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学院生活2年目に入る前の休暇に、王城でパーティーが催された。
王妃陛下の誕生日を祝うパーティーで、他国の王族貴族も何名か招待されている様子だった。
その中には、昔『初めての外交』として接待させて頂いた、隣国の王女殿下もいらっしゃった。
レオのエスコートで会場に入った私は、レオと共に一通りの挨拶を終えダンスを1曲踊った。
ダンスが終えると、レオは『楽しんで』と一言私に告げ、会場の隅に歩いていった。
レオの姿を目で追うと、行く先にはアレクとアカリ・サランド伯爵令嬢の姿があった。
──── ああ、やっぱり。
サランド伯爵令嬢のことは、良く知っていた。幼少より『春の宝石』と称される彼女の姿は、本当に見惚れるほど愛らしかった。
そして彼女はどこか…幼い頃のあの日、手に取ることが出来なかった『星の恋人』というあの本を、なんとなく思い出させた。
最近では、レオやアレクと親しくしていることも知っていた。このような公の場でも一緒にいる姿を見て眉を下げる人間が居ない所を見ると、彼女の人徳がなせる技だろうと感心した。
レオはサランド伯爵令嬢のもとにたどり着くと、嬉しそうな笑顔を見せ彼女をダンスに誘っているようだった。
──── あんな安心したような顔、私の前では見せてくれないわ…。
ぼんやりと3人の姿を見つめていると、アレクと目があった。
アレクは一瞬渋い顔をしたあと、さっと表情を作りレオとサランド伯爵令嬢に一言告げ、私の方へ歩きだした。
「やぁ、ローズ。」
「ごきげんよう、イルベル公子。」
「学院ぶりだね。元気だった?」
「ええ、お気遣い感謝いたします。ところで公子、このような公の場で、そのような砕けた話し方をなさるのは如何なものかと存じます。」
私はアレクに淑女の礼をとりながら、彼の言動を嗜めた。
「僕たちの仲じゃないか?」
「私たちの中だからです。私はレオニード王太子陛下の婚約者でございます。まさか、私の言わんとすることがお分かりになられぬ公子ではございませんでしょう?」
緩く笑って肩をすくめるアレクに対し、少し強めの態度に出ると、アレクはクスッと笑って私の手を取った。
「ではローゼリア嬢。ぜひ私に貴女とダンスを踊る光栄を…」
「喜んでお受けいたしますわ。」
ちらりとホールに目をやると、レオとサランド伯爵令嬢が踊る姿が目に入った。
──── 儘ならないもね。
そんな私を見下ろし『ひどいなぁ』と笑ったアレクは、私の手を引きホールの中央辺りまでエスコートし優雅にステップを踏み始めた。
「ダンスの時くらいは、パートナーに集中してくれなくては。」
「そんなつもりじゃ…ごめんなさい。」
「アカリ嬢に嫉妬でもした?」
「まさか、嫉妬だなんて!ただ、少し羨ましくはありますわ…」
踊りながら音楽に声を隠すように小声で尋ねてくるアレク相手に少し気が緩んで、思わず本音を漏らしてしまった。
「羨ましい?『春の宝石』が?君だって『冬の宝石』と称えられるほどの女性だろう?」
「『冬の宝石』ね…とても光栄だけれど…」
『冬の宝石』
私の容姿を比喩して呼ばれる二つ名。
寒色系の髪や瞳の色、抜けるような白肌。確かにこの姿を季節で例えるならば間違いなく『冬』だろう。
『宝石』と称えて頂けるのはとても有難いけれど、『冬の宝石』と称される度に、『私は冷たい人間なのかしら…』と不安になった。
──── 『春の宝石』の微笑みはあんなに温かなのに…
考えを巡らせているうちに1曲踊り終えていた。
私たちは会場の隅へ移動し、ダンスに集中出来なかった後ろめたさからアレクの方を見ることができず視線をさ迷わせた。
ふと、レオとサランド伯爵令嬢がパートナーを替えて次のダンスを踊っている姿が目に写った。
──── やっぱり、儘ならないもね…
「ローゼリア嬢、今日はやはり少し調子が悪いようですね。」
「いいえ、そういうわけでは…」
「体調が優れないようでしたら、帰りのエスコートを致しますが?」
少し冷気を含んだアレクの突き放すような発言に、思わずアレクに視線を戻す。
「いいえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます、公子。少し風に当たって参りたいと思います。」
淑女の礼をとりながらアレクにそう告げると、アレクは短い溜め息を付き、『楽しんで』と耳元で囁くと、サランド伯爵令嬢の方へ歩いていった。
──── さっきも聞いたわね『楽しんで』。私らしくないわ…
アレクと別れバルコニーで少し風に当たりながら頭を冷やし、どこか落ち込んでいた気持ちを持ち上げた。
──── 私は、私のやるべきことをやらなければ─
私はまた口許に微笑みを称え、煌めくパーティー会場へ戻ったいった。