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ジャンティエスな杖  作者: 榎町清志郎
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先生との思い出

レゾンデートル(存在理由)、私はこの言葉が嫌いだった…。

私、前川由実が初めてヴァイオリンを手にしたのは小学生の最後の頃だ。それまで音楽には興味がなかった。運動会の鼓笛隊では万年リコーダーを扱っていたし、楽譜を読むことも歌うことも好きにはなれなかった。

そんな中、私は出会ってしまったのだ。私の存在理由を他人に見せつけることが出来る唯一のものに。それがヴァイオリンだった。小学六年生の冬、もう残り少ない学校生活を惜しくも思わず、私は気ままに過ごしていた。通信簿に書かれる言葉は毎回同じで、「落ち着きがない、周りをもう少し気にしましょう。」だった。

周りを気にしろ? そんなことをして何になる? そうやって反抗的だった私に友達はいなかった。恐らく、小学生にしてここまで孤独を楽しんでいたのは私ぐらいなんじゃないかなぁ、そう思う。友達がいない、イコール、イジメにつながるわけでは無い。イジメはまだ存在していることが相手に認識されている。私の場合、相手にしてはいけない奴、そういうレッテルを貼られて怖がられていた。イジメたら何をするかわからない奴、だから関わらない方がいい、それが私だった。

「ぎゃおー、ふみつぶしてやるぞぉー!」

「うぇえ~、やめて、お願いだから、痛いことしないでよ、ゆみちゃん」 幼稚園の頃、女の子でありながら男子全員を泣かせることを目標に私は生きていた。どうやら、それを小学六年生になっても引きずっている奴らが多いらしい。幼稚園卒業までに男子全員を泣かせることが出来た私の栄光なる武勇伝は中学生になってそれまでの私を知らない子の耳にまで届いていた。だから、必然的に中学生になった私にも友達はいなかった。でも、その頃はヴァイオリンに夢中でそれこそ周りが見えていなかったような気もする…。

そうそう、私とヴァイオリンの出会いの話だった。小学六年の冬、私の通っていた小学校には卒業の迫った六年生のための伝統的な行事があったのだ。それはその小学校が創立した年に記念に作られたという古いヴァイオリンを六年生の生徒、一人一人が順番に弾いていくというものだった。その古いヴァイオリンは普段、校長室の中にある鍵のかかったショーウインドウに入っており、触ることはおろか、見る機会もなかなか無かった。校長室に行く予定もない私なんかは夏の暑い日に校長室のドアが開けられていて、その前を通る振りをしながらそのショーウインドウの中のヴァイオリンを眺めたものだった。そのヴァイオリンは何かオーラを放っていて、浅黒く、私を引き付ける雰囲気があった。

だから、ずっと触ってみたいという気持ち自体は私の中にはあったのだ。私が楽器なんかに興味を持つ、そんなのこれまでになかったのだから。

音楽室でその伝統的行事は行われた。一人一人、順番に名前の呼ばれた者から黒板の前に立ち、ヴァイオリンを実際に手に取り弾いていく。もちろんそのヴァイオリンを弾きこなせるものはいない。弓を弦にあて、弾こうとするものなら「ギュイ~ン!」と異質な音を立てる。無理はない、その場では誰もが初めてヴァイオリンを手に取っているのだから。

「前川さん、次、どうぞ」 音楽の先生が私の名前を呼んだ。ちなみに校長は音楽室の後ろで椅子に座って私達の様子を静かに見ていた。

私にヴァイオリンが手渡される瞬間、先生は言う。

「前川さん、わかっているよね? お願いね」 恐らく面倒ごとは起こさないでくれ、ということだろう。若干、先生の目が潤んでいるのがわかる。今年、初めて配属されてきた新しい音楽の先生、野中芽久先生こと、めぐ先生は若くて、小さくて、かわいかった。六年生の中でもはみ出し者だった私を邪険に扱ったりせず、丁寧に接してくれた。女の私から見ても「かっわいいなぁ、もう…」と思ってしまう。こんな先生の言うこと聞かないわけにはいかないだろう。

私はめぐ先生の目を見て大人しくコクっと頷いた。ほっ、とめぐ先生が肩の力を抜く。

んん、もう、いじらしいなぁ、私が男の子だったら告白しているだろう、と思いながら私はヴァイオリンを優しく受け取った。めぐ先生が私の背後に回り、ヴァイオリンを弾くときの構えを教えてくれる。

私は指示された通りに両足を肩幅ぐらいに開き、顎あてと呼ばれる革製のカバーに覆われた部分を自分の左顎と肩で軽く挟むようにし、ヴァイオリンの肩と呼ばれる部分を左手で持った(どうやら、初心者の構えらしい)。右手には優しく弓を持たせられて、「さあ、弾いてみて、前川さん」とめぐ先生に促される。

私はよし、と気合を入れて弓の弓毛を本体の弦に近づけていき、優しく上下に擦った。

ウォーン、その瞬間、明らかにこれまでに弾いてきた子達とは違う高音で美しい、聞いていて心地のいい音が鳴った。

「おほっー!」 私は背中に何かが駆け巡ったような感覚が走り、怖くもないのに全身に鳥肌が立ち、感嘆の声を漏らしていた。

「すごいじゃない、前川さん! 初めてなのにこんなきれいな音が出るなんて…」 

めぐ先生は称賛の言葉をくれて、後ろで見ていた校長も「ほう…」といったような感心した顔を向けてくれている。

コレだ! 私が求めていたのはこの感じだ。私は確信する。このヴァイオリンこそが私の求めていたものなのだと。私のレゾンデートル(存在理由)はこいつの中にあったんだ、と。私を遠ざけていた奴ら(原因は私にある)の私を見る目が少し変わったと思った瞬間だった。

まあ、とにかくこれが私とヴァイオリンの出会いだった。ここから私は必死で両親を説得し、ヴァイオリンを習い始めるわけなのだが、小学六年生というこの時期から始めるというのは世間一般として遅かったらしい。それでも、とんでもない苦労をしながらもヴァイオリンを続けていくこととなるのだ…。


「…ユミ…、…るよ、…きて」 何だ、今いいところなのに、邪魔するな。

「由実! 始まるよ、起きて!」

「はうぇっ…」 大声にびっくりして私は間抜けな声を出して顔を上げた。ザワザワっと私の周りにはたくさんの人達が行き交っている。何者かが私の顔を覗き込んでくる。

「由実、寝ぼけてないで行こうよ。…次の講義、必修だから受けておかないと、まずいよ…」 必死な声で私を諭してくれる子の顔を見て、「ああ、叶香ちゃん、おはよう…」と私は呟いた。もう少し、眠っていたかったのだが…、そんな風に思い、目を擦った瞬間、叶香は私の手を取ってすぐに走り出した。

東京の音楽大学に入学して早くも一年と二か月ちょっとが過ぎた。当然のように私は二年生になっていて、大学に入ってから出来た友人、船村叶香かのかとほとんどの時間を過ごしている。ダメな私を見捨てないで講義に引っ張っていってくれる、いい友人だ…。

叶香は私と違ってピアノを専攻している。将来はプロのピアニストに本気でなりたいらしく、毎日鬼のように練習している。そんな彼女の腕前は確かなものであるらしく、現に今、必修の講義のある教室に向かってキャンパス内を走っているだけで彼女がグランドピアノに向かったデザインのポスターがそこら中に張られているのが確認できる。大学から押されている存在、であることは間違いないらしい。そんな将来有望な叶香とダメな私が友達になれた理由、それは一年の頃にひとりでいつもピアノを弾き続けていた彼女に私が話しかけに行ったからだ。高校までも友達がいなくて、自分からも決して友達を作ろうとしなかった私、そんな私が叶香に話しかけたのは、彼女に興味があったからだ。ずっと、ピアノを弾き続ける彼女、私がそんなの気にならないわけがない。

私にレゾンデートル(存在理由)をくれたあの、小学校の校長室にいる浅黒いヴァイオリン。アイツと同じように叶香にも私を引き付ける雰囲気があった。

最初の頃はあんまり喋ってはくれなかったが、どうやら彼女は本当に今までピアノとしか向き合ってこなかったらしく、私とは別の理由で友人がいなかったらしい。それで私と話すのが嫌だとかというわけではなく、ただ単に他人と話すのが苦手であったらしい。それでも一年間、一緒に行動しているとダメな私と普通に会話してくれるようになった。それどころかレポート課題を手伝ってくれたりして、ほんと、ありがたい…。

先程から私は自分をダメだ、ダメだ、と言ってるが、これでも一応、けっこうハイレベルな音楽大にいるんだから、小学六年生からヴァイオリンを始めた身としてはよく頑張った、と自分を褒めてやりたい。…それでも、そうは言っていられない、どうやら私はこのままでは単位が足りない、らしい…のだ。卒業できないの前に三年生に進級できない、かも、しれない。

「…でありまして、…になるというわけなんですね。ここは、前期の試験の着目点になるので、しっかり練習しといてくださいね」 必修の科目の担当である女性の教授が私達に向かって話し続けている。あれっ、あの教授の名前、何だっけ? …まあ、何でもいいか。

…んん、さっきまで眠っていたせいかさすがに私の灰色の脳細胞も動いてくれない。まあ、いつものことだけど…。

ああ~あ、どうすっかなぁ~、前期の試験…。このままじゃあ、本当にヤバい…。入学した頃はこんなはずじゃなかったのになぁ…。やる気もあったし、練習もしていた。だけど、叶香みたいにプロになろうと思ったことはない。彼女と話すようになって間もなくの頃、一度聞かれたことがあった。

「由実はヴァイオリンのプロになりたくないの?」と。私が楽器をする理由、それは演奏している間、周りの目が私に注がれるからだ。そこにいる人間が全て私に集中している。その感覚がなんとも言えないくらい好き、なんだ。

要は目立ちたがりなのか、とも考えたが違う。そんなのとは断じて違う。それに私にはとあるモットーがある。大切な人からもらった大事な言葉。私はこれを大事にしている。

「好き勝手にしなきゃ、楽器をしている意味がないじゃん」 彼の言った言葉をもじって自分に置き換えたものだけど、叶香からの質問にはそう答えたと記憶している。

にひひっ、思い出したら懐かしくなった。講義の最中なのに口元が緩む。

「…ちょっと、ゆ~み…、あたってるよ…」 隣で講義を受けていた叶香が突然小声でそう私に言ってくる。

「ふぇっ…?」 私はどういうこと? と不思議な顔で叶香の顔を見つめる。

「だ、か、ら、質問、教授が由実に聞いているの!」

「まじ?」 やっとことの大きさを理解した私はジワリと背中に冷たいものを感じながらも教卓の方を見る。そこにはさっきまで一方的に話していたはずの女性の教授が私をジッと見つめていた。

「前川さん、どうしたんですか? 答えられないのですか? こんな簡単な質問が」

あはは…、いや~、参った…。


昼食の時間、学生食堂は人であふれかえっている状態だった。それでも私と叶香、何とか二人分の席を確保することができた。実家通いで弁当を持ってきている叶香一人を席に残して、私は昼食を注文するために食券機の前に立ちはだかった。

さ~って、本日は何がいいですかねぇ…。今日の日替わりランチは全部で三品、汁物も付いてるし、なかなかの量ではあるが、緑が多い。今日の私はもうちょっと茶色の物を求めているのだ。ならば、何がいいか…。 ん? スタミナ丼…、いいねぇ、私はこういうのが食べたかったんだよう。

 メニューが決まった私は迷うことなく大盛りのボタンを押した。出てきた食券を持って、カウンターにいるおばちゃんに渡す。注文したスタミナ丼はお盆に乗った状態ですぐに出てくる。受け取った私はそのまま叶香の待つ席に向かった。叶香は律儀に私を待っていたらしく、彼女はまだお弁当に手を付けてはいない。私は叶香の隣の机にスタミナ丼を置き、椅子に座った。

「由実は今日もたくさん食べるね」 机に置かれたスタミナ丼を見た彼女の感想がそれだった。

「ん、まあね。叶香ちゃんはそれで足りるの? ちょっと少なくなぁい?」 私は叶香の弁当を指して言う。母親が作ってくれているらしい弁当はバランスよくおいしいそうに盛り付けられてはいるが、量が少ないように思える。これは、私の食欲がおかしいのか?

「ああ、家のお母さん、ピアニストになるならスタイルも良くなければダメだって言ってるから。最初はちょっと少なかったけど、今はもう慣れたよ」 そっか。叶香の母親はとても彼女に期待しているんだろうな、と思う。私は食事を削ってまでプロなんかになりたくない。私はいつまでも成長期だ。

「いただきます」と私達は呟いてそれぞれの昼食に取り掛かる。割り箸ではなくプラスチック製のスプーンを使って私はスタミナ丼を一口ほおばった。

「ん、うまい!」 無意識にそんな言葉が出る。最初の一口で食欲に火が付いた私はガツガツとご飯と肉をかき込んでいく。

 半分以上を胃袋に収めた頃に叶香が思い出したように私に尋ねて来る。

「そういえば、由実。さっきの講義のことだけど…、なんかいつもより集中力なかったみたいだけど、どうかしたの?」 さすがは私の親友、叶香、よく見ている。いつも集中力がない私なのに、さっきの授業はいつもに増して上の空だったのだ。

「ん~、まあ、ちょっとね、昔のことを思い出していたというか、何というか…。講義始まる前、私寝てたじゃない。その時にまあ、昔のことを夢に見てて、それが懐かしくて、講義の間も思い出してたんだ~」 正確には夢で見ていた過去よりもずっと後のことなんだけどね。

「へえ、由実の過去。どれくらい昔のこと?」

「夢で見てたのは私がヴァイオリンに出会った小学生の頃だけど、思い出してたのは結構最近、高校の頃のこと」 そう、懐かしく感じるけどそんなに昔のことじゃない。たった四年位前のこと。高校一年生のあの時、私は彼に出会っていなかったら、今大学に通っている私はいない。だけど今の私を見たら彼はどう思うだろう。呆れるだろうか、笑うだろうか。いや、興味無さそうに顔すら見てくれないかもしれない…。

「由実…? どうしたの? また、ぼ~としちゃっって…」

「…」

「由実! もう、しっかりしてよ!」

「うわっ! ごめん。また、昔のこと考えてた…」 あかん、あかん。あの夢を見てから何となく、過去に囚われている。でも、悪い気分じゃない。むしろ、もっとあの頃のことを考えていたいと思ってしまう。

「はあ…、あのさ、由実。過去のこと考えるのは別にいいんだけど、今のことも考えようよ。いつまでも、学生でいられなんだから」 この叶香の言葉に私が何か言おうとした時だった、「船村さん、船村叶香さん!」と叶香を呼ぶ声が学生食堂に響き渡った。学長、副学長二人を横に連れたって、これは、これは珍しい我が大学の最高責任者、悪く言ったら支配者、である理事長が私と叶香の前に現れた。騒がしかったはずの学生食堂はしん、と静まりかえる。

普段受けている講義の教授の名前を忘れる私でも理事長の名前くらいは憶えている。確か…、志田雅美しだまさみ、だったはずだ。

 志田理事長はふくよか(ふとちょ)な身体に上品な服装をまとっている。滅多に姿を現さないのと、見れたとしても遠くからでしかこれまではなかったので、気づかなかったがここまで近くに目の前にすると、とんでもなく香水臭い。なんとなくわかる、これは高級な香水だ。いくら高級な香水でも加減と言うものがあるだろう。いっぱい付ければいいと言うものではない。何をこの人は考えているのだろうか?

 食事中なのに香水のにおいを振りまく志田理事長を心の中で悪態突きながら、私は顔を下に向けた。志田理事長は叶香に対して、我が大学はあなたにとても期待している、あなたが望むならもっと優秀なピアノの講師を用意する、なんなら今すぐピアニストにならせてあげる、などと勝手に一人で喋っている。そんな理事長に叶香は曖昧に微笑みながら複雑そうに頷いている。

最後に志田理事長は「いい条件でしょ。さあ、どう?」と叶香に聞いた。そのことに対して叶香はさっきまでの曖昧そうな顔とは異なり、迷いのないキリッとした顔ではっきりと答えた。

「理事長、私は必ずプロのピアニストになります。しかし、それはあくまで私の実力で登りつめたいのです。ですから、せっかくですが、その話を受けるわけにはいきません」

 叶香の決して曲がることのない言葉に志田理事長は最初こそはうろたえた表情を見せたもののそれは一瞬で消え、「…わかったわ。でも、気が変わったらいつでも私に相談してちょうだいね」と言い、叶香の隣にいる私を一度も見ることも無く学生食堂から去って行った。志田理事長が去っていった後の学生食堂はいつもの騒々しさを取り戻し、学生たちの声に飲み込まれていった。なのに、なぜだろう。私と叶香、二人の間では会話がしばらく再開されなかった。

「…なんか、ごめんね…。話の途中だったのに…」 二人の沈黙を破ったのは以外にも叶香の方だった。

「…う、ううん。それより良かったの? 今の話、断ちゃって。だってプロのピアニストになれたかもしれないんでしょ?」

「いいの。今の話、これが初めてのことじゃないし。何よりそんな形で夢は叶えたくない。大学の力で夢を叶えたら、一生、その看板を背負わされることにもなるのもわかっているから」

 凄い。なんか、凄い。語彙力ないから、これ以上に何も言えないけど、凄い、なぁ。

「叶香ちゃん!」 私は気づけば叶香の手を取って強く呼びかけていた。

「う、うん?」 叶香は戸惑いの表情を私に向ける。そんな彼女に私は真顔で言った。

「一生、親友でいてね。そんでもって、ピアニストになったら私を演奏会によんでね!」

「もちろんだよ」 叶香は笑顔で快く承知してくれた。さてと、私は三分の一くらい残っていたスタミナ丼を一気にかき込むと、席から立ち上がった。

「それじゃあ、私帰るわ!」

「…はあっ! か、帰るって…、午後からの授業は? 成績マズいんじゃなかったの?」 血相を変えて本気で私を諭してくる叶香を見ていると、この子と友達になれて良かったと心から思えてくる。無意識に微笑んでいたらしく、「何がおかしいの! 由実が進級できなかったら、私来年からどうすればいいの? 一人だよ!」と更に言葉が強くなっていく。

「大丈夫、大丈夫。ちゃんと単位を落とさないくらいに考えて休むから。午後からの授業はまだ一回も休んでないから大丈夫だって」 私はそう言って、丼ぶりが載ったおぼんを持つ。

「あとね、お願いがあるんだけど。テスト近くなったら勉強、教えて。練習にも付き合って」

「それくらい、頼まれなくても教えてあげるけど…」 語尾が消えそうなくらい小さな声になっている。私より私の成績の心配をしてくれているのがわかる。申し訳ない気持ちになりながらも、このまま授業を受けたってどうせ、私は上の空のまま終わってしまうに違いない。それなら、今日はこのまま帰って、どっぷり思い出に浸ろうじゃないか。そういう考えだ。不安そうな叶香に背中を向け、右手におぼんを持ち、左手を上げ、本日の別れを告げた。

 私はおぼんを流し台に置いて、学生食堂を後にした。建物内から外に出る。私がいた建物の名称は三号館だ。全部で十号館ぐらいあるらしい。興味ないから全館に赴いたことはない。外は天気が良く、日差しが強かった。これでもここ数日は雨続きだったからたまにはいい。雨の日は湿度が高くてあまり好きではない。六月の半ばだからそりゃあ仕方のないことだけど。

外にも学生はたくさんいた。中にはカップルらしく、身を寄せ合って会話に勤しんでいる人達もいる。私はそんな彼らを横目で見ながら駐車場へと向かった。

「よおっ、待ったかい。…なんて、早いくらいだよね。午後サボちゃったし」 今、私が話しかけたのは人ではない。でも、人である叶香と同じくらい私のことをわかってくれる奴、ホンダHORNET、バイクだ。中古だけど、今年の四月にきっちり六十万で買ったんだ。他の学生は 50㏄の源付バイクがほとんど、だけど私のは 250㏄の中型バイクだ。車の免許は持ってないけど普通二輪免許なら持っている。取ったのは去年だけどね。免許を取るための資金とバイクを買うための資金、溜めるのに結構時間がかかった。免許を取ったはいいが、バイクを買うお金が足りなくて、そこからまたバイトに明け暮れたりもした。そんな感じで今はコイツに乗ることが出来る。

 ボディ(車体)は全体的に黒色で、前の持ち主は結構改造してたみたいだけど、私はとても気に入っている。私がコイツにつけた名前は「由実スペシャルバイセコー」だ。バイクじゃなくてバイセコー、そこんとこよく覚えてもらいたい。

 私はHONDAのゴロが入ったヘルメットを被り、バイクに跨った。ちなみに私の被っているヘルメットは顔も覆ってしまうタイプではなく、頭だけを守ってくれるタイプだ。所謂、オープンフェイス。エンジンをふかし、ゆっくり走り出す。スピードを出すのはキャンパス内から出てからだ。そうしないと色々とうるさく言われるはめになる。私の住んでいるアパートまでは三十分くらいかかる。そんな時間もコイツとのコミュニケーションを楽しむ貴重な時間。私にとってはなくてはならない時間なのだ。キャンパス内を抜けると私は規定までスピードを一気に上げた。


 ドゥ、ドゥ、ドゥ、ドゥ。威圧的な音を出しながら私は自分に定められた場所にバイクを停めた。そしてそのままエンジンを切った。さっきまで唸っていたのが嘘のように静かになる。なんとなく寂しさを感じながら私は言う。

「また、明日ね…。もう、そんな顔すんなって、私だって寂しいんだぞ。必ず明日、乗ってやるから」 傍から見たらバイクに話しかけているヤバイ奴、そんなところだろうか。でも大丈夫、アパートの駐車場は私が今停めたバイク以外に何も停まっていない。それは、まあ、そうだろう。まだ、平日の昼間の二時前。みんな学校なり仕事なり行っているのだろう。私の住むアパートはあくまで一人用、家族連れが住むような所ではない。だから大概昼間はみんな出払っている。

 バイクと別れ私は自分の部屋へと向かう。六畳一間の空間に簡単なキッチン付き、トイレとお風呂が一つの空間に収まった部屋に私は住んでいる。月三万円の家賃にその他、光熱費、水道代、月一回の仕送りとアルバイトで何とかやり繰りしている。部屋に入れば一応、「ただいまっ、ご主人のお帰りですよ」と呟くのが日課となっている。そんなこと言っても誰も返答なんかしてくれない。むしろ返答されたら怖い。

 大学からこの部屋に帰るまでに途中コンビニに寄った私は早速冷蔵庫に買って来たものをしまう。冷蔵庫はキッチンの傍に置かれていてとても小さい奴だからほとんど場所は取らない。買って来たものはほとんど缶類ばかりだ。一缶だけ冷蔵庫に入れないで手に持ったまま、六畳一間の座椅子にドサッと勢いよく座る。

プシュッと音を立てて開いた缶の中身を心地よく喉に流し込んだ。ほどよく冷えたのが喉を通っていくのがわかる。二十歳を迎えたのが今年の五月、他人の目を気にしなく飲めるのが嬉しい。まあ、それ以前から飲んでいたということは黙っておこう。

「…ぷはあっ! かあ~、んまい!」 私が飲んでいるのはストロングゼロだ。ビールだと思ってたら申し訳ない。ビールも好きで飲むときは飲むけど、これが意外と高いんだ。それに比べてストロングゼロは安い上にアルコール濃度が高い。だから一本でも結構酔うことが出来る。お金があんましない私の強い味方だ。好きな味はレモン味!

 顔の化粧を落とすのが面倒臭くなった私は机の上に置かれている雑巾で顔を拭った。もちろんこれで完全に落ちたわけでは無いが、大学に行く前にシャワーぐらい入るだろう。顔を拭いている間、私はラーメン屋のお絞りで顔を気持ちよさげに拭いている中年男性を想像する。人前じゃあさすがに出来ない私だが気持ちはわかる。きっと気持ちいいんだろうなあ…。ついでに大学でさっきまで着ていたオシャレな服(傍からどう見られているかは知らない)と靴下も脱いで部屋の隅に追いやった。ほぼ下着だけの恰好になる。流石にこれでは、乙女の名に恥じるので下に短パンを穿き、ブラの上からカーディガンを羽織った。これでもし、宅配とか来てもブラジャー姿を見られる心配もないだろう。まあ、私のなんか見たくもないだろうけど…。

「ふうっ…、これでスッキリした」 やっとくつろげる体制に入ってきた私はストロングゼロをグビリと一口飲む。部屋の中には別に娯楽の物なんか一つもない。テレビもなければラジオもない。世間のことを知るにはスマホ一つで間に合っている。ドラマだって某アプリを使えば無料で観れる。強いて言えばやっぱりあれだろうか、私のパートナーとも言うべき私専用のヴァイオリン。そいつだけがケースに入ったまま、部屋の隅に置かれている。

 こいつとは中学一年生の頃から一緒だ。この大学に入学することが決まった時、新しいのを買えば、という提案を両親はしてきた。だけど買わなかった。お金が無いという面もあったけど、なんだかんだ言ってやっぱり長年使ってきた物は使いやすい。それにこいつは自分で買ったんじゃなく、祖父母に買ってもらったもの。最初は安いタイプから買うのが普通だろうけど、せっかく始めるのなら、と祖父母はけっこう値の張るヴァイオリンを買ってくれた。

だけど、そんな祖母や祖父はもう、いない。祖父は中一の夏に、祖母は次の年の冬に、旅立っていった。二人とも病気とか交通事故とか、そういうのじゃなくて、老衰。人生全うして、亡くなっていったんだから、いいことなんだろう。  

…そういう風に考える様にしている。

「さあってと、もう、一本。」 私は立ち上がって、冷蔵庫の方に向かい、もう一缶取り出す。すぐに開けて中身を飲む。ん~ん、ん。けっこう回ってきた。視界が何となくぼやけてきて、気分が上がってくる。

 中学生の頃は私も叶香のように、プロを目指していた。…本気だった。今とは違ってヴァイオリンを習いに行っていたし、自主的に練習もしていた。コンクールでいい賞を取ったのも一回や二回じゃない。ヴァイオリンを始めることに最初は渋った両親だが、この頃はやけに協力的だった。祖父母と一緒に私の演奏をよく聞いてくれた。そういえば、私が家族の前で弾かなくなったのは祖父母が亡くなってからだ、と気づく。それでも、ヴァイオリンのことはあきらめがつかず、続けて、続けて、中学二年生の時に全国にも行った。結果は入賞。最初にしちゃあ、中々の結果だった。でも、そこからだ。何となく一生懸命になれなくなってきたのは。

別に全国に出て、全国という実力の差を見せつけられて、くじけた、というのとは違う。むしろ、なんだ、そんな感じか、なら、練習を重なれば私にも出来るんじゃないか。そう、思った。だが、逆にそんなんでいいのか? と思った。それじゃあ、つまらない。じゃあ、何で私はヴァイオリンなんかしてるんだろう? そう疑問に思ったのが、間違いだった…。

今までの私のやりがいはどこかに失せ、今に近い私が生まれた瞬間だった。それでもヴァイオリンを手放すことは出来ないまま、ズルズルと私は続けていった。本当のヴァイオリンの演奏って奴を探して。どんなに楽譜通り完璧に弾いても、周りの子達が褒めてくれても、教えてくれている先生が褒めてくれても、やっぱり、何か違うって思った。こんなんじゃない。私が求めているのはこんなんじゃない…。

三本目のストロングゼロにいつの間にか手を出し、それも空にしてしまう頃、私の意識はどこかにいってしまっていた…。


 音楽室では音が外れて、他の楽器たちと合わせることが出来ない各楽器がそれぞれに奏でられている。音が外れているのは決して楽器たちのせいではない。使っている奴らが能なしなだけだ。だけど、なぜだろう。そんな演奏に対して、少し羨ましいと感じてしまうのは…。

「…はあ! …失礼しました…」 明らかに周りの人達に聞こえたであろう溜息を私はして、音楽室を後にした。私が去った後の音楽室では私と同じ新一年生で私とさっきまで吹奏楽部を見学していた子らの話し声が聞こえてきた。扉の前に立って見学している子らの声だろう。自然に私は歩みを止め、扉越しから会話に耳を澄ます。

「ねえ、今の子、なに? 完璧に先輩らに喧嘩、売ってたよね?」

「ああ、今の子ね。あの子、上手いらしいよ、ヴァイオリン。多分、あの子にとっては話しにならなかったんじゃないかな。ここの部活のレベルが。まあ、何にしろ、感じ悪いのには変わりないけどね」

 どうやら、私には高校に入ってからも友人が出来そうにない。それだけがわかった。でもまあ、作る気はなかったから、いいか。それより私にはやらなければならないことがある。私の演奏、それを見つけなくては。こんな音の外れた演奏しか出来ない、吹奏楽部なんかに用なんてない。どんなもんか見に来ただけだったけど、ここまで酷いとは。ガッカリさせられる。

「そうそう、そういえば、あの子、教室で話しているところ見たことないって、あの子とクラスが一緒な子が言ってた。…名前、何だっけ? ああ、えっと、あ、ああ、そうだ。思い出した。前川みゆ、じゃなかったかな」 バカ野郎、前川由美ゆみだ。逆だよ、逆!

「でも、あの子、男子からはけっこう人気あるらしいよ。性格は悪そうだけど、見た目がいいんだって。私にはわかんないけど、あのツリ目に気の強そうな顔、あれが堪らないんだってさ~」

「えっ~、ありえない。あんなのがいいって、男子見る目ないね。まあ、確かにあのストレートヘアーは羨ましいとは思ったけど。やっぱ、性格だって。私あの女、嫌いだもん」

「私もだよ。好きにはなれないよね~」

 ふん、くだらない。そんな名前も覚えていない人間の悪口で盛り上がれるなんて、どこまでも幸せな奴ら。私はそこで彼女らの話を聞くのをやめて、扉から離れた。

どうせ、三年間の高校生活なんて通過点だ。いい音楽大に入るためだけに勉強をして都内でも進学校と言われる高校に入学した。入学してもうすぐで一か月間が経つ。初めてのホームルームで一か月のうちに部活動は必ず入るように言われていた。どうやら校則で決まっているらしいが、私はまだ決めていない。なんなら入る気もない。そこでとりあえず吹奏楽部をと思ったが、この有様だった。

放課後のまだ生徒が多く滞在している時間帯、私は校内の廊下を当てもなく歩き回る。他の部活動なんて考えてもいなかった。だから見学にすら行ったことがない。どこか、いい所ないかな。入部したことにして幽霊部員になるのもいい。そうするならやっぱりどうでもいいと思われがちな部活がいい。私には部活なんかに消費される時間はない。暇な奴らとは違う。

都合のいい部活なんてそうそう見つかるわけもなく、私は期限までに部活動の入部届を出すことは出来なかった。そうなって来ると当たり前の様に私は担任に職員室へ呼び出された。担任は四十代の熊みたいな体格の先生で柔道部の担任らしかった。

「前川、あとお前だけだぞ。入部届出してないの。どっかいいところないのか?」

「ありません」 私は平然と素直に答える。だってないもんはない。

「…ん、そうか。…お前が色々と忙しいと言うのは俺も知っている。だがな、校則は校則だ。お前には必ずどこかに入ってもらわなきゃならん。そこで、先生が協力したいんだが、これから部活の様子を見に行かなきゃならん。そこで、坂見先生に頼んどいた。お前に協力するようにな。坂見先生は科学室にいると思うからこの後、必ず行けよ。それじゃあな」

「…はい」 誰だよ、坂見って。そんな先生いたか? まあ、いい。担任も面倒臭くなって違う先生に丸投げしたんだろう。その先生にも私に本当に入りたい部活動なんてないとわからせれば諦めてくれるだろう。…その時はそうやって、軽く考えていた。

 担任と別れてから、私は言われた通りに化学室に向かった。別に入部する気は最初からないんだから、無視して帰っても良かったのかもしれない、だけど、内申点を悪くさせてしまうことにもなりかねない、そう考えた私は素直に化学室に向かったのだった。

 化学室はB棟の二階にあった。普段私達はA棟で授業を受けている。一年生の間は科学という教科そのものがまだない。だから私はB棟に足を運んだのはこの学校の体験授業に来て、施設内を案内された時だけで、それ以来足を運ぶのは初めてのことだった。

 B棟に行くには一度、A棟から出て外に出る必要があった。私は仕方なく靴を履き替え、内履きを持って外に出た。外はスポーツ部員たちの声がうるさく響き渡っていた。それを指導する教師達の罵声も聞こえる。キャ、キャ、キャとA棟の二階からは楽しそうな話し声も聞こえた。

 …キーン、耳鳴りがして視界がぼやける。何もかも嫌になって投げ出してしまいそうになるのを堪えながらA棟よりも古めかしい見た目のB棟の入り口に歩みを進めた。

 B棟に足を踏み入れた瞬間、喧騒がなくなった。放課後に教室で無駄話に勤しむ女子達、スポーツ部員達の意味のない掛け声、教師達の汚い声、それらが全て拭い去られたかの様だった。それとは対照的にあんまり綺麗に掃除されていないのか、木製の床はほこりが所々に光っていた。だけどそれが妙に心地いい…。

化学室のあるB棟の二階にゆっくりと向かう。B棟はかつて夜間高校の校舎として使われていたらしい。それが夜間高校は無くなり、校舎だけが残ったらしいのだ。それでもあまり使い道のない校舎に使うお金は無かったのか、数年前に行われた校舎の改築はA棟のみが対象となり、B棟に手を向けられることはなかったと聞いている。そんなB棟には生徒はおろか教師の気配すら感じない。その坂見とかいう教師一人がこの校舎にいるのだろうか? そう考えると少し気の毒にも思えた。その時だった。

ギターの軽快なミュージックが聞こえた。詳しくはわからないが、恐らくエレキギターの音だろう。ドラムの音も聞こえる。ここで弾いているのか、と思ったが違う。これはステレオから流れている音だ。

心地いい、無意識にそう思っていた。ただ気になるのは音が悪い。曲はとてもいいのに、流しているステレオが悪いんだ。なぜだろう…、なぜなんだろう? このメロディは私の持っていないものを持っている。そんな気がした。

私はいつの間にか、そのメロディを目指して駆け出していた。走って、走って、メロディの流れてくる教室の前に立った。メロディは大きく鳴り響いている。教室には「化学室」の小さな看板、ここだ。ここから聞こえる。

私が教室の引き戸の取っ手に手を掛けて、ガラッと開けた瞬間、歌声が聞こえた。

「オウ、授業をサボってぇ~、イェエ、日の当たる場所にいたんだョ~。…あ!」 曲の一節を歌っている最中であろう白衣を着て、眼鏡を掛けた決して若くはない男、が私の存在に気づいて固まっていた…。


「え、えっと、いや~、…ははは。……いらっしゃい、君が布藤先生の言ってたヴァイオニスト志望の前川さん、だね? 待っていたよ」 私の姿を目にとらえた瞬間、白衣の男は理科準備室に急いで入って、ミュージックを停止させた。布藤というのは熊みたいな私の担任の名前だ。ということは、この人が坂見、先生か。…いや、そのことはもはやどうでもいい、私が聞きたいことは…、

「あの! 失礼します。今の、音楽は何ですか⁉」 私がそう聞くと坂見先生は困ったような表情をし、所々白髪の混じった頭を掻く。

「…ん、んん~。とりあえず、入りなよ。リラックスしよう、どうせ、このB棟には他に誰もいないし。お茶でも飲む? なんならコーヒーでも入れようか?」 そう言って坂見先生は私を化学準備室へと招き入れた。

「えっ?」 化学室準備室に入った私は驚きで思わず声が出た。何なんだ? このふざけたジジィは? これでも先生なのか? 化学準備室は私物で溢れかえっていた。何かのポスターが壁に貼られ、さっきまで使用していたであろう古そうなステレオが机に置かれ、その近くにはレコードがたくさん無造作に積みあがっていた。レコードだけじゃない、床には本が散乱しており、それも化学に関する本ではなく、ジャンルはバラバラだ。

「はい、コーヒー」 そう言って彼は紙コップに入った、ホットコーヒーを渡してくる。

「あ、ありがとうございます」 私も私で、素直にコーヒーを受け取ってしまった。

「……あ、のさ、さっきのと今のこの部屋の状況の事なんだけど…、お願いだから、他の先生には黙っといてくれないかなあ?」 言いづらそうに彼は私の顔を見ないでそう言う。なるほど、この先生はB棟にあまり人が寄らないことを良いことに好き勝手に使っていた、ということか。どうしてここまで酷くなったのか理由は気になるが…、そういうことなら私にも考えがある。

「わかりました。言いません。その代わりに私にもお願いがあります。適当に部活に入ったことに出来ませんか?」

「ああ、そのこと…。なら、大丈夫。ここに入ればいいよ。…科学部。なあに、何にもすることはないから、好きな時にここに来ればいいさ。何なら、来なくてもいい。これで、どう?」 なるほど、いい考えだ。これで、部活のことは考えなくていい。あと一つ…、

「ありがとうございます、それでいいです。それと、さっきの音楽…、」 私の言葉は坂見先生の言葉で遮られた。

「RCサクセション。曲名は『トランジスタ・ラジオ』。いい曲でしょう? そう言っても、ヴァイオリンしている君にはお気に召さないかもしれないけど…、」 今度は私が坂見先生の言葉を遮る番だった。

「そんなことは…、ないです。もっと、詳しく教えてください!」 私の言葉に坂見先生は驚いたように瞳孔を開いたが、すぐに嬉しそうな表情で「いいとも!」と言った。


「………んぁ、…あ? ……今何時だ?」 私は布団の上ではなく、座椅子の上で目を覚ました。テーブルの上にはストロングゼロのレモン味、の空き缶が三つ。

…しまったぁ…、酔いつぶれたのかぁ…、私。しかも、電気点けぱっなしだし。

座椅子から上体を起こし、どっかその辺にあるはずのスマホを探す。見つけたらすぐさまに時間を確認した。現在午後九時半過ぎ、帰ってきてから六時間ぐらい寝たことになる。

「はぁっ…」 まだ、明日にはなっていない、そのことに安心した私は息を吐いて再び座椅子にもたれ掛かった。

 なんか、また、懐かしい夢、見ちゃった、な…。

「…先生、お元気で、す、か~。…なんて。…さてと、腹も減ったし、冷蔵庫に何かあったけかなぁ~」 私は立ち上がり、冷蔵庫の中身を漁った。見つけたのは消費期限が二日過ぎた焼きそばパンと全然大丈夫な桃のゼリー。今日、何か買っときゃ良かったな、と思いつつ、コンビニで買ったら高いしな、と思い直す。お腹がグゥ~、とも言えない情けない音を出し、私に飯を要求してくる。

「…ん、わかった、わかった。腹減ってんのはわかったから。そんなに催促しないでよぅ」 そう口では言いつつ私は猛然とそれら二品を腹に収め始めていた。


 二日後、私はバイト先のコンビニのレジに立っていた。現在、夜の十時、だからお客の姿は店内にはない。いや、このコンビニは立地条件が悪い、だからかもしれない。

「ふっっあ~…」 気の抜けた野良犬みたいな欠伸が出る。ああ~あ、やる気ない…。

「由実さん、お疲れですか?」 よく同じシフト時間にかぶる新人アルバイトの青年、五十嵐君が話しかけてくる。聞けば、予備校生らしい。

「別に…、暇だなあって…。って言うかさあ、五十嵐君って浪人生なんだよね? こんな所でバイトなんかしていていいの?」 私は思わず気になっていたことをド直球で聞いてしまう。

「ああ、そのことですか。色々あるんですよ、こっちにも。実は…、浪人、一回目じゃなくてですね…」 五十嵐君は天を見上げる様に店内の蛍光灯の光を見ている。虚ろな目だ。やっぱり、聞いてはいけないことを私は聞いてしまったのか…。五十嵐君は話を続ける。

「具体的に何回目かって言われると、二回目…。流石に親に頼り切りってわけにはいかなじゃないですか。だから、僕はここにいるんです」 そう言った彼は私の方に虚ろな目を向ける。聞いてもいないことまで知ってしまった。

「…ごめんね、嫌なこと聞いちゃって…。私もさ、最近大学行ってないんだよね」 真実を包み隠さずに教えてくれた彼の前だからだろうか? 二日前、叶香と学生食堂で別れてから大学には行っていないことを口にしていた。「由実スペシャルバイセコー」との約束も守らぬまま、今日バイトに来るまでアイツに跨ることはなかった…。

「そうなんですか? いや、でも、まあ、そちらにも色々あるんでしょうね。…音楽大でしたっけ? 由実さんは」 五十嵐君との会話は細々と続く。

「ん、まあね。なんかねぇ、弾けなくなってきてるんだよね、ヴァイオリン。単位も問題ありだし。それに…、友人と合わせる顔もない…」 叶香からのメール、LINE、電話は行かなくなった日から絶え間なく定期的に続いている。どれにも返してはいない。なぜ、そんなことをしているのかが私にはわからない。意味が解らない。私は叶香が嫌いになったのか? そんなわけないだろう。あんな、いい友人、これまでも他にはいなかった。

「時々、人間って奴は逃げ出したくなるものなんですよ。僕には音楽のことは詳しくわかりませんが、弾けなくてもいいんじゃないですか? 僕は弾けなくても生きてますよ」

 私は五十嵐君の方を見た。彼は私の方を見てはいなく、あの虚ろな目で再び蛍光灯を見つめていた。

「斬新だね、考えが。…でも、そう、簡単にはやめられないよ。だって、私の存在理由はヴァイオリンにあるから」 私は少し、ムッとして五十嵐君に軽く言い返す。

「じゃあ、やめなきゃいいですよ。それだけです」 彼のその言葉に私ははっとする。そうか、確かにそれだけだ。やめたきゃ、やめる。やめたくなければ、続ける。何をどう考えて時間をかけたところで、行き着く答えは二つしかしかないのだ。

「…同感…」 私が五十嵐君にそれだけ言った所で、店の扉が開き、一人の女性客が走って入店してきた。一応、「いらっしゃいませー」と声を出すが、その女性は気にもせずトイレの方に走っていく。なんだ、トイレか、と思った瞬間、その女性はトイレ前で派手にこけ、床に盛大にゲロをぶちまけた…。

「うげぇっ…」 五十嵐君はわざとらしくそんな反応を見せる。

「あ、あの、大丈夫ですか?」 私といえば仕方なく、その女性に駆け寄った。その女性をまじまじと見る。ゲロで汚れてしまっているが、この人はどうやらパジャマ姿だ。

「ぐぅヘ~、あああ…」 奇妙な声を上げてうつ伏せから仰向きに向きを変える。顔を見て気づく、この人は化粧気が無いのにかわいい。それに小柄だ。そして、この人…、

「め、めぐ先生⁉」 気づいた瞬間、私は声を荒げていた。小学校六年生の時の音楽の先生、野中芽久こと、めぐ先生だ。髪の色は知っている頃の栗色ではなく金髪になっているがそれ以外はあまり変わっていない。なんで、こんなことに?

「…えっと、知り合い?」 いつの間にか隣に立っていた五十嵐君は私にそう尋ねていた。

「うん…、小学校の頃の先生…。…んん、そんなこと言ってる場合じゃない。五十嵐君、悪いけど手伝って。先生をスタッフルームに運ぶから」 私のこの提案に五十嵐君は異論せず手伝ってくれる。それに加えて、ゲロの始末も私が先生を見ている間に率先してやってくれた。ひと段落した頃、五十嵐君が言った。

「由実さん、今日は早上がりしなよ。この人もこのままってわけにはいかないでしょ。どうせ、今日は空いてるし…」 せっかくの提案だったが私には…、

「ごめん、私バイクだし、車の免許持ってないし、どうしたらいいか…」 酔っている人をバイクの後ろに乗せるわけにはいかない。ヘルメットだって一つしかない。でも、確かにいつまでもゲロまみれの人をスタッフルームに置いとくわけにもいかない。

「お金は? …タクシーに乗るお金はあるの?」 そうか、その手があったかと思った時、スタッフルームのソファに横にさせていためぐ先生が突如ムクッと起き上がった。

「…前川さ~ん、久しぶり~、もう、立派に成っちやって! あはははっ!」

「先生、私のこと覚えていてくれたんですか?」 まだ半分酔っ払った様子のめぐ先生に私は尋ねる。

「覚えているわょ~、私が教えた生徒の中の最初で最後の音大生なんだからっ~。覚えていないわけないでしょっ」 目があっち行ったりこっち行ったりしている。どれだけ飲んだんだ、この人は、と思いながらも私は内心嬉しかった。めぐ先生が私をそんな風に思っていてくれたなんて…。

「先生、バイク後ろに乗れますか? 家まで運びますから、場所教えてください」 私は先生にそう聞く。

「えっ~、家? 嫌だよ! 家には帰りたくなーい! あはははっ!」 こりゃ、参った…。


 めぐ先生を五十嵐君と協力しタクシーに押し込み、自分のアパートへと運んだ。そこからは先生を背負いながらエレベーターに乗り、私の部屋に運んだ。途中、「うう~、また出る」という声には勘弁してくれと思った。服を脱がせ、シャワーは諦め、布団も敷かぬまま毛布だけを先生にかぶせた頃には午前十二時近かった。

 結局、バイトは早上がりする目になった。タクシーを呼ぶことになり、財布を開いた私は言葉が出せない。結果、五十嵐君にいくらか借りた。これは先生に後ほど請求する。残る問題は先生の方だ。本来なら放っておいても良かったんだ、コンビニのマニュアル通りなら全て警察に任せることとなっている。だけど、私には出来なかった。私の存在理由を見つけたあの瞬間、最も近くにいたのがこの先生なのだから。…まあ、明日先生が目を覚ましたら聞けばいいだろう。先生に一体、何があったか、なぜ、家に帰りたくないのか、を。どうせ、明日も大学には行かない。

「それは…そうと…、腹減ったぁ…」 冷蔵庫には何も入っていない。買い物にも行ってはいない。…ふっふっふっ、でも、心配はいらないのだ。夕方、バイトに出る前に実家かから荷物が届いた。仕送りだあ! 私は開けないで玄関前に置きっぱなしにしてあった段ボールのビニールテープを勢いよくむしり取る。私は飢えた獣なのだ!

「ああ?」 勢い良く開けた段ボールの中身はいわゆる春野菜と言われる今旬のもの達だった。中には手紙も入っていた。しかし、私が目を付けたのは、

「おぅ?」 コイツは…、鳥野菜みそ! 我が故郷の味! こいつは…、鍋しかないでしょう! 野菜もたくさんあることですし。残念ながら肉はないが…。気にしない、気にしない。

 鳥野菜みそ。恐らく知っている人も少なくはないと思う。味噌鍋にするのならばコイツでなきゃ、というのが私、前川由美の考えだった。献立が決まったら即実行、私は一人用の小さな土鍋に適量の水を入れ、コンロでお湯を沸かす。沸騰してきたら、食べられるだけの野菜を鍋に入れた。仕上げは鳥野菜みそ。ひとパックまるまる、鍋に入れて、解かすためにかき混ぜた。

 味噌のいい香りが部屋中に広がる。五月に鍋は少し暑いのかもしれない。だけど、私の胃袋はそんなこと気にしない。食べたい時に食べる、それのどこが悪い。某テレビドラマでも似たようなことを言っていたような気もするが、それもまた、気にしない~。私は皿に鍋から様々な具材と出汁をよそいで、まずは出汁をすする。

「ん~、んまい! 懐かしいなぁ~、久しぶりに食べた、この味…」 わざとらしく声が出てしまう。でも、鍋っていい。私だけなのかもしれないが、鍋はどんな味付けでもどこか、なぜか、落ち着ける。ほっとするっていうのか…。とにかく、いい。

 食欲に火のついた私は胃袋が満足するまで、鍋の具材、出汁をかっ込んだ。

鍋の中身が無くなる頃、私には眠気が一気に押し寄せてくる。ダメだ、鍋洗わなくちゃならないのに…。それにめぐ先生も傍で寝ているのに…。押し寄せてくる眠気に根負けした私はその場で横になった。一気に意識が遠のいてゆく…。


「ふ~ん、大変なんだね。ヴァイオニスト志望って…」 坂見先生は興味なさそうにそれだけ言った。私は「それだけ? もっと言うことないの!」と抗議の声を上げる。高校二年に進級して約一ヵ月、坂見先生と知り合って一年が経とうとしていた。私はすっかり、この化学準備室の常連で毎日のように訪れている。先生とも友達のように、いや先生は私の唯一の友達だ。部活の内容はただの雑談で私はよく愚痴を聞いてもらってた。

「だって、ヴァイオリンのことよくわからないしさ。…そりゃあ、君が苦労しているのはわかってるよ…。簡単な世界じゃないってことぐらいはさ…。ただね…、いや…やっぱり何でもない」 先生は言いにくそうな顔でそう言った。

「なにそれ~。はっきり言ってよ、先生と私の中じゃないですか~」 私はふざけた口調で言う。ねえ、ねえ、ねえ…。私は先生の身体を揺する。…揺する。

先生はついに我慢しかねたように口を開いた。

「じゃあ、言わせてもらうよ。今の君を見ていると、逃げているようにしか見えない。この世界は…、今のこの世界は、昔と比べて何でも出来る。何でもやろうと思えばできるからだ。ただ、昔と比べて君らが恵まれてるって言いたいんじゃないし、今の子がダメだとか、そんな昔臭い、馬鹿げたことが言いたいんでもない。何でもできるからこそ、何かを成し遂げるには難しい世界にはなってしまっているんだ。君の言う、ヴァイオニストなんかは特に簡単になれるものなんかじゃない。それはわかっている…。だけど、君にはもう一度君自身を見直してほしい。君には才能があるだろうし、これまでは努力を続けてきたんだと思っている。だけど、今の君は…、ここに来るようになってからの君は…、ヴァイオリンから逃げていないかい? …ごめん…」 先生は一気呵成にそう言うと、最後はしぼんでしまった風船のように弱弱しく一言、ごめんと呟いた。

「…」 私は何にも言えなくなってしまった。先生の言っていることは正しい。私は甘えていたんだ。あまりにもこの場所が、B棟が、化学準備室が心地よかったから。先生との話が楽しかったから。段々と部活(部活という名の先生との雑談)を言い訳にヴァイオリン教室に行く回数を減らしていた。両親は特に何も言わなかった。元々、私がヴァイオリンを始めるのに渋っていたんだから、教室に通うための講習料を減らせて都合が良かったんだろう。

「…ごめん、先生。私、帰るね…」 気まずくなった、あんなに楽しかった理科準備室の空気が私という存在を非難している。一刻も早くここを離れたい。わがままだけど、ここにはいたくない。私は理科準備室を出ようと戸に手を掛けた。

「待って。…待って、前川さん…。急にこんなこと言ってしまって申し訳なかったね。この場所が君にとって居心地が良かったのはわかっていた。私もこの場所が気にいっているからね。だからこそ、君をここから引き剥がさなきゃって思ったんだ。…だけど、それは違うよね…」 出て行こうとする私を引き留めた先生はそう謝り、ここで一旦言葉を区切って難しい顔をする。しばらくして、ポンっと手を打ってわかりやすく、何かを思いついたように先生は嬉しそうに話し出す。

「そうだ! 君にお願いがある。一回、ここでヴァイオリンを演奏してくれないか? 今までにない、君の中で最高の演奏を私に聞かせてくれないか? それで、報酬としてこれを上げる」 先生は積みあがったレコードの山から一枚のレコードを探し出す。そして私に差し出した。

「これって…、『トランジスタ・ラジオ』じゃないですか。先生の宝物でしょ?」

「だからだよ。君には今までにない最高の演奏を貰うんだから。君には先生の宝物を上げるよ。…でもね、ネットで探したらけっこう安く手に入るんだよね…、これ」 先生は少し残念そうに言う。

「そういう問題じゃないですよ。先生が今まで大事にしてきたことにそのレコードが存在してきた意味があるんですよ。それにそのレコードじゃなきゃ、私が貰う意味がない」 気づけば私はそう強く言葉にしていた。先生は少し驚いた顔をしたがとても嬉しそうに笑った。

「そうだね、そうだよね、そういうことだよね! よし、じゃあ、もう一つだけお願い」

「ええっ、二つも! それってフェアじゃないですよ~」

「固いこと言わないでよ。君の中の最高の演奏を私にちょうだいとは言ったけど、決して、その演奏が君史上、最高の演奏にしないで欲しい。それだけ…」

「先生…」 不覚にも私は少し視界が濁る。何とか我慢してそれを抑え込んだ。

「わっかりました! 私、前川由美、不肖ながら先生に最高の演奏をプレゼントすることをここに誓います!」 気持ちを変えるために私は元気よくそう宣言した。

先生は微笑みながら優しく「頼むよ」とだけ言った。


ジャー、カチャ、カチャ、ゴトン。私は水の音、それから陶器が触れ合うような音がして目を覚ました。えっと…、鍋食って、寝ちゃったんだけ…。私は「よっこらしょっ」と小声に出して立ち上がる。台所の方にいくと、そこにはめぐ先生が土鍋と食器を洗っていた。

「…あ、前川さん。おはよう、勝手にごめんね。それと昨日はありがとう。何かしないとって思ってたら食器がそのままになっていたから、洗っといたよ。もちろん、こんなことで前川さんに恩が返せたわけじゃないのはわかっているから安心して」 めぐ先生は昨日とは違って落ち着いた大人の女性の口調で言った。

「あ…、いや、先生、そんなことはどうでもいいですから。それより、何かあったんですか? 昨日、酷く酔ってた上に家の場所聞いたら、家には帰りたくないって言ってましたよ」 私の言葉を聞いためぐ先生は顔を曇らせて黙った。何かまずいこと聞いたかなと思っていると、先生が再び口を開いた。

「…そう。私、そんなこと言ったの。あのね、前川さん。その先生って呼び方やめて。…言ってなかっただろうけど、私…、先生はもう、辞めたの…」

「…あ、…そう、だったんですか…。…すいません」 私は急の告白にそんなことしか言えなくなる。

「ううん。元々、向いてなかったんだ…。私に教師なんて。私が好きなのは音楽であって、それを教えることじゃない…」 めぐ先生は思いつめたような顔をしながらも淡々と話す。

「先生、じゃなくて、あの…、えっと…」 何て呼べばいいんだろうと思っていると、

「めぐちゃん、そう呼んで。前川さんはよく呼んでくれたでしょう。ほら、放課後とか」 そうだ、授業の時はめぐ先生、それ以外の時はめぐちゃんって呼んでいたんだった…。

「めぐちゃん、コーヒーでも飲んで話しませんか? このまま立ち話も何ですし…」

「…ありがとう。でも、コーヒーは私に淹れさせて。前川さんには迷惑かけたから」

 私達はめぐちゃんの淹れてくれたインスタントコーヒーを飲みながら話すことにした。私は座椅子に掛けながらめぐちゃんに聞く。

「めぐちゃん、は何で昨日、あんなに酔ってたんですか?」

「ああ、それは、家に帰りたくないって言ったことと関係があるの…。まあ、話せば長くなるんだけどね。…私、三年前に前の学校で一緒だった先生と籍を入れたの。それから半年もしないで私、あんまり出勤できなくなっちゃってね。原因はまあ、ストレス。学校の先生が大変な仕事だっていうのは知ってたから、残業も部活の顧問もちゃんとやったよ。目が回るくらい忙しかったけど、それは我慢できた。あ、そうか、前川さんに会ったのは小学校だったか…。でも、その時は中学校で教えてたの。…それで問題はここから、私が教えていた吹奏楽部の女の子なんだけど、保護者に、彼女の両親にこう、報告したの。…私が吹奏楽部の男の子に性的な真似をして誘ってるって…。証拠はどこにもなかった。私にも全くそんな気は無かったし、彼女ともちゃんと教師と生徒の関係を築けている、そう思っていたのに。誤解、しちゃったんだろうね…。私にその吹奏楽部の男の子が取られちゃう、そう思っちゃったんだろうね…。でも、私は疑われた。疑われて、調べられて、邪険に見られて、疑いがやっと晴れた。でもね、私の精神はズタボロだったよ…。とても学校に行ける気持ちにはなれなかった。それで、辞めたの。そしたら、今度は旦那と上手くいかなくなって、こないだ離婚したの…。でも、一人の家にいるのは嫌だったから、飲んで、飲んで、気持ち悪くなって、コンビニに入って、あとは、前川さんの知っている通り」

「…」 私は何も言えなかった。本当の不幸を目の前にした人に向かって気休めの言葉なんか言えるはずがなかった。

「前川さん、聞いてくれてありがとう…。ちょっとスッキリした。…私ね、実は前川さんと同じプロの音楽家志望だったの。フルートだったけどね。音楽大に出て、夢を目指してきたけど、どこかで妥協しちゃったんだ…、自分の人生に。だから、前川さんには言っておくね。夢に妥協はしちゃだめ、叶えられなくなるよ。前川さん、今、夢、諦めかけているでしょう?」

「えっ?」 ここで私はやっと声が出る。

「わかるよ。プロを目指す音大の二年生があんなコンビニでバイトしている暇なんか、本当ならあるわけない。…まだ、前川さんの中に、プロになりたいっていう気持ちがあるなら今からでも遅くはないと思う。前川さんの実力ならね…」

 めぐちゃんは真剣な眼差しで私を見て離さない。…正直、彼女の視線は痛く、怖かったが、それでも私は何にも返す言葉がなかった。しばらくじっと私を見つめていためぐちゃんだったが、ふっと視線を緩めて立ち上がった。

「…なんて、私なんかに言えた立場じゃないよね。でもね、前川さん。今の言葉に嘘偽りはない。全部私の正直な気持ち。小学校を卒業してからのあなたの活躍は見てきたつもりだから…。…はい、これ」 めぐちゃんは一万円札をテーブルの上に置くとそのまま、私の部屋を出て行った。タクシー代、クリーニング代を合わせても一万円なんかには到底いかないのだが、そこに突っ込む気にはなれなかった。恐らく本人もおつりを返してもらうつもりはないだろう。それより…、

「ああー、わかんない!」 プロを今から目指す? 私が? 単位すら足りていないのに。それどころか、最近ヴァイオリンにすら触れていないのに。ああ、もう、頭ぐちゃぐちや。考えなきゃいけないことだらけで頭が混乱する。その時、テーブルに置かれていたスマホに通知が来た。見ればLINEでのメッセージで、アルバイトのシフトの相談するために交換した五十嵐君からのメッセージだった。

:昨日、あれから大丈夫でしたか? 急ですがこれから会いませんか。色々と相談したいこともあるので:

これから会えるか? 相談したいこと? お金のことか…。それしか考えられない。学生と浪人生、お互いお金はあまり持っていない身だ。昨日貸したお金を今日には返せ、そう言いたくなるのも無理はない、だろう。私はテーブルに置かれた一万円札を眺めた。五十嵐君に借りた金額は五千円、今からATM行って五千円おろして、この一万円は私がいただくとするか。昨日のこともお礼言っとくだけ言っときたいし、ね。

:わかった、いいよ。それじゃあ、バイト先のコンビニの傍にある喫茶店で会おう。時間は十時にでも:

 私はそんなメッセージをLINEで返した。返事はすぐに帰ってきて、「わかりました、待ってます」だった。今の時刻は午前九時ちょっと前。私は軽くシャワーを浴び、一応服も洗濯してあるものに着替えた。そして、九時二十分にはバイクに跨り、アパートを後にした。

 私が約束の喫茶店に入店した時にはすでに五十嵐君はテーブル席で待っていて、私の姿を確認したらこっちに向かって手を振って来た。何となく私も手を振り返す。

「ごめん、待たせちゃった? 十時前には着いたつもりだったんだけど…」 現に今の時間は十時五分ほど前だ。

「大丈夫ですよ。何となく待っていたい気分だったので…」 待っていたい気分? 私は産まれてからそんな気になったためしがない。まったく、五十嵐君も変わっている。私が席に着くとすぐに注文票を持った女性の店員が近寄って来る。

「お冷です。ご注文がお決まりになったらそちらの呼び出しボタンでお呼び下さい」

 私はその言葉を無視して、「アイスコーヒーひとつ」と注文する。メニュー表を見る気にはなぜだかなれなかった。だから、喫茶店には絶対にあるだろう品物、アイスコーヒーを私は迷いもなく注文していた。五十嵐君はすでにホットコーヒーをすすっている。湯気が立っていないところから見て、結構な時間の間私を待っていたのだと予想する。…そんなに、お金に困っているのだろうか? それならさっさと渡してしまおう。私は財布からここに来る前によったATMでおしてきた五千円を取り出して、五十嵐君の前に置いた。

「もう、返してくれるんですか。もっと遅くても良かったのに…」 五千円を見た五十嵐君は心底残念そうな口調でそう言った。あれっ? 思ってた反応と違う。そりゃあ、「そうそう、これを返してほしかったんだ、ヤッター!」みたいな反応をされたら、それはそれでどうかと思う。でも、少しくらい「自分から言わなくて済んだ、良かった…」みたいな反応をしてみてもいいんじゃないのか? 今の五十嵐君の反応はまるで、「何で今返すんですか?」みたいなことを言われたような反応だった。だって、お金を返してもらいたくて、私をここに呼んだんじゃないのか…?

「ありがとう。お金、助かったよ。めぐちゃん…、じゃなくて、先生も大丈夫だったから」

「それは…、良かった。…あの由実さん、本題に入りたいんですけど、いいですか?」 これで言いたいことは言ったと思っていた私だったが、五十嵐君はこれから大事な話をしますよ、といった緊張した面持ちになっていた。心なしか少し顔も赤い、ようにも思える。

「ん? 本題? えっと…、本題って何のこと…?」 五千円が本題じゃなかったのか、と言えるような雰囲気ではなかった。それくらい五十嵐君は真剣な顔をして私を見て離さない。なんか今日は人に見つめられてばっかだなぁ、って思っていたその時、

「…由実さん。僕は…、あなたのことが好きです」

「うん…?」 最初、五十嵐君が何を言っているのかわからなかった。考えている間に五十嵐君が勝手に話を進める。

「…好きです。あなたがバイトしている姿、バイクに乗っている姿、全部好きです。僕は何年も浪人していて、僕があなたに似つかわしくないのはわかっているつもりです。それでも…、」 私は慌てて五十嵐君の言葉を遮る。

「ちょっ、ちょっ、ちょっと、待ってよ。急にそんなこと言われても…、私、何の心の準備も出来ていない。それに、私、恋愛とか、あんまし考えてきたことなかったから…。ずっと、ヴァイオリンとか、音楽とか、そんなことしか考えていなかったから…」

「でも、由実さん。最近、大学に行ってないんですよね? それって、ヴァイオリンから離れたがっているってことじゃないんですか? 僕、わかるんです。僕も本当は勉強好きだったから。勉強好きだから、いい大学入ろうと思って、浪人して、浪人して、でも今の僕はちっとも勉強なんか好きじゃない!」 急に五十嵐君の口調が変わったのがわかった。興奮しているのか、五十嵐君の言葉は徐々に大きく、投げやりなものに変わってきている。急に声が大きくなったために、喫茶店のお客も店員もこっちをちらちらと見ているのがわかる。とにかく、落ちつけさせないと。

「い、五十嵐君、ちょっと、落ち着いて。ね?」

「僕は落ち着いていますよ! 由実さん、現実見ましょうよ? 僕にはわかるんですよ。あなたも僕も夢を諦めるべきなんだ! 叶うはずがないでしょう? だから…、」 

「ちょっと、あんまり大きな声出さないで。周りにも人いるんだよ」 私は必死に彼を説得する。これ以上、事を大きくされたらたまったもんじゃない。

「周りがなんだって言うんですか? あなたは自分に視線が注がれていればそれでいい。そうじゃなかったですか? 何でも知ってるんですよ、僕は」 意味の解らないことを言ってヘラヘラと五十嵐君は笑う。まともじゃない、でも、なんで?

「僕はあなたが、好きだ! このことはずっと前から決まってたことなんだ!」 周りの視線が痛い、もう、我慢できない。私は五十嵐君の手を取り、レジに二千円を置いて、すぐさま喫茶店から出た。

「いったい何考えているの⁉ 変だよ、五十嵐君!」 私は自分のバイクが停めてあるところまで五十嵐君を引っ張って来ると、力任せにそう言い放った。

「変? 僕が? 寝ぼけたこと言わないでくださいよ、由実さん。僕とあなたは似た者同士だ。そんな似た者同士だからこそ僕らは惹かれ合っている、そうですよね?」 五十嵐君は意味の解らないことを勝手に言い、急に距離を縮めてくる。

「な、何言ってるの…? 五十嵐君…」 私は彼に呆れを通り越して怖さを感じていた。

「ねえ、由実ちゃん。覚えてるよね? 僕のこと覚えてるよね?」 その時何かが私の頭の中でフラシュバックする。逃げ惑う男の子、それを追いかけて踏みつぶそうとする私…。「うぇえ~、やめて、お願いだから、痛いことしないでよ、ゆみちゃん」 このセリフ、これは…、いったい…、何だ? 誰だ? 誰なんだ? 五十嵐? …五十嵐真?

「まことくん…」 私はそう呟いていた。

「やっと、思い出したね、ゆみちゃん」 その時、唇に柔らかい感触があった。幼稚園の同級生だった、まことくんは私が泣かした男の子の一人だった。まことくんは私から唇を放して言う。

「ゆみちゃんに踏まれてから僕は君の虜だったよ。責任取ってよ、ゆみちゃん。僕のキスはどうだった? 全て忘れられた? またしてあげるよ」

「…まことくん、ごめん。まことくんに酷いことしてしまったのは私だから謝る。でもね…、」 私は右腕を大きく振りかざすとまことくんの左頬を思いっきり殴っていた。グーで。

「あんたの気持ちには答えられない。なぜかって? 私はあんたが嫌いだから。二度と近寄らないで。私の唇を奪った代償はグーパン一発でまけといてあげる」 私はそうやって吐き捨てる様に五十嵐君に言い、由実スペシャルバイセコーに跨った。すぐにエンジンを吹かし、急いでその場から立ち去った。殴られた五十嵐君は倒れるでも、殴られた箇所を押さえるでもなく、放心したようにその場に立っているのが見えた。


「ああぁー! 何だよ、ちくしょー!」 私は叫んだ。意味がわからなくなって、どうしようもなくなって、叫んだ。それに合わせてバイクを加速させる。五十嵐君に関しては自分が悪いのはわかってた。でも、殴ってしまった。思いがけない相手から勝手にキスを奪われたら何となくそうするもんだと思っていたから。自分の唇にそこまでする価値があるのか、処女でもあるまいし…。

 めぐちゃんに関しては、私は悪くないって言い切れると思う。あの人が不幸なのはわかるし、気の毒だとは思う。私の為に忠告してくれたんだってこともわかる。だけど…、

「自分の夢を他人に押し付けるようなこと言うなー! 気になっちまうだろうがー!」

「叶香―! ごめん! 私、やっぱり、やっぱり、叶香が、うらやましいー! 私もプロになりたーい!」 叫んでみてわかる、そうだったんだ。私諦め切れてなかったんだ。他人に言われて意地になってるってのもあるのかもしれない。でも、今の私は、何か、楽器に触れたい…。

「それと、…それと、まったく今の状況と関係ないけど、清志郎! 何で死んだー! 生きてて欲しかったよー!」

 あと、あと、

「先生、会いたいなー! ああぁー!」 叫んだ。


 アパートに戻って来た私は久しぶりにヴァイオリンを弾いた。どうせ、今日も平日で今は昼間、アパートの住人達は仕事や学業で出払ってる。弾いている間、楽器を弾くことの楽しさを思い出せたような気がした。でも、やっぱり、私にプロは無理だ、そう確信できた。ヴァイオリンを弾いて満足したあとはユーチューブでトランジスタ・ラジオを流し続けた。先生に貰ったレコードを見つめながら。本当はレコードを聞けたらいいんだけど、残念ながら私はレコードプレーヤを持っていない。

 久しぶりに聞いた、トランジスタ・ラジオ。聞いたら先生を思い出してしまって辛いから、いつの間にか、あまり聞かなくなってしまっていた。

「彼女 教科書広げてるとき~」 スマホに繋いだスピーカーからトランジスタ・ラジオを歌う声が聞こえてくる。私は目を閉じて、聞こえてくるリズム、歌声に身を任す。初めて聞いた時と変わらない心地よさに陶酔する。また、同時に先生との思い出を思い返す。観客が先生、一人だけという二人きりの演奏会。私は先生に最高の演奏をプレゼントするために約束してからしばらくB棟には行かなかった。もちろん練習するためだった。今までになく練習を繰り返し、コンクールの時期でもないのに、とヴァイオリンを習っていた周りの皆からは言われたのを覚えている。それでも、大事なことだったんだ、私にとっては。そこらの意味のないコンクールよりも、先生との二人きりの演奏会は意味があって私にとっては無くてはならないものだったんだ。私の演奏を聞いてくれた先生は言ってくれた。「ありがとう、良かったよ…」 どんな称賛の声よりも気持ちのこもった感想だった。そして黙って差し出してきたんだ。トランジスタ・ラジオのレコードを。

「ごっあんです」 私はそう言って受け取った。それを聞いた先生は軽快に笑った。いつもみたいに口だけで笑うのとは違って、声を出して、笑ってくれた。

 そして、昔を懐かしむ私の意識は夢の中へと落ちていった…。


「今日で、君がここに来るのも最後なんだね…。早いもんだ…、ははは…」 先生は寂しそうに乾いた声で笑った。本日、三月十五日、私が東京に旅立つ二日前だ。明日は色々と準備が忙しくてここに来る暇はない。だから、今日が最後…。

「夏休みにはここに戻ってきますよ。その時にはここにも寄りますって」 私は本気で先生にそう言う。戻って来る。必ずここに、B棟に、理科準備室に。

「…そうだね。これが最後なんかじゃない。また、会おうと思えば会える…」 先生のその言葉が何となくもう、会えないことを示唆している様で私は必死にその考えを隅に追いやる。そりゃあ、卒業式が済んで十日以上たっているっていうのにいつまでも懐かしんでここに通っているのは私ぐらいだ。でも、私がこの高校の生徒いられる間は…、この地域にいられる間ぐらいは…。

「そうだ、先生! 最後だから教えてよ。なんでこの理科準備室をこんな好きに使おうと思ったの?」 私は先生と出会った時から気になっていたことを率直に聞いてみる。

「ああ…、なんでって…。そんなこと聞かれても、なあ…。…何でだろう?」

「私が聞いているんですけど…」 先生は困ったように白髪交じりの頭をガシッガシッ、と掻く。

「ん~、…これはさあ、まあ、教師、としては不適切な答えなのかもしれない。でもね、私は気に入っているんだ…」 先生はそう言って、ちょっと嬉しそうに口だけで笑う。

「ほらさ、好きに使わなきゃ、教師やっている意味がないじゃん」

「えっ?」 私は呆れを通り越して驚きの声を上げる。もしかして、この人、自分の、自分だけの物を置いておく場所が欲しくてここの管理人をしているのか?

「いやさ、初めてここの高校に赴任してきた時に自分の場所が欲しくてね。職員室は何となく嫌いだしさ。まるで、アレだね。RCサクセション…、」

「「僕の好きな先生」」 曲目を言う私と先生の声が重なった…。

「前川さんも、この三年間のうちに詳しくなったね、RCサクセションについて」 先生は嬉しそうに私に言う。そして思い出したように話を戻す。

「ああ、そうそう。それで、まあ、何というか…、この場所が酷く気に入っちゃってね。どうせ、誰も来ないならと、自分の好きなものを運び込んだ結果がこの通りだよ」

「また赴任する時、大変じゃありません?」 私は疑問に思ったことをそのまま聞く。

「そりゃあ…、大変だろうね」 先生は自分の事なのにまるで他人事のように言う。

「ほらさ、さっきの私の好きな言葉なんだけど、便利なものでね。こうも、言えるよ。自分勝手に生きなきゃ生まれてきた意味がないじゃん」 先生はさもいいことを言った、と言わんばかりに得意そうな顔をする。

「…何ですか、それ…。ちょっと、雑過ぎません?」 

「ははは。…まあ、冗談はここまでにして。前川さん、改めて卒業と東京の音楽大、合格おめでとう。これから、私が君に忘れないで欲しいことを言うよ。人間頑張るのはいいことだ。だけど、自分がわからなくなってしまった時にぜひとも、思い出して欲しい。自分の価値を決めるのは決して人生じゃない、自分がいることにこそ意味があるんだよ」


「はぁっ!」 私は自分の部屋で目を覚ます。スマホからは変わらずに繰り返し、トランジスタ・ラジオが流れている。私はおもむろにスマホを手に取り立ち上がった。ベランダに出ながら、叶香の連絡先を探す。見つけたら迷うことなく電話を掛ける。

 私は忘れていた。先生の言葉を。私のレゾンデートル(存在理由)を決めるのはヴァイオリンでも、それをうまく弾く才能なんかじゃない。ましてや異性からのキスや熱い抱擁なんかじゃない。

「ああ! もしもし、由実! 何で今まで連絡返してくれなかったの⁉ 私、何回も、何回も連絡したんだからね! 電話もLINEもメールも! 何で大学ではずっと一緒に行動していたのに由実のアパート、知らなかったんだろうって、後悔して…、」 電話はわずかコール、二回目で繋がった。久しぶりに聞いた親友、叶香の声は今までになく怒っていて、しばらく怖くて何も言えなくなってしまった。

「…ああ、でも、本当に無事で良かったよ~、由実」

「本当にごめんね、叶香ちゃん。でも私、明日からまた、大学行くから!」 私は堂々と叶香に宣言する。

「うんうん、待ってるよ。…でもね、由実、…明日…、土曜日だよ」 月曜日から会おうね、と約束し私は通話を切った。

「よしっ!」 私は気合を入れてスマホを握りしめる。もちろん壊さない程度に…。そして私は確信する。

私のレゾンデートル(存在理由)は私のいるところにあるっ!


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