「そうなんだ。男子のお弁当にしては健康的だよねって思ったら、へー。ウチにも同じのがほしいくらい」


 そう言って開いた一条さんのお弁当はどれも手作りっぽいおかずが詰まってた。


「少し頑張ってみたんだよね。柚咲乃ちゃんに負けてられないなって」


 柚咲乃のお弁当も一条さんのお弁当も少しずつわけてもらったけど、どっちも美味しい。

 なんだかとても充実している?俺にリアル充実ライフがやってきてる?

 今日は一条さんに話しかけられていたときの視線の圧が弱かったしな。


 こうして昼を平和に過ごし、放課後も無事に迎え、今日は何故か一条さんと柚咲乃に挟まれての下校だ。

 俺、射殺されるんじゃないか?今までとはまた違った意味で怖さがある。


 だけど、不思議なことに女子の視線はこれまでよりも肯定的なものだった。



 そして翌火曜日。

 今日はサロンは休み。


「和音、今日はお弁当作らなくて良いぞ。たまには私が作ってやるよ」


 朝、俺が起きたら母さんが珍しく起きていた。

 朝ご飯も準備されていて、俺が何かをする必要もないくらいだ。

 家を出るときにいつも自分でお弁当を鞄に入れるところを


「お弁当、鞄に入れておいたからね」


 という母さんのその言葉で俺は家を出る前に鞄の中を見なかったんだ。



 二時間目が終わると随分と騒々しく生徒たちが廊下を行き来していた。

 俺はお弁当を忘れてきたことに気が付いて、折角母さんが作ってくれたのにと罪悪感に苛まれて気が気じゃないのに、この騒音は頭に悪い意味で響く。


「なんかすっげ美人が学校に来てて」

「あー、すごくおっぱいがおっきいひとだったな」

「あれ、美容院の人だよね?」

「今日は休みだっけ?」

「私服姿初めて見たけど本当に綺麗」


 学校内が騒然としている。

 顔を上げれば一条さんがこっちを見て口端を釣り上げていたりして、どうも意地悪な感じがした。

 いくらクラスの空気が良くなったとは言え、俺はクラスではウンコ呼ばわりは変わっていないのだから。


 三時間目が終わって短い休み時間。

 教室の引き戸がコンコンとノックされ、ガラッと戸が引かれると「あいおーん」と聞き覚えのある声が教室内に響き渡る。

 クラスメイトたちは声の主を追いかけて俺の母さんに視線が集中した。

 俺は居た堪れないながらも席をたち後ろの戸口に向かう。

 クラスメイトの視線が母さんから俺へと注がれる。


「お弁当、忘れたでしょう?届けに来たよ」


 と言って二チャッと笑う母さん。

 どうやら俺はハメられたらしい。


「わざわざありがとう」


 そう伝えてお弁当を受け取り踵を返そうとしたらネクタイを掴まれる。


「あら、ちょっと、ネクタイくらいちゃんと締めなさい」


 甲斐甲斐しくネクタイを緩めて締め直し始めた。

 めちゃくちゃニヤニヤしているからな。絶対ウソだ。


「もう、髪の毛もだらしないなー。上げるか切るかしたら?」


 母さんが手を俺の頭に伸ばして態とらしく俺の前髪を軽く掻き上げる。

 すると、クラスの女子から「うわー」と小さいながらも歓声が上がった。

 それを聞いて母さんは満足そうに聖女と見紛う笑顔を見せる。


「はい。ネクタイ直したからね。お弁当も届けたし、私はもう用事は終わったから帰るからね」


 俺は返す言葉がないまま、母さんを見送ったが、母さんはスーツ姿の女性を引き連れて来ていた。

 間髪入れずに後ろから「ねえ、紫雲くん。お昼いこ」と声がする。

 顔を動かさず声の方向に目線を送るとニヤニヤする一条さんの顔が見えた。



「やー、見たかったッスねー」

「ウチ、笑いを堪えるので精一杯でさー、ほんと余裕なくて」


 別棟の空き教室。一つの机に椅子を三つ。

 柚咲乃と一条さんが向かい合い俺は左に柚咲乃、右に一条さんが視界に入る。

 俺のお弁当箱を二人が突いているのは今日、二人ともお弁当箱を持ってきていない。

 三人分のお弁当が俺が受け取った巾着に入っていたからだ。


「それにしても美希姉の手料理も美味いッ!和音先輩の料理も美味いし、やっぱ親子だよね」


 次々と口に頬張って舌鼓を打つ柚咲乃。

 こういうところは昔から変わってない。


「確かに美味しい」


 口元を左手で隠しながらパクパクと頬張っていく一条さんは「あんなに綺麗で料理も上手。それに仕事も出来るって憧れるわー」と目を細める。

 そして、ちょうど食べきると校内放送が流れた。


『一年、(ひいらぎ)柚咲乃。一年、柊柚咲乃。職員室、担任まで来てください。繰り返します。一年、柊柚咲乃。一年、柊柚咲乃。職員室、担任まで来てください』


 呼び出しだった。


「うあ、呼び出しかー。ここの鍵、ボクなんだよなー」


 柚咲乃が気まずそうに頭をかく。


「ウチら、別棟で適当に時間を潰すから良いよ。こっちは人目をさけられるところそれなりにあるから。紫雲くんも良いよね?」


 一条さんが同意を求めるので俺は頷く。


「ありがとう。ごめんね」

「いいよいいよ。行っておいで」


 俺と一条さんは柚咲乃を送り出して非常階段の踊り場で時間を潰すことにした。


「二人でってのは久しぶりだね」


 外の風に髪が凪いでいる。

 一条さんの声も風に乗って俺の耳に届く。

 まだ九月も半ばで、外は快晴。長く居ると汗ばんでくる。

 それでもエアコンが効く教室にいるより心地良い。


「あのね。お願いがあって……」


 躊躇いがちに一条さんが俺に訊いてきた。


「何でしょう?」

「髪を整えてほしいかなって……あの……図々しくて申し訳ないだけど」

「んー。火曜日だったら良いけどって今日も火曜日だけどさ」

「今日でも良いよ。ウチ、今いつでも空いてるから」

「良いよ。どういうふうにしたいの?」

「思い切ってバサッと行きたいかなー。さっぱりしたい」


 一条さんは後ろ髪を掴んで指でちょきんと切るジェスチャーを見せる。

 何ヶ月か前に切ったけどその時は傷んでるところを中心に五センチくらい切って整えたんだよな。

 それをバッサリ行くかぁ。

 けど、一条さんは短いほうが良く合うんじゃないかな。


「悪くならないと思うけどギャルっぽいのは良いの?」

「あー、ちょっと背伸び感は欲しいかなぁとは思うけど今はそうこだわってないなー」

「わかった。じゃあ、今日の放課後ってことになるのかな?」

「ん。どんな髪型にしてくれるのか楽しみだよ」

「どんな髪型にするか考えておくよ」


 それから他愛ない会話をして教室に戻り、帰りは二人でサロンに向かった。


「柚咲乃ちゃん、放課後も事情聴取って何かめんどくさいね」

「事情聴取?俺、何も訊いてないからなー」

「じゃあ、明日にでも聞けるよ」


 サロンの一室で一条さんを椅子に座らせてクロスを巻き、今はチャキチャキと髪の毛を切り落としてる。


「本当に俺に任せちゃって良かったんですか?」

「や、もう、今見えてるのでもワクワクしかしないんだけど」


 テンションがちょっと高い一条さんは鏡越しに目が合うと頬がりんごみたいに赤くなる。


「一条さん、顔が赤いけど大丈夫?風邪です?」


 そう訊いたら更に赤みが増して耳まで赤くなった。


「あ、や、ちょっと……ううぅ……」


 と、吃って顔を俯いてしまった。


「下を向くと上手く切れませんよ」


 するとおずおずと顔を上げて鏡越しに真っ赤になった表情が映る。


「クッ……思ってたよりもずっと、紫雲くんってイジワルだ……ドSだよ……」


 何だかとても可愛らしくて尊い。

 だが意地悪とかドSって……解せん。


「や、ほんと……髪を上げると何ていうか………ううぅ……」


 それから一条さんは吃りがちになってあまり会話しなかった。


 一時間ちょっとかけて髪の毛を切り終えてシャンプーをしてセットまで完了した。

 ロングだった一条さんの髪の毛をミディアムにした。

 髪の毛は今はセットしてゆるふわっぽくしているけど、ストレートでもよく見えるカットにしたつもりだ。


「どうかな?気に入らないとかあれば言ってくれれば直すから」


 鏡を見て暫く無言の一条さん。


「めっちゃギャルじゃん」


 と、口端が嬉しいと言っている。


「うっわー。すっげー。ウチ、こうなるんかー」


 うんうん。やっぱ読者モデルをやってただけのことはある。

 すっごく可愛い。おっぱいがデカいから髪が長いと重い印象がどうしても強かった。

 ミディアムにしたことで胸の膨らみを強調する髪の毛のうねりがなくなるから凹凸が目立たなくなり、おっぱいの主張が髪の毛の分だけ減って施術前よりスッキリした印象を与える。

 おっぱいの主張を控えることで色っぽさを以前より抑えた代わりに、前髪を上手くコントロールすることで大人っぽく見せるイメージに仕上げた。

 それを伝えると「めっちゃ早口でウケる!オタクじゃん」と笑い飛ばされた。

 陰キャってそんなもんだぞと返したいけどまあ何も言わなかったね。


「朝とか時間が無ければ前髪だけ流す感じでドライヤーでブローすれば良いからさ」


 一条さんの頭に手を伸ばして前髪を撫でながら伝えると、急にまた沸騰したやかんみたいに頭から湯気を出して紅潮した。


「大丈夫!?」


 と心配したら


「や、ちょっと、その顔でそれ辞めて、ウチ死んじゃうからぁー」


 一条さんはそう言って俺の頭に手を伸ばしてマンバンを留める白いゴムを弾き飛ばした。


「あ、ごめん。白いの、飛ばしちゃった」


 俺は何も飛ばしてない。

 俺から飛んだのは、白い輪ゴムだ。

 飛ばしたのは一条さんの所為。


「あ゛ーーー。ヤバい!ヤバいッ!ちょーーヤバいッ!」


 ゴムが外れて髪が落ちてから、一条さんは落ち着きを取り戻そうと頑張ったらしい。


 閑話休題。


「やー、ほんと。心臓がバクバクしすぎて本当に死ぬかと思ったわ」


 一条さんは胸元に手を当てて深い呼吸を繰り返している。


「大変だったね」

「誰の所為だよ!誰の!」


 髪型、心臓がドキドキするほど気に入ってもらえたみたいで良かった。

 確かに明るいイメージになったし、何なら以前より、よりギャルっぽくなった。

 イメチェン成功だね。


「でも、ありがとう。頭めっちゃ軽くなったわ」

「かなり切ったからね」

「明日はめっちゃ視線を集めそう!ちょっと、ウチ、ワクワクしてきたぞ」


 一条さんは嬉しそにクルクル回って鏡を見てた。

 人の髪を切って喜ばれるのは何だかこそばゆいな。


 上がった気分が落ち着いたところで、後片付けを始めて、それから解散した。

 一条さんが後片付けを手伝ってくれたのも何だか少し嬉しい。

 そう思った。

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