落ちぶれボクサーがVRMMOに出会った結果
初投稿です。
「勝者……赤コーナー、タクヤ・エビナあああ!!!!!!」
目を閉じれば思い出されるリング上の光景。まぶしいライトにコーチの泣き顔。会場を震わせるファン達の歓声と、ほんのちょっと口に広がる血の味。全身全霊を賭けた試合の後も、勝ってしまえば何でもできそうな全能感でいっぱいになるこの瞬間が好きだ。いや、好きだった。
今の俺にはもう二度と味わえない。右腕を通り魔に切り付けられた結果、プロボクサーにして5年無敗のタイトルホルダー、タクヤ・エビナは引退を余儀なくされた。
1年のリハビリも全く効果がなく、復帰は絶望的。引退直後は盛大にはやし立てたメディアも、人の噂も七十五日、瞬く間に俺に興味を失っていく。気が付けばたくさんいた友人、困らなかった女、有り余っていたはずの金もすべて失われてしまった。今は住んでいた家を売り払った金を切り詰めながら、都内のワンルームで引きこもり生活だ。空き缶が積み上げられたちゃぶ台とティッシュだらけのゴミ箱を見て空しくなる。俺はいったい何をしているのか。きっと日雇いでもなんでも働いた方がよいのだろう。わかっている。わかってはいるが、どうしても輝かしかった過去が忘れられない。普通の人とは違う。そう思っていたい自分が一歩踏み出すのを邪魔する。
ピンポーーン
鳴らないはずのインターホンが鳴る。恐る恐るのぞき穴を見ると見知った顔だった。
「エビナさーーん!開けてくださーい!オサムでーす!」
大家の息子、オサム・タシロ。昔の俺の大ファンだそうで、行く当てもなくネカフェにいた俺をこのマンションに呼んでくれた恩人であり、会うたびに胸が苦しくなる人物だ。ドアチェーンをかけて扉を開けるとそこには満面の笑みのオサムがいた。
「家賃は払ったはずだが」
「違いますよー、今日はエビナさんにプレゼントを持ってきました!」
「クリスマスはもう終わったぞ」
「もー、つれないなー、これ今手に入るの奇跡に近いんですよ?」
「いい酒でもくれるのか?ドアノブにでもかけておいてくれ」
「外れです、エビナさん。今話題のVRヘッドセットとVRMMOのソフトです!」
「ゲームは趣味じゃないんだが?」
「いや、実はですね、VR技術で故障したサッカー選手が異常な速さで現役復帰したニュースが今話題になってまして!エビナさんのリハビリにも役立つんじゃないかと!あと、リアルで復帰は無理にしても、eスポーツ分野が今アツくて!ボクシング分野ならまたエビナさんも……」
「うるせえ!!!!!!お前に何が分かる!!!!!!俺がどんな思いで!!!!!!……くそっ!!!!!!」
「ご、ごめんなさい、僕はただ……」
「今日はもう帰れ……」
勢いよくドアを閉める。やってしまった。応援してくれている人に向かって大声で怒鳴って……失望させてしまった。
「はあ……」
ドアにもたれかかってうずくまる。何をやってるんだ俺は。
夜食を買いにコンビニに行こうとすると大きな段ボールが扉の横に置いてあった。それにメモ書きも。
「気が向いたら遊んでみてください! オサム」
とりあえず通行の邪魔にならないように部屋の中に入れてコンビニへと向かう。オサムにはつらく当たってしまったが、話自体は魅力的だった。未練たらたらの俺には回復の見込み、新しい舞台はうってつけだ。
「帰ったらやってみるか」
そうしたらオサムにも顔向けができるだろうか。帰りながら飲んだ缶チューハイの味はいつもと違うように感じた。
「VRMMO『Freedom Fantasy Online』へようこそ!」
……なんかいろいろ説明されて放り出されたがいまいちピンとこなかった。しかしながらパッケージの「ここはゲームではない。あなたのもう一つの物語だ。」という謳い文句は正しくであると思った。あまりにもリアルな風景、自然に受け答えができるNPC、そして何よりも右腕に違和感のない体。久々だ、ここまで滾るのは。ここまで居ても立っても居られないのは。
「うし、いくか」
自然と笑みがこぼれる。
【武闘家見習い】という職業についてから、魔物を倒し、クエストをこなし、時にはPKを返り討ちにして上級職の【拳闘士】になったころには、FFOはタクヤ・エビナにとって生活の一部となっていた。たかがゲームと侮っていた最初の自分が懐かしい。不思議なことに現実世界の体にも変化があり、軽いジャブぐらいであれば痛みもなく繰り出すことが出来るようになった。そしてなにより……
「エビーラさーーん!」
FFO内の俺の呼び名「エビーラ」を大声で叫ぶ角刈りの小柄な青年。そう彼こそオサム改め「オサムシ」だ。
彼は当初俺と同じ【武闘家見習い】として活動していたのだが、俺がFFOを始める否や転職。いまでは上級生産職の【服飾職人】として俺の装備の作成、メンテナンスをしてくれている。その方面では有名なプレイヤーとなったらしい。
「聞いてください!またユニークスキルをゲットしたんですよ!」
「ああ、よく聞く個人専用のスキルか」
「はい!でもまた例のごとく……」
「あー、ある種の呪いだなそりゃ……」
オサムシは強力なユニークスキルを得ており、彼の作る装備は軒並み高性能であるのだが、そのスキルを使用すると妙にリアルな動物の着ぐるみになるという問題を抱えている。ゆえにトッププレイヤーであるにもかかわらず彼の店はいつも閑古鳥が鳴いている。
「かっこいい装備を着させてあげられなくてごめんなさい……」
「いやいいさ、何気に気に入ってるんだ、この伊勢海老の着ぐるみ」
この着ぐるみのおかげで一定層のファンも増え、満足しているのだが。
「僕はこんな形で有名になってほしくないんだけど……」
「エビーラさん!見てくださいよこれ!」
「ん?何々?『シルバリア武闘大会』だ?」
俺たちの活動拠点の国で武闘大会が行われるらしい。武器・魔法は使用禁止。それ以外は何でもありの1対1のトーナメントバトル。NPCも参加するらしい。
「……やっぱり参加したくないんですか?」
遠慮がちに効いてくるオサムシ。いかつい見た目のくせに上目遣いでこちらを見てくる。
「久々に魔物以外も殴っとくか」
「え、え、え、じゃあ……!!!!!!」
「出るよ。受付行くぞ」
「はいっ!!!!!!」
こいつの笑顔が見れるなら久々に本気出すのも吝かじゃねえ。
参加者は非常に多く対戦回数も多かったが、元プロ且つ上級職の俺には何とも歯ごたえのないものだった。中には左フック一発で倒れたやつもいた。あっという間に準決勝である。
「お疲れ様です。さすがですね!」
「なに、相手がぬるいだけだ」
「でも次はそうもいかないと思います。彼の戦法は――」
「そこまでだオサムシ。こういうのは会ってからのお楽しみってやつだろ?」
「わかりましたよ。いってらっしゃい」
「おうよ」
さて行くか。
「あ、危なかった……」
何とか判定勝ちしたものの、危ない試合だった。あの身のこなしは経験者のそれだった。加えて相手はインベントリからいろんなものを投げつけてくる。そう、武器・魔法が使用禁止なだけであって、武器にカウントされないアイテムは使い放題なのだ。バナナの皮は卑怯だと思ったし、大きな壺が出てきたときは本気で殺す気かと思った。おとなしくオサムシの話を聞いておけばよかった。決勝は明日。相当な猛者だろう。オサムシの話をしっかり聞いておこう。そう考えながら控室へと帰った。
「やあ。チミがエビーラ選手だね?少しボクちんとお話、しないかい?」
控室にはオサムシと同じ背丈なものの、金髪ロン毛で趣味の悪い服を着た小太り男が武装した騎士を従えて待っていた。
「何の用だ。お前のような奴に話すことなどないぞ」
「ん~?なんだねその口のきき方は?これだから下民は……ボクちんが誰か知っての物言いかい?」
「お前のような奴は知らん。とっとと失せろ」
「ムキーー!なんだこいつは!……まあいい、とっても有名なボクちんは寛大だからね、多少のことは目をつぶろう。改めまして、シルエット子爵家三男にして君と同じ今大会の決勝進出者、『アルバート・シルエット』だよろしく」
わざわざ手袋をつけて差し出してきたアルバートとやらの右手を払いのけ、俺は口を開く。
「ありえない。この大会は少なくともお前のようなものが勝ち上がれるほどのレベルではなかった。」
「……なあに、ボクちんは最強の【武闘家】だよ?本気を出せばこんな大会軽く優勝できるんだが、汚れるのが心底嫌いでね。今回はこうすることで決勝まで来たんだよ」
パンパンとアルバートが手を叩くと騎士たちが大きなカバンを持ってきてその中身を俺に見せてくる。そこには大量の金貨が。
「八百長か……」
「失敬な、取引といいたまえ。それでどうだい?乗り気にはなったかい?実は今回の優勝賞品はどうしても我がシルエット家に必要なものでね、金額も他の選手の3倍はあるよ」
「ふざけるな!!!!!!俺を馬鹿にしているのか!!!!!!優勝したければその拳で俺をKOしてみろよ!!!!!!」
思わずアルバートの胸ぐらをつかんで叫んでしまう。瞬間、騎士は剣を抜き俺の喉元に突きつける。
「血の気の多い奴は困るねえ……ボクちんの服が汚れるではないか、さっさと降ろしたまえ」
「チッ……」
「怖い怖い、まあでも君が頭でっかちであることは予想できたからね、こちらも手を打たせてもらったよ。おい、こいつに見せてやりなさい」
顔を真っ赤にさせながら騎士に指示するアルバート。そして騎士は呪文を唱えホログラムを出現させる。そこには……
「オサムシ!!!!!!」
「シルエット家の暗部は優秀でねえ?さて、あえて聞こうか。次の試合、負けてくれるかな?」
拘束されたオサムシのホログラムに透けて見えたアルバートの笑顔をとても醜悪だった。
バチン!
オサムシを迎えに行った廃墟にて、俺は平手打ちを食らった。
「なんで!!!!!!あんな奴に!!!!!!負けたんだ!!!!!!どうして!!!!!!僕を助けた!!!!!!」
「……そ、それはお前が心配で」
「ふざけるな!!!!!!ここはゲームだぞ!!!!!!死んでも生き返るんだ!!!!!!そんなことも分からないアンタじゃないだろ!!!!!!」
「……」
「俺の憧れたエビーラは!!!!!!タクヤ・エビナは!!!!!!こんな事絶対にしない!!!!!!」
「……」
「お前はもう!!!!!!タクヤ・エビナじゃない!!!!!!ただのクズニートだ!!!!!!」
『オサムシがログアウトしました』
「……」
それ以来、オサムシはFFOに現れず、リアルでも顔を合わせることはなかった。
冷静になれば俺のしたことは本当に無駄であった。デスぺナはあるものの生き返るこのゲームにおいて、拘束されたプレイヤーを助けるのは愚策。賄賂も知ったことかと突っぱねて、優勝すればよかったのだ。でも、だがしかし……
「友達のあんな姿みたら、冷静になんて慣れないだろ……」
「さて、始まりました!WBBミドル級王座を賭けたタイトルマッチ!対戦カードは、堅実な試合運びが多くのファンを惹きつける!現タイトルホルダーのムチャチャック選手と!かつてのスーパースターが電撃復活!挑戦者タクヤ・エビナ!解説のモノノベさん、この試合どう見ますか?」
「正直、エビナ選手は未だ万全の状態とは言えません。彼の武器は強烈な右フックですが、肝心の右腕が負傷していますからね。リングに立つ決断をしたのが不思議なくらいです。」
「ではムチャチャック選手が有利と?」
「有利どころか圧勝ではないですかね?試合になるかも怪しいところです。」
実況席でいろいろといってくれているが、ほとんどが事実だ。FFOのおかげか、右腕は使えるようになったものの、いまだに全盛期の頃のようなフックはできない。しかし俺はこの試合にどうしても勝たなくてはならない。頭の悪い俺にはオサムと仲直りする方法が分からなかった。たとえ口で仲直りしても、関係が元に戻ることはないように思えた。それぐらい、あの八百長事件はオサムにとっては衝撃で、裏切り行為であったと、後になって思う。だったら勝つしかないんだ。俺ができる彼への贖罪は試合に勝つことなんだ。FFOで勝ってもオサムシはログインしてないから意味がない。ならば……
「こっちの物語で勝つしかないだろ……」
「エビナ選手このラウンド2回目のダウンです。」
「あの右ストレートは強烈でしたね、エビナ選手が立っているのが不思議なくらいです。」
ああそうさ、ラウンド10にしてもうヘロヘロさ、無謀だったんだなってわかったよ今。だけどさ、意地があるんだ、プライドがあるんだ。もう失望なんかさせられないんだ。だからさ……
「負けられないんだよ」
「Kenapa kamu belum menyerah」
何言ってるかわからんが、言いたいことは分かる。諦めろって言いたいんだろ?俺がお前でもそう言う。だけどな
「クソくらえだ」
試合再開だ。
「最終ラウンドですが、なんというか、よく粘ってますね」
「ゾンビかと思いますよ。さすがのムチャチャック選手も驚きと疲労を隠せないようですね」
頭が取れる。腕がとれる。足はもう小鹿も笑うほどの震え方をしている。それでもさ、やっぱさ……
「おっと、ムチャチャックの右ストレート!!!!!!これはたまらずエビナよろける!!!!!!」
まだだ、俺はまだ死んでない、死ぬまでやるぞコノ野郎……
「エビナさん!!!!!!」
多くの歓声の中でひときわ目立つ高い声。ああ来てくれたんだな。嬉しいな。久しぶりだな、おい。
「おっと、エビナ怒涛のラッシュ!!!!!!ムチャチャック防戦一方です!!!!!!」
俺はさ、気が付かなかったんだよ。お前が好きなタクヤ・エビナがどんな奴か。
「エビナ選手の攻撃が止まらない!!!!!!いったいどこにそんな体力があったのか!!!!!!」
最初は無敗のタイトルホルダーだったからかと思ってたんだが、違うんだろ?お前が好きなのはどんな試合でも勝ってしまうエビナだ。だからあの時キレた。お前の理想のエビナとは程遠かったから。
だからよ、勝ってやるよこんな絶望的な試合でも。お前が好きなエビナがな。
「決まった!!!!!!伝家の宝刀!!!!!!エビナの右フック!!!!!!これにはムチャチャックも倒れてしまう!!!!!!タオルが投げ入れられた!!!!!!試合終了ーーーーー!!!!!!」
「劇的な試合展開!!!!!!最後は最盛期を思わせる強烈な右フック!!!!!!常勝のエビナ、完全復活ですっ!!!!!!」
ありがとうございました。評価を聞かせていただければと思います。